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8 奥多摩の姫巫女 2

ー/ー




 
 「あれっ!?姫巫女様!お参りですか?」
「こんにちは!山頂までお疲れ様です!」


 山頂に到着、木の鳥居を拝して潜り、小さな社が見えてくる。大きな山の木々に囲まれて苔むした緑の境内は、草木の香りに満ちている。神秘的で優しい空間だ。
 そして、その奥から三人の裏公務員らしき人たちが走ってやってきた。

「ふむ…三祓(サンバイ)(シン)()の子神、穀霊神(コクレイガミ)の依代だな」
「揃いも揃って田んぼの神様とかどうなってんだ。ここで田んぼもやるのか?」
「姫巫女が呼び寄せたのやもしれぬ。覚悟の定まった者、寿命の定まった者はそう言った運を持つことがある。米も作ることになるのだろうな」
「……そうなのか…」

 

「あれ?あなた新人さんじゃない!?」
「えーと、えーと…鬼一さんをやり込めた人だ!」
「……えっ、怖いんだけど」

「どうも…」

 裏公務員たちは三人三様の反応だが、みんな俺の顔覚えてたのか…。俺は全然わからんし記憶にない。


「すみませんけど、御三方はそろそろ帰投してもらえますか?みんな心配してるらしいんで」
「「「ハイ」」」
「姫巫女の事情を聞いて、手伝いたかったのはわかりますけど、連絡なしはちょっと。俺みたいな連れ戻し要員が来るのはここにとっては良くないです」
「「「すみません」」」


 うむ、これでよし。あとは妖怪の穢れ祓いをすればいいな。
 
「同じ職場だろうに、其方達は旧知ではないのか?」
「はい。俺はド新人なもので」
「ほぉ?新人と言う割には…この者達には妾の妖怪が反応しなかったぞ?」

「我が依代が規格外なのだ。仕方あるまい」
「…其方、喋れるのか…」
「無論そうだ。神とて人の口はきける」


 ポカーンとした表情の姫巫女…ううむ。ど、どう訳そう。

 

「真幸、面倒だ。翻訳の術を姫巫女にかけてやれ」
「えっ…どうやるのか知らんのだけど」
 
「術の全てはいめーじで為せる。そうさな…姫巫女の耳にいやほんをつけてやる形でどうだ?かぽっとする、アレだ。」
「わかった。耳の中に入れるタイプの方が良さそうだな…やってみるか。」


 鈴矛をポケットから取り出して打ち鳴らし、簡易禊をしてからじーっと姫巫女の耳を見つめる。イヤホン…イヤホン。同時通訳的なアレが欲しい…女の子だし、小さめがいいよな。

 むんむん唸りながらじーっと見つめていると、彼女の背後から黒モヤに包まれたままの妖怪さんが姿を現した。ビクビクしながら手に持った鎌の先をそろり、と向けてくる。

 俺が一生懸命練り上げてる霊力をその鎌でクルクル巻き取り、姫巫女の耳にずぼっと突っ込んだ……良いのか、それで。

 

「我の言葉が理解できるな、姫巫女よ」
「はっ!な、何!?何やら術を施したのか!?わかるぞ!」
「翻訳の術をかけました。妖怪さんが手伝ってくれたんですけど」
「ほおおぉーーーおお!これはとても良いな!便利な神様じゃのー!」

 なんか喜ばれている。後ろの裏公務員達にはしなくて良いのかな。多分、颯人の言葉を理解してないけど。

「あれらにはせずとも良い。大方我らと同じ目的だろうが、数日経って達せぬようでは役に立たぬ。穢れの祓いもあるのだから無駄に霊力を使うな。」
「ハイ、かしこまりましたー」
 
「なんじゃ、其方ら神の言葉がわからぬのか…プロなのに」

「「「しゅん……」」」


 しょんぼりしてしまった三人を放って、颯人がさっさと社に歩いていってしまう。確かにそうだな。姫巫女のお祓いが最優先だ。


 
「ふむ…この社で山神を祀っているようだ。田畑に分散してよく守ってくれている。神主がおらぬようだ。真幸が祝詞を捧げれば助けになろう」
「わかった。えーと、こんなでっかい山の神様ってことは…」
 
「大祓祝詞…と行きたいところだが、まだ熟しておらぬ故辞めておこう。そこな裏公務員の力も借りれば良い。祓詞(はらえのことば)だ」
「よし、わかった!あのー、裏公務員の皆さんにも手伝って欲しいんですが…」
 
