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第拾壱話

ー/ー



 二種類の制服が支給されたのと同じように、学食での食事の提供も二種類に分かれていた。片方は現実世界でもお馴染みの食券販売機が導入されていたが、右半分はビュッフェ形式である。
 『各生徒にどちらの食文化を体験してもらえるように』と夏目から聞かされたとはいえ、そんなのはただの綺麗文句に過ぎない。散々ループを繰り返した彼でも皇国人がビュッフェの方に行った光景なんて見たことがないし、その逆もまた然り。
 恐らくそれが暗黙の了解というものだろう、と当時の彼はビュッフェを断念せざるを得なかった。だが、

「じゃあ、ハーフのアタシはビュッフェ(むこう)に行きますんでバイビ~」

 ビュッフェの方に行った夏目のことを、どこか羨ましそうに見送る駿之介。
 本来であれば、彼女のように好きなように食べるのが理想的であるはずだ。両人種の間に向け合っていたヘイトが妨げになったのが残念でならない。
 とは言え、こればかりは部外者の彼にはどうしようもない問題である。いつか両人種がお互いを受け入れるといいが、実現されるのがまだまだ先のようだ。

 もっとも――今の彼は別件ではち切れそうになっているが。

「おい、いつまでやる気だ? さっさと選べ。後ろに沢山の人が並んでるから」

「ちょっと待て。今やっと二択まで絞ったんだから」

 後ろの生徒達の射るような眼差しを背後で感じながら溜息一つ。
 ビュッフェとは違って、こちらのメニューにはハズレもあれば大当たりもある。食に冒険したい生徒にはもってこいの場所だ。
 更にここは安い、早いが標語二拍子が揃っていると来た。その上、皇食を選べば、ロシアンルーレットというおまけも付いてくる。これ以上ない理想的な学食だと言えよう。実際、これを初めて聞いた時の大蔵の目付きが変わった程だ。

「いい? この唐揚げ定食にすると、650圓になるんだよ」

「はあ」

「でもこの日替わり定食にすると、800圓になるんだよ」

「それで?」

「果たしてこの日替わり定食にそれほどの価値があるのでしょうか。見てこの魚。明らかに安っぽい魚使ってるわね」

「どうでもいいが、喋る時に時と場所を弁えろよな」

「へっ?」

 「学食のおばさんが聞ける距離で値段の話をするな」。そう注意したいところで彼女が自爆したもんだからもう手遅れになった。大蔵が謝罪しつつも結局注文したのは唐揚げ定食だった。
 結局150(えん)をケチるにしたのかよ、と言いたいところではあるが。彼女の分析によると、後者の方はハズレ要因が多く含まれてそうだから、その選択は割と合理的だと言えるだろう。

(て、勇に毒されてるなぁ)

 内心で嘆息した駿之介は無難な選択代表の蕎麦を選んだ。一分足らずで受け取って、待ってくれた大蔵の方に足を運ぶ。

「早速目、付けられちゃったな」

「う、うるさい」

 その後他の皆と合流して一緒に食べることになったが、二人共の食事はちゃんと美味しかったという。









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※










 昼食の後、唐突に夏目から転校生ッズに案内したいところがあると告げられ、深く考えずにそのまま後ろに付いて行くと、

「学園長室……?」

「うん、学園長から直々に頼まれてね」

「へ、へえー、そうなんだ」

 引き攣った笑顔で返答した駿之介の全身を冷や汗が伝い落ちる。
 一般生徒が学園長室に来ることは滅多にない。あるとしたら何かの領域で物凄い成績を残したのか、教師に注意しても言う事を聞かない問題児の二択だけだ。そして今回彼らに当てはまるのは、残念ながら後者なのだろう。

 まさかこれもピアースの仕業なのか。自分では管理し切れないからと学園長に締めてもらうとか、なんて卑劣な。しかし自分より立場の偉い大人の力から借りるのは、卑しい大人だからこそ成せる業。

(仕方ない、腹を括るしかないか)

 深呼吸をして目前にある木造りの扉を見据える。最悪数日停学処分を喰らうかもしれないが、ここで誠意を見せ付けておけば赦しをもらおう。
 けれど駿之介が脳内で飾り文句を用意している間に光風がノックもせずに「頼み申すー!」と自前の腕力で勝手に扉を押し開けた――!

