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8.氷の徒花

ー/ー




 所長の千歳さんが海外出張から戻ってきて、翌日からは3人体制で業務開始。
 ティスタ先生は、所長と久しぶりに再会したらしい。

「……生きて帰ってきてたんですね。相変わらずお元気そうで、クソ所長」

「そういうお前もな、アル中パチンカス魔術師」

 なぜか一触即発の様子。
 今にも殴り合いをするんじゃないかってくらいに険悪だ。

「おふたりは、あまり仲がよろしくないのでしょうか……?」

 にらみ合うふたりに恐る恐るそう聞くと、同時に僕の方に顔を向けて満面の笑みを浮かべた。怖い。

「仲良しですよ。3日3晩の殺し合いをした仲ですもの。ね、所長?」

「そうだなぁ。あれからずっと仲良しだもんなぁ、私たちって」

 冗談にしてはタチが悪い。
 このふたりは、僕が思っている以上に複雑な関係らしい。
 正直、この場にいるのが辛い……。

「さて、今日はちょっと遠出をするよ。トーヤ君の研修も兼ねた遠征をする。ティスタ、運転よろしく!」

 千歳さんはそう言って、ティスタ先生に車のキーを投げ渡す。

「はぁっ!? まったくもう、相変わらず勝手に決めて……そういうのは事前に言ってくださいと何度も言っているでしょうに!」

 文句を言いながら車のキーを受け取った先生は、白い外套を羽織って外出の準備をはじめる。僕も急いで準備して車に乗り込んだ。



 ……………



 車を走らせること約3時間。 
 ティスタ先生と千歳さんは運転を交代しながら高速道路で県外まで向かった。

 高速道路を降りてしばらく走ったあと、狭い山道の前で停車した。
 ここからは車を降りて徒歩で山を登るらしい。 
 荒れた山道を通りながら、ティスタ先生が不満を漏らす。

「どこまで移動させる気なんですか」

「そう言うなって。今日は良い場所を用意したんだ」

 人の気配が一切ない静かな山中。
 仕事の依頼者がこんなところにいるはずがない。

 千歳さんの目的がなんなのか疑問に思っていると、少し先に岩と砂だらけの何もない広場が見えてきた。

「到着。ここが今日の目的地!」

 千歳さんの声が、がらんとした山中で木霊する。
 長い道のりの終着点は、巨大な採石場跡。
 今はもう人が踏み入った形跡がないほど寂れた場所。

 何もない採石場跡を見ながら、僕とティスタ先生は首を傾げる。

「……なんの冗談ですか?」

 ティスタ先生はご立腹の様子。
 千歳さんを睨みつけながら腕組みをしている。
 僕も意図がわからなくて困惑している。

「これだけ広くてなにもない場所なら、規模の大きな魔術の練習ができるだろ。ここは魔術を自由に使える場所なんだ」

「そんなの初耳ですがっ!?」

「当たり前だろ。私がこの土地を買ったの、最近の話だし」

「か、買ったぁ……?」

 唖然とする僕たちを気に留める様子もなく、千歳さんは淡々と説明を続ける。

「私は海外出張が多いから色んな国の文化を見て回るのだけど、どの国に行っても「魔術を試す場所」は無かったんだ。だから、海外にある野外射撃場の魔術バージョンを自分で作ろうって思ってさ。キミらはお客様第1号ってこと」

 無邪気な笑みを僕達に向けてくる千歳さん。

 山奥にある大きな旧採石場を利用して、魔術の試し撃ちをする場を有料で設ける計画を考えているらしい。

 魔術師や魔族がたくさんいる日本には、制限なしで魔術を使える場所があった方がいいと千歳さんは考えたのだとか。

「いつから計画していたんですか」

「ティスタがお酒に溺れて、あんまり仕事をしなくなった頃からかなぁ」

「う゛っ……」

 思い当たる節があったのか、ティスタ先生が気まずそうに視線を逸らす。

「トーヤ君も知っているとは思うけど、ティスタのように国から認定された魔術師以外は公共の場所で規模の大きい魔術を許可無く使えない決まりになっている。緊急時とか、災害時、個人で使うのは例外だけどね」

