第88話 積年の怨嗟
ー/ー『チーン』
健造は、今も尚仏壇の前で合掌している。妻・和代に先立たれてもう20年近くの月日が経過しているものの、彼の心の中では妻との記憶は今でも鮮明に残っているようだ。
「和代、義之は今や高校3年生。この間までおむつ履いてたはずなんだが、ガキの成長ってのは早いもんだなぁ」
仏壇に飾られた遺影には、相変わらず妻の和代が微笑んでいる。あれ以降、親子関係は修復されることなく亀裂は拡大の一途を辿るのみ。健造がついた善意の嘘が、ここまで尾を引くとは当人も想像できなかったに違いない。
「......親父」
前触れもなく仏壇に現れたのは、息子である義之。親子仲は険悪であるものの、それでも彼を男手一つで育ててきていることに変わりない。妹・文恵の力を借りつつ、息子義之は今や好青年に成長した。
「義之、一体何の用だ? まぁいい。せっかくだからお前もおかあさんに挨拶しとけ」
健造は、不愛想ながらも義之へ合掌を促す。それを聞いた義之は、遺影の母へ合掌しつつ静かに語りかける。
「お袋、この春から俺は上京する。淋しくなるけど、俺にはどうしてもやりたいことがあるんだ。すまないな」
義之は、神妙な面持ちで遺影の母へと語りかける。父に言い出せなかったこと、母を介して吐露するかのように淡々と語り続けている。
「義之、今のは本当か? お前は俺の後継ぎとして育てて……」
義之の言葉を聞き捨てならないと、健造は口を挟む。だが、義之は父の言葉など意に介さず無視して母へ語り続ける。
「おいっ! 聞いてるのか義之!!」
無視を決め込む息子に対して、健造はとうとう堪忍袋の緒が切れた。息子が仏壇で合掌していることなどお構いなしに、健造は背後から彼の襟首をぐいっと掴み上げると勢いよく投げ飛ばした。
「何するんだ、クソ親父!!」
父の不意打ちに唖然としつつも、怒りを露わにする義之。善意の嘘が暴露されて以来、この程度のやりとりは通常運転となっている。
「今の話、俺は一切承知しねぇぞっ!!! お前は俺の後継ぎとして玉のように育ててきたんだ!!! それを上京だぁ? 寝言も休み休み言え、馬鹿野郎っ!!!!!」
あまりにも高飛車な父の態度に、義之は憤りを隠せない。行き過ぎる父の愛情は単なる傲慢として映り、無自覚にも息子への足枷となっているのだ。しかしながら、教育に恣意的でないと自認できる親は果たしてどれだけいるだろうか。
「黙れクソ親父!!! 俺はアンタの駒じゃねえんだ!!! 生憎だが、俺はこんなちっぽけな離島で一生を終わらせる気はねぇ!!! お袋だって、きっと俺の背中を押してくれるに違いねぇさ!!!」
父のエゴに対する抵抗と自らの熱意が交錯、それらが義之の思いを過熱して言葉として顕在化する。妻として、そして母として、両者一歩も引かぬやり取りを和代は天からどのように見ているのだろうか。
「ちっぽけな島......? それは聞き捨てならねぇなぁ。そのちっぽけな島で半人前のてめぇが、他所で通用すると思ってんのか? 思い上がるのも大概にしやがれ!!!」
抵抗する息子へ、容赦なく罵声を浴びせる父・健造。我が子の為と言ってその意思を押さえつけるのは、恣意的な親の典型的な行動例と言える。
「ちっぽけな島の半人前大工だからこそ、外の世界を知りたいんだ!!! 伝統ばかりを大事にして、時代遅れで石頭のクソ親父から学ぶことなんてあるものかっ!!!」
売り言葉に買い言葉、二人の応酬は過熱するばかりである。だが、息子・義之のこの一言が遂に父・健造の逆鱗に触れてしまう。
「時代遅れの石頭......? その言葉、今引っ込めるなら聞かなかったことにしてやるぞ?」
健造は、鬼の形相で義之を睨みつける。烈火の如く煮えくり返る腸を、父として僅かに残る理性が辛うじて制している。だが、義之が父に臆する様子もない。
「おや、クソ親父はとうとう耳まで悪くなったかぁ? ならもう一度言ってやる。時代遅れのい・し・あ・た・ま!」
義之は、言葉を撤回するどころか父を挑発してしまう。こうなることを予見していたのか、彼は毅然とした態度を崩さない。
「そうか。聞き分けのない馬鹿息子には灸を据えねぇとなぁ? 悪く思うなよ??」
一歩も引かない息子の態度に、健造はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。懐でぐっと堪えていたその拳が、無慈悲にも息子の顔面へと襲い掛かる。
「......いつまでもガキだと思って侮るなよ?」
だが、その瞬間義之は健造の懐へ飛び込んだ。そして、間髪入れずに右拳が父・健造の鳩尾を捉えた。
「......!!!」
子供だと侮っていた息子から、まさかの反撃を喰らった健造。鈍痛が鳩尾を襲うが、父としての威厳が跪くことを許さなかった。
「親父に歯向かったこと、後悔させてやる!!!」
義之の一撃が、親子喧嘩の口火を切ってしまった。亀裂の広がる親子関係、もう引き返すことは出来ない。