「来てやったぜ、学園長!」

「この度は誠に申し訳ござい――」

 さっと頭を下げて最敬礼の姿勢。流石元社会人。実に完璧な謝罪の入り方だ。
 けれど、

「おお! 皆の者、よく来てくれたのう~」

「――え?」

 よく見知った人物の声音が先程の懊悩は無意味であることを知らされ、あっけなく拍子抜けした。

「え、マジか。このロリババアがあたし達の学園長だなんて……ハッ、これってもっと媚びれば内申点がっぽがっぽ手に入れて引きこもり生活を謳歌しても卒業できるのでは……!」

「これこれ、堂々とそんなことを申すでない。身内とは言え、そう容易く甘えたりはせぬぞ。何せわしは学園長じゃからのう~。えへん、学園長じゃぞ~」
 
 誇らしげに胸を張る自称学園長――と、信じたいところではあるが。机の上に置いてあったネームプレートに彼女の名があるから認めざるを得なかった。
 萱野兄妹を驚かせることに成功した大石は、机越しに夏目とハイタッチ。
 時々彼女が本当に年上なのか疑いたくなるのは何故だろう――と辺りに視線を彷徨わせたその時。コンコンというノックが和気藹々とした雰囲気を打ち切る。

 入っておくれ、と大石がその方に向かって声を投げ掛けると同時に彼らも邪魔にならないように移動した。失礼します、と共に姿を現した生徒会長と風紀委員長に光風があからさまにゲッと眉間に皺を寄せ腕組みした。
 咄嗟に兄の背後に隠れる柚と、高身長の影に隠れる大蔵。二人の空気に影響されたのか、どことなく空気がピリッとしている。

「おお、クラリスに暁ではないか。どうしたのじゃ?」

「はい、今回の転校生の件で少しお話がありまして」

「はて、何のことじゃ? 何か書類でも忘れたのかのぉ~?」

「いいえ。そういうわけではありませんが――今回は些か急ではないでしょうか」

「いや、すまのう~。じゃが、この件についてはもう既に解決したではないか?」

 意味深ありげな言に直面しても、普段通りに応対する大石。もっとも、大石を前にして表情何一つ変わらない生徒会長もある意味肝が据わっていると言えるだろう。

「はい。今回はなんとか大事にならなくて済みましたが……次からは気を付けていただければと思い、こうしてこちらに参ったというわけです」

「うむ、相分かった。次からは気を付けるとしよう。忠告、ありがとうのう~」

「いえいえ、お互いは生徒を第一に思って行動している同志。今後ともよろしくお願いいたします」

「うむ、よろしくのう~」

 これで一難去った――と思いきや、ゆっくりと歩み寄ってくる彼女を見ると、自ずと全身が強張ってしまうもの。

「もしかして、萱野さんのお兄さんでしょうか」

「あ、ああ。どうやら妹がお世話になったようで……」

「いえいえ、クラスメイトとして当然なことをしたまでですので」

 上辺の社交辞令に同様と返すも未だに焦りが拭えない。
 単なる挨拶にどうして年下の彼女に怯えなければならないのか。そんな疑問は一瞬彼の脳裏を掠めたが、一刻も早く済ませてしまおうと慌てて会釈を返す。

「萱野駿之介だ。妹と共々、よろしく」

「改めまして、生徒会長のクラリス・ハートマンです。――今後ともよろしくお願い致しますね、()()()

 深められた張りぼての笑みに駿之介はゾッとした。固められた石膏模型のような微笑は非情さと同時に無情さが内在することを。

 一瞬、クラリスが彼らの後方に一瞥したが、すぐにスカートを翻して出て行ってくれてホッと一息。しかし去り際に彼はその同伴にギロリと睨まれて思わず息を呑んだ。
 同じクラスメイトとは言えど、彼と話したことは一度もない。何なら彼を認識したのは今日で初めてだ。睨まれる謂れはないはず。
 一体なんでだろう。そんな質問を最後に、彼らも教室に戻ることになった。

 やがて放課後のチャイムが鳴り、忙しい月華荘の面々も生徒達の間を縫ってそれぞれの目的地へと出発した。
 大蔵がコンビニのバイト。夏目は大石の用事。そして駿之介はと言ったら、

