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#18 Light

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 一行が降り立ったこの街は、ランテ国で最も有名な観光地である。この国はレンガ造りの長い水路と、その両脇に沿って植えられたイチョウの木々が織りなす風景が特徴的である事から、「水の都」と呼ばれるようになった。流れの緩やかな水路を優しく進む渡し舟を見ていると、まるで時間までもがゆっくりと流れている様だった。
 フィリオの絵の制作がひと段落した後、一行は道端から水路をただ眺めていた。この街には、なんて事ない景色を何故かずっと見ていたくなる様な、そんな魅力があった。

「あれもふね……」

 レイネが渡し舟をじっと目で追いながら言った。

「世の中にはいろんな舟があるんだな。舟一つ取っても、世界は広いってこった」

「うんうん……でも、これはまだ序の口。世界はまだまだ広いッスよ」

 スコルスがどこか遠くを見つめて言う。

「アタシはね、世界中旅して、制覇することが夢なんだ」

「素敵な夢ですね」

「フィリオ、アンタには夢あるのかい?」

「夢か……僕は、今まで通り絵を描いて、世界を見つめていたい。それだけで十分です」

「へぇ……フィリオらしくていいと思うにゃ。『夢は大きくなくてもいい』って、ジタンも言ってたから」

 するとフィリオがレイネに言う。

「レイネ、いきなりだけど、夢ってあるか?」

「ゆめ?」

「やってみたい事とか、将来こうなりたいとか。些細な事でもいい。聞かせてくれ」

「ん……と……フィリオと、ずっといっしょに……いたい」

 レイネが恥ずかしそうに小さくそう言った。
 
「ほほーう? 良かったね、フィリオ」

 スコルスがからかう。

「レイネ……そう言って貰えて光栄だよ」

 フィリオは頭を掻く。

「うんうん……ほのぼのしてて良い家族だっちゃ」

 スコルスは優しい表情を浮かべて言った。

「それじゃ、ずっとここにいてもしょうがないし、そろそろ移動しますか」

 フィリオが二人に言う。

「オッケーよん」

「わかった」

 それから一行は、ランテ国の観光名所を巡って行った。
 人の背丈を優に超える巨大な噴水がある広場、ピンクや紫のコスモスが咲き誇る花畑、精巧に作られた時計台、滔々と流れる川の上に架かったお洒落な吊り橋……そして楽しい時は直ぐに流れていく。あっという間に日が暮れてしまった。

「あーらら、太陽隠れちゃった」

 街を歩きながらスコルスが言った。

「でも、今日はこの街で年に一度行われる催しがあるんでしたっけ?」

 フィリオが頭の後ろで手を組んで言った。

「そうそう! レイネちゃん、これからすっごいのが待ってるから、楽しみにしててね」

「……うん」

 レイネはスコルスを見上げて微笑んだ。
 こうして彼らは再び噴水広場へ向かった。今日はこの街で一番大きな行事「ランタン祭り」が行われる日なのだ。街の人々や旅人達が、願いを込めたランタンを夜空へと飛ばす。フィリオとスコルスは、レイネに内緒でこの行事に参加しようと計画していたのだ。
 一行が噴水広場まで来ると、辺りはすっかり真っ暗闇。噴水は水の流れを止めて、静かに眠っている。静かなそれとは対照的に、人々が石レンガの道を覆い隠す様に集まっている。
 一行は、ランタンを受付の人から三人分受け取った。

「ひかってる……」

「これは火だよ。家にあるろうそくが光ってるのと同じ原理さ」

「……」

「レイネちゃんって不思議な子だよね……火とか船とか、当たり前のものを珍しげに見つめてさ」

「その事なんですけど、えっと……スコルスさん、記憶喪失って知ってます?」

「聞いた事はあるにゃ」

「で、まぁ……レイネもそういう事みたいで……ありきたりな言葉や物も忘れちゃってるみたいなんですよね……」

 フィリオはなんとかそれらしく説明した。

「そういう現象が本当にあるんかねぇ……不思議よのぉー。ま、アタシは医者じゃないから何とも言えないけどさ、こうやっていろんなものに触れて興味持ってく内に、いつかパッと思い出すんじゃないかい?」

「思い出してくれたら良いんですけどね」

 フィリオはそう言ってランタンを見つめるレイネを見た。そして彼は思ってしまった。「このままレイネとずっと一緒にいたい。本当の家族にレイネを渡したくない。レイネと離れ離れになったら、僕は一体どうなってしまうんだろうか……」と。そして彼は不思議と恐怖心に苛まれるのだった。