「あっ!」
「はい!」
「手伝います!何をしたら良いですか?」

 男二人に女性一人の裏公務員たちがニコニコ笑顔を浮かべた。悪い人達ではなさそうだ。


「山神に祓詞を奏上して、姫巫女様に取り憑いた妖怪の穢れだけを祓います。祝詞の手伝いに関してはわからんのでお任せします」
「えっ…妖怪ごと祓うのではなくですか?」
 
「はい。今後も姫巫女の仕事をするには妖怪さんは必要でしょう?正体はカマイタチです。穢れがなければ人を傷つけることもないし、病を抱える人の縁切りをしても、反動がなくなるはずです。」
 
「あ…護身法をしていたのはそのためでしたか……」 
「そうですね。穢れがあるから出力が安定しないんだと思います。姫巫女の体へも悪影響ですし、祓いで改善する筈ですから」


 三人はなるほど、と揃って頷く。何だか仲良し三人組っぽいな。三人とも田んぼの神様の依代だし通じ合うところがあるのかもしれん。
 


「それでは始めよう。皆、真幸の言霊に霊力を沿わせよ。」
「あっ、あー、俺の言霊に霊力を沿わせろって颯人が言ってます」
「「「わかりました!」」」


 意外に素直な返答をもらってちょっと驚いてしまった。ド新人の言うことを素直に聞いてくれる人たちなのか…へぇ。

「姫巫女よ。其方はこちらへ。ともに祝詞を受け取るのだ」
「おぉ…大仰じゃのう?」
「其方はこの地を守る偉大な姫巫女。我とて尊敬の念を抱いている。ここにいる者達は皆、同じ心持ちだ」

「そうか…ありがとう」

 颯人は恭しく姫巫女の手を取り、エスコートして社の階段に座らせた。
うーん、カッコいいな…ああ言う仕草も様になるのか。

 
「よし、じゃあまずは参拝から!」

 山神の社、姫巫女と颯人に向かって二拝、二拍手、一拝…。

「やり直し」
「えっ」
「其方ではない。後ろの三人とも拝する角度が間違っている」
「………………えぇ…?嘘だろ…」

 
 
 俺の後ろに並んだ三人が頭を下げたまま固まってる。確かにこれだと最敬礼()にはならない。神主さん達はみんな90度に腰を折るから、俺はそれを真似てたんだけど……。

「みなさん、それだと拝になりません。再敬礼は45〜90度ですが、神主さん達はみんな90度でされてるので…その方がいいと思うんですが」
 
「は…はい!そうなんですか…?」
「神主さんの所作なんて見てなかった…初めて知りました」
「……なるほど」


「其方達は未熟者だ。しっかりせよ」
「………が…頑張りましょう」
「「はい!」」
「すみません…」

 お?…ほっぺにそばかすの浮いた男の子は颯人の言葉がわかってるっぽい。まぁ、うん、そう言うこともあるよね。


 
「ではもう一度最初から」

 気を取り直して二拝二拍手一拝。
 よし、颯人が頷いてる。
 大きく深呼吸して、自然の中に満たされた柔らかい風を吸い込む。
すごく綺麗な空気だ。空気が美味しいってのはこう言うことを言うんだな。

 
──(かけ)まくも(かしこ)伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)
 筑紫(つくし)日向(ひむか)の橘の 小戸(をど)阿波岐原(あはぎはら)に  
 御禊(みそぎ)(はら)(たまひ)し時に ()()せる
 祓戸(はらへど)大神等(おほかみたち)
  (もろもろ)禍事(まがごと)・罪穢れ有らむをば
 祓へ給ひ清め給へと(まを)す事を聞し()せと
 (かしこ)(かしこ)(まを)す──


 補助ってこうやるのか…。俺の後ろに立ち並んだ裏公務員たちは揃って手を合わせ、長く息を吐いて俺の言霊に霊力を足してくれる。
 未熟な俺の祝詞がみんなの吐息に助けられてふんわり広がり、清浄な空気が満ちてきた。

 

「……オ…オマエ、ナニモノダ」
 
 祝詞が終わり、姫巫女の背後から子供の背丈程の妖怪が俺をじっと見つめてきた。
つぶらな瞳の…イタチさんなのかな…ぴょこぴょこと歩いてくるが、大きな黒モヤを背負っている。これは間違いなく瘴気だ。 

