「はい、それでは…かんぱ〜い!芦屋さんウチに来て下さって、本当に誠に全くありがとうございます!!感謝感激雨嵐!!!」
「か、かんぱーい…ど、どういたしまして?なんかそのセリフ大丈夫か?」
「タダ酒じゃーい!イェーイ!」
「「「……」」」
「どうかしましたか?ここは経費で落としますから。たくさん飲んで食べてください」
「いや、そういう事じゃないと思う…」
糸目でニコニコ微笑みながらジョッキのビールを飲み干す伏見さん。結構行けるクチなんだな。
ザワザワたくさんの声が行き交う賑やかな店内、小上がりの一角で卓を囲み、正座で座ってる鬼一さんと星野さん。
鈴村さんは一応病院へ行ってる。ちょっと話したかったな…。
現時刻、22:30。報告書の作成が長引いて、伏見さんが明日をお休みにしてくれた。
いい機会だし、歓迎会をしましょうと居酒屋に連れて来られたところ。
群馬からの帰りは伏見さんが迎えにきてくれて車で戻ってきたらしいが、俺は気絶してたからな…。だから回復して元気なんだけど。
防音結界を張って、俺たちの会話は他の人には聞こえない。便利だな、結界。
俺は伏見さんと颯人に挟まれて奥側の席なんだけど、席順おかしくない?なんで俺を上座に座らせてんだ?新人だぞ?
スクナビコナは颯人の向かいでめちゃくちゃはしゃいでる。確かお酒の神様でもあるはずだが、お酒飲むのも好きなんだな。
その並びに鬼一さんと星野さんが座って、二人とも気まずそう…。
こりゃ、伏見さんと飲む事自体があんまりない出来事なんだろうと察せられる。
「我は真幸と二人で酒を飲みたかった」
「颯人様、これは仲間で仲良くしましょうという宴会なのです。大切な行事なのですよ。今回の事で選抜メンバーは縁を深めるべきと判断しました」
「真幸には我がいる」
「真言で彼らがサポートしたでしょう。ゴミの処理だけでも今回は人数がいて良かったと思いますが」
「むぅ」
「神力を分けていたとしても4柱を抱え、全て顕現させたまま山彦と山神を鎮めるのは大変だったでしょう。霊力の問題ではなく、精神的にですよ」
「それは…確かにそうだ」
「芦屋さんの限界がわかったのは貴重な収穫でしたが。
念通話、翻訳、神隠しの術破り、祝詞を唱えて…それを何度もやり直しましたよね。止めに2柱目の依代契約、山彦の調伏をされたんですよ?」
「…すまぬ。真幸が昏倒してしまうまで疲労させたのは我だ」
ふおぉ…??珍しいパターンだな。伏見さんに言われて颯人がしょんぼりしてるぞ。
焼き鳥を齧りつつ、颯人のしおしおした顔を眺める。こんな顔…するんだなぁ。
「ワシも颯人も顕現可能と言う事は、霊力貯蔵庫の問題ではなかろう。真幸は回復が早く質がよいのだ。貯蔵庫を広げるよりもそちらを伸ばすべきじゃ」
「そう、思うか?」
「ワシならそうする。作り替えるよりも個人の資質を伸ばすべきじゃ。その方が真幸も疲労せんしの」
「わかった…」
「スクナビコナ…すごいな?流石智慧の神!」
思わず褒めると颯人が頬を膨らませ、スクナビコナはにんまりと満面の笑みで肩を叩いてくる。いてて、力強いな。
「真幸!お主はとても良い。ワシは山神鎮めで心が震えた。
お前に魅入られる神は多かろうな…ハラエドノオオカミもヤトノカミも離れるのが名残惜しそうだったわい」
「えっ?!」
「や、やめろ…俺の神様を取らんでくれ」
スクナビコナの言葉に星野さんと鬼一さんが顔を青くしてる。
「取らないよ。そもそもスクナビコナも緊急措置だろ?」
「我は不満だ。スクナビコナ、お前は真幸のいう通り緊急措置だ。我がめいんばでぃなのだぞ」
「わかっとるわい。スサ…むぐ」
スクナビコナが颯人に口を塞がれる。
伏見さんが「やはりか」と呟き、鬼一さんと星野さんが今度は真っ白になってしまった。
「何じゃ?秘するのか」
「我の名を出しても碌な事にならぬ」
「そうか…。真幸が狙われるやもしれんな、すまぬ」