「そろそろランタンを打ち上げる時間だよ。みんな、願いは決まったかにゃ?」

「……うん」

 レイネは微笑んで言った。

「僕は……」

「どうしたのフィリオ? 浮かない顔してさ」

「あ、いや、なんでもないです」

 フィリオは澄ました顔で返事をした。

「なんかいやーな考え事でもしてたんでしょ? アタシの勘に間違いは無いわ」

「いや、本当になんでもないです」

「そか。まぁなんでも良いけどさ、こういう時くらい楽しみましょ?」

 スコルスはフィリオにそう言って、小さく舌を出した。

「そうですよね……さ、スコルスさんは願い事決まったんですか?」

「うん!」

「じゃ、僕の願い事も決まった事だし、打ち上げを待ちますか」

 あんなに賑やかだった人々の笑い声が、いつの間にか静寂へと変わった。ランタンの光だけが彼らをほのかに照らす。
 遠くの時計台から鈍い音がした。その音が街中に響き渡ると、ランタンが一斉に空へと旅立った。漆黒の夜空を照らす星々の様なランタン達が舞い上がる。それぞれの願いを乗せて、彼らは音もなく飛ぶ。ただ高く、高く。

「きれい……」

 レイネが思わず呟く。一行は願いが叶いますようにと、祈る様にランタンを見上げていた。

「ねぇみんな、何願ったの? アタシはね、『世界中を旅して、伝説の行商人になりたい』って願ったよん」

「スコルスさんらしいですね」

 フィリオはそう言って笑った。

「レイネは何をお願いした?」

「『ずっとかぞくとくらせますように』って……」

「奇遇だね、僕も『レイネとずっと一緒に暮らせますように』って願ったんだ」

 そう言って二人は笑い合う。拍手や歓声、笑い声なんかがそこかしこで聞こえる。ランタンを打ち上げ終わって、人々の賑やかさが戻ってきたのだ。
 フィリオは願った。レイネと共に生きる道を。
 レイネは願った。フィリオと共に歩む道を。


