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第3章〜ピンチ・DE・デート〜⑩

ー/ー



「シンちゃんは、『エルマーのぼうけん』のどんなところが好き?」

 もうすぐ、三部作を読み終えようかというころ、アイちゃんが、そんなことを聞いてきた。

「う〜ん、そうだな〜。ボクは、お話しが面白いなって思うんだけど……いちばんは、エルマーのリュックに入ってた道具が、役に立つところかな?」

 チューインガム、ももいろのぼうつきキャンデー2ダース、わゴム一箱、黒いゴム長ぐつ、磁石が一つ、歯ブラシとチューブ入り歯磨き、虫めがね6つ、さきのとがったよく切れるジャックナイフ一つ、くしとヘアブラシ、ちがった色のリボン7本、『クランベリいき』と書いた大きなからのふくろ、着替えを何枚か、船に乗っている間の食料(ピーナッツバターとゼリーをはさんだサンドイッチを25と、リンゴを6つ)。

 これは、『エルマーのぼうけん』の主人公、エルマー・エレベーターが、親しくなった野良ネコから、「どうぶつ島」で野蛮な動物たちにとらわれている、かわいそうな竜の子どもの話を聞き、竜の子を助けに行く冒険の旅に出るときに、リュックサックに詰め込んだ道具の数々だ。

 幼稚園のころから、なんども、この本を読んだボクは、今でも、その道具をそらんじて言うことができる。

 物語の中では、どう考えても必要なさそうな、数々の道具が、ピンチに陥ったとき、意外な使われ方をして、窮地を脱するのに使われるのだ。

「伏線の回収」

 なんてことを幼稚園児のボクが理解できていた訳もないけれど、物語の中に用意された伏線がキレイに回収されていくことの大切さと心地よさは、この作品に教えてもらったように思う。

 もちろん、当時のボクが、そんな複雑なことを考えていた訳はないんだけど……。
 幼心(おさなごころ)ながらに、この物語に感じている魅力をボクは、精一杯伝えようとした。

「色んな道具を使って冒険を続けるエルマーは、とっても頭が良いな、と思った」

 そんなボクの返答を聞いたアイちゃんは、とびっきりの笑顔で彼女の意見を述べた。

「エルマーって、すごく頭が良いよね! でも、私は、エルマーが優しくて勇気があるところが好き!」

「優しくて勇気があるところかぁ……」

 ボクが、つぶやくように言うと、アイちゃんは、自身の見解を披露する。

「うん! エルマーって、野良ネコからお話しを聞いただけで、竜の子供を助けに行こうとするでしょ? それに、ライオンやワニが出てきても、怖がらずに冒険を続ける。だから、優しくて、とっても勇気があるな、って思うの」

「そうだね、エルマーは優しくて、勇気があるね」

 ボクが、その見解に同意すると、彼女は、

「うん! 私、エルマーみたいな優しくて勇気がある男の子が好き!」

と返事をして、嬉しそうに笑い、さらに続けてこう言った。
 
「あとね、エルマーのお話しに出てくる竜には、小さな羽が生えてるでしょ? 私は、とってもカワイイなって思うんだけど……シンちゃんは、どう思う?」

「うん! ボクも、竜の羽はカワイイと思うよ」

 ボクが、そう答えると、アイちゃんは、さっきよりも嬉しそうに、

「シンちゃんもそう思うんだ!」

と言って、輝くような笑顔を見せた。
 そうして、

「じゃあ、『エルマーと16ぴきのりゅう』の続きを読もう!」

と、どちらともなく物語の終盤を迎えている本を二人で読もうとしたとき――――――。

「シンタロー、オトコのくせに、なんで外で遊ばないんだよ?」

「そうだ、そうだ、本を読んでオンナとばっかり遊んでるじゃん!」

 そう言って、同じ年長組のタケシとノブオが、ボクたちの中に割って入ってきた。

「ちゃんと、外で遊べよ! オマエたちの帽子も取ってきてやるから」

 二人は、そう言ったあと、靴箱のそばに掛けてあったボクとアイちゃんのゴム付きの帽子を取り、園庭に駆け出して行く。
 そして、あろうことか、ボクらの帽子を園庭の木に向かって放り投げ、ゴム付きの帽子は、大きな木の枝に引っ掛かってしまった。

 ノブオの方は、さすがに、一瞬マズいという表情を見せたが、タケシは、あとに引けなくなったのか、

「オマエらのために、帽子を外に出したんだゾ! 取って来いよ」

と、挑発するように言う。
 呆然とその様子を眺めていたボクだが、気がつくと、隣にいたアイちゃんは、涙目になっている。

 どうして、部屋の中で本を読んでいるだけで、こんな目に遭わないと行けないのか――――――?