二柱とも日本酒を煽り、かーっとか言ってるけど。聞き捨てならない言葉が出てきた。
「俺…狙われるの?」
伏見さんが神妙な顔で深く頷いた。
「芦屋さん、あなたはもはや元一般人で済まないんです。颯人様を下されたのも普通ではありませんでした。
人に習わず神や仙に習い、熟練の人員をあっという間に追い抜いた。しかも、退治ではなく鎮めているんです。
陰陽師の何もかもを知らず、たった半年でですよ?あなたは鬼才とも言える。
堕ちた超常達にも賢い者がいます。あなたは間違いなく狙われる。颯人様の神名は絶対に出さないで下さい」
「えぇ…?」
胡散くさーい。にわかには信じがたーい。て言うか信じたくなーい。
颯人が降りたのは俺の世迷言のせいだし、まだまだしょっぱい男の俺が鬼才?ナイナイ。
「俺は蘆屋道満の血脈としか思えん」
「しかし、うーん。それで済む話ですか?私は心の在り方では、と思いますが」
「星野が言うと説得力あるな…魔除けしとこうぜ」
鬼一さんを皮切りに、みんな一斉にタバコを吸い出した。……くっ、俺はタバコを切らしてるんだ。
「芦屋さん、タバコは切らさないように。我々の会話だけでも悪しきものが寄り付きます。あなたは特にそうですよ」
「え?そうなの?あ…ありがとう…」
伏見さんがタバコの箱丸ごとを差し出して、自分の吸いかけの箱から一本取り出しマッチで火をつけてくれる。ホストか??タバコはアメスピか…似合わんな…。
「似合わないと思ってますね」
「…思ってしまいました。ゴメンナサイ」
「よく言われます。陰陽師のタバコは、混ざり物がないタバコにしてください。できれば手巻きのタバコがいいです。ライターではなく、マッチを使用して下さいね」
「えっ!?めんどくさ…」
「真幸、そう言っても無添加のタバコじゃなきゃ意味がないぞ。電子タバコもダメだ」
「そうですねぇ。手巻きも慣れれば楽しいですよ。ミント系がお好きなら精油を使ってもいいですし」
手巻きタバコはフィルター、葉っぱを自分で紙に巻いて吸うタイプのタバコ。
無添加だとそのまま吸えるのはアメスピしかないし。自分で作るなんて無理だ。
「私は手巻きが口に合わないのでアメスピです。でも、芦屋さんが作れば魔除けの効果が増しますよ。作ってみたらいかがです?」
「俺、絶対葉っぱ溢すと思うんだ。」
「「「あー……」」」
くぅ、納得された。不器用がどこかでバレている!?
「やりそうじゃのう。ワシが作ってやろう。明日にでも材料を揃えればよい」
「マジで?ありがとう!助かるよ、あの小さい紙に包んで作るのなんか無理だもん」
「我も無理だ。ちまちました作業は好きではない」
「「「「「あー」」」」」
「なんじゃその、あーと言うのは。真幸まで賛同しおって。」
「ふふ、ごめんて。でもそうだよな、颯人は苦手そうだ。俺もおっちょこちょいだし仲間だな」
「そうか…真幸と同じと言うのは大変よい」
「なんだよそれ。不器用がいいのか?」
「よい。其方との揃いが欲しいのだ」
「んじゃスーツ着るか?その着物街中じゃ目立つと思ってたんだよ」
「そうしよう。髪も短い方が良いか」
「うーん、でも俺は颯人の長い髪が好きなんだよなぁ。かっこいいし」
「そ、そうか。では残すとしよう」
「恋人か?」
「ここまで仲良しなら繋がりも強いでしょうね。私はハラエドノオオカミを呼んで、一度で応じて貰った事などありませんよ」
「えっ?そうなの??伏見さんは?」
伏見さんが煙を吐き出し、歪んだ笑いを浮かべる。あれ、俺地雷踏んだ?
「私の場合は血脈相伝ですから仲良くなどなり得ません。従えているようで従わされているような物です」
「でも、優しい神様のはずだぞ?稲穂の尻尾がついてる食べ物の神様で、狐の神様とか言われてるけど」
「よく学ばれていますね。颯人様を見ているとそうかも知れないとは思いますが、相伝の場合、神の意思はありません」
えっ?なんだそりゃ??
