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第玖話

ー/ー



 『ゲームの世界から脱出するための攻略会議』。略して、攻略会議。
 命名者の勇に彼は「そのままやん」とツッコんだが、本人に「シンプルイズベスト」と言われて呆れて言葉も出て来なかったという。
 手始めに彼女は上司の山雲から受けた報告を伝えたわけだが――。

「え、あのカッパオジサンが自殺……? それに強制シャットダウン不可能って」

「はい。なんでもスタッフが『クリアするまで外すこともできないブービートラップ』と言っていましたので多分間違いないかと」 

「そ、そうか」

 半ば恐れと安堵が入り混じった顔を見て、群青色の双眸に不信の色が浮かぶ。
 だが彼女が山雲から入手した情報はこれだけではない。もっとも、事件に巻き込まれた被害者である前に一般人の彼が知る権利のない情報ではある。

『死因は、心臓への一突き。無論、亡くなった時は両手がしっかりとハンドルを握っていたので自殺と見てまず間違いない。――が、どっから嗅ぎ付けたのか、あの忌々しい御曹司刑事が『こりゃあ自殺を見せ付けるための他殺の可能性がありますねえ』とズケズケと』

 声を荒げてバンと机を叩く辺り、多分何一つも言い返せなかっただろうという軽蔑と似た思考が勇の頭をよぎる。
 彼の言う御曹司刑事とは、捜査第一課の警部補のことである。警察署の中でも捜査一課というのはエリートのみが所属できる精鋭部隊のような存在だ。通常、捜査に偶に協力する程度の関係のはずなのに、この御曹司刑事と来たら何かと彼らに難癖を付けがちのため、彼とは浅からぬ因縁がある。

「また手柄の横取りですか。本当、暇な方ですね」

『いや、手柄の横取りというより……』

「はい?」

『いや、なんでもない』

 珍しく山雲が言葉を濁したがそれを勇が気にすることもなく、次の質問に移る。

「ってことは現場保存のために暫く強制シャットダウンはできないと見てよろしいでしょうか」

『いや、不可能にしてくれ。構造上、第三者の手で外すのは無理になってるとスタッフが証言した。が、解析を進めない以上何も動けない、というのが現状だ』

 出鱈目なプロジェクトの責任者が亡くなって、一課にまで現場を奪われてしまった。非常によろしくない事態だ。
 テスターとして潜入し中から全員を脱出させることが勇に与えられた任務だ。なのに、現状だと進行するのは極めて難しい。
 本来であればこれはサイバー犯罪捜査課の事件であり、殺人や強盗といった事件を扱う刑事部捜査一課の出る幕はないはず。しかしタイミング良く遺体が出てきた上に、捜査一課の警部補まで現れたのだ。これ以上きな臭い出来事はあるものか。

「であれば、当分の目的は『全員をクリアできるまで導く』に変更した方が合理的ですかね。とりあえずアドミン権限を渡してください」

『さも簡単みたいに言うけどよ。お前、もう一人のテスターではなくなっただろ? 全く、探すのに本当に骨が折れたんだからな』

「あら、もっとバキバキと骨を折れて頂ければ、早く三途の川を渡れますよ? ほら山雲さん、いつも『残業多くて死にてえ』とか言っていたではありませんか。絶好のチャンスですよ」

『ああそうだな。誰かさんがいつも残業をサボってたせいでな!』

「ワタシ、不合理的なことは極力しない派ですので」

 勇がサイバー犯罪捜査官になってからそろそろ五年目になったが、彼女は一度も残業をしたことがない。そうならないように彼女が毎回毎回キッチリと自分のノルマをこなしていたからである。
 しかし任された仕事量も多くても人員は少ない。
 少しでも手伝ってもらえるよう、山雲は何度も説得しようとしたが、『残業をしてもお給料が出ないなら、自ら進んでやるのは不合理的です』と毎回同じ反論をされては黙って彼女の分までやった方が賢明だ。

『とにかく今のお前は一介のNPCになったからアドミン権限の譲渡は無理だ。が、他のテスターとも連絡取れるようにこっちでなんとかしてみる。――永里、無茶をしても無理はするなよ』

