ある日の事、俺達が学校に登校すると、教室の雰囲気がいつもと違っていた。
「おはよう」
俺は玲と雅弘に挨拶をした。
「優斗さん、これを見てください」
玲が自分のスマホを差し出した。そこには、ある動画が流れていた。
そこに映っていたのは、俺達だった。演劇をしている時の映像だ。
「これ、いつの間に撮られていたんだ?」
「おそらく、誰かが隠し撮りしていたのでしょう」
「誰がこんな事を……」
そしてその動画の再生回数は、十万回を超えていた。
「めちゃくちゃ再生されてるじゃないか」
「私達の演劇がここまで人気になるとは思ってませんでしたね」
「ああ。俺もびっくりしてるよ」
「でも、悪い事ばかりじゃないですよ。この動画のおかげで、皆が注目してくれていますから」
「そうかもな」
それからしばらくして、担任の先生が入っててホームルームになった。
「突然だが、お前らに話したい事があるんだ」
担任の山田先生は言った。
「なんですか?」
クラス中がざわつき始めた。
「実は、このクラスの演劇を撮ったビデオがネットにアップされている」
「マジかよ」
「ああ。しかも、この動画がバズっていてな。かなり拡散している」
「そうなんですか」
「それで、この動画を見た人たちが、この学校の演劇部を見に来ているというわけだ」
「なるほど」
「そこでだ。この機会に演劇部の知名度を上げるために、他校と合同で劇を行う事にした」
「えっ!?」
クラスのみんなが驚いた。
「他の高校との劇ってどういうことだよ」
「まぁ、詳しい話は後でするから、とりあえず台本を配るぞ」
俺は、脚本と演出が書かれたプリントを受け取った。
「それじゃあ、今日はもう終わりだから、明日までに練習しておくように」
そう言って、山田先生は出て行った。
その後、俺達は、教室で話し合った。
「まさかまた劇をする事になるとはな」
「そうだな」
俺は玲と雅弘に聞いた。
「二人はどう思う?」
「私は賛成です」
「俺もいいと思う」
「よし、決まりだな」
こうしてクラスで、また演劇をする事になった。
「で、どことやるんだよ」
雅弘が聞いてきた。
「どうだった?」
「俺も詳しくは知らないけど、今度行くところは、女子高らしい」
「女子高?」
「それって……まさか……」
「女子高つったら龍賀城女子だろ」
「マジか」
「あの学校なら納得だな」
「そうだな。結構可愛い子が多いからな」
「そうなのか」
女の子と劇なんて初めてだし、少し楽しみだ。
そして、放課後になり、俺達は下駄箱に向かった。
「優斗さん、これから予定はありますか?」
玲が聞いて来た。
「そうだな……。特に予定はないけど」
「優斗さんに大事な話があるんです。少し一緒に歩きませんか?」
「わかった。いいよ」
「ありがとうございます」
それから歩きながら、俺は玲に問いかけた。
「それで、大事な話って何なんだ?」
「はい。それはですね……」
玲が真剣な表情をしていた。
「そろそろ優斗さんに話さなければなりません」
「話す?何を?」
「初恋サービスについてです」
俺は玲のその言葉を聞いて、ドキッとした。
「そうだな。そろそろ俺も聞きたいと思っていたんだ」
「はい」
「初恋サービスって何なんだ?」
「まずは順を追って説明しなければなりません」
玲は歩いていた足を止めて、こちらを振り返った。
「私の本当の名前は、加藤玲。優斗さん。あなたの娘です」
「な、何?娘?えっ?」
「三島は偽名です。私は、加藤優斗と水川ひなこの娘なんです。私は未来からやってきました」
「ちょ、ちょっと待てよ。何の冗談だよ」
「いきなりそんな事を言われると驚きますよね。無理もありません」
確かにひなの娘だと言われると、ひなに似ているという点は、なんとなくわかる。でも俺の娘だと言われ、はいそうですかと納得はできない。
「これが未来のお父さんとお母さんの写真です」