「遅えぞ光風!」

「悪い悪い。コイツを連れて来るのに手間取っちまって」

「ほう? そいつが例の新しい住人なのか、光風」

「ど、どうも……」

 何故か成り行きで光風と知らない二人の男と一緒に颯京の町を回ることになった。


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 二種類の制服が支給されたのと同じように、学食での食事の提供も二種類に分かれていた。片方は現実世界でもお馴染みの食券販売機が導入されていたが、右半分はビュッフェ形式である。
 『各生徒にどちらの食文化を体験してもらえるように』と夏目から聞かされたとはいえ、そんなのはただの綺麗文句に過ぎない。散々ループを繰り返した彼でも皇国人がビュッフェの方に行った光景なんて見たことがないし、その逆もまた然り。
 恐らくそれが暗黙の了解というものだろう、と当時の彼はビュッフェを断念せざるを得なかった。だが、
「じゃあ、ハーフのアタシは|ビュッフェ《むこう》に行きますんでバイビ~」
 ビュッフェの方に行った夏目のことを、どこか羨ましそうに見送る駿之介。
 本来であれば、彼女のように好きなように食べるのが理想的であるはずだ。両人種の間に向け合っていたヘイトが妨げになったのが残念でならない。
 とは言え、こればかりは部外者の彼にはどうしようもない問題である。いつか両人種がお互いを受け入れるといいが、実現されるのがまだまだ先のようだ。
 もっとも――今の彼は別件ではち切れそうになっているが。
「おい、いつまでやる気だ? さっさと選べ。後ろに沢山の人が並んでるから」
「ちょっと待て。今やっと二択まで絞ったんだから」
 後ろの生徒達の射るような眼差しを背後で感じながら溜息一つ。
 ビュッフェとは違って、こちらのメニューにはハズレもあれば大当たりもある。食に冒険したい生徒にはもってこいの場所だ。
 更にここは安い、早いが標語二拍子が揃っていると来た。その上、皇食を選べば、ロシアンルーレットというおまけも付いてくる。これ以上ない理想的な学食だと言えよう。実際、これを初めて聞いた時の大蔵の目付きが変わった程だ。
「いい? この唐揚げ定食にすると、650圓になるんだよ」
「はあ」
「でもこの日替わり定食にすると、800圓になるんだよ」
「それで?」
「果たしてこの日替わり定食にそれほどの価値があるのでしょうか。見てこの魚。明らかに安っぽい魚使ってるわね」
「どうでもいいが、喋る時に時と場所を弁えろよな」
「へっ?」
 「学食のおばさんが聞ける距離で値段の話をするな」。そう注意したいところで彼女が自爆したもんだからもう手遅れになった。大蔵が謝罪しつつも結局注文したのは唐揚げ定食だった。
 結局150|圓《えん》をケチるにしたのかよ、と言いたいところではあるが。彼女の分析によると、後者の方はハズレ要因が多く含まれてそうだから、その選択は割と合理的だと言えるだろう。
(て、勇に毒されてるなぁ)
 内心で嘆息した駿之介は無難な選択代表の蕎麦を選んだ。一分足らずで受け取って、待ってくれた大蔵の方に足を運ぶ。
「早速目、付けられちゃったな」
「う、うるさい」
 その後他の皆と合流して一緒に食べることになったが、二人共の食事はちゃんと美味しかったという。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
 昼食の後、唐突に夏目から転校生ッズに案内したいところがあると告げられ、深く考えずにそのまま後ろに付いて行くと、
「学園長室……?」
「うん、学園長から直々に頼まれてね」
「へ、へえー、そうなんだ」
 引き攣った笑顔で返答した駿之介の全身を冷や汗が伝い落ちる。
 一般生徒が学園長室に来ることは滅多にない。あるとしたら何かの領域で物凄い成績を残したのか、教師に注意しても言う事を聞かない問題児の二択だけだ。そして今回彼らに当てはまるのは、残念ながら後者なのだろう。
 まさかこれもピアースの仕業なのか。自分では管理し切れないからと学園長に締めてもらうとか、なんて卑劣な。しかし自分より立場の偉い大人の力から借りるのは、卑しい大人だからこそ成せる業。
(仕方ない、腹を括るしかないか)
 深呼吸をして目前にある木造りの扉を見据える。最悪数日停学処分を喰らうかもしれないが、ここで誠意を見せ付けておけば赦しをもらおう。
