第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑨
ー/ー
針太朗の言葉に、驚くような表情を見せた真中仁美だったが、幸か不幸か、
「女子との会話が得意でない = 異性の感情の変化に対して察しが悪い」
という例から漏れていない彼の鈍感力のおかげで、彼女の言動が気にかけられる様子はなかった。
仁美が、そのことに少しホッとしながら会話を続けると、ほどなくして、二人が注文するコーヒーが運ばれてきた。
さらに、コーヒーの味と香りを楽しみながら、お互いのクラスの雰囲気や中学校時代のことを語り合っていると、あっという間に時が過ぎる。
そうして、小一時間ほどが経った頃、入り口のドアが、カランコロンと音を立て、
「やあ、二人ともお待たせしてしまってすまない」
と言って、針太朗と仁美を射会に招待した、ひばりヶ丘学院高等部の生徒会長があらわれた。
「会長、お疲れさまでした」
と、下級生の二人が応じると、東山奈緒は、苦笑しつつ、
「いや、労いの言葉やお礼を言いたいのは、こちらの方だ……」
と言ったあと、
「ナミさん、私は、いつものをいただいて良いかな?」
と、カウンターの向こうの店主らしい女性に声を掛ける。
「は〜い、キリマンジャロね!」
ナミと呼ばれた女性は快活に応じて、すぐにキリマンジャロのホットを準備し、ウェイターが奈緒に提供した。
運ばれてきたカップに口をつけるまえに、褐色の液体の香りを堪能した彼女は、優雅な仕草でコーヒーを一口すする。
「うん……この酸味……やはり、コーヒーは、キリマンジャロに限るな」
奈緒が漏らしたつぶやきを聞き漏らさなかった仁美は、
「さすが、会長さん、大人ですね! 私、コーヒーの味って、まだ良くわからなくて……辛い食べ物なら、大丈夫なんですけど……」
と言って苦笑する。さらに、針太朗が、仁美の言葉にうなずきながら、
「ボクは、どっちかと言うと、甘いモノの方が好きなので……東山会長の大人な味覚は、尊敬してしまいます」
と言うと、奈緒は、
「おいおい……キミたちは、コーヒーくらいで大袈裟だな……」
と、困ったような口調で苦笑いを浮かべた。
そんな上級生の困惑をよそに、仁美は、興奮を隠せない様子で、
「でも、実際に、射会って言うんですか? 競技会の東山会長は、いつもより、さらに大人びて見えて、とっても格好良かったですよ! 演劇部員として、今日の観覧は、すごく刺激になりました!」
と、射会での奈緒の立ち居振る舞いに関する感想を述べる。
さらに、針太朗が同調するように、首をたてに振りつつ、
「ボクもスゴイと思いました! あんなに静かで張り詰めた空気の中で、緊張とかはしないんですか?」
と、気になることをたずねる。
彼ら二人の熱意を感じとったのか、奈緒は、嬉しそうな表情で、
「そう言ってもらえると、二人を誘った甲斐があるというものだ。キミたちに楽しんでもらえたなら、これ以上、喜ばしいことはないよ」
おおらかに、そう語ったあと、今度は一転して、
「あとは、緊張しないか、ということだが……もちろん、私も緊張しない訳じゃない」
と、少し神妙な顔つきでつぶやく。その声に反応した仁美が、
「そうなんですか? ちょっと、意外です」
と応じると、生徒会長は、自らの見解を述べる。
「これは、弓道における正式な用語ではなく、いわゆる俗語というヤツなのだが……射会で矢を四本射るうち、三本目までを的中させて、四本目を的から外してしまうことを、俗に『スケベ』と言うんだ。三本目までを順調に命中させ、四本目も命中させたいという気持ちが先走ってしまう下心が透けて見えて恥ずかしい、ということだな」
これまでの自信に満ち溢れた様子ではなく、上級生は殊勝な面持ちで、ここまで淡々と語ったのだが……。
「私もキミたちを招待したからには、良いところを見せたいと思っていたし、『スケベ』にならなくて良かった」
東山奈緒は、最後にニヤリと笑みを浮かべる。