そう言って玲は、写真を見せてくれた。その写真は、確かに俺とひなにそっくりな顔が写っていて、玲も写っている。
「きっかけは、本当に些細なところからでした」
そう言って玲は写真をしまった。
「優斗さん。いえ、お父さんは、お母さんと喧嘩してしまうんです。その時、お父さんは過去にバスの中で漏らしてしまった事を馬鹿にしているんだろうと、昔の話をきっかけに口論になってしまいます。そしてそこから溝は深まっていき、離婚してしまう事になったんです」
「そんな……。あの時の事が……。でもどうして?俺とひなは、一度は別れたんだろ?」
「はい。数年後、偶然再会した二人は意気投合して、再び付き合って結婚するんです。どの道、未来では二人は結ばれるんです」
「そうだったのか」
「私は幸せでした。家族の為に一生懸命働いてくれるお父さん。いつも美味しい料理を作ってくれるお母さん。私は二人の事が大好きです。家族が離れ離れになるなんて考えられませんでした」
玲の表情は、悲しそうに笑った。
「だから私は、タイムマシーンを完成させました」
「ちょっと待て。玲がタイムマシーンを作ったのか?」
「はい、私天才ですから。昔から私、頭良かったんです。お父さんもお母さんも私を褒めてくれました。ついにタイムマシーンを完成させた私は、次にお父さんの記憶を少し操作する方法を考えました。それが初恋サービスです」
「初恋サービスも玲が作ったっていうのか?」
「はい。耳に特殊な周波数の音を聴かせることで、脳波に影響を与えます。それで特定の記憶を消す装置です。私はタイムマシーンに乗ってお父さんとお母さんが出会う高校生の頃に戻り、そしてバスでの出来事を初恋サービスで消す為にやってきました。家族が離れ離れになるのが嫌なんです。あのバスでの記憶さえなくなれば……。そうすれば二人は仲の良いままでいてくれる。そう思ったんです」
玲は冗談を言っているような雰囲気ではなかった。これは玲の作り話ではないのだという事が伝わってくる。とても信じられないような話ばかりだけど。
「俺の記憶を消す時、ひなの事を忘れさせる必要はなかったんじゃないのか?」
「人の記憶。脳というのは、特殊な構造をしています。ピンポイントでお父さんのトラウマを消してしまうと、バランスが崩れてお父さんの脳に悪影響を与える可能性がありました。だから一度、お父さんの中のお母さん。水川ひなこの記憶を消すことが必要だったんです」
「記憶のバランスか……。でもどうして今、このタイミングで言うんだ?なんで俺達と長い時間、一緒に過ごしてきたんだ?」
「それも記憶のバランスと未来への影響に関係する事です。消した記憶の代わりに、新しい記憶が必要になりました。思い出です。お母さんと一緒に高校時代を過ごしてきた思い出を作る事で、未来でもまた、お母さんと結ばれるように調整する為です。この辺は何度も調べてシミュレートしてきました。その結果、私が転校生として、お父さんと一緒に学園生活を送る。そしてお母さんとや愛美おばさん達との思い出を作る。この方法がベストでした」
「愛美おばさん?」
「愛美おばさんは、将来、美容師になるんですよ。私はいつも愛美おばさんに髪を切ってもらってます。昔からとても私を可愛がってくれる人なんです」
「へえ、愛美ちゃんは美容師になるのか」
「はい」
そういえば前に、ひなが髪を整えてもらっていたと言っていた気がする。
それにしてもまさか玲が俺の娘だなんて……
「玲は、これからどうなるんだ?」
「もちろん、お父さんとお母さんと三人で暮らすつもりです。お父さんとお母さんには、これからもずっと幸せでいてもらいたいんです」
「そっか……」
「お父さん……」
「ん?」
「今まで黙っていてごめんなさい。お父さんはきっと怒っていると思います。でもこうするしかなかったんです。許してくださいとは言いません。ただ謝らせてほしいんです」