 理不尽な仕打ちに対する怒りと、アイちゃんの表情から、ボクは暴挙に出たタケシとノブオを見返すべく、帽子が引っ掛かった木に登っていく。

「危ないよ、シンちゃん! 先生に言おう!」

 引き留めようとするアイちゃんの声を気に留めることもなく、ボクは、幹の位置に近い枝に掛かっていた自分の帽子を取り、下に放り投げる。
 残るのは、アイちゃんの帽子だけだ。

 細い枝に掛かった帽子に手を伸ばし、あと数センチで手が届くというところまで来たとき――――――。

 メリッ!

 という音とともに、足を掛けていた枝が折れ、バランスを崩したボクは頭から地面に向かって落下する。

 その瞬間、
 
「シンちゃん!」

という声がして、ボクの身体に向かって、アイちゃんが飛び上がったように見えた。

 そして、ボクの身体を支えるように受け止めた彼女は、フワリと着地して、ボクを地面に横たわらせる。
 
 不思議なことに、木の上から落ちたショックで気を失いかけていたボクの目には、彼女の背中に、『エルマーのぼうけん』に登場する竜の羽のようなモノが見えたような気がした。

「シンちゃん、ゴメン! ゴメンね、私のせいで……」

 大粒の涙を流しながら謝るアイちゃんの姿を見ると、彼女に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
 空を見上げると、真冬に近い季節の月が輝きはじめるのが見えた。

(アイちゃんは、悪くない――――――)
(こんなにも、悲しませてしまうなんて……ボクが、アイちゃんと話していたのが、いけないんだ)
 
