リミット ④

ー/ー



「――それで、こちらが絢乃さんのお友だちの」

「中川里歩です。初めまして、桐島さん。絢乃がいつもお世話になってます」

 僕は絢乃さんに紹介してもらおうとしたのだが、それより先に里歩さん自らが口を開いた。彼女は控えめな絢乃さんと対照的に、積極的な女性らしい。そしてちょっと世話焼きなところもあるのかな、というのは僕の個人的な感想だが、あながち間違ってもいないようである。

「ああ、いえ。初めまして、里歩さん。桐島貢と申します。よろしく」

 きっと里歩さんも絢乃さんと同い年だが、僕はキッチリと敬語で彼女に挨拶をした。その時点ではまだ、絢乃さんをお世話していたわけではなかったが、その後に実際秘書としてそうなったので、これも間違いではなかった。
 そして僕が敬語だったのは、この日が初対面だった里歩さんのことを信用するに値する人かどうか判断しきれていなかったからでもあった。

「桐島さん、もっと肩の力抜いて。里歩はわたしと同い年だよ」

「そうですよー。ほら、リラーックスして」

 そんな僕の態度に絢乃さんは苦笑いされ、里歩さんと二人して僕の肩やら背中やらをポンポン叩き始めた。身長的に背中を叩いていたのは絢乃さんで、肩を叩いていたのは里歩さんだろう。

「……はあ」

 この時に僕が困った顔をしたのは、肩に感じる衝撃が強くて痛かったからである。彼女の腕力がなぜこんなにも強いのか、その理由を知ったのはこのすぐ後だった。


 ――僕がソファーに腰を落ち着けると、絢乃さんと里歩さんは「テーブルのセッティングがまだ残っているから」とリビングを抜け出した。加奈子さんやお手伝いさんの姿も見えなかったことから、女性陣はみんなキッチンにいるものと思われた。
 ……というわけで、リビングには僕と源一会長の二人きりになった。

「――桐島君、例の件、考えてくれたかな?」

 そう質問された時、僕は覚悟を決めた。あの依頼の返事をするのに、このタイミングが絶好の機会だと思ったのだ。もちろん、僕の中でもうすでに答えは出ていた。

「はい。僕が全身全霊、一生涯をかけて絢乃さんを支えていきます。会長秘書としても、一人の男としても」

「そうかそうか! ありがとう、桐島君」

「ですが、絢乃さんのお気持ちを第一に考えたいと思っておりますので。もし絢乃さんが他の男性を好きになられたら、僕は潔く身を引かせて頂きます。それでもよろしいですか?」

「それはもちろんだ。……では桐島君、絢乃のことを頼む。ずっとあの子の味方でいると約束してくれるか?」

「はい、お約束します」

 僕は力強く頷いた。きっとこれは、源一会長から僕への遺言だと思ったからだ。

「――ん? なになに、何の約束?」

 そこへ、真っ白なデコレーションケーキの載ったワゴンを押した絢乃さんが戻ってきた。後からたくさんの料理や食器の載ったワゴンを押す加奈子さんとお手伝いさんと思しき五十代くらいの女性、そしてなぜかフライドチキンがどっさり盛られたバスケットを抱えた里歩さんも続いた。

「いやなに、男と男の約束をな。……なぁ、桐島君?」

「ええまぁ、そんなところです。――ところで里歩さん、そのフライドチキンは何ですか?」

 僕は源一会長に頷いてから、里歩さんに訊ねた。

「ああ、コレですか? あたしからの差し入れです。っていっても手作りじゃなくて、ファストフードのお店で買ってきたパーティーパックのを温めただけなんですけどねー」

 あたし料理あんまり得意じゃないんでー、と彼女は笑いながら答えて下さった。……いや、いくら料理が得意な人でも、フライドチキンまで手作りできる人は少ないんじゃないだろうか。
 兄の場合はどうだろうか……って、ここでは関係なかった。

「里歩のお家では、クリスマスは毎年コレが欠かせないんだよね。ウチも助かったよー。今日は人数も多いし、コレのおかげで食卓が賑やかになるから。ありがとね」

 どういたしまして、とドヤ顔で言った里歩さんに、絢乃さんも笑っていた。こうして見ると、自然体の絢乃さんはやっぱりごく普通の高校生のお嬢さんで、里歩さんとは本当に仲がよろしいんだなと僕も微笑ましく思った。


   * * * *


 ――こうして、篠沢家のクリスマスパーティーが始まった。クリスマスソングをBGMにしてごちそうを囲み、楽しい時間が流れていった。

「――絢乃さん、けっこうワイルドなんですね」

 彼女が豪快にフライドチキンを頬張る姿に、僕は正直驚いた。お嬢さまだから、もっと上品に召し上がるのかと思っていたのだ(まぁ、フライドチキンの食べ方に上品な食べ方なんてあるのか、とツッコまれそうだが)。

