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第4章〜㉗〜

ー/ー



突然、駅前の喧騒が戻ってきた。
 周囲の音に負けないように、暖かい水滴に濡れた指で、演奏に拍手を打つ。

「その曲、三十年前にリリースされたんだろ? ずいぶん、古い曲を知ってるんだな?」

 演奏に聞き入り、思わず感情がこみ上げてしまったことを誤魔化すように、彼女にたずねると、

「最近、公式の動画がアップロードされたでしょう? それを観たんだ」

 彼女も同じだったのか……。
 そんな想いを感じながら、

「そっか……」

と、一言だけ相槌をうつ。
 気が付くと、先ほどまで鳴り響いていたカリヨンの試験演奏の音色も止んでいた。

「せっかくだから、他にもリクエストがあれば、演奏するよ?このコカリナの音階で演奏できる曲に限るけどね……」

 チラリと時計を見ながら、そう語り掛けてくる彼女に、苦笑して答える。

「いや、もう、そんなに時間はないだろう」

「それより、まだ伝えきれていないことがあるんだ……」

 そう付け加えると、小嶋夏海は、瞬きをして、

「それって、ユカが『伝えて来い』って言ったの?」

と、たずねてきた。

「まぁ……そうだな」

答えると、

「ユカのお節介も、相変わらずだなぁ……」

と、呆れたような笑みを浮かべる。

「いや、中嶋はオレが来なかったら、自分自身でここまで来たんじゃないか?小嶋に話しを聞いてもらった恩を返せてない、って感じだったしな」

そう返事を返すと、

「お礼を言われるようなことをしたつもりはないけど……ユカとツカサさんなら、私の話しがなくても、ちゃんと関係を修復できてたよ」

小嶋夏海は、穏やかな笑みを浮かべて答える。

「そうか……」

と、応じて、いよいよ、本題に入ろうと、口を開こうとした矢先ーーーーーー。
 彼女が、三度、腕時計に目を落とし、『時のコカリナ』のスイッチを切り替えて、唄口を口元に近づけるのが目に入った。

「あっ……!!」

思わず、自分の口元から声を漏らしそうになるとーーーーーー。

==========Time Out==========

 六本の指で穴を押さえ、唄口から息を吹き込むと、私以外の――――――すべての時間は停止した。
 目の前では、坂井夏生が、何かの声を発しそうな姿勢で固まっている。
 コカリナの持ち主に無断で、その能力(チカラ)を使わせてもらったことは申し訳ないが、二人で交わした《契約書》の有効期限が切れたことは、彼自身も認識しているので、その点は、大目に見てもらおう。
 それ以上に、このタイミングで、彼が言おうとしていた言葉を最後まで聞かずに立ち去ることについて、自身でも誠意の無い態度であることを申し訳なく思うものの――――――。
 それでも、やはり、自分としては、彼の想いを聞くわけにはいかなかった。
 この状況で、()()()()()()()()()()が、何であるかは想像に難くない。
 しかし、私は、その言葉を――――――彼の想いを――――――受け止める自信がなかった。
 なぜなら、かつて、愛し合ったという二人が、お互いを嫌悪し、避けあっている、という姿を何年もの間、自分は間近で見てきていたからだ。
 夏休みが始まるまでは、放課後の教室内で受けた()()に、

「女子の尊厳を考えない行動をする最低のオトコ」

だと思っていたが、この夏の間に、彼と接触を図る間に、その優しさや思いやりに触れて、彼のことを想う時間が増えていった。
 だが――――――いや、だからこそ――――――。
 心理的な距離が近付くたびに、いつか、自分自身が、相手を傷つけてしまうのではないかーーーーーー。
 そんな恐怖心に近い想いが、自分の中に膨らんでいった。
 それでも――――――。
もしも、彼、坂井夏生の口から、私自身への好意の言葉が発せられたら――――――。
 自分は、その言葉に甘え、離れることができなくなってしまう――――――。
 私自身が、将来、その相手を傷つけてしまうかも知れないのに…………。
 自分の言動で、坂井夏生が悲しむ姿を見ること――――――。
 それだけは、どうしても避けたかった。

 ――――――だからこそ…………。

 彼には、私のことを綺麗サッパリ忘れてもらって、新しい出会いを見つけてほしい、と真剣に思う。
 坂井夏生は、多くの異性から好意を抱かれるタイプでは無いと断言できるが、自分のような無愛想な人間にも根気強く接してくれた誠意を、好意的に捉えてくれる存在は、きっとあらわれるハズだから……。

