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会長と瑠菜

ー/ー



 瑠菜たちが帰ろうとすると、瑠菜はだれかからか呼び止められた。
 「瑠菜様。少々よろしいでしょうか?」
 門番としてどこかに立っていたであろう人だ。
 「あ、はい。」
 瑠菜は総会議に自分が出た理由を思い出した。
 サクラが失敗し続けた結果、やめさせ追放をすると言われてそれを止めるために来たのだ。
 「ごめん、先に帰ってて。」
 「了解です。」
 「気を付けてね。」
 サクラときぃちゃんは笑顔でそう言ってくれたが、男たちは無表情のまま首を縦に振った。
 まあ、いつものことだ。いつも通りのほうが瑠菜はうれしい。
 
 瑠菜はその門番について行った。年は三十代前半で体格もよくて筋肉が程よくついている。帽子をかぶっていて髪型はよくわからないが、顔の堀が深く色白で悪くはない顔つきだ。
 「紫河江様がお呼びというのはお分かりですね?」
 (シカエ?)
 「おばぁ様はお元気ですか?」
 「今からお会いするならば、ご自身の目でお確かめください。」
 瑠菜は「紫河江」という人物は知らなかったが、会長のことであることで間違いないだろうと思った。
 その後、門番はよくしゃべった。瑠菜の体質なのか、あまり口を開かない人の口を軽くしてしまうのはいつものことで当たり前のように思っていたがこんなにもしゃべられると瑠菜も心配になる。会社の内部情報から門番の生活まですべてが瑠菜の頭に叩き込まれた。門番は楽しそうにしゃべっている。
(なんか、前にきぃ姉たちが連れていってくれた合コンみたいだなぁ。)
 瑠菜は大きな扉の前にたどり着くと、手を下に振り落として門番を自分よりも後ろに行かせた。
 「ありがと。ここまで案内してくれて。」
 そういって振り返ってからにこりと笑って、瑠菜はふぅっと息を吐いた。
 大きな高級そうなドアはすごく威圧感があり、瑠菜はいつもここで緊張してしまう。
 それは会長と出会ったときもそうだ。
 初めて会った時から、会長の威圧感は瑠菜にとって忘れらえないもので恐怖心がいまだに消えない。
 そんな高級そうなドアをコンコンと二階叩くと中から声がした。
 静かで、上品で、川を流れる水のような声だと瑠菜は勝手にイメージしている。
 「どうぞ、お入りなさい。」
 「失礼します。」
 瑠菜はドレスの裾を軽く持って軽くお辞儀をしてから、中のほうへと入る。
 中は広く、奥のほうに一つだけ高級そうな椅子と机がある。宝石や、本が大量に散らばていて、もし一つ盗んでもわからなさそうな机に一人の老人が座っている。
 「瑠菜、久方ぶりね。いつ以来かしら?」
 「さぁ、もう会わないものだと思っていましたから。」
 「そうね。私もそう思っていたわ。年はいくつになったの?」
 「私は永遠の二十二歳ですから。」
 「あら、そうだったわね。もっと若くも感じるけど。私は百二歳よ。年を取ってしまったわ。いつ死んでもおかしくないくらいにね。」
 うつむき気味にそういう女性は美しかった。昔はもっと美しかったらしく、男がすぐによってきて困るくらいだったらしい。今も、細かいしわや化粧をきれいにすれば五十歳は若返ると瑠菜は思う。
 みんながおばぁ様と呼ぶその人はとても元気だ。病気やケガをしているところすら瑠菜は見たことがない。
 「瑠菜、今日はなぜ来たの?」
 急にしっかりとした口調でキリッと言われて、瑠菜はため息が出そうになった。
(あぁ、また始まった。)
 こういう風にしゃべりだしたおばぁ様は怖い。
 「今日は、私の弟子について話をしにここへ来させていただきました。私の弟子は、少し抜けた性格をしているため失敗が多く、現在の社長である上代さんへ多大なご迷惑をおかけしました。」
 現在の社長である上代は瑠菜よりも階級が低い。本当ならば呼び捨てで呼んでもいいのだが瑠菜はわざと「さん」をつけて呼んだ。