 瘴気の発する圧に気押されて、ジリジリと裏公務員達が後退していく。そうだよな…名を知られた神や妖怪は力が強い。俺も冷や汗がたらり、と背中を伝う。


「こんにちは、カマイタチさん。…怪我、してるな」
『シテイナイ』
「でも、肩から手先に向かって血が…」
『軽々シク口ヲ開クナ!痴レ者ガ!』

  
 語りかけ始めてすぐ瞳がギラリと光る。颯人は姫巫女を後ろ手に庇ってくれた。よしよし。

 膝を落として地面に座り、カマイタチさんに目を合わせた。結構怒ってるみたいだな。
 

 
「その怪我は――」
 
 言いかけた瞬間、俺の頬にチリッと熱が走る。皮膚が切れた切れた感触と、じくりとした痛みを感じ、一拍遅れて血が垂れた。

『口ヲ、ヒラクナト言ッタ。コレハヒトガ切ッタノダ。自分ノタメニ呼ビ出シタクセニ、妖怪ダトワカレバ祓オウトスル』
「俺は祓いに来たんじゃないよ」
『喋ルナ!!』

 ギギギ…と骨のひしゃげる音がして、イタチ姿のカマイタチさんが瘴気に包まれて大きく背を伸ばす。
 鉛筆で書き殴ったような黒いもじゃもじゃした瘴気の中に二つ、吊り上がった赤い目が光る。手に持った大きな鎌がカタカタ音を立てて震えていた。…怖がっているみたいだ。



「君は姫巫女のお願いを聞いてくれたんだろう?その傷を治したいんだ。
 これから先も、彼女を助けてあげて欲しいからさ」

「……」
 
「随分前にした怪我みたいだし、膿んでるから…消毒して、……ッ」


 喋っている間、ずっと攻撃がくるから颯人の作ってくれた結界が割れて、すっぱりと腕が切られた。
 カマイタチの切れ味はすごいな。スーツの袖ごとバッサリ行って、結構深く切れたみたいだ。白いのは骨かな…あんまり見ないでおこう。

 

「…ふぅ。君の傷を消毒して、もし必要なら縫わなきゃだよ。ちゃんと処置をしなければ治らない」
『ソノヨウニ甘言ヲ吐イテ、騙シテ食ウノダロウ?妖怪ヲ食エバ力ガ増ス。ソレトモ、呪術ノ形代ニスル気か?』
 
「ううん、姫巫女の優しい気持ちに寄り添ってくれた君を害したりしない。
 本当に傷を治してあげたいだけなんだ。俺にも、あの子のお手伝いをさせて欲しい」

 ブーメランのように回転している刃が身の回りを飛んで、わずかに切り付けてすぐに離れていく。カマイタチはさっき切れた、俺の深い傷をじっと見つめてソワソワしてる。
 颯人の顔が険しくなって来ちゃったな。ちょっと話しておくか。


 
(颯人、大丈夫。カマイタチは俺を殺したりしないよ。見守っててくれ)
(……応)

「カマイタチ、触れるのが嫌なら傷を見せてくれないか?」
「オマエ、イ、痛クナイノカ?腕……」
「ちょっと痛いな。まだ大丈夫だよ。あぁ、血で境内が汚れるのは良くないか…」
 
 ハンカチを取り出して腕を縛ろうとしてみても、片手では上手くいかないな…口に咥えて縛りつけようとした時、そばかすの男の子が走り寄ってきて、ぎゅっと縛り付けてくれた。

「助かります」
「いえ。…お気をつけて」
「ありがとう」

 

 真剣な彼の表情に笑顔を送り、カマイタチに手を差し伸べる。彼の発した刃はシュパシュパ音を立てて皮膚の表面だけを切っているけど、深くは傷つけてこない。

「……おいでよ。ずっと痛い思いしてきたんだろ?ごめんな…嫌な思いさせて。ちゃんと応急キットがあるし、手当てするくらいの知識もある。……ダメか?」
 
「……ナゼ、ソノヨウニコダワル。オマエハ、キズツケラレタノニ」
 
「カマイタチと姫巫女が大切だからだよ。あの子の意思を、かけがえのない尊いものだと思うから。姫巫女に応えたカマイタチも同じだ。俺は…何もできないけど、姫巫女の相棒である君を助けてあげられる。
 寿命が短いなんて言ったって、死ぬことが嬉しいわけなんかないだろ?
あの子が農業に精通しているのは一生懸命に学んだからだ。
 人の為に祈れる人は、行動できる人は愛情が深いから。この地で愛されて生きてきた彼女はきっと、この世を去りたいなんて思っていない。
 迫り来る死の恐怖を自分の精一杯やれることで塗りつぶして、涙の上に笑顔の仮面を被って最後まで笑顔のまま一生を終えるだろう。
 死にたくない、苦しい、寂しいだなんて、一言も言わずに」
 