玲は泣きそうな表情をしていた。俺はそんな玲を見て、優しく微笑みかけた。
「いいよ。怒ってなんかいないさ。むしろ感謝しているよ。ありがとうな。玲のおかげで、俺とひなはもう一度やり直すことができた」
俺は玲を抱き寄せた。すると玲は涙を流した。
「うっ……」
「もう泣くなよ。お前は俺とひなの娘だろ?」
「はい」
「だったら笑っていてくれないかな」
「わかりました」
そう言って玲は涙を拭った。
「あー、なんだかお腹がすいてきちゃいましたね」
「そうだな。じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい!」
そう言って二人で歩き出した。
「ところで玲。初恋サービスの最初に出てた電話の女の人は誰なんだ?」
「お電話ありがとうございます。株式会社初恋でございます」
「その声……。玲の声だったのか。全然気づかなかったよ」
「はい。声を作ってますから」
そう言って玲は、微笑んだ。
「しかしタイムマシーンに初恋サービス。玲は凄い物を作るな」
「はい。家族と離れ離れになりたくない私の執念の結果です」
「玲は将来、大物になりそうだな」
「私、天才ですから」
「ははっ、確かに天才だよ」
それから俺達は家に帰った。そして夕食を食べて、風呂に入って、自分の部屋のベッドに寝転んだ。
するとスマホがピロリッと音が鳴ったので、スマホを手に取った。
「若い時のお父さんに会えて良かったです」
玲からだった。
「俺もだよ。未来の娘に会えるなんて夢みたいだ」
そう返事を返すと、すぐに返信が来た。
「お母さんにも会えて嬉しかったです」
玲も俺と同じ気持ちでいてくれた事が嬉しかった。
「もうすぐお別れです。優斗さん……。いえ、お父さん。今まで楽しかった」
ピピピッ! 朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。
そして起き上がって、ふと横を見た。そこには誰もいなかった。
夢……だったのか……?
スマホを確認する。最後のメッセージのやりとりは、お母さんに会えて嬉しかったですという玲からのメッセージだった。
「そうか。俺は寝落ちしてしまったのか……」
着替えて洗面台で顔を洗う。
「おはよう。父さん」
リビングに行くと、テーブルに朝食を並べていた父さんがいた。
「ああ、おはよう」
父親ってどんな気持ちなんだろうな。
俺は玲にどう接したらいいんだろう。
父さんの顔を眺めていた。
「ん?なんだ?」
「いや、何でもない」
「早く食わないと遅刻するぞ」
「ああ、うん」
椅子に座って、トーストをかじる。
やっぱり味がしない。
まあいいか……。これが普通だし。
俺は一人で食事を済ませて、鞄を持って玄関に向かった。
「行ってきます」
「おう、行ってこい」
そうして今日も学校に向かう。
教室に入ると、クラスメイト達が挨拶をしてきた。
「よう、加藤」
「おっす、加藤」
みんなが俺に笑いかけてくる。俺はそれに笑顔で応える。
いつも通りの光景だ。
俺が席に着くと同時にチャイムがなった。
ガラガラッと扉が開いて、先生が入ってきた。
「よーし、授業始めるぞー」
そしていつも通りの授業が始まった。
昼休みになった。
弁当箱を取り出すと、女子生徒に声をかけられた。
「ねえ、加藤君」
振り返ると、そこにいたのはクラス委員長だった。
「ん?」
「あのさ、今日の放課後空いてるかしら?」
「えっと……どうして?」
「ちょっと話があるんだけど……」
「わかった」
俺は了承した。すると彼女はホッとしたような表情を浮かべた。
「ありがとう」
「それで何の話かな?」
「それは放課後まで待ってくれないかしら?」
「いいよ」
「じゃあそういう事でよろしくね」
「了解した」
そう言うと、彼女は去っていった。
そして放課後になって、俺は彼女の後をついていった。
やってきたのは空き教室だった。