「可能な限り善処します」

 電話の向こうで大きい溜息の後に『お前なあ』の声が続くも予想した言葉が返ってこない。

『まあ、天才のお前からそれが聞けるだけで一先ず良しとするか』

 山雲の声を最後に彼女は先に通信を終了させた。

「ワタシ達が付けているニューロダイズが身体に何の影響を与えるのかは、現時点では不明です。遅かれ早かれ解明されるでしょうけれど、危険性があると見て今後も慎重に行動した方が良いですよ――何せ、死の可能性も捨て切れませんからね」

「死――そ、そりゃあ怖いな」
 
 無機質な瞳が表情の変化を一瞬たりとも見逃さなかった。
 彼が呟いた刹那の瞬間――顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだことを。




 勇からの情報伝達が終わり、今度は彼がこれまで見聞きしたことを事細かく伝えることになった。しかし、生徒会長が副総督でもあることを伝えると、勇のスマホに入力する指が止まった。
 何か気になることでもあるだろうか、と内心で首を傾げると、

「いえ、ただ……あの生徒会長が両人種間の平和を保っているようですから大変そうですねと思いましたが。よくよく考えてみたら政府からの援助金が目当てでやっているではないかと」

 実に彼女らしい返答になるほど、と納得。それから議題は宗教に移行したわけだが、

「皇国人の誰しも、敬虔的な信者ではない可能性の方が高いですよ。現に月華荘(ここ)の人達がそうではないでしょう」

 ここでも彼は意見を出せず、なるほどと納得してしまう。しかし彼女の推測も理に適っているるから致し方ない。
 もし全皇国人が敬虔的な信者だとしたら、お経が聞こえないところでも礼拝の時間に従うはずだ。そうでないだとしたら、何かしらの強制力があったと考えた方が妥当というもの。

「まさか、宗教警察があったりして」

「確証はありませんが、一応それとスパイの可能性を念頭に置いておいた方が良さそうですね」

「一体どうなってんだこの国は」

 それから勇が仕切ったおかげで会議はとんとん拍子に進んでいった。二人は色んなことについて話し合い、最終的に勇がまとめるという形で進行することとなった。
 
『1.皇教(宗教):
 一日5回礼拝を行う。何かしら強制力、例えば宗教警察かスパイが存在すると見てまず間違いない。皇国人は皆生まれてから強制的に皇教に入信させられる。信仰の自由がない。
 当分の間は礼拝のフリをしてやり過ごすが妥当。
 2.ゲームのジャンル:
 最終的にADVとRPGに絞ったが、この中から更に一つに絞るのは困難。
 3.ループの原理:
  ゲームのオートセーブに似通った点がある。ただし、チェックポイントはプレイヤー側に一切知らせない鬼畜仕様となっている。セーフティーネットを逆手に取ってプレイヤーを混乱させる、実に合理的な方法。
 4.実際プレイしてみての感想:
 五感が限りなくリアルに近い。プレイヤーに世界に没頭してもらうという制作側の作為だと思われる。
 NPC達との会話も自然で、まるで生身の人間と話しているように感じる。むしろ、人間よりも生き生きとしていると思ったことすらあった。
 『主人公から離脱した行動を取るとループされる』を常に念頭に置かなければならないのは少々面倒なこともあるが、総じて極めて自由度の高い、いいゲームだと語った。
 ただ『マニュアルセーブ』と『ログ』と『イベントのフラグを立てるためのヒント』を実装して欲しいとのこと。
 世界観についてまだ確かめたいことがあるため、一切触れなかった。
 5.主人公補正:
 プレイヤー自身でも抑えられない衝動のことを意味する。例を挙げるとしたら、シスコンと時々IQが著しく低下する場面とか。』

