表示設定
表示設定
目次 目次




#25 Truth

ー/ー



 ガチャリ……と、相変わらず重いルーンプレナ図書館のドアを開ける。今日はレイネと二人で調べ物をしに来た。

「よ……い……しょ……」

 ドアを閉めると、バタン……と、大きな音が立った。エリアスはこの建て付けの悪いドアの事を「歴史の重みの現れ」と表現している。どうやら彼女はこの建て付けを気に入っている様で、直す気は無いようだ。確かにこの図書室が見てきたもの、歩んできた時間をひしひしと感じる風情あるドアだが、僕は非力な腕の前にはそんなものはどうでもいいとさえ思えてくる。

「おーい! エリアスー! 今度はどこで寝てるんだー?」

 僕は精一杯の大声を図書館に響かせた。僕は大きな声を出すのも苦手だ。小さい頃、ルミン、サニー、そして僕が、船に乗ってシャンクさんの釣りを手伝った時があったが、シャンクさんに「お前の声は波の音に負けてて聞こえない」と言われ小馬鹿にされた事をよく覚えている。

「おーい! はぁ……はぁ……もう疲れた」

 何度も呼び続けたが一向に返事は無い。エリアスも大きな声を出せる人ではないが、静かな図書館では小さな音もよく響く。僕の声は届く筈だし、あちらの声も聞こえる筈だ。
 どこを探しても見つからない。と思ったその時、二階にある、エリアスが「守るべき部屋」と呼んだあの部屋の扉の鍵が開いている事に気が付いた。おかしい。エリアスがこんな初歩的なミスを犯す筈がない。僕は思い切って扉を開けようと取っ手を掴んだ。するとレイネが言った。

「……わたし、ちょっとこわい」

 僕の服の裾を掴むレイネ。ふと目線を移すと、僕の取っ手を掴んだ手が震えている事に気付いた。レイネがこの星の人間ではないと知った時、僕は怖かった。きっとレイネも同じ思いだったのだろう。僕らにとってはこれがトラウマ、と言うやつなのだろうか。でも、僕らなら絶対大丈夫。現実を受け入れた先に希望がある。そう思えたから。

「大丈夫。僕の心はもう前を向いているから。大丈夫」

「……うん。わかった。じゃあ、いっしょにあけよ」

「うん」

 二人の手で扉を開けると、ギィ……と古めかしい音を立ててそれは開いた。すると、見覚えのある部屋と見覚えのある人物が僕の視界を埋めた。

「……」

「あ」

 エリアスが床に横たわって寝ているのを見つけて、僕は思わず呟いた。

「おーい、エリアスー」

 僕はエリアスをゆすって声をかけた。このくだりは僕が図書館に来たら必ずやる事の一つとなってしまっている。

「……ん……えーと……その本なら……あ! すみません……寝てしまっていました。あらフィリオさん。えっと、お元気ですか? わたくしはもう、あの時からずっと心配で……」

 切なそうな口調で語る彼女。

「その事は、謝らせてくれ。すまなかった。僕はもう大丈夫だよ」

「そうですか。なら、良かったです。心の健康も大切ですから」

 彼女はたまに医者みたいな事を言ってみたりする。昔彼女は法律にハマっていた時期があって、その時はえらく規律に厳しかった。彼女の知識欲は本当に底が知れない。

「あら、今回もレイネさんと一緒なのですね。あ! それならちょうど良かったです。今、レイネさんがおっしゃっていた月とこの星の歴史について調べていたんです」

「そうか。何か分かった事はあるのか?」

「えっとですね……」

 そしてエリアスは独り言をぶつぶつ言いながら棚にある木板を手に取った。

「まず、どうやらこの国の言語と月の言語は、文字の形は全く違うものの、読みが完全に一致している事が分かりました。レイネさんがあの時仰っていた言語が、我々の普段喋る言葉と同じだったので、大体検討はついていたのですが」