 「上代はその子を追放しろと言っているわ。瑠菜、師匠であるあなたの意見をちょうだい。」
 「まだ二週間しかあの子は私の弟子として働いてはいません。まだまだ教える意味はあると思われます。」
 「それは、あなた一人の意見かしら?」
 瑠菜はその言葉に対して反応することはできなかった。瑠菜だって、偽っているだけで子供だ。自分一人の意見だと言ってしまうと、瑠菜一人では背負いきれない責任が瑠菜のもとへと舞い込むことを知らないほど馬鹿ではないが、それを背負えるかと言ったら背負えない。
 「もし、あなたがその子に依存していたら、変な期待をしていたら、私はそれを許すことはできないわ。」
 「それはないです。」
 瑠菜はその言葉を聞いて言い切った。正直言って、本当にサクラに対してだけでなく関わる人間すべてに瑠菜は依存も期待もしていない。いや、していた人間がもう近くにはいないのだ。
 おばぁ様は瑠菜の目を見てにっこりと笑った。
 「あなたのその目、変わらないわね。」
 「え?」
 「瑠菜、あなたが弟子を作ったことにも驚いたけど、あなたは弟子を大切になさい。あなたの師匠のようになってはだめよ。最後までしっかり育てなさい。」
 「当り前です。」
 「誰とは言わないけど、途中で投げ出すなんて、本当にまねをしてはだめよ。」
 「……それは、コム様のことでしょうか?」
 「えぇ、そうよ。」
 瑠菜は少しイラっとした。だからと言って、手を出してしまえば瑠菜の頭と胴体が離れ離れになってしまう。瑠菜はそれがわからないほど馬鹿ではない。
(ダメ、我慢しないと。)
 「おばぁ様、コム様はそのような方ではございません。私はしかっりコム様からたくさんのことを学ばせていただきました。おばぁ様の言う最後がいつまでかは存じ上げませんが、私はしっかり育てていきたいと思っています。」
 瑠菜の目は真剣だった。まっすぐとした偽りのない目だとおばぁ様は思った。
(何人もの弟子を見てきたけれど、こんな風に主を守って私に逆らう子はいなかったわ。)
 「瑠菜は、自分が何を言っているか分かっているの?」
 「はい、どんなにギドい罰を受けようと私の考えは変わりませんし、これで死ねるなら本望です。」
 おばぁ様は、少し驚いたがすぐに笑えてきてしまった。もともと可笑しな子だと思っていた。そんな子が自分に対してまっすぐな目で自分の意見を押し通そうとしている。
(最初は、雪紀の後ろに隠れて顔も見せなかったのに。子供の成長は早いわね。)
 「あなたという子は本当に。昔からそうだったわね。私からたたかれようと何をされようと自分の意志を曲げなくて、頑固で本当、その性格は変わらないわね。」
 「性格というものはそう簡単には変わりませんから。」
 瑠菜はいつもの笑顔でそう言って背を向けた。瑠菜のその目は、別に澄んだ瞳をしているわけではない。
 小学生という夢と希望のあふれる時期に、大人の汚さや金と欲にまみれた人を見てきた瑠菜に対して澄んだ瞳になれとはだれも言えなかった。そしてそのまま成長したのが今の瑠菜だ。
 おばぁ様と呼ばれるその人も、瑠菜の成長はずっと見てきた。
 「瑠菜。」
 おばぁ様に呼ばれて瑠菜は振り返った。
 いつも厳しかった人が笑っている姿は瑠菜にとって恐怖ともいえる光景だ。
(言い過ぎた。また叱られるな。)
 瑠菜がそう思って心の準備をすると優しい声が響いた。
 「あんた、すごく成長したねぇ。昔はあれだけ怒ってしまったけど、私の中であんた以上に大物になった人はいないよ。いい子に育ってくれてありがとう。」
 瑠菜はびっくりしてしまった。
 いつもどこかとげがあって、褒められてもすぐにダメ出しをするおばぁ様という存在は、瑠菜にとってはただの鬼婆でしかなかった。
 「あ、ありがとうございます。」
 そういって部屋の外に出ると、瑠菜は涙が出そうになった。
 いや、実際は出ていたのかもしれない。