「おい」

「なんですか」

「いや、『なんですか』じゃねえよ。これ、一体どういうことだよ」

 会議がそろそろ終わりに近付き、彼女がまとめた議事録を確認したところで、作成者を問い詰めているわけだが。当の本人は至って何食わぬ顔であらせられる。

「あら、怒っているということは……図星でしょうか」

「そうじゃねえ。はあ、もういい」

 断念して大人しくスマホを返す駿之介の手から受け取ると、操作しながらも「では」と前置きした。

「先日、ワタシが開発したアプリについて少し話したいことが」

「お、なんだ?」

「お陰様で無事リリースしました。それに、他のテスターの方々とも連絡が取れました」

「え、もうできたのか? 凄いな」

 他のテスターに連絡が取れた――それだけでも褒め称えるべき大業のはずなのに、本人の表情は至って無そのもので、少々反応に困る。
 
 勇が開発したアプリ、リアエス。ゲーム内の人達が使用可能にはなっているが、主な目的は他世界のテスターとのコミュニケーションを取ること。
 
 現実世界(むこう)の山雲に協力を仰ぎ、彼に全てのテスターが桃源郷計画(プロジェクト・エデン)に参加した切っ掛けとなった広告を同様に作らせ、ゲーム内のインターネット上のあらゆるところに広めるようにと指示した。
 しかも巧妙なことに、その広告は一般NPCのスマホからでは見られないが、テスターのスマホからは視認可能という仕組みになっている。

 広告にタップしたテスターはリアエスの裏仕様に案内されるようになり、他のテスターとも連絡が取れるようになるわけだ。勿論、NPCがストアからダウンロードしたものは、リアエスの表仕様となっている。
 もしプレイヤーがNPCともアプリ内でチャットしたい場合、NPCと同様にストアからダウンロードしなければならない。

「後程招待リンクを送りますが、この『攻略最前線』というサーバーにこんな面白い書き込みがありまして」

 手渡されたスマホ画面の文字に、彼はえっと拍子抜けした声が出た。
 ゲーム攻略の最前線に立つテスター達が後方のために情報交換を目的とした招待制のサーバー、『攻略最前線』。そこからゲーム攻略の役立つ情報から最新情報まで入手できる、目下一番ホットなサーバーである。

 テスター何人かで『不審人物確保』というイベントについての話し合い。中に一際目立つ書き込みは、『不審者を追い掛けると、どこからともなく金髪ツインテの女子が飛び降りてきて不審者を確保した』。
 月華荘付近で出現する金髪ツインテの女子。誰のことを明言しなくても彼にはその正体が分かる。

「別の世界で夏目が、大蔵を確保したってこと……?」

 これまで散々助けてもらってきた聖母代表の夏目が、この中に書かれたようなアクロバティックな芸当ができると聞いて愕然としているが、それよりも彼とは違う筋書きが別世界で行われたことにショックを受けている。

「そう。他の世界ではこのような出来事が起こった以上、ハッキリと分かったことが一つ――答えは必ずしも一つではないということ」

 つまりあの夜、彼が経験したあの焦燥もあの屈辱も、もしかしたら不必要な体験だったという可能性が浮上した。もしかして住人達に歩み寄る姿勢だって無駄な努力に終わるかもしれない。脱力する彼をよそに、

「そしてこれらから推測すると、このゲームは極めて自由性が高く、主人公の行動も全部プレイヤー次第。これで『ループしたもん勝ち』ということになりますね」

「それ、プレイヤーにとって一番辛いパターンやないか」

 勇はド正論を叩きつけた。
 確かに彼女の方法は最適解に見えるかもしれないが、一番精神的に苦痛を受けるのはむしろプレイヤーの方だ。一見正攻法に見えたそれはむしろ邪道だと言えよう。

