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第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜④

ー/ー



 もつれそうになる足で階段を駆け上がりながら、なんとか校舎の四階にたどり着いた針太朗(しんたろう)は、演劇部の部室を目指す。

 息をはずませながら、最後のチカラを振り絞って部室にたどり着いた彼は、呼吸も整わないまま、部室の扉を開ける――――――。

 しかし、施錠されていない部室の部屋は、もぬけの殻だった。

 ただ、開けっ放しの窓の手前では、カーテンがゆるい風を受けて、ヒラヒラと舞っている。
 イヤな予感がした針太朗(しんたろう)は、窓際に駆け寄り、恐る恐る窓から顔を出して階下を確認した。

 幼稚園の頃に園庭の木から落下したことで、高所恐怖症になってしまった彼からすれば、地上に視線を向けるだけでも勇気のいる思い切った行動だったのだが――――――。

 幸いなことに、その直感は当たることはなく、四階から地上まで、異常な様子は見られなかった。

 瞬間、針太朗(しんたろう)は、ホッとすると同時に、

真中(まなか)さんは、いったい、どこに居るんだ?)

と、再び頭を回転させる。

 部室入り口のドアのカギが掛かっていないこと、そして、窓が開け放たれていることからも、つい先ほどまで、この部室に誰かが居たことは間違いない。

 ただ、仁美(ひとみ)やオノケリスと呼ばれる魔族が、この場に居ない以上、あらためて学院内を捜索しなければならない。
 時間は掛かるが、協力者である生徒会長と手分けして、学内を探すより他に方法はないだろう。

 とりあえず、演劇部の部室は空振りだった、ということを奈緒(なお)に伝えようと、スマートフォンを取り出した瞬間――――――。

 通話アプリが起ち上がり、着信画面に切り替わった。
 ディスプレイには、乾貴志(いぬいたかし)と、発信者の名前が表示されている。

 取り落としそうになったスマホをなんとかつかんで受話ボタンをタップすると、スピーカーからは、乗り換え駅で短い会話を交わした友人の声が聞こえてきた。

「針本、たったいま、目撃情報が入ってきた! 女子生徒と見慣れないシスター服の女が、校舎の屋上に上がって行ったらしい。キミは、いまどこに居るんだ?」

「いま、演劇部の部室に入ったところだ。ありがとう、(いぬい)! すぐに屋上に行ってみる!」

「ちょうど、良かった! さっきも言ったけど、危ないことには巻き込まれないように気をつけてね。あと、引き続き、なにか必要なことがあれば、連絡をくれよ」

「わかった、気をつけるよ」

 そう言って、通話を切った針太朗(しんたろう)は、演劇部の部室を飛び出し、すぐに、別行動をしている奈緒(なお)に連絡する。

 通話アプリで、彼女の名前をタップすると、相手はすぐに応答した。

針太朗(しんたろう)くん、真中(まなか)さんが見つかったのか?」

 前置きなしで問いかける生徒会長に、彼は即答する。
 
「ボクが確認したわけじゃないですが、女子生徒と見慣れないシスター服の女が、校舎の屋上に上がって行ったという目撃情報が入ったそうです。ボクは、いまから校舎の屋上に向かいます!」

「承知した! 私もすぐに屋上に向かう。針太朗(しんたろう)くん、くれぐれも無茶はしないようにな」

「了解です! 奈緒(なお)さんも気をつけて」

 そう言って、針太朗(しんたろう)は終話ボタンをタップして、駆け足の速度を上げる。
 
 クラスメートも、生徒会長も、「無理をしないように」と、彼を気づかう言葉をかけてくれたが、針太朗(しんたろう)自身は、自分に怪文書を送りつけてきた張本人と対峙することになる、という認識から、ヒトの姿をした魔族との対面は、平穏無事という訳にはいかないだろう、という予感があった。

(それでも、真中(まなか)さんを助けないと……)

 いまの彼の中にあるのは、その想いだけだった。

 屋上に続く非常階段は、すぐに見つかった。これも、新学期直後に行われた学院内の施設案内を兼ねた校内オリエンテーションのおかげだ。
 階段を駆け上がり、屋外に出るためのドアノブに手を掛けると、ドアはアッサリと開いた。