 瑠菜自身、誰かに褒められたいと思って動いても目を向けてもらえず、その割に少し非行に走るとこっぴどく怒られるということの繰り返しで、雪紀や楓李、こはく以外からこんな風に言われたのは初めてだった。
 瑠菜が泣きながら歩いていたため、近くにいた人からは相当ひどく叱られたのだろうという認識をされたのだろう。
 ちらちらと瑠菜のことを見て憐みの目線を送っている。
 「あ、瑠菜様。」
 ここまで連れてきてくれた門番が瑠菜に声をかけた。
 待っていたのだろう。
 瑠菜はニコッと笑ってぺこりとお辞儀をした。
 「あ、先ほどはありがとうございました。」
 「いえいえ、仕事なので。」
 夏とはいえ、暗くなった外は涼しかった。すっきりとした瑠菜の心を吹き抜けていくようで、瑠菜は弱弱しい風が気持ちよく感じた。
(一人でも帰れるんだけど、何かやな予感がするなぁ。)
 瑠菜はそう思いながらもう一度門番にむかってぺこりと頭を下げた。
 「今日はお疲れさまでした。では、私は。」
 「あの。」
 瑠菜が帰ろうとすると、門番は瑠菜の手首を強くつかんで呼び止めた。
 「瑠菜様、今度私と食事などいかがですか?おいしい店を知っているので、案内いたします。」
 「いや、それは……。」
 門番は頭を下げて懇願していたが、瑠菜が断ろうとすると土下座の姿勢へと変わった。
 無言で土下座をする門番に対して瑠菜はどうすればよいかわからなかった。何なら、おばぁ様とあった時とは違う恐怖心を感じた。
(断ってしまわないと一回じゃすまないよね。何なら返してもらえるかもわからないし。何度も何度も回数が増えるくらいならここで。でも、ここで断るのは、…………)
 瑠菜だって少しは世間体というものを知っている。
 いつもは自由気ままにやりたいことを中心とした生活を送っているが、今はそうするべきではないと考えた。
 「わ……」
 「ダメだろ?何考えてんの?」
 横から声がして振り返ると、暗闇の中から楓李が姿を現した。
 「楓李様。」
 門番はすっと立ち上がり敬礼をする。
 「何俺の女狙ってんだ?どーせ、土下座の次は写真で脅すつもりなんだろ?」
 楓李はわかっていると言わんばかりにため息をついた。
 「いや、その……」
 楓李の言ったことは当たっているらしい。
 楓李は、瑠菜の左手をつかんでこれでもかと門番に指輪を見せた。
 「わかった?俺のものだって。」
 「うっ……」
 門番は次の言葉を考えたが、すぐには出てこない。楓李の言っていることに隙は見つからなかった。
 「お、おお、女をもの扱いすると嫌われるぞ!」
 焦って絞り出した言葉は攻撃力の低い何とも言えない言葉だった。
 瑠菜的には、その通りだと思ったが状況が状況なので黙っていた。楓李も少しきょとんとしている。
 「女にもてねえ奴に言われたって説得力ねえよ。」
 楓李は鼻で笑って門番に言い返した。
 門番はその言葉に何も言い返せない。
 楓李は赤の王子と呼ばれ、女性からの人気はもちろんある。その割に、瑠菜との関係以外で恋人関係というものを作ったことはないらしい。(瑠菜は信じていないが。)
 そんな楓李に門番が言った言葉は負け犬の遠吠えにしかならない。
 「俺だって、一日五十万稼ぐ女が欲しいんだ。楽して暮らしたい。お前だってそうだろ?」
 門番は糸が切れたように楓李にほえた。瑠菜がよく言われる言葉だ。一日五十万も稼いだ覚えはないが、コムの手伝いをしていたことから、ほとんどの人が勘違いをしている。
 門番はそのまま瑠菜に手を伸ばし左手をつかんだが、瑠菜は表情を変えずにそれを振り払った。ゴトッという重たいものの落ちたような音があたりに響くが、瑠菜は何も言わない。
 楓李はそれを見て見下した目で冷静に門番に伝えた。
 「金で人を見るような奴に言われたくないってよ?どうすんの?お前。」
 吐き捨てるようにしていったその言葉は門番の頭にどれだけ入っただろうか。それはわからない。