颯人が苦い顔になったぞ。伏見さんが依代をしてるウカノミタマノオオカミを調べたけど、多分颯人の血縁のはずだ。何かあるんだなこりゃ。
「神を狐の術で縛り、親から子へと勝手に受け継ぐ罰当たりな一族なのですよ私は。芦屋さんが常々思っているように胡散臭い人間なのです」
「えっ、バレてる…ごめんて。そう言うのもあるのか。なら、本人…いや本神と話してみたら?
俺は神様をそんな簡単に縛れるとは思えない。人の矮小な力なんて到底届かない存在で、その力を貸してくれるのはそれを許す意思がなければ無理だと思う」
「神と…対話ですか」
颯人とスクナビコナがほんのり微笑みを浮かべる。
神様は基本的に優しいけど、本当に強いんだ。術で縛れるわけないだろ。相伝を赦して、眷属の狐達と共に伏見家を依代と認めてるんだと思う。
「話してみないとわからないだろ。人と人がそうであるように神様も同じだ。
颯人は俺の頭の中覗けるけど、俺はわからんし。覗くよりも会話して、颯人の意思を颯人の口から聞きたい」
「…そう言うものですか」
「人によると思うけどさ。俺が最初に鬼一さんやだなーって思ったのもそれだもん。
仮にも自分のバディとして働いてくれて、給料もらっても神様の役に立つのなんか飯と酒くらいしかない。
それでも一緒にいてくれる神様なんだからちゃんと話すべきじゃないか?
大切にして、敬って、友人のように仲良くなれたら幸せだろ?命を預け合うバディなんだもん」
「「「……」」」
おおう、三人が黙り込んでしまった。
みんなバディと仲良くなれたらもっと仕事の精度が上がると思うんだ。素人の俺がまともに働けてるのは颯人のお陰だし。
鬼一さんはいつも仕事のノルマを大幅に超えてる。だから、今回の話を受けたんだよ。
「甘い蜜を吸え」と言っていたころのばっちい感じも無くなって、目の色も綺麗になった。ヤトノカミと協力できてる証だ。
一人じゃできない仕事だからさ、裏公務員は。
「ワシも愛称で呼んで欲しいのう。真幸は愛おしい。可愛い人間だわい」
スクナビコナが手を伸ばして、頭を撫でてくれる。
ううむ、少年に撫でられるアラサーのしょっぱい男…どうなんだこれは。
俺が撫でたい。小さなほっぺを見てるとたまらない気持ちになってくる。
俺、スクナビコナに憧れてたんだよ。
「スクナビコナはあだ名があるのか?」
「颯人もそうだが別名と言うものよ。ワシは神名が長い。ヒルコの方が呼び易いじゃろう?」
「でもそれは…いいのか?」
「かまわぬ。と言うか、ワシが気になっておるのはそこじゃ。
真幸はヒルコの由来をなぜ知っとる。ワシは驚いたぞ。見た目を嫌がりもせず、ヒルコ姿のぷよぷよを楽しんでおったな」
バレたか。あのスライム触感はすごく良かった。癖になりそうだったし。
「俺は古事記が好きだって言ったろ?それでその…生まれを知って、なんでヒルコオオカミは人を助けたのか、どんな気持ちだったのか…生まれてすぐに川流しにされたのにどうやってその仕打ちを昇華させたのか、知りたかった。」
「なぜじゃ?」
右手を握りしめ、手のひらを隠す。
俺の手には、小さい頃につけられた火傷の痕がある。真さんは、それに気づいていた。
「虐待ってわかるか?俺の親はそれをする人だった。」
「ま、真幸…お前まさか!」
鬼一さんが俺の手のひらを開き、火傷の痕を見て目を見開く。これはタバコを押し付けた痕なんだ。普段は見えないが、血行が良くなると出てくる。
「俺はお前の目の前でなんて事したんだ!すまん!!」
鬼一さんが掌を抱えたまま、涙を溢す。
うん…そう思ってくれるなら本当に嬉しいな。
俺は一度ダメだと思ったら許す事はできないけど、一緒にいられるように努力する事はできる。……そうしてあげたかった人はもう、この世にはいないから。
「鬼一さん、泣かなくていいよ。俺はもう大丈夫。母は亡くなってるし父は失踪したままだ。そう言ってくれると嬉しいな」
「……っ」
鬼一さん、顔がくちゃくちゃになってる。タバコはもうポイっとして無さそうだ。
「傷を抱えたままで、優しくなれるものなのですね」
「伏見さんも色んなもの抱えてるだろ?それでも俺を助けてくれてる。もうできてるでしょ」
「はい…」
星野さんがメガネをかちゃかちゃしてる。どした?