「あら、では他に何かいい案はあります?」

「いやないけどよ……普通に攻略しても良くね? 困ったらその時リアエスに頼ってさ」

「……それも一理ありますね」

「おい」


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 命名者の勇に彼は「そのままやん」とツッコんだが、本人に「シンプルイズベスト」と言われて呆れて言葉も出て来なかったという。
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「え、あのカッパオジサンが自殺……? それに強制シャットダウン不可能って」
「はい。なんでもスタッフが『クリアするまで外すこともできないブービートラップ』と言っていましたので多分間違いないかと」 
「そ、そうか」
 半ば恐れと安堵が入り混じった顔を見て、群青色の双眸に不信の色が浮かぶ。
 だが彼女が山雲から入手した情報はこれだけではない。もっとも、事件に巻き込まれた被害者である前に一般人の彼が知る権利のない情報ではある。
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「また手柄の横取りですか。本当、暇な方ですね」
『いや、手柄の横取りというより……』
「はい?」
『いや、なんでもない』
 珍しく山雲が言葉を濁したがそれを勇が気にすることもなく、次の質問に移る。
「ってことは現場保存のために暫く強制シャットダウンはできないと見てよろしいでしょうか」
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 出鱈目なプロジェクトの責任者が亡くなって、一課にまで現場を奪われてしまった。非常によろしくない事態だ。
 テスターとして潜入し中から全員を脱出させることが勇に与えられた任務だ。なのに、現状だと進行するのは極めて難しい。
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「ワタシ、不合理的なことは極力しない派ですので」
 勇がサイバー犯罪捜査官になってからそろそろ五年目になったが、彼女は一度も残業をしたことがない。そうならないように彼女が毎回毎回キッチリと自分のノルマをこなしていたからである。
 しかし任された仕事量も多くても人員は少ない。
 少しでも手伝ってもらえるよう、山雲は何度も説得しようとしたが、『残業をしてもお給料が出ないなら、自ら進んでやるのは不合理的です』と毎回同じ反論をされては黙って彼女の分までやった方が賢明だ。
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 電話の向こうで大きい溜息の後に『お前なあ』の声が続くも予想した言葉が返ってこない。
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 山雲の声を最後に彼女は先に通信を終了させた。
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「死――そ、そりゃあ怖いな」
 無機質な瞳が表情の変化を一瞬たりとも見逃さなかった。
 彼が呟いた刹那の瞬間――顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだことを。
 勇からの情報伝達が終わり、今度は彼がこれまで見聞きしたことを事細かく伝えることになった。しかし、生徒会長が副総督でもあることを伝えると、勇のスマホに入力する指が止まった。
 何か気になることでもあるだろうか、と内心で首を傾げると、
「いえ、ただ……あの生徒会長が両人種間の平和を保っているようですから大変そうですねと思いましたが。よくよく考えてみたら政府からの援助金が目当てでやっているではないかと」
 実に彼女らしい返答になるほど、と納得。それから議題は宗教に移行したわけだが、
「皇国人の誰しも、敬虔的な信者ではない可能性の方が高いですよ。現に|月華荘《ここ》の人達がそうではないでしょう」
 ここでも彼は意見を出せず、なるほどと納得してしまう。しかし彼女の推測も理に適っているるから致し方ない。
 もし全皇国人が敬虔的な信者だとしたら、お経が聞こえないところでも礼拝の時間に従うはずだ。そうでないだとしたら、何かしらの強制力があったと考えた方が妥当というもの。
「まさか、宗教警察があったりして」
「確証はありませんが、一応それとスパイの可能性を念頭に置いておいた方が良さそうですね」
「一体どうなってんだこの国は」
 それから勇が仕切ったおかげで会議はとんとん拍子に進んでいった。二人は色んなことについて話し合い、最終的に勇がまとめるという形で進行することとなった。
『1.皇教(宗教):
 一日5回礼拝を行う。何かしら強制力、例えば宗教警察かスパイが存在すると見てまず間違いない。皇国人は皆生まれてから強制的に皇教に入信させられる。信仰の自由がない。
 当分の間は礼拝のフリをしてやり過ごすが妥当。
