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人とあやかしと

ー/ー



 月岡はまた燃えるような瞳をしていた。ギラギラと憎悪すら感じるような。暗闇の中に浮かぶ花火のような。

「ニセモノの専門家?」

 声を落とす。ワイパーがもう一度上がった。

「そうだな。こういうのはどうだ? めんどくさくない、単純な話だ。狐憑きの少女がいた。ニセモノの専門家は噂と迷信を拠り所にして、家族に対して少女を殴り蹴るの暴行を実行させる。少女は死ぬ。だからニセモノの専門家を殺す。これは、いいか悪いか」

 雨足が激しくなってきた。吉良の背中に悪寒が走る。

 狐憑きは、古来から言い伝えられてきた憑物の話だ。単なるあやかしの憑物とは違い、憑物筋(つきものすじ)と言い代々遺伝として、つまり家に憑くとされることも多い。憑物筋の家系には時折、狐憑きが生まれる。その狐憑きを退治する方法として狐落としが行われる。

 吉良が冷や汗をかいたのは言い伝えの話だからではない。口ぶりからして今の話は月岡が体験した話だと即座に理解したからだった。

「……亡くなったのは、誰ですか?」

「妹だ。亡くなったんじゃない殺されたんだ」

 雷が鳴った。遥か遠くの上空。大きな渦を巻く灰色の雲が瞬いたように光る。

「連絡があって向かった。家族から抵抗されたがな。顔を見るなって。怒鳴り散らして、いや少しは手を出したかもしれないが白い布を顔から剥がした。無惨だった。腫れ上がってるとか傷付いているとかそんなもんじゃない。あれを見たとき妹なのに心の中で思っちまったんだ。化物(・・)、ってな」

 また雷が鳴った。光とともに見えた月岡の瞳から雨粒が一滴垂れ落ちた気がした。吉良の目の錯覚かもしれないが。

「専門家とやらを見つけ出して殴った。全身も顔もボコボコにしてやった。だってそうだろう。妹が死に、家族がボロボロの顔になっているのにあいつだけは涼しい顔をしていた。そんなことあっていいはずがねぇ。あっていいはずがねぇんだよ! ……だからだ。こんなところに飛ばされた。ちょうどいい人事だと。そりゃそうだ。狐憑きがあやかしの事件を捜査するんだからな」

 月岡はタバコを吸った。

「先生なら知ってんだろ。狐はな、タバコの煙が嫌いなんだ」

 「狐に化かされた話」だ。男が夜道を歩いていると急に何も見えない真っ暗闇に襲われた。狐に化かされたかと思いタバコに火を点けると、狐は逃げていき辺りは明るくなったという。

「わざわざ言うこともないけどな。だから嫌いなんだよ。あやかしとかなんとか、先生みたいな専門家とやらが。俺にとってはあやかしはあやかしじゃねぇ。本当のあやかしは人間だよ」

 吉良が何も言えずに黙って濡れた窓の外を見ていると、車が急に減速を始めサービスエリアへと吸い込まれるように入っていった。

「えっ」

「……休憩だ。適度に休憩を入れないと運転は危ない」

 スピード超過は許されるのか、と言いそうになったが口から言葉が飛び出る直前に(とど)めた。時間はないが、疲れは溜まっている。今の話を聞くだけでも、月岡も相当なストレスと疲れを抱えているはずだ。

 トイレを済ませると、月岡が併設されているカフェの二人掛けのテーブルに座っているのを見かけた。手を挙げて合図が送られた。向かい合って椅子に座るなり、月岡から話し掛けてくる。

「先生もどうだ。何か頼むか」

 やけに上機嫌だった。悲痛な話をしていたばかりなのにあの雰囲気はどこへ消えたのか、目を輝かせどこか楽しそうに紙コップに入ったブラックコーヒーを啜る。その理由はすぐにわかった。

「お待たせしました。こちら、ずんだパフェになります」

「来た来た」

 まるで子どものような笑顔になると、白玉が二つ乗った美しい緑色のパフェに長いスプーンを入れる。一口サイズで切り取ったパフェを頬張ると、いかにも美味しそうに目が大きく開かれた。