「え、そう? でもわたし、普段からこんな感じだよ?」

「そうそう。ハンバーガーとか平気でかぶりついてるよね」

「……そうですか。ちょっと意外だな、と思って。でも、おかげで自然体の絢乃さんが見られて親近感が湧きました」

 自然体な絢乃さんは気取りがなくて、本当に可愛い人だ。そんな彼女を見られて僕は嬉しかった。

 絢乃さんご自慢の特性ケーキはシンプルなイチゴのホールケーキで、スポンジ生地に香りづけとして少量のリキュールが練りこまれていたらしい。源一会長が、甘いものがあまりお好きではなかったからだという。そういうところからも、絢乃さんのお父さま思いなところが窺えた。


 ――たっぷりのごちそうがなくなった頃、プレゼント交換が行われた。
 絢乃さんは里歩さんにマフラーと手袋を、お父さまにクッションを、そして僕にもネクタイを下さった。……が、赤いストライプ柄の入ったネクタイに僕は正直困ってしまった。僕の持っているスーツはほとんどがグレーの地味なものだったので、この柄はちょっと合わないんじゃないかと思ったのだ。

「えっ、そうかなぁ? 濃い色のスーツに合わせたらステキだと思うけど」

 僕にはちょっと派手じゃないか、と感想を漏らすと、彼女からはそんな答えが返ってきた。
 濃い色のスーツ……、持っていないから新調するしかないか。会長秘書になるんだし。でもちょっと痛い出費だな……と僕はこっそり心配していた。

 里歩さんは絢乃さんにコスメを贈っていたが、僕と源一会長は何も用意していなかった。
 二人してそのことを申し訳なく思い、弁解すると、「二人は参加してくれただけで十分」と絢乃さんは笑いながらおっしゃった。
 
「そうですか? 何だか、招待されたのに手ぶらで来たのが申し訳なくて。……あ、そうだ。絢乃さん、後ほど少しお付き合いして頂けませんか? お見せしたいものがあるので」

 せめてプレゼント代わりに、絢乃さんとお約束していたとおり、新車のお披露目をしようと思い立った。そのことを彼女に耳打ちすると、「……えっ? うん、いいけど」と頬を染めながら頷き、その光景を加奈子さんと里歩さん、源一会長とお手伝いさんまでもがニヤニヤしながら眺めていた。
 もしやこの人たちはみんな、僕と絢乃さんが親しくしていることをご存じなのか……!? 僕はこの時、背中に冷や汗が伝うのを感じた。