 しかし、門番は顔を真っ青にして瑠菜の左手を見ると、その場に崩れ落ちたがすぐに逃げ出すようにして走って会場内へと入っていった。
 「はい。大丈夫か?」
 門番のその姿を見て楓李は瑠菜に言った。
 「うん。ありがとう。」
 瑠菜はそういって、左手を見る。
 「んじゃ、行こうか。」
 瑠菜の様子を見て楓李はそう言った。瑠菜もそれに対してうなずいた。

 「かえ、ありがとう。」
 瑠菜は不機嫌そうにしている楓李に一言言った。
 楓李は瑠菜の右手をつかんだまま瑠菜の前を歩いていた。
 「そんな不機嫌にならなくてもいいのに。ずっと待っていてくれたんだ。ごめん遅くなっちゃったね。おばぁ様と久しぶりに会ったから話し込んじゃった。」
 瑠菜がそう言って笑うと楓李は後ろを振り返って、瑠菜の目を見た。
 「瑠菜、お前バカにされたんだぞ。なんでニコニコしてられるんだ?」
 「だから、なんでかえがイライラしてるのよ。」
 「逆になぜ怒らない?」
 「興味ないから。」
 「は?」
 「興味ないもん。ナンパがどう傷つこうと。私には関係ないし。」
 「そうじゃねぇよ。」
 楓李はそういってから、少し昔のことを思い出した。
(そういや、瑠菜がいじめられた時も似たようなことで言いあったな。)
 瑠菜はいじめられた時も最初同じことを言っていた。興味ないと言ってからにこもるのは瑠菜が自分を守る手段としていつも使う方法だ。
 「ねぇ、かえ。これの意味って何?」
 「男除け。」
 「それだけ?」
 瑠菜は楓李にもらった指輪を見ながら少し残念そうにした。
 「俺の誕生日終わったらな。まぁ、瑠菜に男がいなければ。」
 「あっ。」
(瑠菜は押されると弱いから、どーせ彼氏の一人や二人いるんだろうなぁ。)
 楓李は瑠菜の様子を見てそう思った。
 変な面倒ごとに巻き込まれたくないため、楓李はずっと気を付けている。
 「そいつ振ってから俺のとこ来いよ。」
 「うん。」
 瑠菜はうなずいてから何かを決めたように「よし。」といった。
 楓李はそれを見て、少しばかり手を貸さないといけなさそうだと思った。
 「かえは、去年どこ行ってたの?」
 「もう帰ってきて六か月たつんだけど?」
 「今思い出したの。まさか、会えなくなるからっていう理由で振られるとは思ってなかったし。」
 「その間にこはくとも付き合ったんだろ?」
 「……。」 
 「別にいいよ。俺がそう望んだんだし。」
 「え?」
 「お前が幸せになるのをな。」
 楓李はそういって笑ったかと思うとすぐにそっぽを向いてしまった。
 瑠菜もびっくりしすぎて声が出なかった。
 「え、な……」
 「やっぱ無理。こっぱずかしい。」
 瑠菜はぽかんとしたが、すぐに我に返った。
 「かえのそんな表情初めて見た。っていうか、あきやこはくみたいにきざなこと言わないんじゃなかったの?」
 「いつもはな。」
 「なんかうれしい。」
 「あっそ。」
 喜ぶ瑠菜を横目に楓李はさらにこっぱずかしくなってしまい、そのまま冷たくあしらった。
 「キャッキャ!」
 「それ普通声に出さないから。ちょっと黙ってろ。」
 
 家に帰ると、サクラが瑠菜に駆け寄ってきた。
 珍しくケイや、きぃちゃんもいるため今日は泊っていくのだろうと瑠菜は思った。
 「おかえりなさい。大丈夫でしたか?」
 「ただいま。大丈夫よ。明日からまたビシバシ鍛えられるわ。明日から仕事増やすわね。」
 「待ってください!それとこれとは別です!」
 「別にしてたまりますか。」
 瑠菜の言葉にサクラはすぐにそう言った。周りも笑ってその様子を見ている。
 サクラが嫌がるのも無理はない。今現在、サクラはまぁまぁな量を手伝いとしてこなしている。外仕事をすれば、疲れてすぐにあの小屋の中で伸びているし、中での事務的な仕事でさえも夕方の暗くなる直前まで残って頑張っている。
 「まぁ、サクラちゃんよかったね。」