「わ、私も虐待児でした。親元から逃げて寺に入っています。でも、私もその呪いを受け継いでいます」
「あぁ…暴力振るっちゃうのか」
「はい。パートナーができるとそうなります。衝動に負けるんです」
星野さんの手首の傷はそれが原因かな。チラッと見えてはいたんだけど。ゴミ拾いの時も袖を捲ってたのは鬼一さんだけだった。
「俺もそうだったよ。星野さん」
「…そうなんですか?」
鬼一さんに右手を握られたまま左手で颯人から杯を受け取る。熱燗が注がれて、温かい液体を喉に流して…ため息をついた。
星野さんは俺の話を聴きたいんだな。目を逸らさずに居る。
…ん、わかった。
「衝動を抑えるには強くなればいいってもんじゃなくてさ。難しいな、言葉にするのは。俺は、弱い自分をただ見つめ続けた」
「弱い自分を…?」
星野さんの問いかけに頷き、目を瞑る。
俺が大好きだった、親友の顔。今はもう…ぼんやりしとしか思い出せない。
「俺が暴力を振るったのは親友だった。
激昂して殴った後、アイツはその拳を抱いて泣くんだ。
『お前の手が痛いだろ、血が出てるじゃないか』って。
拳を振るうとスッキリはするけど、その後死にたくなる。こんな事して傷つけて、本当に最低だって。
馬鹿みたいに泣けてきて、そんな資格微塵もないのにさ。情けなかった」
星野さんが頭を抱えてうずくまる。
今渦中にいる彼にはキツイ話だろう。暫くの後、星野さんが顔を上げてもう一度まっすぐに視線を戻してくる。
あぁ、星野さん好きだな。こう言うところすごくいい。
「俺は、殴った後に自分の顔を鏡で見た。興奮して真っ赤になって、とんでもない凶悪な顔してるんだよ。
そのうち罪悪感で人に手を出さなくなって、なるべく硬いものを殴って怪我して、それを繰り返して…何度目かにその痛みは、俺のために親友が受け取っていたんだと分かった」
鉄骨叩いた時に粉砕骨折してなぁ。ありゃ痛かった。すっごく痛かった。
それを親友に感じさせていた事実に愕然としたんだ。
俺は知っていた筈なのに。痛いのは体だけじゃなくて心もだって事を。
何度も赦してくれたアイツに、俺は甘えてた。モサくてしょっぱいよりもずっとダサかったんだ。
そんなどうしようもない自分が誰かと仲良くなるのが怖くて、前髪で目を隠して…何も見ず、全てを投げ出して文句ばっかり言って。今もそれを脱しきれてない。恥ずかしいよ。
「星野さんに怪我はしてほしくないけど、それこそ自分自身と話してみるのがいいと思うよ。俺ちゃんと考えたことなかったんだよね、それまで。」
「仰る通りです。後悔や悲しさを持ちつつもきちんと考えた事がありませんでした…」
「向き合うのが怖いんだよな、自分がされたことも思い出すから。でも、それもきっと必要なことなんだろうとは思うよ。」
「はい…」
「タバコ吸い始めたのも自分が受けたものを忘れたくなかったから。吸うたびに感じる苦さも、熱も、俺にそれを教えてくれる…」
「もう、もう…やめよ。耐えられぬ」
颯人が眉を顰めて、ギュッと抱きついてくる。ぬお?何事??
「真幸は尊き命だ。幼い頃に暴力を受け、自分を傷つけても人を守ろうとしたのだ。もうよい、今の真幸が痛いだろう…其方は一人で全部をやって来たのだ」
「颯人は純粋だなぁ。俺は暴もう、力を振るう衝動に駆られる事はないんだよ。全部の縁を切ったから一人も友人はいないし。しょっぱい男だったけど、颯人が来てくれた。
俺、この仕事ができて嬉しいよ。俺みたいな奴でも生きる意味が欲しかったから、こうなれて幸せなんだ」
んふふ、と笑うとみんなが顔を伏せてしまう。あれ…おかしいな、ここはニコニコする所じゃないのか?