「…………」

「そばにいる君の腕が怪我で動かないなら、抱きしめてあげられないだろ?一番あの子の気持ちをわかってる君は、姫巫女の支えになれる。
 誰にも弱音を吐いてはいけない立場を作り上げた、あの子の本当の心を支えてあげてほしいんだ。……怪我を、治そう」

「……オマエ、イイノカ」
「ん?」

 

 シュルシュル音を立てて刃達が風になって消えていく。ふわふわと頬を撫でるそれは、暖かくて優しい。
 
 とてとて、と動物のイタチ姿に戻ったカマイタチがやってくる。
耳が小さくて、目がクリクリして、毛皮は黒い。イタチは茶色と白のはずだから、やっぱり妖怪なんだろう。

 イタチはネコ目イヌ亜目クマ下目イタチ科イタチ属に含まれる哺乳類の総称なんだけど……こうしてみていると、ワンコのかわいさもニャンコのかわいさも、ネズミっぽさもあるな。熊はどの辺だろう…?毛がふさふさでとにかく可愛い。


「オイラ、オマエを傷つけたンダぞ」

「うん、結構痛いな。カマイタチってあとから痛みがくるもんなんだな。でも殺す気じゃなかっただろ?腕は加減を失敗しただけだ。ちゃんとわかってるよ」
 
「うん…ゴメンな」
「いいよ。ほら、こっちおいでよ。傷の手当てをしながらもふもふさせてくれ。柔らかそうな毛皮を触りたくて仕方ないんだ」

「ふん…オイラの体が目当テカ?」
「そうだな、それは確かにそうだ。ごめんな。」
「ふん…フン。」



 フンスフンスしながら近づいてきて、そうっと俺の膝に手をつく。両手で小さな体を抱き上げると、ふさふさの大きなしっぽがぽわん、と垂れ下がる……。
 ………………もう我慢ならん!

「うぁー!もふもふ!可愛いな!毛が柔らかい!!よーしよしよし!」
「やっ、止メロ!犬のようにスルナ!」
 
「だって…可愛い…なんでこんなもふもふしてるんだ?頭撫でていいか?」
「仕方ナいな…」

 頭の上に手を乗せると、まんまるな骨格に沿ってモッフモフの毛が触れる。
うぁ…かわいい。鼻血が出そう……。

 
「真幸…それまでにせよ。先に怪我の治療だ。そなたも、カマイタチもな」
「……ハイ」

 
 颯人の若干呆れた視線を受けつつ、俺は仕方なく返事を返した。

 