 あきがサクラの方をポンッと一回叩くと、サクラはあきにしがみついた。
 「よくないですぅ!助けてください。あきさん。」
 「うん。応援してるね。」
 「えぇ。じゃぁ、楓李さん!」
 「じゃぁって何だ。じゃぁって。俺さん付け好きじゃねぇんだよなぁ。」
 「楓李様!助けてください。瑠菜さんを止めてください!」
 「様かよ。」
 あきが大笑いし、楓李が頭を抱えているのを横目に、瑠菜はしおんに入れてもらったコーヒーを飲んだ。
 「るーなーさーん!仕事増やすのだけは勘弁してください。」
 「がんばれー。」


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 瑠菜はその門番について行った。年は三十代前半で体格もよくて筋肉が程よくついている。帽子をかぶっていて髪型はよくわからないが、顔の堀が深く色白で悪くはない顔つきだ。
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 瑠菜は大きな扉の前にたどり着くと、手を下に振り落として門番を自分よりも後ろに行かせた。
 「ありがと。ここまで案内してくれて。」
 そういって振り返ってからにこりと笑って、瑠菜はふぅっと息を吐いた。
 大きな高級そうなドアはすごく威圧感があり、瑠菜はいつもここで緊張してしまう。
 それは会長と出会ったときもそうだ。
 初めて会った時から、会長の威圧感は瑠菜にとって忘れらえないもので恐怖心がいまだに消えない。
 そんな高級そうなドアをコンコンと二階叩くと中から声がした。
 静かで、上品で、川を流れる水のような声だと瑠菜は勝手にイメージしている。
 「どうぞ、お入りなさい。」
 「失礼します。」
 瑠菜はドレスの裾を軽く持って軽くお辞儀をしてから、中のほうへと入る。
 中は広く、奥のほうに一つだけ高級そうな椅子と机がある。宝石や、本が大量に散らばていて、もし一つ盗んでもわからなさそうな机に一人の老人が座っている。
 「瑠菜、久方ぶりね。いつ以来かしら?」
 「さぁ、もう会わないものだと思っていましたから。」
 「そうね。私もそう思っていたわ。年はいくつになったの?」
 「私は永遠の二十二歳ですから。」
 「あら、そうだったわね。もっと若くも感じるけど。私は百二歳よ。年を取ってしまったわ。いつ死んでもおかしくないくらいにね。」
 うつむき気味にそういう女性は美しかった。昔はもっと美しかったらしく、男がすぐによってきて困るくらいだったらしい。今も、細かいしわや化粧をきれいにすれば五十歳は若返ると瑠菜は思う。
 みんながおばぁ様と呼ぶその人はとても元気だ。病気やケガをしているところすら瑠菜は見たことがない。
 「瑠菜、今日はなぜ来たの?」
 急にしっかりとした口調でキリッと言われて、瑠菜はため息が出そうになった。
(あぁ、また始まった。)
 こういう風にしゃべりだしたおばぁ様は怖い。
 「今日は、私の弟子について話をしにここへ来させていただきました。私の弟子は、少し抜けた性格をしているため失敗が多く、現在の社長である上代さんへ多大なご迷惑をおかけしました。」
 現在の社長である上代は瑠菜よりも階級が低い。本当ならば呼び捨てで呼んでもいいのだが瑠菜はわざと「さん」をつけて呼んだ。
 「上代はその子を追放しろと言っているわ。瑠菜、師匠であるあなたの意見をちょうだい。」
 「まだ二週間しかあの子は私の弟子として働いてはいません。まだまだ教える意味はあると思われます。」
 「それは、あなた一人の意見かしら?」
 瑠菜はその言葉に対して反応することはできなかった。瑠菜だって、偽っているだけで子供だ。自分一人の意見だと言ってしまうと、瑠菜一人では背負いきれない責任が瑠菜のもとへと舞い込むことを知らないほど馬鹿ではないが、それを背負えるかと言ったら背負えない。
 「もし、あなたがその子に依存していたら、変な期待をしていたら、私はそれを許すことはできないわ。」
