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第陸話

ー/ー



 それから二人は境内を歩き回りながら日本のあれこれについて話した。もっとも、巫女達の間に広まった根も葉もない噂話を一つ一つ掻い摘んで解説するだけの内容ではあるが、それでも楽しい一時を過ごした。
 周りの視線に気にする必要がなく楽しく話し込んだのは、恐らくこの世界に入ってから今回が初めてだろう。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもの。

「もう……こんな時間になってしまいましたね」

 口惜しそうに紡がれたそれに駿之介はえっと見開き、彼女につられて仰ぐ。茜色に染まった夕暮れの空を見た彼は、すぐさまにスマホで時間確認。
 現在時刻は午後5時。あと一時間したら礼拝の時間になるがその前に急いで帰らないとまた大石に何を言われるのやら。
 しかし彼が本題を切り出そうとしたその時、誰かさんに好奇の目で見られている。

「ど、どうかしましたか」

「い、いえ、申し訳ございません。見るつもりはございませんでしたが……」

「もしかして……これ、気になってます?」

 スマホを持ち上げて見せると、気恥ずかしそうにこくりと頷き返された。
 
(なんだこの可愛い生き物は)

「その小さな光るまな板はなんでございましょうか」

「ああこれはですね。ギャラクティカトゥインクルエゴイストローリングライアースマートフォンというものですよ」

「なるほど、ぎゃらくてぃかとぅいんくるえごいすとろーりんぐらいあすまーとふぉんでございますか。なんだか凄そうな名前でございますね……」

 興味津々にスマホを見つめる巫女を眺めていると、からかった罪悪感がじわじわと心中に押し寄せてしまう。だったらからかわなければいいのにという話に尽きるが、眼前に意中の女の子がいるとどうしてもからかいたくなるのは男の性に抗えようがない。
 それにしても突拍子のない早口に付いて行けた上に噛まないとは。声優の素質があるのではと期待半分、逆にどこまで真っ赤な嘘を信じるのかと楽しみ半分。
 「そうだ」と駿之介は前置きをし、いよいよ本題を切り出す。

「実は俺、今絶賛迷子になっておりまして……」

「まあ、大変でございますね。よろしければわたくしに話してみませんか。微力ではございますが、何かとお力添えになれるかもしれませんので」

 心強い助っ人の登場に少し目頭が熱くなった。すかさず礼を述べ、月華荘の居場所に心当たりがあるのかと尋ねると、

「うーん、すみません……」

「そうか……。あ、今田生花店とえー、確か……鍵屋の付近にあると思いますが」

「今田生花店ならご存知ですよ。いつもご贔屓にして頂いていますので」

「へえ、そうだったんですね」

 なんとか目的が果たせそうで一安心。

 生花店までの道順を詳しく教えてもらっただけでなく、「折角だからどうか見送らせてくださいませ」とのことで境内の入口まで見送ってもらうことになった。
 意中の異性にそのような申し出があったら拒むなんてナンセンス。

 「ではお願いします」と喜んで受け入れて歩幅を合わせる。心なしか、先程よりも遅い気がした。しかしここで水を差すようなことをするのは無粋だというもの。
 有難く雰囲気に流されよう――この奇跡的な出会いを噛み締めるように、一秒でも長くいられるように、ゆっくりと。


 しかし歩くペースを落としたはずなのにあっという間に着いてしまった。傍にいるだけで癒される人間と離れ離れになるのは寂しくではあるが、早く帰らないといけないというのもまた事実。
 自身を落ち着かせるために深呼吸を置いてから巫女の方へ。けれど振り返った視線の先に彼女の眉尻が下がっているのを見ていると、心にグザッと来るものはあった。

