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36.大魔術師の御説法

ー/ー




「御師様。トーヤ君の魔術師試験の件、私は何も聞いていないのですが」

 ティスタ先生の疑問を聞いて、リリさんは呆れた表情をしている。

「あなたが私を避けていたから、いつまで経っても話ができなかったのよ。新しく弟子を取ったのなら、ちゃんと私に教えなさいな」

「う……すみません……」

「こんな有望な子、どこで見つけたの? 今の人間界でエルフを弟子を取れた魔術師なんて、あなたくらいよ」

 ティスタ先生ではなく、便利屋所長の千歳さんから僕の話を聞いていたらしい。何度かティスタ先生へ連絡をしたが、いくら待っても返事がなかったのだとか。痺れを切らしたリリさんは、自ら日本の分校へと出向いてくれたのだ。

「まぁ、ティスタへの説教は後でもできるわね。トーヤさん、キミのことを色々と聞いてみたいのだけれど」

「はい、わかりました」

「魔族や魔術師への偏見がある今の時代、魔術師を目指したい理由は何?」

 リリさんは、澄んだ碧い瞳を真っ直ぐと向けて問いかけてくる。

 後世の魔術師のためだとか、人間と魔族の融和のためだとか、人々や魔族を守るためだとか、理由は頭の中にいくつも浮かぶが、理由は単純明快。

「……お世話になっているティスタ先生のお役に立てる魔術師になりたいと思っています。他の理由もありますが、今はそれが一番の目標です」

 ここで嘘をついてしまえば、今までの僕の気持ちに嘘をつくことにもなる。正直に、真っ直ぐに、自分の気持ちをリリさんへと伝えた。

「つまり、ティスタ個人のために魔術を極めたいと?」

「そうです」

 自分の好きな魔術のことで、自分の尊敬する師匠の前で、嘘をつきたくない。僕の一番の目標は変わらない。

 呆れられるかと思っているが、予想に反してリリさんは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「100点満点の答えね。それでいい。まずは自分と自分を大切にしてくれる者を幸せにしなさい。多くの者のことを考えるのは、力と立場を得た後でいい」

 予想外の反応に困惑している僕に向けて、リリさんは話を続ける。

「人間の世界には「魔が差す」なんて言葉があるでしょう。まるで本来の自分ではないかのような行動や判断をしてしまうこと。魔力という異能の力を持っている者の中には、魔が差すという言葉通りに特別な力を手に入れた自分に酔って、狂ってしまう者がいる。そういう者ほど、目標や理想が高いものよ」

 魔術を使った犯罪やテロなど、今の人間の世界ではいくつもある。魔術を全能の力だと勘違いしてしまった愚かな魔術師が歴史の中に多く存在していたと学院の授業でも学ばせてもらった。

「そうした気持ちを抑えるために一番大切なものは――」

 リリさんは僕とティスタ先生の目の前に立つと、胸元へ人差し指を当てて、優しく微笑みながら教えてくれた。

「身近な者への愛情、友情、温情、心の中のあらゆる「情」よ。これからもその気持ちを忘れないこと。いつか「魔が差す」ことがあった時は、自分に想いを向けてくれている人のことを思い出しなさい」

 リリさんの言葉を聞いて、僕とティスタ先生は頷く。

「自分以外の身近な誰かのために、という心情があるのならキミは大丈夫。その気持ちを忘れずにこれからも頑張ってね」

 魔術を習いはじめた頃にティスタ先生から教えてもらった「情を忘れるな」という言葉は、リリさんから受け継がれたものだったに違いない。

「さて、次はあなたよ。ティスタ」

 隣に座るティスタ先生は、顔を真っ青にしながら固まっている。今までに見たことのない様子。ティスタ先生もリリさんには頭の上がらないようだ。

「いつまで経っても顔を見せないし、連絡もつかないし……あなたのことをずっと心配していたのだからね」

「すみません……」

 ティスタ先生は気まずい表情をしながら俯いてしまった。落ち込んでいる様子の先生の心情を察したかのように、リリさんは話を続ける。

「きっとあなたのことだから、自堕落な生活をしている姿を私に見せたくないなんて思っていたのかもしれないけれど、あなたがどんなことをしていても、どれだけ離れていても、私にとってあなたは大切な弟子なのよ。覚えておきなさい」