 他にも、彼にお願いしておきたいことはあるのだが、それらは、スマートフォンのメモアプリに記しているので、あとで、メッセージアプリに転載して、まとめて送信することにする。
 その計画を自身で確認したあと、もう一度、目の前の男子の表情を確認する。
いまにも、何かを語りだしそうな真剣な面持ちをあらためて観察すると、彼が語ろうとした言葉を奪ってしまうことに、強烈な罪悪感を感じてしまう。
 その想いとともに、最後に、彼の、坂井夏生の素顔を自分の目に焼き付けておきたい、という欲求にかられ、熱のこもった言葉を発しそうな容貌の下半分を覆うマスクを剥ぎ取る。
 夏休み前に、学内の食堂で観察した時と同じように、十人並みの容姿が、あらわになり、この瞬間の彼の表情を記録に留めるべく、ジッと、その口元に目をやる。
 不意に、その柔和な雰囲気の唇に触れてみたいという衝動にかられ、気がつけば、彼の口元に自分の口唇を寄せていた。
 その瞬間――――――。
 鼓動の高まりを感じるとともに、周囲のセカイだけでなく、自分自身の時間も停止してしまったような奇妙な感覚に襲われた。

 一体、どれだけの間、そうしていただろう。

 ふと、我に返って、時間停止のタイムリミットのことに意識が及ぶ。
 うかつなことに(時のコカリナ)能力(チカラ)を発動させたときに、時間停止の開始時間を計測しておくことを忘れていた。
 いずれにせよ、セカイが時間を取り戻すまで、もうあまり多くの時間は残されていないだろう。

(私は、十七年の間、過ごしてきた、この街と友人たちに別れを告げなければならない――――――)

 そう決意して、坂井夏生に借りていた《時のコカリナ》の吹口と指の触れた箇所を念入りにアルコール消毒したあと、彼の制服の胸ポケットにコカリナを差し、私は、この場を離れることにした。