「何から何まで本当にありがとうございました。助かりました」

「いいえ、わたくしも久しぶりに楽しいお時間を過ごしましたので。あっ、できればわたくしとお喋りしたこと、その、どうかご内密に……」

「それはいいですけど……あの、差し支えなければ理由をお聞きしても?」

「ふふ、女の子は秘密が多ければ多い程魅力的ですよ。――どうか、わたくしのことをそのように覚えておいてください」

 軽い調子とは裏腹に丁寧な一礼をされて駿之介は「分かりました」と同意する。もしそれが彼女なりの印象付けだとしたら、百点満点を差し上げたいところだ。
 そうだ。

「では、次に逢える時に何かお礼を差し上げなければいけませんね」

 おどけるつもりで肩をすくめてみせたが、却って彼女の顔に翳りが浮かんでしまった。

「……また、逢えるでしょうか」

「――え?」

「い、いいえ、何でもございません」

 彼女がすぐに取り消したが、色白の頬にほんのりと赤みが残っている。彼は少し考え込んで笑みを作った。

「願えば、もしかしたらあるかもしれません」

「『願えば』ですか……。ふふ、ウチにはピッタリでございますね」

「あはは、なんか曖昧ですいません」

「いいえ。むしろ、そういう曖昧な方も悪くございません」

 「確かに」と同調すると、相手もくすぐったそうに笑う。
 次に出逢うなら偶然でしかない。連絡先を聞き出すという手は勿論あるのだが、それはまるでこの出会いに水を差したようなもの。
 一期一会の相手とそのくらいの『可能性』を残して別れる上に、その楽しさを共感してくれている。これ以上ない良い偶然の出会いだ。

「では、また」

「はい。道中、お気を付けてくださいませ」

 再び丁寧な会釈した彼女に背中を翻し、石段を下り始める。下り切って振り返ると、まだそこに佇んでいる彼女に一礼。
 今日はいい日だ――心中で吹く爽やかな春の風を噛み締めつつも去って行った。



「また、か……」

 今日偶然出会った駿之介の後ろ姿が見えなくなるまで見送る巫女の顔にはやはり、寂しげな微笑が浮かんでいる。
 次に逢える『期待』という可能性を残して立ち去る彼が掛けてくれた言葉の数々を思い起こしつつ、彼女もいつもの日常に戻ることにした。
 自身を押し殺しながら。







※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※








「今日は本当にいい日だな……」

 チョコレート菓子の詰まった二袋をぶら下げながら鼻歌交じりに歩いている駿之介。素敵な巫女との出会いの後、彼女に教えてもらった通りの道順を辿る最中にある洋菓子店を通り掛かった時のことだった。
 店頭に並んだ商品の中に彼の大好物『チョコターズ』を発見したのだ。しかも、現実世界(むこう)よりもずっと格安価格で販売している。買わなければという使命感に駆られた彼は、学生の身ではあまり手を出せない禁断の一手――大人買いを敢行。
 だから今の彼はるんるんとスキップしているわけだが。通行人に冷ややかな目で見られても気にする素振りも見せず、気分爽快のまま帰路につく。

「ただいまー」

 踵を擦り合わせ靴を脱いでも今頃あるはずの応答がなく内心で首を傾げる。普段なら、「お帰りなのじゃ~」とか「お帰りなさい」とかが返ってくるはず。
 なのに聞こえるのは、談笑の声のみ。
 耳を澄ませてみると、三人分の声があるがどれも聞き覚えのある声色ばかりだ。ちゃんと帰ったことを知らせようと、声のする居間の方へ向かう。

「ただいま……あれ?」

 開けっ放しの障子から中に声を投げ込んだ直後、素っ頓狂な声が漏れる。

「お、なんじゃ駿之介。もう帰ったのか。お帰りなのじゃ~」

「あっ、駿之介さん。お帰りなさい」

 こちらの存在に気付いた大石と小夜は返答をしてくれた。
 ここまではいい。だが、何故彼女がここに。
 疑問に埋め尽くされた彼の脳内とは対照的に、マイペースな性格の来客はのんびりとお茶を啜っていらっしゃる。実にいい茶葉を使われたことを如実に物語るようにホッと一息ついた彼女は、やっとこちらを視界に入れた。

