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第3幕・Empowerment(エンパワーメント)の章〜⑥〜

ー/ー



6月25日(日)

「ハァ……負けたか……」
 
 前川右京(まえがわうきょう)が見逃し三振に倒れて試合が終わった瞬間、僕は肩を落とし、深くため息をつく。

 金曜日、土曜日とは異なり、相手に先制を許したあとも、打線は追いすがる姿を見せたものの、中盤のチャンスであと一本のヒットが出ず、ベイスターズ相手に三連敗。
 交流戦後半から波に乗れない状態が続くチームは、ついに、首位陥落となってしまった。

 ベイスターズが誇る先発三本柱が相手とはいえ、今シーズンの我がチームのこれまでの試合内容から、

(せめて、1試合くらいは勝ってくれるだろう……)

と思っていたけれど、それは甘い考えだったようだ。

 シーズンの残り試合は、まだ70試合以上あり、折り返し地点にも来ていない。
 さらに、この三連戦では、安定感のある投球を見せている村上頌樹(むらかみしょうき)大竹耕太郎(おおたけこうたろう)の登板機会がなかったため、ここで、チームが全力を出し切ったというわけでもない。

 それでも――――――。

 これまで好調を維持していたチームが、急に勝ち星から遠ざかり始め、首位の座を明け渡すまで二週間とかからなかった。

(やっぱり、今年も優勝は無理なのか……)

 このチームを応援しはじめてから、何度も優勝争いをする姿に期待したものの、いまだにリーグ優勝というものを目撃していない人間にとっては、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」を指す『学習性無力感』と呼ばれる気持ちに陥ってしまう。

 失意のまま、夕飯の食材を買っていないことに気づいた僕は、()()()()()()()()、自宅から自転車で十五分ほどの場所にある西宮北口駅北側のスーパーマーケットに買い出しに行くことに決めた。

 ※

 蒸し暑さを感じる夕刻、自転車で駅の北側のショッピングモールに到着し、評判の良い精肉店で冷凍コロッケとメンチカツを買い、スーパーで付け合せのサラダを購入したあと、靴下を買い足しておこうと、モールの東館にあるスーパーマーケットから、小売店が並ぶ西館に移動する。

 駅の改札に直結する2階のペデストリアンデッキに上がった時だった。
 西館の2階から改札口に向かおうとする二人組に、僕の見知った顔があった。

「あっ、奈緒美さん!」

 そう、声を掛けようとした僕は、思いとどまる。

 彼女のそばを歩いていた長身の男性の姿が気になったからだ。
 涼し気なサマージャケットと、ホワイトのテーパードパンツがスラリとした長い脚に似合っている。

 僕が声を掛けあぐねていると、二人は、駅の改札の方に歩いていく。
 少し距離が離れたので、思わず彼女たちのあとを追ってしまう。

 ペデストリアンデッキから駅舎に入って行った二人は、改札口のところで、なにごとか親しげな雰囲気で話し合っている。

(あの男性(ヒト)は……二人は、どんな関係なんだ……?)

 頭に湧いてくる疑問を意識すると、心臓が高鳴り、手のひらは、汗で湿り気を帯びているのに気づいた。
 自分の認識より先に、身体に緊張が走っていることに動揺している少しの間、意識が飛んでいたのか、話しを終えたのか、奈緒美さんに別れを告げた男性は、改札の中に消えていった。

 しばらく彼を見送っていた奈緒美さんが、こちらに歩みを進めようとする前に、僕はなんとか彼女の方に背を向けて、ショッピングモールに歩き出す。
 数歩目からは早足しになり、駅舎から続くペデストリアンデッキから、駆け込むようにモールの建物に入る。

 モールの中は空調が効いていて、涼しさを感じるが、いまだに心臓はバクバクと音を立てている。
 それは、蒸し暑さを感じる中で、駆け足になったから――――――だけではないだろう。
 
(親しげに話していたあの男性(ヒト)は、誰なんだ?)
(駅に送ってきたということは、二人は奈緒美さんの家にいたんだろうか?)

