第2章〜映文研には手を出すな〜⑪
ー/ー
コンコン――――――と瓦木さんの部屋のドアがノックされ、間をおかずに扉が開かれた。
「誰か、お友だちが……って、あら――――――お取り込み中?」
ドアの方を振り返ると、冗談めかした口調ながらも、やや気まずさを感じさせる表情で語る女性が立っていた。
「ちょっ……お母さん! いま、インタビューの撮影中だから、入って来ないで!!」
デジタルハンディカメラの被写体であるインタビューの相手が抗議の声をあげると、背後の女性は、一瞬、おどろいたような表情で、
「えっ!? インタビューって、どこのテレビ局? …………と思ったけど、な〜んだ、また、ネット用の動画?」
と、明らかに娘と同世代にしか見えないであろうオレの姿を見て苦笑いする。
瓦木さんの発言で、ドアを開け放ったままの女性とクラスメートとの関係が理解できたので、カメラの録画停止ボタンを押した。
「お邪魔しています。瓦木さんと同じクラスの深津と言います。今日は、瓦木さんに学園祭で上映するドキュメンタリー作品のインタビューに答えてもらっていました」
部屋の主に提供されていたシェルチェアから立ち上がって、瓦木さんの母親に一礼してあいさつすると、彼女は
「あらあら、ご丁寧にありがとう」
と、オレに微笑んだあと、娘に確認するように問いかける。
「ねぇ、亜矢! あなたたち、映画を上映するの?」
「わたしたちの映画っていうより、深津くんたち、映像文化研究会の作品に協力するだけだよ」
クラスメートはそう言うが、表向きの理由であっても、悪友にして自称・映文研の軍師役である不知火が提唱してきた案であっても、瓦木亜矢が、ドキュメンタリー作品の中心人物であることに変わりはない。
「瓦木さんには、今回の企画で本当にたくさん協力してもらっているので……お世話になっています」
そう言って、感謝を示すべく、ふたたび頭を下げると、クラスメートの母親は、
「うちの娘が、お役に立っているなら、なによりだわ……」
と、嬉しそうに笑みを浮かべたあと、
「そっか〜懐かしいな〜、三日月祭……」
過去を思い返すような表情で目を細めた。
そんな母の言葉に応じるかのように、娘が、説明を加えてくれる。
「うちの母親も、学院の高等部出身なんだよ」
「そうなんだ! じゃあ、オレたちの先輩ってこと?」
オレの一言には、その先輩が応じた。
「そういうこと! 最近は忙しくて、なかなか遊びに行けなかったけど、今年は、後輩たちのようすを観に行ってみようかな〜。娘が映画に出演するなら、なおさらね!」
瓦木家の母は、そう言って、娘に視線を向けながら、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「結構です! 別に来なくてイイから……」
母の言葉を冷たくあしらおうとする娘。
しかし、母親は「あらあら……」と言った感じで、首を傾げたあと、
「いつも、この部屋では、ネットの視聴者に向かって、ペラペラとしゃべってるのに……いまさら、家族に映画を観られるのが恥ずかしいとか意味わかんないですケド〜」
と、十代の女子のような口調で、あおるような発言を行った。
「もう! 良いから出て行って!!」
母のあおりに、今度はキレ気味に応じる娘。
その言葉に対して、母親は、「お〜、怖っ!」と、大げさに肩をすくめたあと、「ハァ〜」と、ため息をつき、ぐちをこぼすように吐き出した。
「小学生の頃までは、あんなに素直で可愛らしかったのに……中学に上がってからは、ネットに入り浸りだもんね……昔は、一日中、見守っていたいと思ってたけど、中学生になってから、この娘を可愛いと思ったことなんて、一日に五秒もないわ」
その言葉が、あまりに真に迫ったもののように感じられたのと、表現の仕方に熱がこもっていたので、笑いをこらえることができない。
「プッ……クククッ」
肩を震わせながら、ふたりの会話を堪能していると、クラスメートの怒りの矛先は、こちらにも向かっているのか、デスクの方からは、ギロリという鋭い視線を感じる。
ただ、背中に冷や汗がつたう感触を覚えたオレが口を開こうとした瞬間、