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「――それで、こちらが絢乃さんのお友だちの」
「中川里歩です。初めまして、桐島さん。絢乃がいつもお世話になってます」
 僕は絢乃さんに紹介してもらおうとしたのだが、それより先に里歩さん自らが口を開いた。彼女は控えめな絢乃さんと対照的に、積極的な女性らしい。そしてちょっと世話焼きなところもあるのかな、というのは僕の個人的な感想だが、あながち間違ってもいないようである。
「ああ、いえ。初めまして、里歩さん。桐島貢と申します。よろしく」
 きっと里歩さんも絢乃さんと同い年だが、僕はキッチリと敬語で彼女に挨拶をした。その時点ではまだ、絢乃さんをお世話していたわけではなかったが、その後に実際秘書としてそうなったので、これも間違いではなかった。
 そして僕が敬語だったのは、この日が初対面だった里歩さんのことを信用するに値する人かどうか判断しきれていなかったからでもあった。
「桐島さん、もっと肩の力抜いて。里歩はわたしと同い年だよ」
「そうですよー。ほら、リラーックスして」
 そんな僕の態度に絢乃さんは苦笑いされ、里歩さんと二人して僕の肩やら背中やらをポンポン叩き始めた。身長的に背中を叩いていたのは絢乃さんで、肩を叩いていたのは里歩さんだろう。
「……はあ」
 この時に僕が困った顔をしたのは、肩に感じる衝撃が強くて痛かったからである。彼女の腕力がなぜこんなにも強いのか、その理由を知ったのはこのすぐ後だった。
 ――僕がソファーに腰を落ち着けると、絢乃さんと里歩さんは「テーブルのセッティングがまだ残っているから」とリビングを抜け出した。加奈子さんやお手伝いさんの姿も見えなかったことから、女性陣はみんなキッチンにいるものと思われた。
 ……というわけで、リビングには僕と源一会長の二人きりになった。
「――桐島君、例の件、考えてくれたかな?」
 そう質問された時、僕は覚悟を決めた。あの依頼の返事をするのに、このタイミングが絶好の機会だと思ったのだ。もちろん、僕の中でもうすでに答えは出ていた。
「はい。僕が全身全霊、一生涯をかけて絢乃さんを支えていきます。会長秘書としても、一人の男としても」
「そうかそうか! ありがとう、桐島君」
「ですが、絢乃さんのお気持ちを第一に考えたいと思っておりますので。もし絢乃さんが他の男性を好きになられたら、僕は潔く身を引かせて頂きます。それでもよろしいですか?」
「それはもちろんだ。……では桐島君、絢乃のことを頼む。ずっとあの子の味方でいると約束してくれるか?」
「はい、お約束します」
 僕は力強く頷いた。きっとこれは、源一会長から僕への遺言だと思ったからだ。
「――ん? なになに、何の約束?」
 そこへ、真っ白なデコレーションケーキの載ったワゴンを押した絢乃さんが戻ってきた。後からたくさんの料理や食器の載ったワゴンを押す加奈子さんとお手伝いさんと思しき五十代くらいの女性、そしてなぜかフライドチキンがどっさり盛られたバスケットを抱えた里歩さんも続いた。
「いやなに、男と男の約束をな。……なぁ、桐島君?」
「ええまぁ、そんなところです。――ところで里歩さん、そのフライドチキンは何ですか?」
 僕は源一会長に頷いてから、里歩さんに訊ねた。
「ああ、コレですか? あたしからの差し入れです。っていっても手作りじゃなくて、ファストフードのお店で買ってきたパーティーパックのを温めただけなんですけどねー」
 あたし料理あんまり得意じゃないんでー、と彼女は笑いながら答えて下さった。……いや、いくら料理が得意な人でも、フライドチキンまで手作りできる人は少ないんじゃないだろうか。
 兄の場合はどうだろうか……って、ここでは関係なかった。
「里歩のお家では、クリスマスは毎年コレが欠かせないんだよね。ウチも助かったよー。今日は人数も多いし、コレのおかげで食卓が賑やかになるから。ありがとね」
 どういたしまして、とドヤ顔で言った里歩さんに、絢乃さんも笑っていた。こうして見ると、自然体の絢乃さんはやっぱりごく普通の高校生のお嬢さんで、里歩さんとは本当に仲がよろしいんだなと僕も微笑ましく思った。
   * * * *
 ――こうして、篠沢家のクリスマスパーティーが始まった。クリスマスソングをBGMにしてごちそうを囲み、楽しい時間が流れていった。
「――絢乃さん、けっこうワイルドなんですね」
 彼女が豪快にフライドチキンを頬張る姿に、僕は正直驚いた。お嬢さまだから、もっと上品に召し上がるのかと思っていたのだ(まぁ、フライドチキンの食べ方に上品な食べ方なんてあるのか、とツッコまれそうだが)。
「え、そう? でもわたし、普段からこんな感じだよ?」
「そうそう。ハンバーガーとか平気でかぶりついてるよね」
「……そうですか。ちょっと意外だな、と思って。でも、おかげで自然体の絢乃さんが見られて親近感が湧きました」
 自然体な絢乃さんは気取りがなくて、本当に可愛い人だ。そんな彼女を見られて僕は嬉しかった。
 絢乃さんご自慢の特性ケーキはシンプルなイチゴのホールケーキで、スポンジ生地に香りづけとして少量のリキュールが練りこまれていたらしい。源一会長が、甘いものがあまりお好きではなかったからだという。そういうところからも、絢乃さんのお父さま思いなところが窺えた。
 ――たっぷりのごちそうがなくなった頃、プレゼント交換が行われた。
 絢乃さんは里歩さんにマフラーと手袋を、お父さまにクッションを、そして僕にもネクタイを下さった。……が、赤いストライプ柄の入ったネクタイに僕は正直困ってしまった。僕の持っているスーツはほとんどがグレーの地味なものだったので、この柄はちょっと合わないんじゃないかと思ったのだ。
「えっ、そうかなぁ? 濃い色のスーツに合わせたらステキだと思うけど」
 僕にはちょっと派手じゃないか、と感想を漏らすと、彼女からはそんな答えが返ってきた。
 濃い色のスーツ……、持っていないから新調するしかないか。会長秘書になるんだし。でもちょっと痛い出費だな……と僕はこっそり心配していた。
 里歩さんは絢乃さんにコスメを贈っていたが、僕と源一会長は何も用意していなかった。
 二人してそのことを申し訳なく思い、弁解すると、「二人は参加してくれただけで十分」と絢乃さんは笑いながらおっしゃった。
「そうですか? 何だか、招待されたのに手ぶらで来たのが申し訳なくて。……あ、そうだ。絢乃さん、後ほど少しお付き合いして頂けませんか? お見せしたいものがあるので」
 せめてプレゼント代わりに、絢乃さんとお約束していたとおり、新車のお披露目をしようと思い立った。そのことを彼女に耳打ちすると、「……えっ? うん、いいけど」と頬を染めながら頷き、その光景を加奈子さんと里歩さん、源一会長とお手伝いさんまでもがニヤニヤしながら眺めていた。
 もしやこの人たちはみんな、僕と絢乃さんが親しくしていることをご存じなのか……!? 僕はこの時、背中に冷や汗が伝うのを感じた。