 そんな疑問が浮かんでくると同時に、僕の中で、より大きな感情が湧き上がってくる。

 奈緒美さんたち二人のあとを追ってしまったこと。
 そして、そのあと、彼女と面と向かって話し合う機会があったにもかかわらず、言葉を交わすことすらせず、コソコソと逃げ出すように、その場を去ってしまったこと。

 自身の気の弱さと臆病さ、なにより、困ったことやトラブルに見舞われたとき、毅然とした振る舞いができないココロの弱さを感じ、自己嫌悪に陥る。

 落ち込んだ気分のまま、専門店で三足千円の靴下を購入し、帰宅することにする。
 
 自宅に戻って、夕飯の調理を済ませ、評判の良いハズのコロッケとメンチカツを口に運ぶが、まるで味がわからない。
 食事をしながら、スマホでTwitter(注:この頃、このサービスの名称は、まだアルファベット一文字になる前だった)を確認していると、チームの監督を名指しし、「岡田辞めろ」というワードが、トレンド上位に上がっていた。

 【本日の試合結果】
 
 横浜 対 阪神 11回戦  横浜 5ー3 阪神

 2回にベイスターズ伊藤光(いとうひかる)の犠牲フライで先制を許すと、続く3回にも2点を取られ、序盤から苦しい試合展開に。
 打線は、7回に相手先発のトレバー・バウアーを攻め、二死満塁で同点のチャンスを作るも、ルーキーの森下翔太(もりしたしょうた)が、リリーフのヴェンデルケンのストレートに見逃し三振。
 スコアは、そのまま動かず、チームは今シーズン初の同一カード三連敗。交流戦から継続して5連敗となり、ついに首位の座をベイスターズに明け渡すことになった。

 ◎6月25日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:37勝26敗 2引き分け 貯金11
 順位:2位(首位と0.5ゲーム差)