=========Time Out End=========


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突然、駅前の喧騒が戻ってきた。
 周囲の音に負けないように、暖かい水滴に濡れた指で、演奏に拍手を打つ。
「その曲、三十年前にリリースされたんだろ? ずいぶん、古い曲を知ってるんだな?」
 演奏に聞き入り、思わず感情がこみ上げてしまったことを誤魔化すように、彼女にたずねると、
「最近、公式の動画がアップロードされたでしょう? それを観たんだ」
 彼女も同じだったのか……。
 そんな想いを感じながら、
「そっか……」
と、一言だけ相槌をうつ。
 気が付くと、先ほどまで鳴り響いていたカリヨンの試験演奏の音色も止んでいた。
「せっかくだから、他にもリクエストがあれば、演奏するよ?このコカリナの音階で演奏できる曲に限るけどね……」
 チラリと時計を見ながら、そう語り掛けてくる彼女に、苦笑して答える。
「いや、もう、そんなに時間はないだろう」
「それより、まだ伝えきれていないことがあるんだ……」
 そう付け加えると、小嶋夏海は、瞬きをして、
「それって、ユカが『伝えて来い』って言ったの?」
と、たずねてきた。
「まぁ……そうだな」
答えると、
「ユカのお節介も、相変わらずだなぁ……」
と、呆れたような笑みを浮かべる。
「いや、中嶋はオレが来なかったら、自分自身でここまで来たんじゃないか?小嶋に話しを聞いてもらった恩を返せてない、って感じだったしな」
そう返事を返すと、
「お礼を言われるようなことをしたつもりはないけど……ユカとツカサさんなら、私の話しがなくても、ちゃんと関係を修復できてたよ」
小嶋夏海は、穏やかな笑みを浮かべて答える。
「そうか……」
と、応じて、いよいよ、本題に入ろうと、口を開こうとした矢先ーーーーーー。
 彼女が、三度、腕時計に目を落とし、『時のコカリナ』のスイッチを切り替えて、唄口を口元に近づけるのが目に入った。
「あっ……!!」
思わず、自分の口元から声を漏らしそうになるとーーーーーー。
==========Time Out==========
 六本の指で穴を押さえ、唄口から息を吹き込むと、私以外の――――――すべての時間は停止した。
 目の前では、坂井夏生が、何かの声を発しそうな姿勢で固まっている。
 コカリナの持ち主に無断で、その|能力《チカラ》を使わせてもらったことは申し訳ないが、二人で交わした《契約書》の有効期限が切れたことは、彼自身も認識しているので、その点は、大目に見てもらおう。
 それ以上に、このタイミングで、彼が言おうとしていた言葉を最後まで聞かずに立ち去ることについて、自身でも誠意の無い態度であることを申し訳なく思うものの――――――。
 それでも、やはり、自分としては、彼の想いを聞くわけにはいかなかった。
 この状況で、|彼《・》|の《・》|言《・》|お《・》|う《・》|と《・》|す《・》|る《・》|こ《・》|と《・》が、何であるかは想像に難くない。
 しかし、私は、その言葉を――――――彼の想いを――――――受け止める自信がなかった。
 なぜなら、かつて、愛し合ったという二人が、お互いを嫌悪し、避けあっている、という姿を何年もの間、自分は間近で見てきていたからだ。
 夏休みが始まるまでは、放課後の教室内で受けた|蛮《・》|行《・》に、
「女子の尊厳を考えない行動をする最低のオトコ」
だと思っていたが、この夏の間に、彼と接触を図る間に、その優しさや思いやりに触れて、彼のことを想う時間が増えていった。
 だが――――――いや、だからこそ――――――。
 心理的な距離が近付くたびに、いつか、自分自身が、相手を傷つけてしまうのではないかーーーーーー。
 そんな恐怖心に近い想いが、自分の中に膨らんでいった。
 それでも――――――。
もしも、彼、坂井夏生の口から、私自身への好意の言葉が発せられたら――――――。
 自分は、その言葉に甘え、離れることができなくなってしまう――――――。
 私自身が、将来、その相手を傷つけてしまうかも知れないのに…………。
 自分の言動で、坂井夏生が悲しむ姿を見ること――――――。
 それだけは、どうしても避けたかった。
 ――――――だからこそ…………。
 彼には、私のことを綺麗サッパリ忘れてもらって、新しい出会いを見つけてほしい、と真剣に思う。
 坂井夏生は、多くの異性から好意を抱かれるタイプでは無いと断言できるが、自分のような無愛想な人間にも根気強く接してくれた誠意を、好意的に捉えてくれる存在は、きっとあらわれるハズだから……。
 他にも、彼にお願いしておきたいことはあるのだが、それらは、スマートフォンのメモアプリに記しているので、あとで、メッセージアプリに転載して、まとめて送信することにする。
 その計画を自身で確認したあと、もう一度、目の前の男子の表情を確認する。
いまにも、何かを語りだしそうな真剣な面持ちをあらためて観察すると、彼が語ろうとした言葉を奪ってしまうことに、強烈な罪悪感を感じてしまう。
 その想いとともに、最後に、彼の、坂井夏生の素顔を自分の目に焼き付けておきたい、という欲求にかられ、熱のこもった言葉を発しそうな容貌の下半分を覆うマスクを剥ぎ取る。
 夏休み前に、学内の食堂で観察した時と同じように、十人並みの容姿が、あらわになり、この瞬間の彼の表情を記録に留めるべく、ジッと、その口元に目をやる。
 不意に、その柔和な雰囲気の唇に触れてみたいという衝動にかられ、気がつけば、彼の口元に自分の口唇を寄せていた。
 その瞬間――――――。
 鼓動の高まりを感じるとともに、周囲のセカイだけでなく、自分自身の時間も停止してしまったような奇妙な感覚に襲われた。
 一体、どれだけの間、そうしていただろう。
 ふと、我に返って、時間停止のタイムリミットのことに意識が及ぶ。
 うかつなことに、《時のコカリナ》の|能力《チカラ》を発動させたときに、時間停止の開始時間を計測しておくことを忘れていた。
 いずれにせよ、セカイが時間を取り戻すまで、もうあまり多くの時間は残されていないだろう。
(私は、十七年の間、過ごしてきた、この街と友人たちに別れを告げなければならない――――――)
 そう決意して、坂井夏生に借りていた《時のコカリナ》の吹口と指の触れた箇所を念入りにアルコール消毒したあと、彼の制服の胸ポケットにコカリナを差し、私は、この場を離れることにした。
=========Time Out End=========