中には誰もいない。
「ここなら大丈夫ね」
「で、話っていうのは?」
そう聞くと彼女は真剣な表情で口を開いた。
「単刀直入に言わせてもらうわね」
「うむ」
「あなたは本当に加藤君よね?」
「そうだよ。正真正銘の加藤優斗だ」
「そう……。それじゃあもう一つ聞かせてほしい事があるの」
「なんだ?」
「あなたは今幸せ?」
「もちろん」
即答した。すると彼女は笑みをこぼした。
「そう、良かった。これで心置きなくあなたに協力できるわ」
「協力?」
「ええ、あなたのサポートをする為にここにきたのよ」
「どういう事だ?」
「私は未来の人間なの。タイムマシーンを使ってこの時代にやってきたの」
「未来人!?」
俺は思わず大声を出してしまった。
すると彼女は手で俺の口を塞いだ。
「静かに!他の人に聞かれたらまずいわ!」
こくりと首を縦に振った。
手を離すと、彼女は語り始めた。
「私がこの時代に来た理由はただ一つ。あなたの力になる為よ」
「俺の力に?」
「そう。未来であなたは大切なものを失うの。だからそれを防ごうと思ったわけ」
「そんな事が俺にはあるのか?」
そう尋ねると、彼女は悲しげな表情をした。
「ええ……。その前に聞いておきたいのだけれど……。加藤君は今、恋をしているかしら?」
「まあ……一応」
「そう。それは誰なのか教えてくれるかしら?」
「未来人のお前が知ってどうするんだ?」
「その人と結ばれれば、私の知っている未来は変わるかもしれないからよ」
「なるほど……」
俺は少し考えて、答えを出した。
「俺が好きになったのは、水川ひな子って女の子だ」
「やっぱりそうなのね」
「知っていたのか?」
「ええ、未来で彼女と結ばれるのが、加藤君の運命なの」
「つまり俺は未来では結婚していると?」
「ええ、彼女もあなたを愛しているみたいだし、将来は間違いなく一緒になっているはずよ」
「そっか……。でもそれがどうかしたのか?」
「私の力でその未来を変えてあげようと思っているの」
「変えてあげる?どうやって?」
「この時間軸にいる加藤君と入れ替わるのよ」
「なっ!?」
俺は驚きの声をあげた。
「ちょっと待ってくれ……。それってどういう意味なんだ?」
「言葉の通りの意味よ。未来の加藤君が今の加藤君の代わりになるの」
「いや、そんな事をしたら、入れ替わった俺はどうなるんだよ?」
「記憶が消えるだけよ。入れ替わった後、加藤君は加藤君として生きていく事になるわ。何も変わらない」
「でも俺が俺じゃなくなるんだろ?だったら……」
「安心して、あなたが別人になるというわけではないわ。性格が変わるという訳でもない」
「えっと……よくわからないんだけど」
「簡単に言えば、今ここにいる加藤君と、未来の加藤君が入れ替わる。それだけの事」
「本当にそんな事ができるのか?」
「ええ、問題ないわ。それで、やってくれる?」
「ちょっと考えさせてくれ」
「わかったわ」
俺はしばらく考えた。そして結論を出す。
「悪いけど……できない」
「どうして?」
「俺は今の俺として、ひなと付き合っていきたいんだ。未来の俺に邪魔されたくない」
そう答えると、彼女は驚いた表情を見せた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ふーん、なかなかやるじゃない。見直したわ」
「そりゃどーも……」
なんか照れくさい。
「わかった。じゃあ私はもう帰るね」
彼女は立ち上がって、教室から出て行った。
俺は一人になった空き教室の中で呟いた。
「しかし……まさかこんな事が起こるなんてな……」
夢みたいな話だ。玲だけではなく、他にも未来人が……。
いや……違うか……。これは現実に起きたことなのだ。
何かとんでもない事に巻き込まれている気がする。
だが俺は改めて思った。
これから先、どんなことが待ち受けていようとも、絶対にひなを幸せにしてみせると。