 周囲5kmが無人であることは事前に確認済み。

 現代の日本に人間が全くいない場所が存在していたのも驚きだけど、もっと驚きなのは千歳さんの行動力。魔術の試射場の為に山を買ってしまったのだから。

「自分が作った魔術を好きに使えないジレンマに悩んでいる魔術師は多いみたいだし、ストレス発散の場を作るのも必要かなって思ってね。さて、早速出番だよティスタ。もうウズウズしているんじゃないの?」

「べ、別に魔術は見せびらかすものではないですし……」

 ティスタ先生が少しソワソワしている。
 碧い瞳は少女のようにキラキラと輝いていた。
 そんな様子の先生に向けて、千歳さんは最後の一押しをした。

「トーヤ君もティスタの本気の魔術、見てみたいでしょー?」

 千歳さんの言葉を聞いて、僕は何度も強く頷く。
 憧れの先生の本気を見れるなんて、こんな貴重な機会を逃すわけにいかない。

「……わかりました、トーヤ君がそう言うなら見せます」

 ティスタ先生は笑顔で頷いたあと、僕と千歳さんに背を向けて歩きはじめる。
 そして、音もなくふわりと身体を浮き上がらせた。

「と、飛んだっ!?」

 いきなり飛行をする魔術を披露されて、開いた口が塞がらない。
 重力を制御する魔術だろうか。

 ティスタ先生は、しばらくふわりと前方へ飛んだあと、ゆっくりと着地する。

 周囲に何も無いことを確認すると、テ先生は羽織っている白い外套の隙間からすっと腕を伸ばす。
 瞬きをしている間に、ティスタ先生は手に銀の杖を握っていた。

 持ち手に鳥の装飾が施された銀杖の見た目は、魔法の杖というより歩行を補助する杖のように見える。

 ティスタ先生は、手に持った銀杖をゆっくりと横に振った。

「うわっ!?」

 銀杖を軽く振るだけの動作で、ティスタ先生を中心に冷たい突風が吹き荒れる。
 一瞬にして先生の周囲の地面から巨大な氷柱が伸びていた。
 これは冷気・氷の魔術だ。

 さらにもう一度銀杖を振ると、巨大な氷柱は見えない何かに削られていく。
 たった数秒のうちに氷柱だったものが氷で作られた鳥の彫刻に姿を変えた。

 氷鳥の彫刻は、意思を持ったかのように羽ばたいて空へと飛び立っていく。

「…………」

 この世のものとは思えない絶景。
 あまりに現実離れした光景に言葉を失う。

 氷の彫刻の美しさだけではない。
 魔術を行使するティスタ先生の姿があまりにも綺麗だったから。
 呆然とする僕の隣で、千歳さんが呟く。

「綺麗だね。あれでもまだまだ本気じゃないんだから、まったく底が知れないよ」

「そう、なんですか? あんなにすごいのに……」

「あの魔術は、由緒正しい魔術師の家系で行われる儀式の出し物なんだってさ。さすがは名家の生まれだ。並みの魔術師だったら、あれほどの規模とスピードであんな芸当はできない」

「名家の生まれ?」

「なんだ、聞いていないのか。ティスタは由緒正しい魔術師の家系の血筋だよ」

「そうだったんですか。こんな綺麗な魔術、はじめて見ました……」

「つまりあれは、先祖代々伝わる超すごい宴会芸ってこと!」

「その例えはどうかと思います……」

 千歳さんの発言に苦笑いしつつ、僕は再びティスタ先生に視線を向ける。

 少し目を離したわずかな時間で、いつの間にか採石場全体が氷の花で満開になっていた。
 透き通る氷の花弁が陽光を反射して、辺り一面が幻想的な光に包まれる。

 氷の花畑の中心で青空を見上げながら、ティスタ先生が穏やかに笑っている。
 氷華の中心に佇む姿は、まるで氷の妖精に見える。

 誰かを傷付けるためでもなく、誰かを助けるためでもなく、ただ美しい光景を生み出すために魔術で創り出された氷の徒花(あだばな)