 「それはないです。」
 瑠菜はその言葉を聞いて言い切った。正直言って、本当にサクラに対してだけでなく関わる人間すべてに瑠菜は依存も期待もしていない。いや、していた人間がもう近くにはいないのだ。
 おばぁ様は瑠菜の目を見てにっこりと笑った。
 「あなたのその目、変わらないわね。」
 「え?」
 「瑠菜、あなたが弟子を作ったことにも驚いたけど、あなたは弟子を大切になさい。あなたの師匠のようになってはだめよ。最後までしっかり育てなさい。」
 「当り前です。」
 「誰とは言わないけど、途中で投げ出すなんて、本当にまねをしてはだめよ。」
 「……それは、コム様のことでしょうか?」
 「えぇ、そうよ。」
 瑠菜は少しイラっとした。だからと言って、手を出してしまえば瑠菜の頭と胴体が離れ離れになってしまう。瑠菜はそれがわからないほど馬鹿ではない。
(ダメ、我慢しないと。)
 「おばぁ様、コム様はそのような方ではございません。私はしかっりコム様からたくさんのことを学ばせていただきました。おばぁ様の言う最後がいつまでかは存じ上げませんが、私はしっかり育てていきたいと思っています。」
 瑠菜の目は真剣だった。まっすぐとした偽りのない目だとおばぁ様は思った。
(何人もの弟子を見てきたけれど、こんな風に主を守って私に逆らう子はいなかったわ。)
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 おばぁ様は、少し驚いたがすぐに笑えてきてしまった。もともと可笑しな子だと思っていた。そんな子が自分に対してまっすぐな目で自分の意見を押し通そうとしている。
(最初は、雪紀の後ろに隠れて顔も見せなかったのに。子供の成長は早いわね。)
 「あなたという子は本当に。昔からそうだったわね。私からたたかれようと何をされようと自分の意志を曲げなくて、頑固で本当、その性格は変わらないわね。」
 「性格というものはそう簡単には変わりませんから。」
 瑠菜はいつもの笑顔でそう言って背を向けた。瑠菜のその目は、別に澄んだ瞳をしているわけではない。
 小学生という夢と希望のあふれる時期に、大人の汚さや金と欲にまみれた人を見てきた瑠菜に対して澄んだ瞳になれとはだれも言えなかった。そしてそのまま成長したのが今の瑠菜だ。
 おばぁ様と呼ばれるその人も、瑠菜の成長はずっと見てきた。
 「瑠菜。」
 おばぁ様に呼ばれて瑠菜は振り返った。
 いつも厳しかった人が笑っている姿は瑠菜にとって恐怖ともいえる光景だ。
(言い過ぎた。また叱られるな。)
 瑠菜がそう思って心の準備をすると優しい声が響いた。
 「あんた、すごく成長したねぇ。昔はあれだけ怒ってしまったけど、私の中であんた以上に大物になった人はいないよ。いい子に育ってくれてありがとう。」
 瑠菜はびっくりしてしまった。
 いつもどこかとげがあって、褒められてもすぐにダメ出しをするおばぁ様という存在は、瑠菜にとってはただの鬼婆でしかなかった。
 「あ、ありがとうございます。」
 そういって部屋の外に出ると、瑠菜は涙が出そうになった。
 いや、実際は出ていたのかもしれない。
 瑠菜自身、誰かに褒められたいと思って動いても目を向けてもらえず、その割に少し非行に走るとこっぴどく怒られるということの繰り返しで、雪紀や楓李、こはく以外からこんな風に言われたのは初めてだった。
 瑠菜が泣きながら歩いていたため、近くにいた人からは相当ひどく叱られたのだろうという認識をされたのだろう。
 ちらちらと瑠菜のことを見て憐みの目線を送っている。
 「あ、瑠菜様。」
 ここまで連れてきてくれた門番が瑠菜に声をかけた。
 待っていたのだろう。
 瑠菜はニコッと笑ってぺこりとお辞儀をした。
 「あ、先ほどはありがとうございました。」
 「いえいえ、仕事なので。」