「それじゃ、お邪魔虫は退散するわ! 深津くん、ゆっくりして行ってね」
と言って、お母さんは、ドアを閉めて廊下に出て行った。
母親が部屋から出て行ったとたん、「ハァ〜〜〜〜〜〜」と、深く長いため息をついたクラスメートは、
「いまのは、撮影してないよね?」
と、ふたたび鋭い視線をこちらに向けてくる。
「お母さんとの会話のこと? もちろん、録画は停止してたけど……」
「そう……それなら良かった……ずっと、録画中だったら、どうしようかと思った……あ〜、イヤなこと思い出しちゃった……」
彼女は、そう言って、顔をしかめる。
数日前、鼻毛女子というパワーワードが気になって検索したことがあるが、眼の前のクラスメートが気にしているのは、ネット上に拡散されたあのライブ配信動画のことだろう。
「録画中の映像でも、全部のシーンが作品になるわけじゃないから……問題のあるシーンは、あとで、ちゃんと編集でカットするよ? もちろん、出演者には上映前に、内容に問題がないか確認してもらおうと思うし……」
ドキュメンタリー作品という性質上、出演者にどこまで合意を求めるかは難しい判断だし、自称・映文研の軍師殿の練った策を考えれば、本人に了解を取ることなど不可能と思われるが――――――。
それでも、落ち込んでいる姿を見ると、自然と彼女をフォローするような言葉が出てしまう。
すると、彼女は、少しだけ頬をゆるめて、こう語った。
「わかってる……せっかくだから、あなたのイメチェンだけじゃなくて、このドキュメンタリーもイイ作品にしたいもんね」
その表情は、録画ボタンを押していなかったことを後悔するくらい、穏やかで、ぬくもりを感じさせるものだった。
「あ、あぁ……そう、だな……瓦木さんにも、そう思ってもらえるのは、オレとしても嬉しい」
彼女の表情に見惚れてしまったことを悟られないように、なんとか言葉を発したつもりだが、その相手は、今度は可笑しそうに、クスクスと笑いだし、こんな提案をしてきた。
「瓦木さんって、なんだか他人行儀だよね? わたしのことは、亜矢って、呼んでくれてイイよ?」
「えっ……ファースト・ネームで呼ぶってこと?」
「うん! その代わり、わたしも今日からキミのことを寿太郎って呼ばせてもらうから」
こちら側のココロの準備も関係なく、いきなり、心理的距離をつめられたような気がする。
さらに、ドキュメンタリー作品を撮影していることもあり、必要以上に取材対象と馴れ合うのは、よろしくないとも考える。
(これが、一軍女子のコミュ力か……)
と、感じつつ、それでも、お互いの呼び方を変えることで、相手の本音を引き出すことができるなら、その提案に乗ってみるのも悪くはない。
「ん……わかった。急には呼び慣れないかも知れないけど、善処する……」
こちらの返答に、またも、彼女はクスクスと笑いだす。
「その答え方、寿太郎っぽい……」
「あぁ、笑いたいなら、笑ってくれ……ところでさ、亜矢……さっきの話しの続きだけど――――――」
ためらいがちに、彼女の名前を呼びつつ、デジタルハンディカメラの録画ボタンを押し、取材対象の内面に迫るべく、質問を重ねることにした。
・
・
・
そうして、いくつかの質問を重ね、瓦木亜矢というクラスメートの意外な側面が理解でき始めた頃、ふたたび、彼女の部屋にノックの音が響く。
「冷蔵庫にあったケーキの箱なんだけど……もしかして、深津くんが持ってきてくれたモノ? 箱を見たら、三個入りって表示があったから、よかったら、深津くんも一緒に食べない?」
亜矢の母親は、遠慮がちにドアを開け、そう提案をしてきた。
オレは、自身の好物であるブルーベリーソースがのったチーズタルトを気前よく瓦木家に提供した妹に感謝しつつ、帰りにトマガリに寄っても、まだ、チーズタルトは売り切れていないだろうか、と心配しながら、この日、大いにお世話になり、心理的距離が近くなった気がするクラスメートの母の申し出を受けることにした。
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「誰か、お友だちが……って、あら――――――お取り込み中?」