「あ、どうも」


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 それから二人は境内を歩き回りながら日本のあれこれについて話した。もっとも、巫女達の間に広まった根も葉もない噂話を一つ一つ掻い摘んで解説するだけの内容ではあるが、それでも楽しい一時を過ごした。
 周りの視線に気にする必要がなく楽しく話し込んだのは、恐らくこの世界に入ってから今回が初めてだろう。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもの。
「もう……こんな時間になってしまいましたね」
 口惜しそうに紡がれたそれに駿之介はえっと見開き、彼女につられて仰ぐ。茜色に染まった夕暮れの空を見た彼は、すぐさまにスマホで時間確認。
 現在時刻は午後5時。あと一時間したら礼拝の時間になるがその前に急いで帰らないとまた大石に何を言われるのやら。
 しかし彼が本題を切り出そうとしたその時、誰かさんに好奇の目で見られている。
「ど、どうかしましたか」
「い、いえ、申し訳ございません。見るつもりはございませんでしたが……」
「もしかして……これ、気になってます?」
 スマホを持ち上げて見せると、気恥ずかしそうにこくりと頷き返された。
(なんだこの可愛い生き物は)
「その小さな光るまな板はなんでございましょうか」
「ああこれはですね。ギャラクティカトゥインクルエゴイストローリングライアースマートフォンというものですよ」
「なるほど、ぎゃらくてぃかとぅいんくるえごいすとろーりんぐらいあすまーとふぉんでございますか。なんだか凄そうな名前でございますね……」
 興味津々にスマホを見つめる巫女を眺めていると、からかった罪悪感がじわじわと心中に押し寄せてしまう。だったらからかわなければいいのにという話に尽きるが、眼前に意中の女の子がいるとどうしてもからかいたくなるのは男の性に抗えようがない。
 それにしても突拍子のない早口に付いて行けた上に噛まないとは。声優の素質があるのではと期待半分、逆にどこまで真っ赤な嘘を信じるのかと楽しみ半分。
 「そうだ」と駿之介は前置きをし、いよいよ本題を切り出す。
「実は俺、今絶賛迷子になっておりまして……」
「まあ、大変でございますね。よろしければわたくしに話してみませんか。微力ではございますが、何かとお力添えになれるかもしれませんので」
 心強い助っ人の登場に少し目頭が熱くなった。すかさず礼を述べ、月華荘の居場所に心当たりがあるのかと尋ねると、
「うーん、すみません……」
「そうか……。あ、今田生花店とえー、確か……鍵屋の付近にあると思いますが」
「今田生花店ならご存知ですよ。いつもご贔屓にして頂いていますので」
「へえ、そうだったんですね」
 なんとか目的が果たせそうで一安心。
 生花店までの道順を詳しく教えてもらっただけでなく、「折角だからどうか見送らせてくださいませ」とのことで境内の入口まで見送ってもらうことになった。
 意中の異性にそのような申し出があったら拒むなんてナンセンス。
 「ではお願いします」と喜んで受け入れて歩幅を合わせる。心なしか、先程よりも遅い気がした。しかしここで水を差すようなことをするのは無粋だというもの。
 有難く雰囲気に流されよう――この奇跡的な出会いを噛み締めるように、一秒でも長くいられるように、ゆっくりと。
 しかし歩くペースを落としたはずなのにあっという間に着いてしまった。傍にいるだけで癒される人間と離れ離れになるのは寂しくではあるが、早く帰らないといけないというのもまた事実。
 自身を落ち着かせるために深呼吸を置いてから巫女の方へ。けれど振り返った視線の先に彼女の眉尻が下がっているのを見ていると、心にグザッと来るものはあった。
「何から何まで本当にありがとうございました。助かりました」