「なるほどなぁ」

 僕は顎に手を当てて言った。

「後、レイネさんが言った言葉を元に木板に書かれた言語の解読を試みた結果、そのほとんどの翻訳に成功しました」

「お前の頭の中はどうなってんだ」

 エリアスはたまに信じがたい程の頭の良さを発揮する事がある。

「この二枚の木板に書かれているのは月人と地球人の関係とその歴史。『月光記』と言う題名です。全て読み終えましたが、レイネさんが仰っていた通り、この星に住む我々は、元々月で暮らしていた様です。そしてここからは憶測なのですが、レイネさんは月から来たと仰っていました。それが本当なら、この文字は月で使われていた文字である可能性が高いです」

 淡々と木板に書かれた内容を報告するエリアス。

「うーん……やっぱり信じがたい話だな」

「わたくしも、初めは信じられませんでした。ですが、お父様含めたわたくしの先祖が代々守り抜いてきた真実ですし、レイネさんがこうして今ここにいる事が、何よりの裏付けなのだと思います」

「そうか……確かにな」

「今までの研究で分かった事は多くありましたが、それに伴って謎が多く残る結果となりました。追放された我々の先祖は、どのようにして翼を奪われ、記憶を消されたのか。なぜ記憶が消えた筈のこの星の人類は、これらの木板を残す事が出来たのか。歴史学は、こういう残された謎を追い求める過程が面白いんです」

「なるほどね……また分かった事があれば教えてくれ。今度暇があったら寄るからさ」

 そう言った拍子に、僕は気付いた。

「そうだ、そういえば、僕とレイネがどうやって出会ったのかって話、言ってなかったよな。君の研究に少しでも役立てばいいんだけど……」

「言われてみればそうですね。真実ならどんな情報でも構いません。一体、どこでどのようにして出会ったのですか?」

 エリアスは興味深くこちらを見て言った。

「それが不思議なんだけどさ、夜中に僕が絵を描こうと浜辺に行った時に突然海から光が放たれて、消えたと思ったらボロボロの服を着た少女が倒れていたんだ。それがレイネさ」

 新たな情報を得たエリアスがどこか嬉しそうに天井を見上げながら言う。

「なるほど……それは確かに不思議な事象ですね。まだまだ研究の甲斐がありそうです。今度是非いらしてください。少しでもお役に立てれば嬉しい限りです」

 エリアスは持っていた木板を棚に戻して、こちらに向かって微笑んだ。

「話は変わるんですが、先程からレイネさんの姿が見えませんが、どうしたのでしょう……?」

 彼女の言葉にハッとする僕。ふと横を見るとレイネの姿は確かにない。エリアスとの会話に夢中になっている内に見失ってしまった。なんたる不覚だろうか。

「ほ、本当だ! どこ行ったんだろう……よし……」

 焦った僕はこの部屋を飛び出し、ありったけの大声でレイネを呼んだ。

「レイネー! いるなら返事してくれー!」

「と、図書館ではお静かに!」

 その声に反応して振り向くと、エリアスがむっと頬を膨らませていた。

「あ……ごめんなさい……」

 さっきの大声が反射して、自分に返ってくる。辺りが無音になった時、図書館を小走りで走る足音がした。間違いないだろう。レイネだ。
 その音はやがて大きくなり、やがて可愛らしい純白のワンピースをフワフワとなびかせながらこちらに近づいてくる少女の姿が見えた。何やら手には一冊の本を抱えている。そうだ。今日はレイネに文字を教えてあげようとしてここへ来た。彼女は本来の目的を忘れていなかった様だ。

「……」

 レイネは僕の目の前まで来ると、何も言わずに抱えていた本を開いて、ある単語を指差した。レイネが持って来たのは分厚い植物図鑑だった。見慣れた草花の絵が描かれているのを見て興味を持ったのだろう。