ドアの方を振り返ると、冗談めかした口調ながらも、やや気まずさを感じさせる表情で語る女性が立っていた。
「ちょっ……お母さん! いま、インタビューの撮影中だから、入って来ないで!!」
デジタルハンディカメラの被写体であるインタビューの相手が抗議の声をあげると、背後の女性は、一瞬、おどろいたような表情で、
「えっ!? インタビューって、どこのテレビ局? …………と思ったけど、な〜んだ、また、ネット用の動画?」
と、明らかに娘と同世代にしか見えないであろうオレの姿を見て苦笑いする。
|瓦木《かわらぎ》さんの発言で、ドアを開け放ったままの女性とクラスメートとの関係が理解できたので、カメラの録画停止ボタンを押した。
「お邪魔しています。瓦木さんと同じクラスの深津と言います。今日は、瓦木さんに学園祭で上映するドキュメンタリー作品のインタビューに答えてもらっていました」
部屋の主に提供されていたシェルチェアから立ち上がって、瓦木さんの母親に一礼してあいさつすると、彼女は
「あらあら、ご丁寧にありがとう」
と、オレに微笑んだあと、娘に確認するように問いかける。
「ねぇ、亜矢! あなたたち、映画を上映するの?」
「わたしたちの映画っていうより、深津くんたち、映像文化研究会の作品に協力するだけだよ」
クラスメートはそう言うが、表向きの理由であっても、悪友にして自称・映文研の軍師役である|不知火《しらぬい》が提唱してきた案であっても、|瓦木亜矢《かわらぎあや》が、ドキュメンタリー作品の中心人物であることに変わりはない。
「瓦木さんには、今回の企画で本当にたくさん協力してもらっているので……お世話になっています」
そう言って、感謝を示すべく、ふたたび頭を下げると、クラスメートの母親は、
「うちの娘が、お役に立っているなら、なによりだわ……」
と、嬉しそうに笑みを浮かべたあと、
「そっか〜懐かしいな〜、|三日月祭《みかづきさい》……」
過去を思い返すような表情で目を細めた。
そんな母の言葉に応じるかのように、娘が、説明を加えてくれる。
「うちの母親も、学院の高等部出身なんだよ」
「そうなんだ! じゃあ、オレたちの先輩ってこと?」
オレの一言には、その《《先輩》》が応じた。
「そういうこと! 最近は忙しくて、なかなか遊びに行けなかったけど、今年は、後輩たちのようすを観に行ってみようかな〜。娘が映画に出演するなら、なおさらね!」
瓦木家の母は、そう言って、娘に視線を向けながら、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「結構です! 別に来なくてイイから……」
母の言葉を冷たくあしらおうとする娘。
しかし、母親は「あらあら……」と言った感じで、首を傾げたあと、
「いつも、この部屋では、ネットの視聴者に向かって、ペラペラとしゃべってるのに……いまさら、家族に映画を観られるのが恥ずかしいとか意味わかんないですケド〜」
と、十代の女子のような口調で、あおるような発言を行った。
「もう! 良いから出て行って!!」
母のあおりに、今度はキレ気味に応じる娘。
その言葉に対して、母親は、「お〜、|怖《こわ》っ!」と、大げさに肩をすくめたあと、「ハァ〜」と、ため息をつき、ぐちをこぼすように吐き出した。
「小学生の頃までは、あんなに素直で可愛らしかったのに……中学に上がってからは、ネットに入り浸りだもんね……昔は、一日中、見守っていたいと思ってたけど、中学生になってから、この娘を可愛いと思ったことなんて、一日に五秒もないわ」
その言葉が、あまりに真に迫ったもののように感じられたのと、表現の仕方に熱がこもっていたので、笑いをこらえることができない。
「プッ……クククッ」
肩を震わせながら、ふたりの会話を堪能していると、クラスメートの怒りの矛先は、こちらにも向かっているのか、デスクの方からは、ギロリという鋭い視線を感じる。
ただ、背中に冷や汗がつたう感触を覚えたオレが口を開こうとした瞬間、