 夏とはいえ、暗くなった外は涼しかった。すっきりとした瑠菜の心を吹き抜けていくようで、瑠菜は弱弱しい風が気持ちよく感じた。
(一人でも帰れるんだけど、何かやな予感がするなぁ。)
 瑠菜はそう思いながらもう一度門番にむかってぺこりと頭を下げた。
 「今日はお疲れさまでした。では、私は。」
 「あの。」
 瑠菜が帰ろうとすると、門番は瑠菜の手首を強くつかんで呼び止めた。
 「瑠菜様、今度私と食事などいかがですか?おいしい店を知っているので、案内いたします。」
 「いや、それは……。」
 門番は頭を下げて懇願していたが、瑠菜が断ろうとすると土下座の姿勢へと変わった。
 無言で土下座をする門番に対して瑠菜はどうすればよいかわからなかった。何なら、おばぁ様とあった時とは違う恐怖心を感じた。
(断ってしまわないと一回じゃすまないよね。何なら返してもらえるかもわからないし。何度も何度も回数が増えるくらいならここで。でも、ここで断るのは、…………)
 瑠菜だって少しは世間体というものを知っている。
 いつもは自由気ままにやりたいことを中心とした生活を送っているが、今はそうするべきではないと考えた。
 「わ……」
 「ダメだろ?何考えてんの?」
 横から声がして振り返ると、暗闇の中から楓李が姿を現した。
 「楓李様。」
 門番はすっと立ち上がり敬礼をする。
 「何俺の女狙ってんだ?どーせ、土下座の次は写真で脅すつもりなんだろ?」
 楓李はわかっていると言わんばかりにため息をついた。
 「いや、その……」
 楓李の言ったことは当たっているらしい。
 楓李は、瑠菜の左手をつかんでこれでもかと門番に指輪を見せた。
 「わかった?俺のものだって。」
 「うっ……」
 門番は次の言葉を考えたが、すぐには出てこない。楓李の言っていることに隙は見つからなかった。
 「お、おお、女をもの扱いすると嫌われるぞ!」
 焦って絞り出した言葉は攻撃力の低い何とも言えない言葉だった。
 瑠菜的には、その通りだと思ったが状況が状況なので黙っていた。楓李も少しきょとんとしている。
 「女にもてねえ奴に言われたって説得力ねえよ。」
 楓李は鼻で笑って門番に言い返した。
 門番はその言葉に何も言い返せない。
 楓李は赤の王子と呼ばれ、女性からの人気はもちろんある。その割に、瑠菜との関係以外で恋人関係というものを作ったことはないらしい。(瑠菜は信じていないが。)
 そんな楓李に門番が言った言葉は負け犬の遠吠えにしかならない。
 「俺だって、一日五十万稼ぐ女が欲しいんだ。楽して暮らしたい。お前だってそうだろ?」
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 門番はそのまま瑠菜に手を伸ばし左手をつかんだが、瑠菜は表情を変えずにそれを振り払った。ゴトッという重たいものの落ちたような音があたりに響くが、瑠菜は何も言わない。
 楓李はそれを見て見下した目で冷静に門番に伝えた。
 「金で人を見るような奴に言われたくないってよ?どうすんの?お前。」
 吐き捨てるようにしていったその言葉は門番の頭にどれだけ入っただろうか。それはわからない。
 しかし、門番は顔を真っ青にして瑠菜の左手を見ると、その場に崩れ落ちたがすぐに逃げ出すようにして走って会場内へと入っていった。
 「はい。大丈夫か?」
 門番のその姿を見て楓李は瑠菜に言った。
 「うん。ありがとう。」
 瑠菜はそういって、左手を見る。
 「んじゃ、行こうか。」
 瑠菜の様子を見て楓李はそう言った。瑠菜もそれに対してうなずいた。
 「かえ、ありがとう。」
 瑠菜は不機嫌そうにしている楓李に一言言った。
 楓李は瑠菜の右手をつかんだまま瑠菜の前を歩いていた。
 「そんな不機嫌にならなくてもいいのに。ずっと待っていてくれたんだ。ごめん遅くなっちゃったね。おばぁ様と久しぶりに会ったから話し込んじゃった。」