次の日。
放課後になると、また女子生徒に声をかけられた。
「ねえ、加藤君」
振り返るとそこにいたのは、昨日の大谷さんだった。
「どうした?」
「昨日の件なんだけどさ。あなたが協力してくれるなら、私もできる限りサポートするわ」
「それはありがたいけど……。なんでそこまでしてくれるんだ?」
すると彼女は笑顔を浮かべた。
「さあなんでかな?昔好きだった人に似てるからかな?」
そう言っている彼女は、少し切なそうな顔をした。
「そうだ。加藤君。少し協力してくれない?」
「協力してほしい事?なんだ?」
「ある男の子を探してもらいたいの」
「男?」
「うん。名前は桐谷亮介。歳は19歳で大学生。身長は180センチくらい。髪は短め。体格は細身だけど筋肉質でスポーツマンタイプ。顔は整っている方だと思う」
「そいつを探して何をさせるつもりだ?」
「ある人に会わせたいの」
「ある人?」
「ええ……。私の好きな人よ」
「えっ!?お前好きな人いるの!?」
「ちょっと静かに!あまり大きな声で言わないで!」
彼女は慌てて俺に言った。
「ごめん……。でも恋愛とか興味ないって感じだし、意外だったからつい……」
「まあ……そうよね。私が誰とも付き合わないものだと思っていたんでしょ?」
「ああ、少なくとも俺の知っている限りではな……」
「でも、今は誰かとお付き合いしたいと思っているわ」
「へぇ……」
俺の知らないところで、彼女の心に変化があったのだろう。
「それで、その人はどこに行けば見つかるんだ?」
「えっとね……。とりあえず、彼の通っている大学に行ってもらえるかしら?」
「ちなみに、その人の事はどれくらい知っているんだ?」
「えっと……名前と外見的特徴しか……」
「それだけわかれば十分だろ」
「でも……もし見つからなかった時は、諦めてもらうことになるけど、いい?」
彼女が真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「大丈夫だよ。絶対見つけてやるから」
「ありがとう……。じゃあお願いね」
そう言って彼女は、教室を出て行った。
それから数日後。俺は大学の構内にいた。
彼女に言われた通り、俺は桐谷という男の捜索をしていた。
キャンパス内を歩いていると、一人の男子学生が目に止まった。
「あの人が、桐谷って人なのか?」
その男は、確かに外見的特徴は一致している。
俺は彼に話しかけてみることにした。
「すみません。桐谷先輩ですか?」
彼はこちらを振り返ると、怪しげな目つきで俺を見た。
「どちら様でしょうか?それになぜ僕の名を知っているんですか?」
「あっ……えっと……あなたの知り合いにです」
「知り合い?誰?」
「大谷さんです」
「ああ、彼女か。弟の友達だね」
弟……ということは、やはりこの人が、例のお兄さんのようだ。
俺は彼と連絡先を交換した。これで、いつでも連絡を取ることができる。
その後、俺は桐谷先輩と別れ、家に帰った。
そしてスマホを手に取り、早速大谷さんに電話をかけた。
『もしもし?』
「もしもし。俺だけど」
『私、私』
「詐欺なら間に合ってますよ」
『冗談よ。それで、どうだった?』
「ああ、見つけたよ。明日の昼休みに会う約束をした」
『本当に!?すごいじゃない!』
「いや、これくらい普通だろ」
『そんなことないわよ。やっぱり未来のあなたには感謝しないとね』
電話の向こう側で、嬉しそうな声を上げている。
「なあ、大谷さん……」
『何?』
「俺に桐谷さんを探させて何させようって言うんだ?」
「桐谷さんはね。加藤君の未来の仕事仲間なの」
「仕事仲間?」
「そう。桐谷さんは探偵をしていたんだけど、ある事件がきっかけで仕事を辞めてしまったの」
「なんでまた?」
「詳しくは言えないけど、どうやら依頼人に騙されたらしいわ……」
「騙された……。でも探偵って。俺も将来は探偵になるのか?」