 ドアを開けた瞬間、口笛で奏でられる、どこか悲しげなメロディが聞こえてきた。

 La Vita è Bella

 日本では、『ライフ・イズ・ビューティフル』というタイトルで公開された映画のメインテーマの楽曲だ。

 演劇部の部室よりも、さらに高度を増した屋上で、隅に追いやられそうな彼女を目にするだけで、針太朗(しんたろう)は、目のくらむような心地になる。
 
 恐怖心を振り払うため、(かぶり)を振って遠くを見つめると、陽が沈んだ直後の西の空は黄金色に輝き、東の空は濃い青色に包まれようとしていた。
 
 春の夜の暖かい風が微かにほおをなでるの感じると同時に、針太朗(しんたろう)の視界には、制服姿の女子生徒と、修道服に身を包んだ女性が屋上の隅の方で向き合っている姿が目に入った。

真中(まなか)さん!」

 彼が声を張り上げると、修道服の女は、驚いたように振り向き、女子生徒の表情には明るい光が射したように感じられた。

「シンちゃん!」

 仁美(ひとみ)が声を上げると、彼女の正面に立つシスター・オノケリスは、あきれたようにため息をつきながら言い放つ。

「一般の人間は巻き込まないように、遠ざけておいたのに……わざわざ、自分で飛び込んでくるなんて……」

 彼女は続けて、修道女には似つかわしくない、ぞんざいな仕草で後頭部をワシワシと掻きながら、

「面倒なことになったけど、邪魔をするなら、まとめて消えてもらうだけだから……」

と言ったかと思うと、瞬く(いとま)も無いほどの速度で対面する女子生徒との距離を詰め、彼女の首筋のあたりに強烈な手刀を振り下ろす。

 修道服を着た女からの素手による打撃で、真中仁美(まなかひとみ)は意識を失い、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。

真中(まなか)さん!」

 声を上げて、駆け寄ろうとする針太朗(しんたろう)に気づき、「フッ」と笑みを浮かべた。オノケリスは、再びコンクリートの地面を強く踏み込み、男子生徒との間合いを詰める。