「甘っ! うまっ! 枝豆っ!」

 拭えない違和感を覚えながら、そういえば──と吉良は記憶を遡る。自宅で目覚めたときに月岡が読んでいた雑誌は、『Sweets&Concerto』という製菓雑誌だ。依頼人が待ち時間の間に退屈しないようにといろいろと揃えた雑誌の中で、月岡は間違いなくそれを読んでいた。

 月岡はコーヒーを口に運ぶと、満足気に微笑んだ。

「いや〜最高だな。生きててよかった! ほら先生も何か頼めよ。日替わりケーキもあるし、あとアイスも、大福まである。種類豊富!」

「あっ、いや、じゃあ僕はカフェオレで」

「なんだ先生、甘いもの苦手か? こんなにうまいのに」

「いえ、その」

 苦笑いするしかなかった。好きか嫌いかと言われれば苦手ではなかったが、この緊急時に食べたいとは思えなかった。肝が座っているというか度胸があるというか。

「甘いものでも食べないとやってられねぇだろ。ただでさえ血なまぐさい現場なんだ」

 月岡が真顔で言うと妙に説得力がある。吉良の感心をよそに月岡はずんだパフェを平らげると、大きく息を吐いた。

「さて、ともう一つ。先生に聞きたいことがある」

 急に空気が引き締まった。運ばれてきたカフェオレを手元に移すと、湯気がほんの少しメガネを白く濁らせた。

「先生の顔付きが変わった気がする。あのあと何かあったのか?」

 熱い紙コップを傾けると、入れたてのカフェオレが口の中に流れてきた。ほろ苦いコーヒーとほんのりと甘い牛乳の味が香りとともに広がった。

「覚悟が決まったというか、自分のやるべきことがようやくわかったというか」

 吉良は数時間前の愛姫とのやり取りを包み隠さず全部話した。月岡が自身のことを話してくれたこともあって、舌は止まることなく動く。しゃべり終える頃にはもうコップの中身は冷たくなってしまっていた。

「──なるほどな。確かにそこは先生の強みなんじゃねぇか? あやかし側の視点にも立てる。俺や柳田にはない部分だ。あやかしと暮らせるくらいだからな」

 穏やかな表情に口調。コーヒーを飲み干すと月岡は即座に席を立ち、外へ出ようとする。

「えっ、あの……」

「なんだ先生。さすがにもう時間がないだろ、急がないと」

「いや、そうじゃなくて。嫌がらないんですか? あやかしの肩を持つのは嫌いなんじゃ」

「嫌いだよ。反吐が出る」

 あまりの即答に吉良の顔がガチガチに強張る。月岡は片手をスーツのポケットに突っ込んで反対側の手で頭を掻いた。

「だが、それが役立つこともあるんだろ? 捜査が進展するなら問題はない。ほら、行くぞ!」

「は、はい!」

 土砂降りの雨の中を二人の人影が通り抜けていった。山を切り抜いてつくられたような駐車場。色付く大きな木々が風に揺られた。二人が乗り込んだ車は高速道路に合流し、また駆け抜けていく。日は暗くなり、もうすぐで夜の帳が下りようとしていた。

「あんたの奥さんに会った」

 しばらく走った後、月岡は不意にそう言った。雨がさらに強まる中、ぽそりと喋る声に吉良は前方を見つめ耳を傾ける。

「怖がっているようだった。俺を、というよりも人間の目に触れるのが。顔はずっと下を向いていてしかも両手で顔を覆っていた」

 フロントガラスに愛姫の仕草が鮮明に浮かび上がる。人間の、それも男性だ。顔を決して見られてはいけないと、必死だったはず。

「正直、拍子抜けした。あんたの奥さんはあやかしと聞いていたから、何かされるのかもしれないと身構えていたからな。だがあれは逆に可哀想だ」

 愛姫のことをよく知らない人間は、あやかしというその属性だけを見て不安や恐怖を募らせる。自分達と根本的に違う存在だと、理解を避けて拒絶を示す。吉良の両親がそうであるように。

「あやかしは嫌いだ。だが、あんたのことは信頼できる。俺はな、人を見る目はあるんだよ。あの姿を見て察した。あんたはホンモノだ。本気であやかしと関係を構築しようとしている。そうだろ、吉良(・・)