「いいえ、わたくしも久しぶりに楽しいお時間を過ごしましたので。あっ、できればわたくしとお喋りしたこと、その、どうかご内密に……」
「それはいいですけど……あの、差し支えなければ理由をお聞きしても?」
「ふふ、女の子は秘密が多ければ多い程魅力的ですよ。――どうか、わたくしのことをそのように覚えておいてください」
 軽い調子とは裏腹に丁寧な一礼をされて駿之介は「分かりました」と同意する。もしそれが彼女なりの印象付けだとしたら、百点満点を差し上げたいところだ。
 そうだ。
「では、次に逢える時に何かお礼を差し上げなければいけませんね」
 おどけるつもりで肩をすくめてみせたが、却って彼女の顔に翳りが浮かんでしまった。
「……また、逢えるでしょうか」
「――え?」
「い、いいえ、何でもございません」
 彼女がすぐに取り消したが、色白の頬にほんのりと赤みが残っている。彼は少し考え込んで笑みを作った。
「願えば、もしかしたらあるかもしれません」
「『願えば』ですか……。ふふ、ウチにはピッタリでございますね」
「あはは、なんか曖昧ですいません」
「いいえ。むしろ、そういう曖昧な方も悪くございません」
 「確かに」と同調すると、相手もくすぐったそうに笑う。
 次に出逢うなら偶然でしかない。連絡先を聞き出すという手は勿論あるのだが、それはまるでこの出会いに水を差したようなもの。
 一期一会の相手とそのくらいの『可能性』を残して別れる上に、その楽しさを共感してくれている。これ以上ない良い偶然の出会いだ。
「では、また」
「はい。道中、お気を付けてくださいませ」
 再び丁寧な会釈した彼女に背中を翻し、石段を下り始める。下り切って振り返ると、まだそこに佇んでいる彼女に一礼。
 今日はいい日だ――心中で吹く爽やかな春の風を噛み締めつつも去って行った。
「また、か……」
 今日偶然出会った駿之介の後ろ姿が見えなくなるまで見送る巫女の顔にはやはり、寂しげな微笑が浮かんでいる。
 次に逢える『期待』という可能性を残して立ち去る彼が掛けてくれた言葉の数々を思い起こしつつ、彼女もいつもの日常に戻ることにした。
 自身を押し殺しながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「今日は本当にいい日だな……」
 チョコレート菓子の詰まった二袋をぶら下げながら鼻歌交じりに歩いている駿之介。素敵な巫女との出会いの後、彼女に教えてもらった通りの道順を辿る最中にある洋菓子店を通り掛かった時のことだった。
 店頭に並んだ商品の中に彼の大好物『チョコターズ』を発見したのだ。しかも、|現実世界《むこう》よりもずっと格安価格で販売している。買わなければという使命感に駆られた彼は、学生の身ではあまり手を出せない禁断の一手――大人買いを敢行。
 だから今の彼はるんるんとスキップしているわけだが。通行人に冷ややかな目で見られても気にする素振りも見せず、気分爽快のまま帰路につく。
「ただいまー」
 踵を擦り合わせ靴を脱いでも今頃あるはずの応答がなく内心で首を傾げる。普段なら、「お帰りなのじゃ~」とか「お帰りなさい」とかが返ってくるはず。
 なのに聞こえるのは、談笑の声のみ。
 耳を澄ませてみると、三人分の声があるがどれも聞き覚えのある声色ばかりだ。ちゃんと帰ったことを知らせようと、声のする居間の方へ向かう。
「ただいま……あれ?」
 開けっ放しの障子から中に声を投げ込んだ直後、素っ頓狂な声が漏れる。
「お、なんじゃ駿之介。もう帰ったのか。お帰りなのじゃ~」
「あっ、駿之介さん。お帰りなさい」
 こちらの存在に気付いた大石と小夜は返答をしてくれた。
 ここまではいい。だが、何故彼女がここに。
 疑問に埋め尽くされた彼の脳内とは対照的に、マイペースな性格の来客はのんびりとお茶を啜っていらっしゃる。実にいい茶葉を使われたことを如実に物語るようにホッと一息ついた彼女は、やっとこちらを視界に入れた。
「あ、どうも」