みんなのリアクション

6月25日(日)
「ハァ……負けたか……」
 |前川右京《まえがわうきょう》が見逃し三振に倒れて試合が終わった瞬間、僕は肩を落とし、深くため息をつく。
 金曜日、土曜日とは異なり、相手に先制を許したあとも、打線は追いすがる姿を見せたものの、中盤のチャンスであと一本のヒットが出ず、ベイスターズ相手に三連敗。
 交流戦後半から波に乗れない状態が続くチームは、ついに、首位陥落となってしまった。
 ベイスターズが誇る先発三本柱が相手とはいえ、今シーズンの我がチームのこれまでの試合内容から、
(せめて、1試合くらいは勝ってくれるだろう……)
と思っていたけれど、それは甘い考えだったようだ。
 シーズンの残り試合は、まだ70試合以上あり、折り返し地点にも来ていない。
 さらに、この三連戦では、安定感のある投球を見せている|村上頌樹《むらかみしょうき》と|大竹耕太郎《おおたけこうたろう》の登板機会がなかったため、ここで、チームが全力を出し切ったというわけでもない。
 それでも――――――。
 これまで好調を維持していたチームが、急に勝ち星から遠ざかり始め、首位の座を明け渡すまで二週間とかからなかった。
(やっぱり、今年も優勝は無理なのか……)
 このチームを応援しはじめてから、何度も優勝争いをする姿に期待したものの、いまだにリーグ優勝というものを目撃していない人間にとっては、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」を指す『学習性無力感』と呼ばれる気持ちに陥ってしまう。
 失意のまま、夕飯の食材を買っていないことに気づいた僕は、|気《・》|力《・》|を《・》|振《・》|り《・》|絞《・》|っ《・》|て《・》、自宅から自転車で十五分ほどの場所にある西宮北口駅北側のスーパーマーケットに買い出しに行くことに決めた。
 ※
 蒸し暑さを感じる夕刻、自転車で駅の北側のショッピングモールに到着し、評判の良い精肉店で冷凍コロッケとメンチカツを買い、スーパーで付け合せのサラダを購入したあと、靴下を買い足しておこうと、モールの東館にあるスーパーマーケットから、小売店が並ぶ西館に移動する。
 駅の改札に直結する2階のペデストリアンデッキに上がった時だった。
 西館の2階から改札口に向かおうとする二人組に、僕の見知った顔があった。
「あっ、奈緒美さん!」
 そう、声を掛けようとした僕は、思いとどまる。
 彼女のそばを歩いていた長身の男性の姿が気になったからだ。
 涼し気なサマージャケットと、ホワイトのテーパードパンツがスラリとした長い脚に似合っている。
 僕が声を掛けあぐねていると、二人は、駅の改札の方に歩いていく。
 少し距離が離れたので、思わず彼女たちのあとを追ってしまう。
 ペデストリアンデッキから駅舎に入って行った二人は、改札口のところで、なにごとか親しげな雰囲気で話し合っている。
(あの|男性《ヒト》は……二人は、どんな関係なんだ……?)
 頭に湧いてくる疑問を意識すると、心臓が高鳴り、手のひらは、汗で湿り気を帯びているのに気づいた。
 自分の認識より先に、身体に緊張が走っていることに動揺している少しの間、意識が飛んでいたのか、話しを終えたのか、奈緒美さんに別れを告げた男性は、改札の中に消えていった。
 しばらく彼を見送っていた奈緒美さんが、こちらに歩みを進めようとする前に、僕はなんとか彼女の方に背を向けて、ショッピングモールに歩き出す。
 数歩目からは早足しになり、駅舎から続くペデストリアンデッキから、駆け込むようにモールの建物に入る。
 モールの中は空調が効いていて、涼しさを感じるが、いまだに心臓はバクバクと音を立てている。
 それは、蒸し暑さを感じる中で、駆け足になったから――――――だけではないだろう。
(親しげに話していたあの|男性《ヒト》は、誰なんだ?)
(駅に送ってきたということは、二人は奈緒美さんの家にいたんだろうか?)
 そんな疑問が浮かんでくると同時に、僕の中で、より大きな感情が湧き上がってくる。
 奈緒美さんたち二人のあとを追ってしまったこと。
 そして、そのあと、彼女と面と向かって話し合う機会があったにもかかわらず、言葉を交わすことすらせず、コソコソと逃げ出すように、その場を去ってしまったこと。
 自身の気の弱さと臆病さ、なにより、困ったことやトラブルに見舞われたとき、毅然とした振る舞いができないココロの弱さを感じ、自己嫌悪に陥る。
 落ち込んだ気分のまま、専門店で三足千円の靴下を購入し、帰宅することにする。
 自宅に戻って、夕飯の調理を済ませ、評判の良いハズのコロッケとメンチカツを口に運ぶが、まるで味がわからない。
 食事をしながら、スマホでTwitter(注:この頃、このサービスの名称は、まだアルファベット一文字になる前だった)を確認していると、チームの監督を名指しし、「岡田辞めろ」というワードが、トレンド上位に上がっていた。
 【本日の試合結果】
 横浜 対 阪神 11回戦  横浜 5ー3 阪神
 2回にベイスターズ|伊藤光《いとうひかる》の犠牲フライで先制を許すと、続く3回にも2点を取られ、序盤から苦しい試合展開に。
 打線は、7回に相手先発のトレバー・バウアーを攻め、二死満塁で同点のチャンスを作るも、ルーキーの|森下翔太《もりしたしょうた》が、リリーフのヴェンデルケンのストレートに見逃し三振。
 スコアは、そのまま動かず、チームは今シーズン初の同一カード三連敗。交流戦から継続して5連敗となり、ついに首位の座をベイスターズに明け渡すことになった。
 ◎6月25日終了時点の阪神タイガースの成績
 勝敗:37勝26敗 2引き分け 貯金11
 順位:2位(首位と0.5ゲーム差)