 そうなのだろうか、と吉良は自問した。大粒の雨が車体を叩き、雷が轟く。その音が自身の向かう先を暗示しているわけではないことを、吉良は祈った。


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 月岡はまた燃えるような瞳をしていた。ギラギラと憎悪すら感じるような。暗闇の中に浮かぶ花火のような。
「ニセモノの専門家?」
 声を落とす。ワイパーがもう一度上がった。
「そうだな。こういうのはどうだ? めんどくさくない、単純な話だ。狐憑きの少女がいた。ニセモノの専門家は噂と迷信を拠り所にして、家族に対して少女を殴り蹴るの暴行を実行させる。少女は死ぬ。だからニセモノの専門家を殺す。これは、いいか悪いか」
 雨足が激しくなってきた。吉良の背中に悪寒が走る。
 狐憑きは、古来から言い伝えられてきた憑物の話だ。単なるあやかしの憑物とは違い、憑物筋《つきものすじ》と言い代々遺伝として、つまり家に憑くとされることも多い。憑物筋の家系には時折、狐憑きが生まれる。その狐憑きを退治する方法として狐落としが行われる。
 吉良が冷や汗をかいたのは言い伝えの話だからではない。口ぶりからして今の話は月岡が体験した話だと即座に理解したからだった。
「……亡くなったのは、誰ですか?」
「妹だ。亡くなったんじゃない殺されたんだ」
 雷が鳴った。遥か遠くの上空。大きな渦を巻く灰色の雲が瞬いたように光る。
「連絡があって向かった。家族から抵抗されたがな。顔を見るなって。怒鳴り散らして、いや少しは手を出したかもしれないが白い布を顔から剥がした。無惨だった。腫れ上がってるとか傷付いているとかそんなもんじゃない。あれを見たとき妹なのに心の中で思っちまったんだ。|化物《・・》、ってな」
 また雷が鳴った。光とともに見えた月岡の瞳から雨粒が一滴垂れ落ちた気がした。吉良の目の錯覚かもしれないが。
「専門家とやらを見つけ出して殴った。全身も顔もボコボコにしてやった。だってそうだろう。妹が死に、家族がボロボロの顔になっているのにあいつだけは涼しい顔をしていた。そんなことあっていいはずがねぇ。あっていいはずがねぇんだよ! ……だからだ。こんなところに飛ばされた。ちょうどいい人事だと。そりゃそうだ。狐憑きがあやかしの事件を捜査するんだからな」
 月岡はタバコを吸った。
「先生なら知ってんだろ。狐はな、タバコの煙が嫌いなんだ」
 「狐に化かされた話」だ。男が夜道を歩いていると急に何も見えない真っ暗闇に襲われた。狐に化かされたかと思いタバコに火を点けると、狐は逃げていき辺りは明るくなったという。
「わざわざ言うこともないけどな。だから嫌いなんだよ。あやかしとかなんとか、先生みたいな専門家とやらが。俺にとってはあやかしはあやかしじゃねぇ。本当のあやかしは人間だよ」
 吉良が何も言えずに黙って濡れた窓の外を見ていると、車が急に減速を始めサービスエリアへと吸い込まれるように入っていった。
「えっ」
「……休憩だ。適度に休憩を入れないと運転は危ない」
 スピード超過は許されるのか、と言いそうになったが口から言葉が飛び出る直前に留《とど》めた。時間はないが、疲れは溜まっている。今の話を聞くだけでも、月岡も相当なストレスと疲れを抱えているはずだ。
 トイレを済ませると、月岡が併設されているカフェの二人掛けのテーブルに座っているのを見かけた。手を挙げて合図が送られた。向かい合って椅子に座るなり、月岡から話し掛けてくる。
「先生もどうだ。何か頼むか」
 やけに上機嫌だった。悲痛な話をしていたばかりなのにあの雰囲気はどこへ消えたのか、目を輝かせどこか楽しそうに紙コップに入ったブラックコーヒーを啜る。その理由はすぐにわかった。
「お待たせしました。こちら、ずんだパフェになります」
「来た来た」
 まるで子どものような笑顔になると、白玉が二つ乗った美しい緑色のパフェに長いスプーンを入れる。一口サイズで切り取ったパフェを頬張ると、いかにも美味しそうに目が大きく開かれた。