 瑠菜がそう言って笑うと楓李は後ろを振り返って、瑠菜の目を見た。
 「瑠菜、お前バカにされたんだぞ。なんでニコニコしてられるんだ?」
 「だから、なんでかえがイライラしてるのよ。」
 「逆になぜ怒らない?」
 「興味ないから。」
 「は?」
 「興味ないもん。ナンパがどう傷つこうと。私には関係ないし。」
 「そうじゃねぇよ。」
 楓李はそういってから、少し昔のことを思い出した。
(そういや、瑠菜がいじめられた時も似たようなことで言いあったな。)
 瑠菜はいじめられた時も最初同じことを言っていた。興味ないと言ってからにこもるのは瑠菜が自分を守る手段としていつも使う方法だ。
 「ねぇ、かえ。これの意味って何?」
 「男除け。」
 「それだけ?」
 瑠菜は楓李にもらった指輪を見ながら少し残念そうにした。
 「俺の誕生日終わったらな。まぁ、瑠菜に男がいなければ。」
 「あっ。」
(瑠菜は押されると弱いから、どーせ彼氏の一人や二人いるんだろうなぁ。)
 楓李は瑠菜の様子を見てそう思った。
 変な面倒ごとに巻き込まれたくないため、楓李はずっと気を付けている。
 「そいつ振ってから俺のとこ来いよ。」
 「うん。」
 瑠菜はうなずいてから何かを決めたように「よし。」といった。
 楓李はそれを見て、少しばかり手を貸さないといけなさそうだと思った。
 「かえは、去年どこ行ってたの?」
 「もう帰ってきて六か月たつんだけど?」
 「今思い出したの。まさか、会えなくなるからっていう理由で振られるとは思ってなかったし。」
 「その間にこはくとも付き合ったんだろ?」
 「……。」 
 「別にいいよ。俺がそう望んだんだし。」
 「え?」
 「お前が幸せになるのをな。」
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 瑠菜もびっくりしすぎて声が出なかった。
 「え、な……」
 「やっぱ無理。こっぱずかしい。」
 瑠菜はぽかんとしたが、すぐに我に返った。
 「かえのそんな表情初めて見た。っていうか、あきやこはくみたいにきざなこと言わないんじゃなかったの?」
 「いつもはな。」
 「なんかうれしい。」
 「あっそ。」
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 「キャッキャ!」
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 家に帰ると、サクラが瑠菜に駆け寄ってきた。
 珍しくケイや、きぃちゃんもいるため今日は泊っていくのだろうと瑠菜は思った。
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 「ただいま。大丈夫よ。明日からまたビシバシ鍛えられるわ。明日から仕事増やすわね。」
 「待ってください!それとこれとは別です!」
 「別にしてたまりますか。」
 瑠菜の言葉にサクラはすぐにそう言った。周りも笑ってその様子を見ている。
 サクラが嫌がるのも無理はない。今現在、サクラはまぁまぁな量を手伝いとしてこなしている。外仕事をすれば、疲れてすぐにあの小屋の中で伸びているし、中での事務的な仕事でさえも夕方の暗くなる直前まで残って頑張っている。
 「まぁ、サクラちゃんよかったね。」
 あきがサクラの方をポンッと一回叩くと、サクラはあきにしがみついた。
 「よくないですぅ!助けてください。あきさん。」
 「うん。応援してるね。」
 「えぇ。じゃぁ、楓李さん!」
 「じゃぁって何だ。じゃぁって。俺さん付け好きじゃねぇんだよなぁ。」
 「楓李様!助けてください。瑠菜さんを止めてください!」
 「様かよ。」
 あきが大笑いし、楓李が頭を抱えているのを横目に、瑠菜はしおんに入れてもらったコーヒーを飲んだ。
 「るーなーさーん!仕事増やすのだけは勘弁してください。」
 「がんばれー。」