次のエピソードへ進む #19 Letter


みんなのリアクション

 一行が降り立ったこの街は、ランテ国で最も有名な観光地である。この国はレンガ造りの長い水路と、その両脇に沿って植えられたイチョウの木々が織りなす風景が特徴的である事から、「水の都」と呼ばれるようになった。流れの緩やかな水路を優しく進む渡し舟を見ていると、まるで時間までもがゆっくりと流れている様だった。
 フィリオの絵の制作がひと段落した後、一行は道端から水路をただ眺めていた。この街には、なんて事ない景色を何故かずっと見ていたくなる様な、そんな魅力があった。
「あれもふね……」
 レイネが渡し舟をじっと目で追いながら言った。
「世の中にはいろんな舟があるんだな。舟一つ取っても、世界は広いってこった」
「うんうん……でも、これはまだ序の口。世界はまだまだ広いッスよ」
 スコルスがどこか遠くを見つめて言う。
「アタシはね、世界中旅して、制覇することが夢なんだ」
「素敵な夢ですね」
「フィリオ、アンタには夢あるのかい?」
「夢か……僕は、今まで通り絵を描いて、世界を見つめていたい。それだけで十分です」
「へぇ……フィリオらしくていいと思うにゃ。『夢は大きくなくてもいい』って、ジタンも言ってたから」
 するとフィリオがレイネに言う。
「レイネ、いきなりだけど、夢ってあるか?」
「ゆめ?」
「やってみたい事とか、将来こうなりたいとか。些細な事でもいい。聞かせてくれ」
「ん……と……フィリオと、ずっといっしょに……いたい」
 レイネが恥ずかしそうに小さくそう言った。
「ほほーう? 良かったね、フィリオ」
 スコルスがからかう。
「レイネ……そう言って貰えて光栄だよ」
 フィリオは頭を掻く。
「うんうん……ほのぼのしてて良い家族だっちゃ」
 スコルスは優しい表情を浮かべて言った。
「それじゃ、ずっとここにいてもしょうがないし、そろそろ移動しますか」
 フィリオが二人に言う。
「オッケーよん」
「わかった」
 それから一行は、ランテ国の観光名所を巡って行った。
 人の背丈を優に超える巨大な噴水がある広場、ピンクや紫のコスモスが咲き誇る花畑、精巧に作られた時計台、滔々と流れる川の上に架かったお洒落な吊り橋……そして楽しい時は直ぐに流れていく。あっという間に日が暮れてしまった。
「あーらら、太陽隠れちゃった」
 街を歩きながらスコルスが言った。
「でも、今日はこの街で年に一度行われる催しがあるんでしたっけ?」
 フィリオが頭の後ろで手を組んで言った。
「そうそう! レイネちゃん、これからすっごいのが待ってるから、楽しみにしててね」
「……うん」
 レイネはスコルスを見上げて微笑んだ。
 こうして彼らは再び噴水広場へ向かった。今日はこの街で一番大きな行事「ランタン祭り」が行われる日なのだ。街の人々や旅人達が、願いを込めたランタンを夜空へと飛ばす。フィリオとスコルスは、レイネに内緒でこの行事に参加しようと計画していたのだ。
 一行が噴水広場まで来ると、辺りはすっかり真っ暗闇。噴水は水の流れを止めて、静かに眠っている。静かなそれとは対照的に、人々が石レンガの道を覆い隠す様に集まっている。
 一行は、ランタンを受付の人から三人分受け取った。
「ひかってる……」
「これは火だよ。家にあるろうそくが光ってるのと同じ原理さ」
「……」
「レイネちゃんって不思議な子だよね……火とか船とか、当たり前のものを珍しげに見つめてさ」
「その事なんですけど、えっと……スコルスさん、記憶喪失って知ってます?」
「聞いた事はあるにゃ」
「で、まぁ……レイネもそういう事みたいで……ありきたりな言葉や物も忘れちゃってるみたいなんですよね……」
 フィリオはなんとかそれらしく説明した。
「そういう現象が本当にあるんかねぇ……不思議よのぉー。ま、アタシは医者じゃないから何とも言えないけどさ、こうやっていろんなものに触れて興味持ってく内に、いつかパッと思い出すんじゃないかい?」
「思い出してくれたら良いんですけどね」
 フィリオはそう言ってランタンを見つめるレイネを見た。そして彼は思ってしまった。「このままレイネとずっと一緒にいたい。本当の家族にレイネを渡したくない。レイネと離れ離れになったら、僕は一体どうなってしまうんだろうか……」と。そして彼は不思議と恐怖心に苛まれるのだった。
「そろそろランタンを打ち上げる時間だよ。みんな、願いは決まったかにゃ?」
「……うん」
 レイネは微笑んで言った。
「僕は……」
「どうしたのフィリオ? 浮かない顔してさ」
「あ、いや、なんでもないです」
 フィリオは澄ました顔で返事をした。
「なんかいやーな考え事でもしてたんでしょ? アタシの勘に間違いは無いわ」
「いや、本当になんでもないです」
「そか。まぁなんでも良いけどさ、こういう時くらい楽しみましょ?」
 スコルスはフィリオにそう言って、小さく舌を出した。
「そうですよね……さ、スコルスさんは願い事決まったんですか?」
「うん!」
「じゃ、僕の願い事も決まった事だし、打ち上げを待ちますか」
 あんなに賑やかだった人々の笑い声が、いつの間にか静寂へと変わった。ランタンの光だけが彼らをほのかに照らす。
 遠くの時計台から鈍い音がした。その音が街中に響き渡ると、ランタンが一斉に空へと旅立った。漆黒の夜空を照らす星々の様なランタン達が舞い上がる。それぞれの願いを乗せて、彼らは音もなく飛ぶ。ただ高く、高く。
「きれい……」
 レイネが思わず呟く。一行は願いが叶いますようにと、祈る様にランタンを見上げていた。
「ねぇみんな、何願ったの? アタシはね、『世界中を旅して、伝説の行商人になりたい』って願ったよん」
「スコルスさんらしいですね」
 フィリオはそう言って笑った。
「レイネは何をお願いした?」
「『ずっとかぞくとくらせますように』って……」
「奇遇だね、僕も『レイネとずっと一緒に暮らせますように』って願ったんだ」
 そう言って二人は笑い合う。拍手や歓声、笑い声なんかがそこかしこで聞こえる。ランタンを打ち上げ終わって、人々の賑やかさが戻ってきたのだ。
 フィリオは願った。レイネと共に生きる道を。
 レイネは願った。フィリオと共に歩む道を。