「甘っ! うまっ! 枝豆っ!」
 拭えない違和感を覚えながら、そういえば──と吉良は記憶を遡る。自宅で目覚めたときに月岡が読んでいた雑誌は、『Sweets&Concerto』という製菓雑誌だ。依頼人が待ち時間の間に退屈しないようにといろいろと揃えた雑誌の中で、月岡は間違いなくそれを読んでいた。
 月岡はコーヒーを口に運ぶと、満足気に微笑んだ。
「いや〜最高だな。生きててよかった! ほら先生も何か頼めよ。日替わりケーキもあるし、あとアイスも、大福まである。種類豊富!」
「あっ、いや、じゃあ僕はカフェオレで」
「なんだ先生、甘いもの苦手か? こんなにうまいのに」
「いえ、その」
 苦笑いするしかなかった。好きか嫌いかと言われれば苦手ではなかったが、この緊急時に食べたいとは思えなかった。肝が座っているというか度胸があるというか。
「甘いものでも食べないとやってられねぇだろ。ただでさえ血なまぐさい現場なんだ」
 月岡が真顔で言うと妙に説得力がある。吉良の感心をよそに月岡はずんだパフェを平らげると、大きく息を吐いた。
「さて、ともう一つ。先生に聞きたいことがある」
 急に空気が引き締まった。運ばれてきたカフェオレを手元に移すと、湯気がほんの少しメガネを白く濁らせた。
「先生の顔付きが変わった気がする。あのあと何かあったのか?」
 熱い紙コップを傾けると、入れたてのカフェオレが口の中に流れてきた。ほろ苦いコーヒーとほんのりと甘い牛乳の味が香りとともに広がった。
「覚悟が決まったというか、自分のやるべきことがようやくわかったというか」
 吉良は数時間前の愛姫とのやり取りを包み隠さず全部話した。月岡が自身のことを話してくれたこともあって、舌は止まることなく動く。しゃべり終える頃にはもうコップの中身は冷たくなってしまっていた。
「──なるほどな。確かにそこは先生の強みなんじゃねぇか? あやかし側の視点にも立てる。俺や柳田にはない部分だ。あやかしと暮らせるくらいだからな」
 穏やかな表情に口調。コーヒーを飲み干すと月岡は即座に席を立ち、外へ出ようとする。
「えっ、あの……」
「なんだ先生。さすがにもう時間がないだろ、急がないと」
「いや、そうじゃなくて。嫌がらないんですか? あやかしの肩を持つのは嫌いなんじゃ」
「嫌いだよ。反吐が出る」
 あまりの即答に吉良の顔がガチガチに強張る。月岡は片手をスーツのポケットに突っ込んで反対側の手で頭を掻いた。
「だが、それが役立つこともあるんだろ? 捜査が進展するなら問題はない。ほら、行くぞ!」
「は、はい!」
 土砂降りの雨の中を二人の人影が通り抜けていった。山を切り抜いてつくられたような駐車場。色付く大きな木々が風に揺られた。二人が乗り込んだ車は高速道路に合流し、また駆け抜けていく。日は暗くなり、もうすぐで夜の帳が下りようとしていた。
「あんたの奥さんに会った」
 しばらく走った後、月岡は不意にそう言った。雨がさらに強まる中、ぽそりと喋る声に吉良は前方を見つめ耳を傾ける。
「怖がっているようだった。俺を、というよりも人間の目に触れるのが。顔はずっと下を向いていてしかも両手で顔を覆っていた」
 フロントガラスに愛姫の仕草が鮮明に浮かび上がる。人間の、それも男性だ。顔を決して見られてはいけないと、必死だったはず。
「正直、拍子抜けした。あんたの奥さんはあやかしと聞いていたから、何かされるのかもしれないと身構えていたからな。だがあれは逆に可哀想だ」
 愛姫のことをよく知らない人間は、あやかしというその属性だけを見て不安や恐怖を募らせる。自分達と根本的に違う存在だと、理解を避けて拒絶を示す。吉良の両親がそうであるように。
「あやかしは嫌いだ。だが、あんたのことは信頼できる。俺はな、人を見る目はあるんだよ。あの姿を見て察した。あんたはホンモノだ。本気であやかしと関係を構築しようとしている。そうだろ、|吉良《・・》」
 そうなのだろうか、と吉良は自問した。大粒の雨が車体を叩き、雷が轟く。その音が自身の向かう先を暗示しているわけではないことを、吉良は祈った。