「申し訳ありません……」

「……わかればよろしい。でも、褒めておくべき点もある」

 リリさんはゆっくりと手を伸ばして、ティスタ先生の頭を撫でながら笑った。

「良い弟子を見つけたわね。あなたには見る目がある。それに、見ただけでわかるくらい良い成長の仕方をしている。さすがは私の一番弟子よ」

「ありがとう、ございます……」

 ティスタ先生は、さっきまでの暗い表情が嘘のように笑顔を見せた。いつもとは違う、穏やかで安心しきった表情。先生にとって、リリさんは母親のような存在なのかもしれない。

(……あ、そういえば……)

 ふと、便利屋の事務所にあった写真立ての存在を思い出した。写真の中の金髪碧眼の少女がリリさんだったのだと気付く。

 写真立てはずっと伏せられたままだったが、先生は写真を片付けようとはしなかった。先生にとっても、リリさんに弟子入りしていた時代の記憶は大切なものだったに違いない。

「トーヤさん、これからもティスタのことをよろしくね」

「はい、お互いに支え合って頑張っていこうと思います」

「どうもありがとう、そうしてあげてほしい」

 隣に座るティスタ先生は恥ずかしそうに顔を俯けたまま動かなくなってしまう。今の言葉は自分でもちょっと恥ずかしい。

「最後にもうひとつだけ大切なことを話しておくわ。この国にいる魔術師全員の耳に入れておいた方がいいと思ってね」

 僕の魔術師昇級試験の課題提示とティスタ先生へのお説教が終わって、最後にリリさんの口から語られたのは、この国のすべての魔術師に迫る脅威について。

「注意喚起をして回っているのだけれど、あなた達も気に留めておいてほしい。ティスタでも相手にするのは少々骨が折れる相手でね」

 ティスタ先生でも苦戦するほどの実力を持つ魔術師、どれほど強大な魔力を持っているのだろうか。

 魔術師の異名を聞かされて、更に戦慄した。

「魔術師殺しがこの国にいる」

 異名通りの恐ろしい魔術師、国際的な犯罪者でもある男。リリさんは、魔術殺しの経歴を教えてくれた。


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「御師様。トーヤ君の魔術師試験の件、私は何も聞いていないのですが」
 ティスタ先生の疑問を聞いて、リリさんは呆れた表情をしている。
「あなたが私を避けていたから、いつまで経っても話ができなかったのよ。新しく弟子を取ったのなら、ちゃんと私に教えなさいな」
「う……すみません……」
「こんな有望な子、どこで見つけたの? 今の人間界でエルフを弟子を取れた魔術師なんて、あなたくらいよ」
 ティスタ先生ではなく、便利屋所長の千歳さんから僕の話を聞いていたらしい。何度かティスタ先生へ連絡をしたが、いくら待っても返事がなかったのだとか。痺れを切らしたリリさんは、自ら日本の分校へと出向いてくれたのだ。
「まぁ、ティスタへの説教は後でもできるわね。トーヤさん、キミのことを色々と聞いてみたいのだけれど」
「はい、わかりました」
「魔族や魔術師への偏見がある今の時代、魔術師を目指したい理由は何?」
 リリさんは、澄んだ碧い瞳を真っ直ぐと向けて問いかけてくる。
 後世の魔術師のためだとか、人間と魔族の融和のためだとか、人々や魔族を守るためだとか、理由は頭の中にいくつも浮かぶが、理由は単純明快。
「……お世話になっているティスタ先生のお役に立てる魔術師になりたいと思っています。他の理由もありますが、今はそれが一番の目標です」
 ここで嘘をついてしまえば、今までの僕の気持ちに嘘をつくことにもなる。正直に、真っ直ぐに、自分の気持ちをリリさんへと伝えた。
「つまり、ティスタ個人のために魔術を極めたいと?」
「そうです」
 自分の好きな魔術のことで、自分の尊敬する師匠の前で、嘘をつきたくない。僕の一番の目標は変わらない。
 呆れられるかと思っているが、予想に反してリリさんは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「100点満点の答えね。それでいい。まずは自分と自分を大切にしてくれる者を幸せにしなさい。多くの者のことを考えるのは、力と立場を得た後でいい」