「これ、なんてよむの?」

 僕はすかさず答えた。

「これはね、『桜』って読むんだよ」

「さくら……さくら……」

「そう。これで一つ、読める言葉が増えたな」

「うん」

 レイネの成長を噛み締めるように、僕は彼女の頭を撫でた。レイネが月へ帰るまで、後四日。


次のエピソードへ進む #26 You


みんなのリアクション

 ガチャリ……と、相変わらず重いルーンプレナ図書館のドアを開ける。今日はレイネと二人で調べ物をしに来た。
「よ……い……しょ……」
 ドアを閉めると、バタン……と、大きな音が立った。エリアスはこの建て付けの悪いドアの事を「歴史の重みの現れ」と表現している。どうやら彼女はこの建て付けを気に入っている様で、直す気は無いようだ。確かにこの図書室が見てきたもの、歩んできた時間をひしひしと感じる風情あるドアだが、僕は非力な腕の前にはそんなものはどうでもいいとさえ思えてくる。
「おーい! エリアスー! 今度はどこで寝てるんだー?」
 僕は精一杯の大声を図書館に響かせた。僕は大きな声を出すのも苦手だ。小さい頃、ルミン、サニー、そして僕が、船に乗ってシャンクさんの釣りを手伝った時があったが、シャンクさんに「お前の声は波の音に負けてて聞こえない」と言われ小馬鹿にされた事をよく覚えている。
「おーい! はぁ……はぁ……もう疲れた」
 何度も呼び続けたが一向に返事は無い。エリアスも大きな声を出せる人ではないが、静かな図書館では小さな音もよく響く。僕の声は届く筈だし、あちらの声も聞こえる筈だ。
 どこを探しても見つからない。と思ったその時、二階にある、エリアスが「守るべき部屋」と呼んだあの部屋の扉の鍵が開いている事に気が付いた。おかしい。エリアスがこんな初歩的なミスを犯す筈がない。僕は思い切って扉を開けようと取っ手を掴んだ。するとレイネが言った。
「……わたし、ちょっとこわい」
 僕の服の裾を掴むレイネ。ふと目線を移すと、僕の取っ手を掴んだ手が震えている事に気付いた。レイネがこの星の人間ではないと知った時、僕は怖かった。きっとレイネも同じ思いだったのだろう。僕らにとってはこれがトラウマ、と言うやつなのだろうか。でも、僕らなら絶対大丈夫。現実を受け入れた先に希望がある。そう思えたから。
「大丈夫。僕の心はもう前を向いているから。大丈夫」
「……うん。わかった。じゃあ、いっしょにあけよ」
「うん」
 二人の手で扉を開けると、ギィ……と古めかしい音を立ててそれは開いた。すると、見覚えのある部屋と見覚えのある人物が僕の視界を埋めた。
「……」
「あ」
 エリアスが床に横たわって寝ているのを見つけて、僕は思わず呟いた。
「おーい、エリアスー」
 僕はエリアスをゆすって声をかけた。このくだりは僕が図書館に来たら必ずやる事の一つとなってしまっている。
「……ん……えーと……その本なら……あ! すみません……寝てしまっていました。あらフィリオさん。えっと、お元気ですか? わたくしはもう、あの時からずっと心配で……」
 切なそうな口調で語る彼女。
「その事は、謝らせてくれ。すまなかった。僕はもう大丈夫だよ」
「そうですか。なら、良かったです。心の健康も大切ですから」
 彼女はたまに医者みたいな事を言ってみたりする。昔彼女は法律にハマっていた時期があって、その時はえらく規律に厳しかった。彼女の知識欲は本当に底が知れない。
「あら、今回もレイネさんと一緒なのですね。あ! それならちょうど良かったです。今、レイネさんがおっしゃっていた月とこの星の歴史について調べていたんです」
「そうか。何か分かった事はあるのか?」
「えっとですね……」
 そしてエリアスは独り言をぶつぶつ言いながら棚にある木板を手に取った。
「まず、どうやらこの国の言語と月の言語は、文字の形は全く違うものの、読みが完全に一致している事が分かりました。レイネさんがあの時仰っていた言語が、我々の普段喋る言葉と同じだったので、大体検討はついていたのですが」