 そして、次の瞬間には、針太朗(しんたろう)の首元には、()()()()()()()の右手が喰い込んでいた。


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 もつれそうになる足で階段を駆け上がりながら、なんとか校舎の四階にたどり着いた|針太朗《しんたろう》は、演劇部の部室を目指す。
 息をはずませながら、最後のチカラを振り絞って部室にたどり着いた彼は、呼吸も整わないまま、部室の扉を開ける――――――。
 しかし、施錠されていない部室の部屋は、もぬけの殻だった。
 ただ、開けっ放しの窓の手前では、カーテンがゆるい風を受けて、ヒラヒラと舞っている。
 イヤな予感がした|針太朗《しんたろう》は、窓際に駆け寄り、恐る恐る窓から顔を出して階下を確認した。
 幼稚園の頃に園庭の木から落下したことで、高所恐怖症になってしまった彼からすれば、地上に視線を向けるだけでも勇気のいる思い切った行動だったのだが――――――。
 幸いなことに、その直感は当たることはなく、四階から地上まで、異常な様子は見られなかった。
 瞬間、|針太朗《しんたろう》は、ホッとすると同時に、
(|真中《まなか》さんは、いったい、どこに居るんだ?)
と、再び頭を回転させる。
 部室入り口のドアのカギが掛かっていないこと、そして、窓が開け放たれていることからも、つい先ほどまで、この部室に誰かが居たことは間違いない。
 ただ、|仁美《ひとみ》やオノケリスと呼ばれる魔族が、この場に居ない以上、あらためて学院内を捜索しなければならない。
 時間は掛かるが、協力者である生徒会長と手分けして、学内を探すより他に方法はないだろう。
 とりあえず、演劇部の部室は空振りだった、ということを|奈緒《なお》に伝えようと、スマートフォンを取り出した瞬間――――――。
 通話アプリが起ち上がり、着信画面に切り替わった。
 ディスプレイには、|乾貴志《いぬいたかし》と、発信者の名前が表示されている。
 取り落としそうになったスマホをなんとかつかんで受話ボタンをタップすると、スピーカーからは、乗り換え駅で短い会話を交わした友人の声が聞こえてきた。
「針本、たったいま、目撃情報が入ってきた! 女子生徒と見慣れないシスター服の女が、校舎の屋上に上がって行ったらしい。キミは、いまどこに居るんだ?」
「いま、演劇部の部室に入ったところだ。ありがとう、|乾《いぬい》! すぐに屋上に行ってみる!」
「ちょうど、良かった! さっきも言ったけど、危ないことには巻き込まれないように気をつけてね。あと、引き続き、なにか必要なことがあれば、連絡をくれよ」
「わかった、気をつけるよ」
 そう言って、通話を切った|針太朗《しんたろう》は、演劇部の部室を飛び出し、すぐに、別行動をしている|奈緒《なお》に連絡する。
 通話アプリで、彼女の名前をタップすると、相手はすぐに応答した。
「|針太朗《しんたろう》くん、|真中《まなか》さんが見つかったのか?」
 前置きなしで問いかける生徒会長に、彼は即答する。
「ボクが確認したわけじゃないですが、女子生徒と見慣れないシスター服の女が、校舎の屋上に上がって行ったという目撃情報が入ったそうです。ボクは、いまから校舎の屋上に向かいます!」
「承知した! 私もすぐに屋上に向かう。|針太朗《しんたろう》くん、くれぐれも無茶はしないようにな」
「了解です! |奈緒《なお》さんも気をつけて」
 そう言って、|針太朗《しんたろう》は終話ボタンをタップして、駆け足の速度を上げる。
 クラスメートも、生徒会長も、「無理をしないように」と、彼を気づかう言葉をかけてくれたが、|針太朗《しんたろう》自身は、自分に怪文書を送りつけてきた張本人と対峙することになる、という認識から、ヒトの姿をした魔族との対面は、平穏無事という訳にはいかないだろう、という予感があった。
(それでも、|真中《まなか》さんを助けないと……)
 いまの彼の中にあるのは、その想いだけだった。
 屋上に続く非常階段は、すぐに見つかった。これも、新学期直後に行われた学院内の施設案内を兼ねた校内オリエンテーションのおかげだ。
 階段を駆け上がり、屋外に出るためのドアノブに手を掛けると、ドアはアッサリと開いた。
 ドアを開けた瞬間、口笛で奏でられる、どこか悲しげなメロディが聞こえてきた。
 La Vita è Bella
 日本では、『ライフ・イズ・ビューティフル』というタイトルで公開された映画のメインテーマの楽曲だ。
 演劇部の部室よりも、さらに高度を増した屋上で、隅に追いやられそうな彼女を目にするだけで、|針太朗《しんたろう》は、目のくらむような心地になる。
 恐怖心を振り払うため、|頭《かぶり》を振って遠くを見つめると、陽が沈んだ直後の西の空は黄金色に輝き、東の空は濃い青色に包まれようとしていた。
 春の夜の暖かい風が微かにほおをなでるの感じると同時に、|針太朗《しんたろう》の視界には、制服姿の女子生徒と、修道服に身を包んだ女性が屋上の隅の方で向き合っている姿が目に入った。
「|真中《まなか》さん!」
 彼が声を張り上げると、修道服の女は、驚いたように振り向き、女子生徒の表情には明るい光が射したように感じられた。
「シンちゃん!」
 |仁美《ひとみ》が声を上げると、彼女の正面に立つシスター・オノケリスは、あきれたようにため息をつきながら言い放つ。
「一般の人間は巻き込まないように、遠ざけておいたのに……わざわざ、自分で飛び込んでくるなんて……」
 彼女は続けて、修道女には似つかわしくない、ぞんざいな仕草で後頭部をワシワシと掻きながら、
「面倒なことになったけど、邪魔をするなら、まとめて消えてもらうだけだから……」
と言ったかと思うと、瞬く|暇《いとま》も無いほどの速度で対面する女子生徒との距離を詰め、彼女の首筋のあたりに強烈な手刀を振り下ろす。
 修道服を着た女からの素手による打撃で、|真中仁美《まなかひとみ》は意識を失い、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「|真中《まなか》さん!」
 声を上げて、駆け寄ろうとする|針太朗《しんたろう》に気づき、「フッ」と笑みを浮かべた。オノケリスは、再びコンクリートの地面を強く踏み込み、男子生徒との間合いを詰める。
 そして、次の瞬間には、|針太朗《しんたろう》の首元には、|ヒ《・》|ト《・》|な《・》|ら《・》|ざ《・》|る《・》|者《・》の右手が喰い込んでいた。