 予想外の反応に困惑している僕に向けて、リリさんは話を続ける。
「人間の世界には「魔が差す」なんて言葉があるでしょう。まるで本来の自分ではないかのような行動や判断をしてしまうこと。魔力という異能の力を持っている者の中には、魔が差すという言葉通りに特別な力を手に入れた自分に酔って、狂ってしまう者がいる。そういう者ほど、目標や理想が高いものよ」
 魔術を使った犯罪やテロなど、今の人間の世界ではいくつもある。魔術を全能の力だと勘違いしてしまった愚かな魔術師が歴史の中に多く存在していたと学院の授業でも学ばせてもらった。
「そうした気持ちを抑えるために一番大切なものは――」
 リリさんは僕とティスタ先生の目の前に立つと、胸元へ人差し指を当てて、優しく微笑みながら教えてくれた。
「身近な者への愛情、友情、温情、心の中のあらゆる「情」よ。これからもその気持ちを忘れないこと。いつか「魔が差す」ことがあった時は、自分に想いを向けてくれている人のことを思い出しなさい」
 リリさんの言葉を聞いて、僕とティスタ先生は頷く。
「自分以外の身近な誰かのために、という心情があるのならキミは大丈夫。その気持ちを忘れずにこれからも頑張ってね」
 魔術を習いはじめた頃にティスタ先生から教えてもらった「情を忘れるな」という言葉は、リリさんから受け継がれたものだったに違いない。
「さて、次はあなたよ。ティスタ」
 隣に座るティスタ先生は、顔を真っ青にしながら固まっている。今までに見たことのない様子。ティスタ先生もリリさんには頭の上がらないようだ。
「いつまで経っても顔を見せないし、連絡もつかないし……あなたのことをずっと心配していたのだからね」
「すみません……」
 ティスタ先生は気まずい表情をしながら俯いてしまった。落ち込んでいる様子の先生の心情を察したかのように、リリさんは話を続ける。
「きっとあなたのことだから、自堕落な生活をしている姿を私に見せたくないなんて思っていたのかもしれないけれど、あなたがどんなことをしていても、どれだけ離れていても、私にとってあなたは大切な弟子なのよ。覚えておきなさい」
「申し訳ありません……」
「……わかればよろしい。でも、褒めておくべき点もある」
 リリさんはゆっくりと手を伸ばして、ティスタ先生の頭を撫でながら笑った。
「良い弟子を見つけたわね。あなたには見る目がある。それに、見ただけでわかるくらい良い成長の仕方をしている。さすがは私の一番弟子よ」
「ありがとう、ございます……」
 ティスタ先生は、さっきまでの暗い表情が嘘のように笑顔を見せた。いつもとは違う、穏やかで安心しきった表情。先生にとって、リリさんは母親のような存在なのかもしれない。
(……あ、そういえば……)
 ふと、便利屋の事務所にあった写真立ての存在を思い出した。写真の中の金髪碧眼の少女がリリさんだったのだと気付く。
 写真立てはずっと伏せられたままだったが、先生は写真を片付けようとはしなかった。先生にとっても、リリさんに弟子入りしていた時代の記憶は大切なものだったに違いない。
「トーヤさん、これからもティスタのことをよろしくね」
「はい、お互いに支え合って頑張っていこうと思います」
「どうもありがとう、そうしてあげてほしい」
 隣に座るティスタ先生は恥ずかしそうに顔を俯けたまま動かなくなってしまう。今の言葉は自分でもちょっと恥ずかしい。
「最後にもうひとつだけ大切なことを話しておくわ。この国にいる魔術師全員の耳に入れておいた方がいいと思ってね」
 僕の魔術師昇級試験の課題提示とティスタ先生へのお説教が終わって、最後にリリさんの口から語られたのは、この国のすべての魔術師に迫る脅威について。
「注意喚起をして回っているのだけれど、あなた達も気に留めておいてほしい。ティスタでも相手にするのは少々骨が折れる相手でね」
 ティスタ先生でも苦戦するほどの実力を持つ魔術師、どれほど強大な魔力を持っているのだろうか。
 魔術師の異名を聞かされて、更に戦慄した。
「魔術師殺しがこの国にいる」
 異名通りの恐ろしい魔術師、国際的な犯罪者でもある男。リリさんは、魔術殺しの経歴を教えてくれた。