「なるほどなぁ」
 僕は顎に手を当てて言った。
「後、レイネさんが言った言葉を元に木板に書かれた言語の解読を試みた結果、そのほとんどの翻訳に成功しました」
「お前の頭の中はどうなってんだ」
 エリアスはたまに信じがたい程の頭の良さを発揮する事がある。
「この二枚の木板に書かれているのは月人と地球人の関係とその歴史。『月光記』と言う題名です。全て読み終えましたが、レイネさんが仰っていた通り、この星に住む我々は、元々月で暮らしていた様です。そしてここからは憶測なのですが、レイネさんは月から来たと仰っていました。それが本当なら、この文字は月で使われていた文字である可能性が高いです」
 淡々と木板に書かれた内容を報告するエリアス。
「うーん……やっぱり信じがたい話だな」
「わたくしも、初めは信じられませんでした。ですが、お父様含めたわたくしの先祖が代々守り抜いてきた真実ですし、レイネさんがこうして今ここにいる事が、何よりの裏付けなのだと思います」
「そうか……確かにな」
「今までの研究で分かった事は多くありましたが、それに伴って謎が多く残る結果となりました。追放された我々の先祖は、どのようにして翼を奪われ、記憶を消されたのか。なぜ記憶が消えた筈のこの星の人類は、これらの木板を残す事が出来たのか。歴史学は、こういう残された謎を追い求める過程が面白いんです」
「なるほどね……また分かった事があれば教えてくれ。今度暇があったら寄るからさ」
 そう言った拍子に、僕は気付いた。
「そうだ、そういえば、僕とレイネがどうやって出会ったのかって話、言ってなかったよな。君の研究に少しでも役立てばいいんだけど……」
「言われてみればそうですね。真実ならどんな情報でも構いません。一体、どこでどのようにして出会ったのですか?」
 エリアスは興味深くこちらを見て言った。
「それが不思議なんだけどさ、夜中に僕が絵を描こうと浜辺に行った時に突然海から光が放たれて、消えたと思ったらボロボロの服を着た少女が倒れていたんだ。それがレイネさ」
 新たな情報を得たエリアスがどこか嬉しそうに天井を見上げながら言う。
「なるほど……それは確かに不思議な事象ですね。まだまだ研究の甲斐がありそうです。今度是非いらしてください。少しでもお役に立てれば嬉しい限りです」
 エリアスは持っていた木板を棚に戻して、こちらに向かって微笑んだ。
「話は変わるんですが、先程からレイネさんの姿が見えませんが、どうしたのでしょう……?」
 彼女の言葉にハッとする僕。ふと横を見るとレイネの姿は確かにない。エリアスとの会話に夢中になっている内に見失ってしまった。なんたる不覚だろうか。
「ほ、本当だ! どこ行ったんだろう……よし……」
 焦った僕はこの部屋を飛び出し、ありったけの大声でレイネを呼んだ。
「レイネー! いるなら返事してくれー!」
「と、図書館ではお静かに!」
 その声に反応して振り向くと、エリアスがむっと頬を膨らませていた。
「あ……ごめんなさい……」
 さっきの大声が反射して、自分に返ってくる。辺りが無音になった時、図書館を小走りで走る足音がした。間違いないだろう。レイネだ。
 その音はやがて大きくなり、やがて可愛らしい純白のワンピースをフワフワとなびかせながらこちらに近づいてくる少女の姿が見えた。何やら手には一冊の本を抱えている。そうだ。今日はレイネに文字を教えてあげようとしてここへ来た。彼女は本来の目的を忘れていなかった様だ。
「……」
 レイネは僕の目の前まで来ると、何も言わずに抱えていた本を開いて、ある単語を指差した。レイネが持って来たのは分厚い植物図鑑だった。見慣れた草花の絵が描かれているのを見て興味を持ったのだろう。
「これ、なんてよむの?」
 僕はすかさず答えた。
「これはね、『桜』って読むんだよ」
「さくら……さくら……」
「そう。これで一つ、読める言葉が増えたな」
「うん」
 レイネの成長を噛み締めるように、僕は彼女の頭を撫でた。レイネが月へ帰るまで、後四日。