健造は、今も尚仏壇の前で合掌している。妻・和代に先立たれてもう20年近くの月日が経過しているものの、彼の心の中では妻との記憶は今でも鮮明に残っているようだ。
「和代、義之は今や高校3年生。この間までおむつ履いてたはずなんだが、ガキの成長ってのは早いもんだなぁ」
仏壇に飾られた遺影には、相変わらず妻の和代が微笑んでいる。あれ以降、親子関係は修復されることなく亀裂は拡大の一途を辿るのみ。健造がついた善意の嘘が、ここまで尾を引くとは当人も想像できなかったに違いない。
「......親父」
前触れもなく仏壇に現れたのは、息子である義之。親子仲は険悪であるものの、それでも彼を男手一つで育ててきていることに変わりない。妹・文恵の力を借りつつ、息子義之は今や好青年に成長した。
「義之、一体何の用だ? まぁいい。せっかくだからお前もおかあさんに挨拶しとけ」
健造は、不愛想ながらも義之へ合掌を促す。それを聞いた義之は、遺影の母へ合掌しつつ静かに語りかける。
「お袋、この春から俺は上京する。淋しくなるけど、俺にはどうしてもやりたいことがあるんだ。すまないな」
義之は、神妙な面持ちで遺影の母へと語りかける。父に言い出せなかったこと、母を介して吐露するかのように淡々と語り続けている。
「義之、今のは本当か? お前は俺の後継ぎとして育てて……」
義之の言葉を聞き捨てならないと、健造は口を挟む。だが、義之は父の言葉など意に介さず無視して母へ語り続ける。
「おいっ! 聞いてるのか義之!!」
無視を決め込む息子に対して、健造はとうとう堪忍袋の緒が切れた。息子が仏壇で合掌していることなどお構いなしに、健造は背後から彼の襟首をぐいっと掴み上げると勢いよく投げ飛ばした。
「何するんだ、クソ親父!!」
父の不意打ちに唖然としつつも、怒りを露わにする義之。善意の嘘が暴露されて以来、この程度のやりとりは通常運転となっている。
「今の話、俺は一切承知しねぇぞっ!!! お前は俺の後継ぎとして玉のように育ててきたんだ!!! それを上京だぁ? 寝言も休み休み言え、馬鹿野郎っ!!!!!」
あまりにも高飛車な父の態度に、義之は憤りを隠せない。行き過ぎる父の愛情は単なる傲慢として映り、無自覚にも息子への足枷となっているのだ。しかしながら、教育に恣意的でないと自認できる親は果たしてどれだけいるだろうか。
「黙れクソ親父!!! 俺はアンタの駒じゃねえんだ!!! 生憎だが、俺はこんなちっぽけな離島で一生を終わらせる気はねぇ!!! お袋だって、きっと俺の背中を押してくれるに違いねぇさ!!!」
父のエゴに対する抵抗と自らの熱意が交錯、それらが義之の思いを過熱して言葉として顕在化する。妻として、そして母として、両者一歩も引かぬやり取りを和代は天からどのように見ているのだろうか。
「ちっぽけな島......? それは聞き捨てならねぇなぁ。そのちっぽけな島で半人前のてめぇが、他所で通用すると思ってんのか? 思い上がるのも大概にしやがれ!!!」
抵抗する息子へ、容赦なく罵声を浴びせる父・健造。我が子の為と言ってその意思を押さえつけるのは、恣意的な親の典型的な行動例と言える。
「ちっぽけな島の半人前大工だからこそ、外の世界を知りたいんだ!!! 伝統ばかりを大事にして、時代遅れで石頭のクソ親父から学ぶことなんてあるものかっ!!!」
売り言葉に買い言葉、二人の応酬は過熱するばかりである。だが、息子・義之のこの一言が遂に父・健造の逆鱗に触れてしまう。
「時代遅れの石頭......? その言葉、今引っ込めるなら聞かなかったことにしてやるぞ?」
健造は、鬼の形相で義之を睨みつける。烈火の如く煮えくり返る腸を、父として僅かに残る理性が辛うじて制している。だが、義之が父に臆する様子もない。
「おや、クソ親父はとうとう耳まで悪くなったかぁ? ならもう一度言ってやる。時代遅れのい・し・あ・た・ま!」
義之は、言葉を撤回するどころか父を挑発してしまう。こうなることを予見していたのか、彼は毅然とした態度を崩さない。
「そうか。聞き分けのない馬鹿息子には灸を据えねぇとなぁ? 悪く思うなよ??」
一歩も引かない息子の態度に、健造はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。懐でぐっと堪えていたその拳が、無慈悲にも息子の顔面へと襲い掛かる。
「......いつまでもガキだと思って侮るなよ?」
だが、その瞬間義之は健造の懐へ飛び込んだ。そして、間髪入れずに右拳が父・健造の鳩尾を捉えた。
「......!!!」
子供だと侮っていた息子から、まさかの反撃を喰らった健造。鈍痛が鳩尾を襲うが、父としての威厳が跪くことを許さなかった。
「親父に歯向かったこと、後悔させてやる!!!」
義之の一撃が、親子喧嘩の口火を切ってしまった。亀裂の広がる親子関係、もう引き返すことは出来ない。
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