 薄れてゆく意識の中で、ボクは、そのことだけを考えていた。


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 もうすぐ、三部作を読み終えようかというころ、アイちゃんが、そんなことを聞いてきた。
「う〜ん、そうだな〜。ボクは、お話しが面白いなって思うんだけど……いちばんは、エルマーのリュックに入ってた道具が、役に立つところかな?」
 チューインガム、ももいろのぼうつきキャンデー2ダース、わゴム一箱、黒いゴム長ぐつ、磁石が一つ、歯ブラシとチューブ入り歯磨き、虫めがね6つ、さきのとがったよく切れるジャックナイフ一つ、くしとヘアブラシ、ちがった色のリボン7本、『クランベリいき』と書いた大きなからのふくろ、着替えを何枚か、船に乗っている間の食料(ピーナッツバターとゼリーをはさんだサンドイッチを25と、リンゴを6つ)。
 これは、『エルマーのぼうけん』の主人公、エルマー・エレベーターが、親しくなった野良ネコから、「どうぶつ島」で野蛮な動物たちにとらわれている、かわいそうな竜の子どもの話を聞き、竜の子を助けに行く冒険の旅に出るときに、リュックサックに詰め込んだ道具の数々だ。
 幼稚園のころから、なんども、この本を読んだボクは、今でも、その道具をそらんじて言うことができる。
 物語の中では、どう考えても必要なさそうな、数々の道具が、ピンチに陥ったとき、意外な使われ方をして、窮地を脱するのに使われるのだ。
「伏線の回収」
 なんてことを幼稚園児のボクが理解できていた訳もないけれど、物語の中に用意された伏線がキレイに回収されていくことの大切さと心地よさは、この作品に教えてもらったように思う。
 もちろん、当時のボクが、そんな複雑なことを考えていた訳はないんだけど……。
 |幼心《おさなごころ》ながらに、この物語に感じている魅力をボクは、精一杯伝えようとした。
「色んな道具を使って冒険を続けるエルマーは、とっても頭が良いな、と思った」
 そんなボクの返答を聞いたアイちゃんは、とびっきりの笑顔で彼女の意見を述べた。
「エルマーって、すごく頭が良いよね! でも、私は、エルマーが優しくて勇気があるところが好き!」
「優しくて勇気があるところかぁ……」
 ボクが、つぶやくように言うと、アイちゃんは、自身の見解を披露する。
「うん! エルマーって、野良ネコからお話しを聞いただけで、竜の子供を助けに行こうとするでしょ? それに、ライオンやワニが出てきても、怖がらずに冒険を続ける。だから、優しくて、とっても勇気があるな、って思うの」
「そうだね、エルマーは優しくて、勇気があるね」
 ボクが、その見解に同意すると、彼女は、
「うん! 私、エルマーみたいな優しくて勇気がある男の子が好き!」
と返事をして、嬉しそうに笑い、さらに続けてこう言った。
「あとね、エルマーのお話しに出てくる竜には、小さな羽が生えてるでしょ? 私は、とってもカワイイなって思うんだけど……シンちゃんは、どう思う?」
「うん! ボクも、竜の羽はカワイイと思うよ」
 ボクが、そう答えると、アイちゃんは、さっきよりも嬉しそうに、
「シンちゃんもそう思うんだ!」
と言って、輝くような笑顔を見せた。
 そうして、
「じゃあ、『エルマーと16ぴきのりゅう』の続きを読もう!」
と、どちらともなく物語の終盤を迎えている本を二人で読もうとしたとき――――――。
「シンタロー、オトコのくせに、なんで外で遊ばないんだよ?」
「そうだ、そうだ、本を読んでオンナとばっかり遊んでるじゃん!」
 そう言って、同じ年長組のタケシとノブオが、ボクたちの中に割って入ってきた。
「ちゃんと、外で遊べよ! オマエたちの帽子も取ってきてやるから」
 二人は、そう言ったあと、靴箱のそばに掛けてあったボクとアイちゃんのゴム付きの帽子を取り、園庭に駆け出して行く。
 そして、あろうことか、ボクらの帽子を園庭の木に向かって放り投げ、ゴム付きの帽子は、大きな木の枝に引っ掛かってしまった。
 ノブオの方は、さすがに、一瞬マズいという表情を見せたが、タケシは、あとに引けなくなったのか、
「オマエらのために、帽子を外に出したんだゾ! 取って来いよ」
と、挑発するように言う。
 呆然とその様子を眺めていたボクだが、気がつくと、隣にいたアイちゃんは、涙目になっている。
 どうして、部屋の中で本を読んでいるだけで、こんな目に遭わないと行けないのか――――――?
 理不尽な仕打ちに対する怒りと、アイちゃんの表情から、ボクは暴挙に出たタケシとノブオを見返すべく、帽子が引っ掛かった木に登っていく。
「危ないよ、シンちゃん! 先生に言おう!」
 引き留めようとするアイちゃんの声を気に留めることもなく、ボクは、幹の位置に近い枝に掛かっていた自分の帽子を取り、下に放り投げる。
 残るのは、アイちゃんの帽子だけだ。
 細い枝に掛かった帽子に手を伸ばし、あと数センチで手が届くというところまで来たとき――――――。
 メリッ!
 という音とともに、足を掛けていた枝が折れ、バランスを崩したボクは頭から地面に向かって落下する。
 その瞬間、
「シンちゃん!」
という声がして、ボクの身体に向かって、アイちゃんが飛び上がったように見えた。
 そして、ボクの身体を支えるように受け止めた彼女は、フワリと着地して、ボクを地面に横たわらせる。
 不思議なことに、木の上から落ちたショックで気を失いかけていたボクの目には、彼女の背中に、『エルマーのぼうけん』に登場する竜の羽のようなモノが見えたような気がした。
「シンちゃん、ゴメン! ゴメンね、私のせいで……」
 大粒の涙を流しながら謝るアイちゃんの姿を見ると、彼女に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
 空を見上げると、真冬に近い季節の月が輝きはじめるのが見えた。
(アイちゃんは、悪くない――――――)
(こんなにも、悲しませてしまうなんて……ボクが、アイちゃんと話していたのが、いけないんだ)
 薄れてゆく意識の中で、ボクは、そのことだけを考えていた。