「違うわ。加藤君は、建築設計の会社で働く事になるわ。桐谷さんは、そこの加藤君が働く建築設計会社の経理担当なの」
「それで俺と桐谷さんが出会う事でどうするんだ?」
「簡単に言うと、桐谷さんに探偵を辞めて欲しくないの。その為に加藤君の協力が必要なの」
「なるほど……。桐谷さんにもう一度探偵をやってもらおうというわけか」
「そういうこと。でもね、まだ問題があるのよ」
「問題?」
「そう……。実はね。桐谷さんは記憶を失っているみたいなの……」
「桐谷さんの記憶喪失?それは本当なのか?」
「ええ……。だから、私がいくら説得してもダメだと思う」
「なんでそこまでして桐谷さんを説得したいんだよ?」
「だって……桐谷さんは私の初恋の人なんだもん。このままでは彼が不幸になってしまう」
「初恋……。そういえば、前に好きな人いるって言っていたけど、それが桐谷さんなのか……」
「うん……。でももう遅いよね……。だって彼、女性恐怖症になってるみたいだし……」
「いや、遅くはないと思うぞ」
「えっ!?どういう事?」
「まあ、任せてくれよ」
次の日の昼休み。俺は大谷さんと一緒に大学の食堂に来ていた。
そこで、桐谷さんを待つことにした。
しばらくして、彼は現れた。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「それで話というのは?」
「単刀直入に言います。桐谷さん。探偵に戻りませんか?」
大谷さんの言葉を聞き、桐谷さんの目が大きく見開かれる。
「どうしてそれを?」
「私が調べました」
「どうやって?まさか僕を監視していたとか……?」
「違います!私はただ桐谷さんの事が心配で、勝手に調査しただけです!」
「そっか……。ありがとう。嬉しいよ」
桐谷さんの顔から笑顔がこぼれ落ちる。
「じゃあ、戻ってくれるんですね!?」
大谷さんが嬉しそうな顔で尋ねる。しかし、桐谷さんは首を横に振った。
「ごめんなさい。僕は探偵に戻るつもりはないよ」
彼は申し訳なさそうに言った。
「ど、どうしてですか?」
大谷さんは、信じられないという表情を浮かべている。
「実はね……。大谷さんには悪いと思っているんだけど、どうしても思い出せない事があるんだ」
「思い出せない事?」
「そう。何か大切な事を僕は忘れてしまっている気がする」
大谷さんが悲しそうな顔をしている。
「もしかすると、その事は僕の過去に深く関わっているんじゃないかと思ってね」
「過去……ですか?」
「ああ……。だけど、どうしても思い出せないんだ」
桐谷さんの表情に影が差していく。
「きっと時間が経てば、いつかは思い出せるかもしれない。だけど、今はまだその時じゃないんだ」
「…………」
「だから、大谷さん。あなたの気持ちはとてもありがたい。でも、今は探偵をやることはできない」
「そんな……」
大谷さんの声が震え始める。
「それにね。今の僕は、もっとやるべきことがあるような気がするんだ」
「やるべきこと?」
「そう。これは探偵としての経験則なんだけどね。こういう時は、じっと待っていても何も起こらない。むしろ、行動を起こした方がうまくいくものなんだよ」
「でも……」
大谷さんは、目に涙を溜めている。
「だからさ。もし良かったら、あなたが僕の力になってくれないかな?」
桐谷さんは優しい笑みを見せた。
「私が……?」
「ああ。探偵を辞めたとはいえ、僕は探偵だ。だから、色々とアドバイスできると思う」
「でも私なんかでいいの?」
「もちろんだよ。君のような可愛い女の子の頼みなら大歓迎さ」
「か、可愛くなんてないわよ……」
大谷さんは顔を真っ赤にして言った。
「それじゃあ、これからよろしく頼むよ」
「う、うん……。わかったわ」
こうして、桐谷さんは探偵に復帰することはなかったが、代わりに大谷さんが桐谷さんの力になる事になった。