「真幸、生きてくれ。俺も強くなる。お前の仕事を減らす。……頼む」
「鬼一さん、ありがとう。ちゃんと知ってるよ、仕事頑張ってるの。また今度一緒にやろう」
「そう……言ってくれるのを待っていた。嬉しいな…」
「へへ…そりゃ良かったよ。俺も嬉しい」
俺が一人でニコニコしてると伏見さんが珍しくくっついてくる。
……明日は槍でも降るのか??
「とんでもない飲み会になってしまいました。結局芦屋さんのストレス解消になったのか…わからない」
「伏見さん、俺のストレス解消のために飲ましてくれたの?」
真っ赤になってる伏見さん。俺が話している間に何杯飲んだの?ビールジョッキタワー出来てるんだが…器用だな。
「そうですよ、私だってあなたの事を尊敬してるんですからね!あなたの仕事を最初から全て見ているんだ。もう、どうしたらいいかわからないです。
何であなたみたいな人がいるんだ…クソッ」
「えぇ…クソは酷いだろ。」
「あなたに言ったんじゃないです。自分に言ってんだ。
芦屋さんみたいになりたい。僕は、僕だって……」
おおぉ?伏見さんが僕って言い出した。相当キてるなこれ。
「僕は酔っ払った芦屋さんが怒ってくれると思ってたのに!なんで仲間内まで掬い上げようとするんです?僕はどうしたらいいんですか」
「落ち着けって。伏見さんは説明ちゃんとしてくれりゃ不満はないけどなぁ。」
「そうだ。お主はいつもそれが足りぬ。慣れればやりやすいが、初心者向けではない。今少し何とかせよ」
「すみません…」
おお、颯人が反撃に成功してるぞ。
伏見さんのやり方は効率が重視されてるんだ。颯人が言うように慣れればツーカーだけど、慣れてないと分かり難いんだよなぁ。
彼なりのやり方で自分を明け渡してくれてるんだけどさ。初心者向けじゃないんだ。不器用なんだよ。
というか…そろそろ暑いんですけどぉ。
「颯人はいい加減離してくれよ。むさ苦しいだろ」
「離さぬ。我はばでぃなのだ」
「いいなぁ、俺も真幸のバディになりてぇな。オトモダチでもいい」
「えっ、鬼一さんも酔ってる?」
「すいません、私も酔ってます。芦屋さんに触りたい。触ります」
「待って、星野さんはおかしい。顔色変わってないのにっ」
星野さんと鬼一さんが握った手が暖かい。それを受け止める資格があるのかと言われると自信はない。
俺は凄く未熟だよ。周りの人に恵まれただけなんだ。歳だけとっても大人になるのは難しい。今日はそれがよく分かった。
「ほっほ、面白いのぅ、颯人もデロデロに溶かされとるのか」
「颯人は最初からこうだぞ」
「ほぉー?此奴がこんな風なのは初めて見た。ワシもそうなるかもしれんな?」
「別にいいけど…人の何かを受け止める器量は持ちたいとは思うよ」
右手も左手もいつの間にか握られて、体は颯人と伏見さんにガッチリホールドされてるし。男だらけの筈なのに…なんなんだまったく。
「なぁ、真幸。ヒルコではなく、|魚彦《なひこ》と呼べ」
「お?それはいいな。呼びやすい」
「そうじゃろう。ワシが生まれたばかりの時に母が呼んだ名前だ。真幸になら、呼ばれてもよい」
頬杖をついた|魚彦《なひこ》がふにゃりと微笑む。お前さんも酔っ払ってんな…?
「じゃあそうしよう。|魚彦《なひこ》もスーツ着るか?」
「それもよいな。明日にでもねくたいとやらを締める練習をせねば」
「我もする」
「そうだな、颯人と一緒にしよう。しかし…これどーすんだ…」
涙と鼻水を流しながら鬼一さんは寝こけてる。星野さんは真顔で目が開いてるけど、これ寝てるよな。
伏見さんは細い目がますます細くなってゆらゆら船漕いでるし。
「我が此奴らの住処に転移させればよい」
「…みんな布団が酷いことになりそうだけどそれしかないか…」
颯人が顔を近づけて、じいっと見つめてくる。クソ、相変わらずイケメンだ。
「いつものように言ってくれぬのか?」
「んぁ?あぁ…みんなをお家に帰してやってくれ。頼む、颯人」
「応」
パチン、と鳴り響いた音の後、全員が消失してふと気づく。
「お、お会計してない!!!」
俺は震えながら長ーい伝票に手を伸ばした。