 そんな氷の世界の中心で、ティスタ先生は目を閉じて呟く。

「うっひぃぃぃ……さ、寒いっ……!」

 あとで聞いた話だけど、ティスタ先生は冷え性らしい。
 氷の魔術が得意なのに……。


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 所長の千歳さんが海外出張から戻ってきて、翌日からは3人体制で業務開始。
 ティスタ先生は、所長と久しぶりに再会したらしい。
「……生きて帰ってきてたんですね。相変わらずお元気そうで、クソ所長」
「そういうお前もな、アル中パチンカス魔術師」
 なぜか一触即発の様子。
 今にも殴り合いをするんじゃないかってくらいに険悪だ。
「おふたりは、あまり仲がよろしくないのでしょうか……?」
 にらみ合うふたりに恐る恐るそう聞くと、同時に僕の方に顔を向けて満面の笑みを浮かべた。怖い。
「仲良しですよ。3日3晩の殺し合いをした仲ですもの。ね、所長?」
「そうだなぁ。あれからずっと仲良しだもんなぁ、私たちって」
 冗談にしてはタチが悪い。
 このふたりは、僕が思っている以上に複雑な関係らしい。
 正直、この場にいるのが辛い……。
「さて、今日はちょっと遠出をするよ。トーヤ君の研修も兼ねた遠征をする。ティスタ、運転よろしく!」
 千歳さんはそう言って、ティスタ先生に車のキーを投げ渡す。
「はぁっ!? まったくもう、相変わらず勝手に決めて……そういうのは事前に言ってくださいと何度も言っているでしょうに!」
 文句を言いながら車のキーを受け取った先生は、白い外套を羽織って外出の準備をはじめる。僕も急いで準備して車に乗り込んだ。
 ……………
 車を走らせること約3時間。 
 ティスタ先生と千歳さんは運転を交代しながら高速道路で県外まで向かった。
 高速道路を降りてしばらく走ったあと、狭い山道の前で停車した。
 ここからは車を降りて徒歩で山を登るらしい。 
 荒れた山道を通りながら、ティスタ先生が不満を漏らす。
「どこまで移動させる気なんですか」
「そう言うなって。今日は良い場所を用意したんだ」
 人の気配が一切ない静かな山中。
 仕事の依頼者がこんなところにいるはずがない。
 千歳さんの目的がなんなのか疑問に思っていると、少し先に岩と砂だらけの何もない広場が見えてきた。
「到着。ここが今日の目的地!」
 千歳さんの声が、がらんとした山中で木霊する。
 長い道のりの終着点は、巨大な採石場跡。
 今はもう人が踏み入った形跡がないほど寂れた場所。
 何もない採石場跡を見ながら、僕とティスタ先生は首を傾げる。
「……なんの冗談ですか?」
 ティスタ先生はご立腹の様子。
 千歳さんを睨みつけながら腕組みをしている。
 僕も意図がわからなくて困惑している。
「これだけ広くてなにもない場所なら、規模の大きな魔術の練習ができるだろ。ここは魔術を自由に使える場所なんだ」
「そんなの初耳ですがっ!?」
「当たり前だろ。私がこの土地を買ったの、最近の話だし」
「か、買ったぁ……?」
 唖然とする僕たちを気に留める様子もなく、千歳さんは淡々と説明を続ける。
「私は海外出張が多いから色んな国の文化を見て回るのだけど、どの国に行っても「魔術を試す場所」は無かったんだ。だから、海外にある野外射撃場の魔術バージョンを自分で作ろうって思ってさ。キミらはお客様第1号ってこと」
 無邪気な笑みを僕達に向けてくる千歳さん。
 山奥にある大きな旧採石場を利用して、魔術の試し撃ちをする場を有料で設ける計画を考えているらしい。
 魔術師や魔族がたくさんいる日本には、制限なしで魔術を使える場所があった方がいいと千歳さんは考えたのだとか。
「いつから計画していたんですか」
「ティスタがお酒に溺れて、あんまり仕事をしなくなった頃からかなぁ」
「う゛っ……」
 思い当たる節があったのか、ティスタ先生が気まずそうに視線を逸らす。