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「「「ハイ」」」
「姫巫女の事情を聞いて、手伝いたかったのはわかりますけど、連絡なしはちょっと。俺みたいな連れ戻し要員が来るのはここにとっては良くないです」
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「はい。俺はド新人なもので」
「ほぉ?新人と言う割には…この者達には妾の妖怪が反応しなかったぞ?」
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「えっ…どうやるのか知らんのだけど」
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 鈴矛をポケットから取り出して打ち鳴らし、簡易禊をしてからじーっと姫巫女の耳を見つめる。イヤホン…イヤホン。同時通訳的なアレが欲しい…女の子だし、小さめがいいよな。
 むんむん唸りながらじーっと見つめていると、彼女の背後から黒モヤに包まれたままの妖怪さんが姿を現した。ビクビクしながら手に持った鎌の先をそろり、と向けてくる。
 俺が一生懸命練り上げてる霊力をその鎌でクルクル巻き取り、姫巫女の耳にずぼっと突っ込んだ……良いのか、それで。
「我の言葉が理解できるな、姫巫女よ」
「はっ!な、何!?何やら術を施したのか!?わかるぞ!」
「翻訳の術をかけました。妖怪さんが手伝ってくれたんですけど」
「ほおおぉーーーおお!これはとても良いな!便利な神様じゃのー!」
 なんか喜ばれている。後ろの裏公務員達にはしなくて良いのかな。多分、颯人の言葉を理解してないけど。
「あれらにはせずとも良い。大方我らと同じ目的だろうが、数日経って達せぬようでは役に立たぬ。穢れの祓いもあるのだから無駄に霊力を使うな。」
「ハイ、かしこまりましたー」
「なんじゃ、其方ら神の言葉がわからぬのか…プロなのに」
「「「しゅん……」」」
 しょんぼりしてしまった三人を放って、颯人がさっさと社に歩いていってしまう。確かにそうだな。姫巫女のお祓いが最優先だ。
「ふむ…この社で山神を祀っているようだ。田畑に分散してよく守ってくれている。神主がおらぬようだ。真幸が祝詞を捧げれば助けになろう」
「わかった。えーと、こんなでっかい山の神様ってことは…」
「大祓祝詞…と行きたいところだが、まだ熟しておらぬ故辞めておこう。そこな裏公務員の力も借りれば良い。|祓詞《はらえのことば》だ」
「よし、わかった!あのー、裏公務員の皆さんにも手伝って欲しいんですが…」
「あっ!」
「はい!」
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「はい。今後も姫巫女の仕事をするには妖怪さんは必要でしょう?正体はカマイタチです。穢れがなければ人を傷つけることもないし、病を抱える人の縁切りをしても、反動がなくなるはずです。」
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「そうですね。穢れがあるから出力が安定しないんだと思います。姫巫女の体へも悪影響ですし、祓いで改善する筈ですから」
 三人はなるほど、と揃って頷く。何だか仲良し三人組っぽいな。三人とも田んぼの神様の依代だし通じ合うところがあるのかもしれん。
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「あっ、あー、俺の言霊に霊力を沿わせろって颯人が言ってます」
「「「わかりました!」」」
 意外に素直な返答をもらってちょっと驚いてしまった。ド新人の言うことを素直に聞いてくれる人たちなのか…へぇ。
「姫巫女よ。其方はこちらへ。ともに祝詞を受け取るのだ」
「おぉ…大仰じゃのう?」
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うーん、カッコいいな…ああ言う仕草も様になるのか。
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 山神の社、姫巫女と颯人に向かって二拝、二拍手、一拝…。
「やり直し」
「えっ」
「其方ではない。後ろの三人とも拝する角度が間違っている」
「………………えぇ…?嘘だろ…」
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「は…はい!そうなんですか…?」
「神主さんの所作なんて見てなかった…初めて知りました」
「……なるほど」
「其方達は未熟者だ。しっかりせよ」
「………が…頑張りましょう」
「「はい!」」
「すみません…」
 お?…ほっぺにそばかすの浮いた男の子は颯人の言葉がわかってるっぽい。まぁ、うん、そう言うこともあるよね。
「ではもう一度最初から」
 気を取り直して二拝二拍手一拝。
 よし、颯人が頷いてる。
 大きく深呼吸して、自然の中に満たされた柔らかい風を吸い込む。
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──|掛《かけ》まくも|畏《かしこ》き|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》
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 |祓戸《はらへど》の|大神等《おほかみたち》
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 祓へ給ひ清め給へと|白《まを》す事を聞し|食《め》せと
 |恐《かしこ》み|恐《かしこ》み|白《まを》す──