「それじゃ、お邪魔虫は退散するわ! 深津くん、ゆっくりして行ってね」
と言って、お母さんは、ドアを閉めて廊下に出て行った。
母親が部屋から出て行ったとたん、「ハァ〜〜〜〜〜〜」と、深く長いため息をついたクラスメートは、
「いまのは、撮影してないよね?」
と、ふたたび鋭い視線をこちらに向けてくる。
「お母さんとの会話のこと? もちろん、録画は停止してたけど……」
「そう……それなら良かった……ずっと、録画中だったら、どうしようかと思った……あ〜、イヤなこと思い出しちゃった……」
彼女は、そう言って、顔をしかめる。
数日前、《《鼻毛女子》》というパワーワードが気になって検索したことがあるが、眼の前のクラスメートが気にしているのは、ネット上に拡散された《《あの》》ライブ配信動画のことだろう。
「録画中の映像でも、全部のシーンが作品になるわけじゃないから……問題のあるシーンは、あとで、ちゃんと編集でカットするよ? もちろん、出演者には上映前に、内容に問題がないか確認してもらおうと思うし……」
ドキュメンタリー作品という性質上、出演者にどこまで合意を求めるかは難しい判断だし、自称・映文研の軍師殿の練った策を考えれば、本人に了解を取ることなど不可能と思われるが――――――。
それでも、落ち込んでいる姿を見ると、自然と彼女をフォローするような言葉が出てしまう。
すると、彼女は、少しだけ頬をゆるめて、こう語った。
「わかってる……せっかくだから、あなたのイメチェンだけじゃなくて、このドキュメンタリーもイイ作品にしたいもんね」
その表情は、録画ボタンを押していなかったことを後悔するくらい、穏やかで、ぬくもりを感じさせるものだった。
「あ、あぁ……そう、だな……瓦木さんにも、そう思ってもらえるのは、オレとしても嬉しい」
彼女の表情に|見惚《みと》れてしまったことを悟られないように、なんとか言葉を発したつもりだが、その相手は、今度は可笑しそうに、クスクスと笑いだし、こんな提案をしてきた。
「《《瓦木さん》》って、なんだか他人行儀だよね? わたしのことは、《《亜矢》》って、呼んでくれてイイよ?」
「えっ……ファースト・ネームで呼ぶってこと?」
「うん! その代わり、わたしも今日からキミのことを|寿太郎《じゅたろう》って呼ばせてもらうから」
こちら側のココロの準備も関係なく、いきなり、心理的距離をつめられたような気がする。
さらに、ドキュメンタリー作品を撮影していることもあり、必要以上に取材対象と馴れ合うのは、よろしくないとも考える。
(これが、一軍女子のコミュ|力《りょく》か……)
と、感じつつ、それでも、お互いの呼び方を変えることで、相手の本音を引き出すことができるなら、その提案に乗ってみるのも悪くはない。
「ん……わかった。急には呼び慣れないかも知れないけど、善処する……」
こちらの返答に、またも、彼女はクスクスと笑いだす。
「その答え方、寿太郎っぽい……」
「あぁ、笑いたいなら、笑ってくれ……ところでさ、亜矢……さっきの話しの続きだけど――――――」
ためらいがちに、彼女の名前を呼びつつ、デジタルハンディカメラの録画ボタンを押し、取材対象の内面に迫るべく、質問を重ねることにした。
・
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そうして、いくつかの質問を重ね、瓦木亜矢というクラスメートの意外な側面が理解でき始めた頃、ふたたび、彼女の部屋にノックの音が響く。
「冷蔵庫にあったケーキの箱なんだけど……もしかして、深津くんが持ってきてくれたモノ? 箱を見たら、三個入りって表示があったから、よかったら、深津くんも一緒に食べない?」
亜矢の母親は、遠慮がちにドアを開け、そう提案をしてきた。
オレは、自身の好物であるブルーベリーソースがのったチーズタルトを気前よく瓦木家に提供した妹に感謝しつつ、帰りにトマガリに寄っても、まだ、チーズタルトは売り切れていないだろうか、と心配しながら、この日、大いにお世話になり、心理的距離が近くなった気がするクラスメートの母の申し出を受けることにした。