 けれど駿之介が脳内で飾り文句を用意している間に光風がノックもせずに「頼み申すー!」と自前の腕力で勝手に扉を押し開けた――!
「来てやったぜ、学園長!」
「この度は誠に申し訳ござい――」
 さっと頭を下げて最敬礼の姿勢。流石元社会人。実に完璧な謝罪の入り方だ。
 けれど、
「おお! 皆の者、よく来てくれたのう~」
「――え?」
 よく見知った人物の声音が先程の懊悩は無意味であることを知らされ、あっけなく拍子抜けした。
「え、マジか。このロリババアがあたし達の学園長だなんて……ハッ、これってもっと媚びれば内申点がっぽがっぽ手に入れて引きこもり生活を謳歌しても卒業できるのでは……!」
「これこれ、堂々とそんなことを申すでない。身内とは言え、そう容易く甘えたりはせぬぞ。何せわしは学園長じゃからのう~。えへん、学園長じゃぞ~」
 誇らしげに胸を張る自称学園長――と、信じたいところではあるが。机の上に置いてあったネームプレートに彼女の名があるから認めざるを得なかった。
 萱野兄妹を驚かせることに成功した大石は、机越しに夏目とハイタッチ。
 時々彼女が本当に年上なのか疑いたくなるのは何故だろう――と辺りに視線を彷徨わせたその時。コンコンというノックが和気藹々とした雰囲気を打ち切る。
 入っておくれ、と大石がその方に向かって声を投げ掛けると同時に彼らも邪魔にならないように移動した。失礼します、と共に姿を現した生徒会長と風紀委員長に光風があからさまにゲッと眉間に皺を寄せ腕組みした。
 咄嗟に兄の背後に隠れる柚と、高身長の影に隠れる大蔵。二人の空気に影響されたのか、どことなく空気がピリッとしている。
「おお、クラリスに暁ではないか。どうしたのじゃ?」
「はい、今回の転校生の件で少しお話がありまして」
「はて、何のことじゃ? 何か書類でも忘れたのかのぉ~?」
「いいえ。そういうわけではありませんが――今回は些か急ではないでしょうか」
「いや、すまのう~。じゃが、この件についてはもう既に解決したではないか?」
 意味深ありげな言に直面しても、普段通りに応対する大石。もっとも、大石を前にして表情何一つ変わらない生徒会長もある意味肝が据わっていると言えるだろう。
「はい。今回はなんとか大事にならなくて済みましたが……次からは気を付けていただければと思い、こうしてこちらに参ったというわけです」
「うむ、相分かった。次からは気を付けるとしよう。忠告、ありがとうのう~」
「いえいえ、お互いは生徒を第一に思って行動している同志。今後ともよろしくお願いいたします」
「うむ、よろしくのう~」
 これで一難去った――と思いきや、ゆっくりと歩み寄ってくる彼女を見ると、自ずと全身が強張ってしまうもの。
「もしかして、萱野さんのお兄さんでしょうか」
「あ、ああ。どうやら妹がお世話になったようで……」
「いえいえ、クラスメイトとして当然なことをしたまでですので」
 上辺の社交辞令に同様と返すも未だに焦りが拭えない。
 単なる挨拶にどうして年下の彼女に怯えなければならないのか。そんな疑問は一瞬彼の脳裏を掠めたが、一刻も早く済ませてしまおうと慌てて会釈を返す。
「萱野駿之介だ。妹と共々、よろしく」
「改めまして、生徒会長のクラリス・ハートマンです。――今後ともよろしくお願い致しますね、|先《、》|輩《、》|方《、》」
 深められた張りぼての笑みに駿之介はゾッとした。固められた石膏模型のような微笑は非情さと同時に無情さが内在することを。
 一瞬、クラリスが彼らの後方に一瞥したが、すぐにスカートを翻して出て行ってくれてホッと一息。しかし去り際に彼はその同伴にギロリと睨まれて思わず息を呑んだ。
 同じクラスメイトとは言えど、彼と話したことは一度もない。何なら彼を認識したのは今日で初めてだ。睨まれる謂れはないはず。
 一体なんでだろう。そんな質問を最後に、彼らも教室に戻ることになった。
 やがて放課後のチャイムが鳴り、忙しい月華荘の面々も生徒達の間を縫ってそれぞれの目的地へと出発した。
 大蔵がコンビニのバイト。夏目は大石の用事。そして駿之介はと言ったら、
「遅えぞ光風!」
「悪い悪い。コイツを連れて来るのに手間取っちまって」
「ほう? そいつが例の新しい住人なのか、光風」
「ど、どうも……」
 何故か成り行きで光風と知らない二人の男と一緒に颯京の町を回ることになった。