 補助ってこうやるのか…。俺の後ろに立ち並んだ裏公務員たちは揃って手を合わせ、長く息を吐いて俺の言霊に霊力を足してくれる。
 未熟な俺の祝詞がみんなの吐息に助けられてふんわり広がり、清浄な空気が満ちてきた。
「……オ…オマエ、ナニモノダ」
 祝詞が終わり、姫巫女の背後から子供の背丈程の妖怪が俺をじっと見つめてきた。
つぶらな瞳の…イタチさんなのかな…ぴょこぴょこと歩いてくるが、大きな黒モヤを背負っている。これは間違いなく瘴気だ。 
 瘴気の発する圧に気押されて、ジリジリと裏公務員達が後退していく。そうだよな…名を知られた神や妖怪は力が強い。俺も冷や汗がたらり、と背中を伝う。
「こんにちは、カマイタチさん。…怪我、してるな」
『シテイナイ』
「でも、肩から手先に向かって血が…」
『軽々シク口ヲ開クナ!痴レ者ガ!』
 語りかけ始めてすぐ瞳がギラリと光る。颯人は姫巫女を後ろ手に庇ってくれた。よしよし。
 膝を落として地面に座り、カマイタチさんに目を合わせた。結構怒ってるみたいだな。
「その怪我は――」
 言いかけた瞬間、俺の頬にチリッと熱が走る。皮膚が切れた切れた感触と、じくりとした痛みを感じ、一拍遅れて血が垂れた。
『口ヲ、ヒラクナト言ッタ。コレハヒトガ切ッタノダ。自分ノタメニ呼ビ出シタクセニ、妖怪ダトワカレバ祓オウトスル』
「俺は祓いに来たんじゃないよ」
『喋ルナ!!』
 ギギギ…と骨のひしゃげる音がして、イタチ姿のカマイタチさんが瘴気に包まれて大きく背を伸ばす。
 鉛筆で書き殴ったような黒いもじゃもじゃした瘴気の中に二つ、吊り上がった赤い目が光る。手に持った大きな鎌がカタカタ音を立てて震えていた。…怖がっているみたいだ。
「君は姫巫女のお願いを聞いてくれたんだろう?その傷を治したいんだ。
 これから先も、彼女を助けてあげて欲しいからさ」
「……」
「随分前にした怪我みたいだし、膿んでるから…消毒して、……ッ」
 喋っている間、ずっと攻撃がくるから颯人の作ってくれた結界が割れて、すっぱりと腕が切られた。
 カマイタチの切れ味はすごいな。スーツの袖ごとバッサリ行って、結構深く切れたみたいだ。白いのは骨かな…あんまり見ないでおこう。
「…ふぅ。君の傷を消毒して、もし必要なら縫わなきゃだよ。ちゃんと処置をしなければ治らない」
『ソノヨウニ甘言ヲ吐イテ、騙シテ食ウノダロウ?妖怪ヲ食エバ力ガ増ス。ソレトモ、呪術ノ形代ニスル気か?』
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 本当に傷を治してあげたいだけなんだ。俺にも、あの子のお手伝いをさせて欲しい」
 ブーメランのように回転している刃が身の回りを飛んで、わずかに切り付けてすぐに離れていく。カマイタチはさっき切れた、俺の深い傷をじっと見つめてソワソワしてる。
 颯人の顔が険しくなって来ちゃったな。ちょっと話しておくか。
(颯人、大丈夫。カマイタチは俺を殺したりしないよ。見守っててくれ)
(……応)
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「オマエ、イ、痛クナイノカ?腕……」
「ちょっと痛いな。まだ大丈夫だよ。あぁ、血で境内が汚れるのは良くないか…」
 ハンカチを取り出して腕を縛ろうとしてみても、片手では上手くいかないな…口に咥えて縛りつけようとした時、そばかすの男の子が走り寄ってきて、ぎゅっと縛り付けてくれた。
「助かります」
「いえ。…お気をつけて」
「ありがとう」
 真剣な彼の表情に笑顔を送り、カマイタチに手を差し伸べる。彼の発した刃はシュパシュパ音を立てて皮膚の表面だけを切っているけど、深くは傷つけてこない。
「……おいでよ。ずっと痛い思いしてきたんだろ?ごめんな…嫌な思いさせて。ちゃんと応急キットがあるし、手当てするくらいの知識もある。……ダメか?」
「……ナゼ、ソノヨウニコダワル。オマエハ、キズツケラレタノニ」
「カマイタチと姫巫女が大切だからだよ。あの子の意思を、かけがえのない尊いものだと思うから。姫巫女に応えたカマイタチも同じだ。俺は…何もできないけど、姫巫女の相棒である君を助けてあげられる。
 寿命が短いなんて言ったって、死ぬことが嬉しいわけなんかないだろ?
あの子が農業に精通しているのは一生懸命に学んだからだ。
 人の為に祈れる人は、行動できる人は愛情が深いから。この地で愛されて生きてきた彼女はきっと、この世を去りたいなんて思っていない。
 迫り来る死の恐怖を自分の精一杯やれることで塗りつぶして、涙の上に笑顔の仮面を被って最後まで笑顔のまま一生を終えるだろう。
 死にたくない、苦しい、寂しいだなんて、一言も言わずに」
「…………」
「そばにいる君の腕が怪我で動かないなら、抱きしめてあげられないだろ?一番あの子の気持ちをわかってる君は、姫巫女の支えになれる。
 誰にも弱音を吐いてはいけない立場を作り上げた、あの子の本当の心を支えてあげてほしいんだ。……怪我を、治そう」
「……オマエ、イイノカ」
「ん?」
 シュルシュル音を立てて刃達が風になって消えていく。ふわふわと頬を撫でるそれは、暖かくて優しい。
 とてとて、と動物のイタチ姿に戻ったカマイタチがやってくる。
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「いいよ。ほら、こっちおいでよ。傷の手当てをしながらもふもふさせてくれ。柔らかそうな毛皮を触りたくて仕方ないんだ」
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「ふん…フン。」
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「……ハイ」
 颯人の若干呆れた視線を受けつつ、俺は仕方なく返事を返した。