「トーヤ君も知っているとは思うけど、ティスタのように国から認定された魔術師以外は公共の場所で規模の大きい魔術を許可無く使えない決まりになっている。緊急時とか、災害時、個人で使うのは例外だけどね」
 周囲5kmが無人であることは事前に確認済み。
 現代の日本に人間が全くいない場所が存在していたのも驚きだけど、もっと驚きなのは千歳さんの行動力。魔術の試射場の為に山を買ってしまったのだから。
「自分が作った魔術を好きに使えないジレンマに悩んでいる魔術師は多いみたいだし、ストレス発散の場を作るのも必要かなって思ってね。さて、早速出番だよティスタ。もうウズウズしているんじゃないの?」
「べ、別に魔術は見せびらかすものではないですし……」
 ティスタ先生が少しソワソワしている。
 碧い瞳は少女のようにキラキラと輝いていた。
 そんな様子の先生に向けて、千歳さんは最後の一押しをした。
「トーヤ君もティスタの本気の魔術、見てみたいでしょー?」
 千歳さんの言葉を聞いて、僕は何度も強く頷く。
 憧れの先生の本気を見れるなんて、こんな貴重な機会を逃すわけにいかない。
「……わかりました、トーヤ君がそう言うなら見せます」
 ティスタ先生は笑顔で頷いたあと、僕と千歳さんに背を向けて歩きはじめる。
 そして、音もなくふわりと身体を浮き上がらせた。
「と、飛んだっ!?」
 いきなり飛行をする魔術を披露されて、開いた口が塞がらない。
 重力を制御する魔術だろうか。
 ティスタ先生は、しばらくふわりと前方へ飛んだあと、ゆっくりと着地する。
 周囲に何も無いことを確認すると、テ先生は羽織っている白い外套の隙間からすっと腕を伸ばす。
 瞬きをしている間に、ティスタ先生は手に銀の杖を握っていた。
 持ち手に鳥の装飾が施された銀杖の見た目は、魔法の杖というより歩行を補助する杖のように見える。
 ティスタ先生は、手に持った銀杖をゆっくりと横に振った。
「うわっ!?」
 銀杖を軽く振るだけの動作で、ティスタ先生を中心に冷たい突風が吹き荒れる。
 一瞬にして先生の周囲の地面から巨大な氷柱が伸びていた。
 これは冷気・氷の魔術だ。
 さらにもう一度銀杖を振ると、巨大な氷柱は見えない何かに削られていく。
 たった数秒のうちに氷柱だったものが氷で作られた鳥の彫刻に姿を変えた。
 氷鳥の彫刻は、意思を持ったかのように羽ばたいて空へと飛び立っていく。
「…………」
 この世のものとは思えない絶景。
 あまりに現実離れした光景に言葉を失う。
 氷の彫刻の美しさだけではない。
 魔術を行使するティスタ先生の姿があまりにも綺麗だったから。
 呆然とする僕の隣で、千歳さんが呟く。
「綺麗だね。あれでもまだまだ本気じゃないんだから、まったく底が知れないよ」
「そう、なんですか? あんなにすごいのに……」
「あの魔術は、由緒正しい魔術師の家系で行われる儀式の出し物なんだってさ。さすがは名家の生まれだ。並みの魔術師だったら、あれほどの規模とスピードであんな芸当はできない」
「名家の生まれ?」
「なんだ、聞いていないのか。ティスタは由緒正しい魔術師の家系の血筋だよ」
「そうだったんですか。こんな綺麗な魔術、はじめて見ました……」
「つまりあれは、先祖代々伝わる超すごい宴会芸ってこと!」
「その例えはどうかと思います……」
 千歳さんの発言に苦笑いしつつ、僕は再びティスタ先生に視線を向ける。
 少し目を離したわずかな時間で、いつの間にか採石場全体が氷の花で満開になっていた。
 透き通る氷の花弁が陽光を反射して、辺り一面が幻想的な光に包まれる。
 氷の花畑の中心で青空を見上げながら、ティスタ先生が穏やかに笑っている。
 氷華の中心に佇む姿は、まるで氷の妖精に見える。
 誰かを傷付けるためでもなく、誰かを助けるためでもなく、ただ美しい光景を生み出すために魔術で創り出された氷の|徒花《あだばな》。
 そんな氷の世界の中心で、ティスタ先生は目を閉じて呟く。
「うっひぃぃぃ……さ、寒いっ……!」
 あとで聞いた話だけど、ティスタ先生は冷え性らしい。
 氷の魔術が得意なのに……。