 2.ゲームのジャンル:
 最終的にADVとRPGに絞ったが、この中から更に一つに絞るのは困難。
 3.ループの原理:
  ゲームのオートセーブに似通った点がある。ただし、チェックポイントはプレイヤー側に一切知らせない鬼畜仕様となっている。セーフティーネットを逆手に取ってプレイヤーを混乱させる、実に合理的な方法。
 4.実際プレイしてみての感想:
 五感が限りなくリアルに近い。プレイヤーに世界に没頭してもらうという制作側の作為だと思われる。
 NPC達との会話も自然で、まるで生身の人間と話しているように感じる。むしろ、人間よりも生き生きとしていると思ったことすらあった。
 『主人公から離脱した行動を取るとループされる』を常に念頭に置かなければならないのは少々面倒なこともあるが、総じて極めて自由度の高い、いいゲームだと語った。
 ただ『マニュアルセーブ』と『ログ』と『イベントのフラグを立てるためのヒント』を実装して欲しいとのこと。
 世界観についてまだ確かめたいことがあるため、一切触れなかった。
 5.主人公補正:
 プレイヤー自身でも抑えられない衝動のことを意味する。例を挙げるとしたら、シスコンと時々IQが著しく低下する場面とか。』
「おい」
「なんですか」
「いや、『なんですか』じゃねえよ。これ、一体どういうことだよ」
 会議がそろそろ終わりに近付き、彼女がまとめた議事録を確認したところで、作成者を問い詰めているわけだが。当の本人は至って何食わぬ顔であらせられる。
「あら、怒っているということは……図星でしょうか」
「そうじゃねえ。はあ、もういい」
 断念して大人しくスマホを返す駿之介の手から受け取ると、操作しながらも「では」と前置きした。
「先日、ワタシが開発したアプリについて少し話したいことが」
「お、なんだ?」
「お陰様で無事リリースしました。それに、他のテスターの方々とも連絡が取れました」
「え、もうできたのか? 凄いな」
 他のテスターに連絡が取れた――それだけでも褒め称えるべき大業のはずなのに、本人の表情は至って無そのもので、少々反応に困る。
 勇が開発したアプリ、リアエス。ゲーム内の人達が使用可能にはなっているが、主な目的は他世界のテスターとのコミュニケーションを取ること。
 |現実世界《むこう》の山雲に協力を仰ぎ、彼に全てのテスターが|桃源郷計画《プロジェクト・エデン》に参加した切っ掛けとなった広告を同様に作らせ、ゲーム内のインターネット上のあらゆるところに広めるようにと指示した。
 しかも巧妙なことに、その広告は一般NPCのスマホからでは見られないが、テスターのスマホからは視認可能という仕組みになっている。
 広告にタップしたテスターはリアエスの裏仕様に案内されるようになり、他のテスターとも連絡が取れるようになるわけだ。勿論、NPCがストアからダウンロードしたものは、リアエスの表仕様となっている。
 もしプレイヤーがNPCともアプリ内でチャットしたい場合、NPCと同様にストアからダウンロードしなければならない。
「後程招待リンクを送りますが、この『攻略最前線』というサーバーにこんな面白い書き込みがありまして」
 手渡されたスマホ画面の文字に、彼はえっと拍子抜けした声が出た。
 ゲーム攻略の最前線に立つテスター達が後方のために情報交換を目的とした招待制のサーバー、『攻略最前線』。そこからゲーム攻略の役立つ情報から最新情報まで入手できる、目下一番ホットなサーバーである。
 テスター何人かで『不審人物確保』というイベントについての話し合い。中に一際目立つ書き込みは、『不審者を追い掛けると、どこからともなく金髪ツインテの女子が飛び降りてきて不審者を確保した』。
 月華荘付近で出現する金髪ツインテの女子。誰のことを明言しなくても彼にはその正体が分かる。
「別の世界で夏目が、大蔵を確保したってこと……?」
 これまで散々助けてもらってきた聖母代表の夏目が、この中に書かれたようなアクロバティックな芸当ができると聞いて愕然としているが、それよりも彼とは違う筋書きが別世界で行われたことにショックを受けている。
「そう。他の世界ではこのような出来事が起こった以上、ハッキリと分かったことが一つ――答えは必ずしも一つではないということ」
 つまりあの夜、彼が経験したあの焦燥もあの屈辱も、もしかしたら不必要な体験だったという可能性が浮上した。もしかして住人達に歩み寄る姿勢だって無駄な努力に終わるかもしれない。脱力する彼をよそに、
「そしてこれらから推測すると、このゲームは極めて自由性が高く、主人公の行動も全部プレイヤー次第。これで『ループしたもん勝ち』ということになりますね」
「それ、プレイヤーにとって一番辛いパターンやないか」
 勇はド正論を叩きつけた。
 確かに彼女の方法は最適解に見えるかもしれないが、一番精神的に苦痛を受けるのはむしろプレイヤーの方だ。一見正攻法に見えたそれはむしろ邪道だと言えよう。
「あら、では他に何かいい案はあります?」
「いやないけどよ……普通に攻略しても良くね? 困ったらその時リアエスに頼ってさ」
「……それも一理ありますね」
「おい」