その一言に感銘を受けたのか、真中仁美は、パンと手をたたき、生徒会長を称賛する。
「さすが、会長! やっぱり、とっても格好良いです! スタイルの良い外国人女性に目を奪われている、どこかのスケベな男子とは大違いです!」
自分の方をチラリと見ながら語る仁美に対して、針太朗は抗議の声を上げる。
「ちょっと、真中さん……その話しは、もう終わったはずじゃ……」
しかし、その話題は、上級生の心をも、大いに刺激する内容だったようで、奈緒は、さらに怜悧な表情で、針太朗を見据えるようにつぶやく。
「ほう……それは、私にとっても興味深いことではあるな。おそらく、その男子が視線を向けていたのは、武道場の外で無遠慮にシャッターを切っていた女性のことではないかと思うのだが……」
「えぇ、そうです! だから、会長さんが来る前にも、見るからに怪しげな女性に、視線を奪われないよう、注意をしていたところなんです」
今度は、仁美も、しっかりと、彼の方に視線を向けながら、糾弾するように針太朗の行動を奈緒に訴えた。
「なるほど……真中さん、それは、ご苦労さまだった。キミの注意喚起をしっかりと受け止めるか、否かで、今後の男子生徒の学院生活も大きく変わるというモノだろう。彼女の言葉を肝に銘じておいたほうが良いぞ、針本くん」
生徒会長のクギを刺すような一言に、針太朗は、ただ身を縮めるしかなかった。
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|針太朗《しんたろう》の言葉に、驚くような表情を見せた|真中仁美《まなかひとみ》だったが、幸か不幸か、
「女子との会話が得意でない |=《イコール》 異性の感情の変化に対して察しが悪い」
という例から漏れていない彼の鈍感力のおかげで、彼女の言動が気にかけられる様子はなかった。
|仁美《ひとみ》が、そのことに少しホッとしながら会話を続けると、ほどなくして、二人が注文するコーヒーが運ばれてきた。
さらに、コーヒーの味と香りを楽しみながら、お互いのクラスの雰囲気や中学校時代のことを語り合っていると、あっという間に時が過ぎる。
そうして、小一時間ほどが経った頃、入り口のドアが、カランコロンと音を立て、
「やあ、二人ともお待たせしてしまってすまない」
と言って、|針太朗《しんたろう》と|仁美《ひとみ》を|射会《しゃかい》に招待した、ひばりヶ丘学院高等部の生徒会長があらわれた。
「会長、お疲れさまでした」
と、下級生の二人が応じると、|東山奈緒《ひがしやまなお》は、苦笑しつつ、
「いや、|労《ねぎら》いの言葉やお礼を言いたいのは、こちらの方だ……」
と言ったあと、
「ナミさん、私は、いつものをいただいて良いかな?」
と、カウンターの向こうの店主らしい女性に声を掛ける。
「は〜い、キリマンジャロね!」
ナミと呼ばれた女性は快活に応じて、すぐにキリマンジャロのホットを準備し、ウェイターが|奈緒《なお》に提供した。
運ばれてきたカップに口をつけるまえに、褐色の液体の香りを堪能した彼女は、優雅な仕草でコーヒーを一口すする。
「うん……この|酸《・》|味《・》……やはり、コーヒーは、キリマンジャロに限るな」
|奈緒《なお》が漏らしたつぶやきを聞き漏らさなかった|仁美《ひとみ》は、
「さすが、会長さん、大人ですね! 私、コーヒーの味って、まだ良くわからなくて……|辛《・》|い《・》|食《・》|べ《・》|物《・》なら、大丈夫なんですけど……」
と言って苦笑する。さらに、|針太朗《しんたろう》が、|仁美《ひとみ》の言葉にうなずきながら、
「ボクは、どっちかと言うと、甘いモノの方が好きなので……|東山《ひがしやま》会長の大人な味覚は、尊敬してしまいます」
と言うと、|奈緒《なお》は、
「おいおい……キミたちは、コーヒーくらいで大袈裟だな……」
と、困ったような口調で苦笑いを浮かべた。
そんな上級生の困惑をよそに、|仁美《ひとみ》は、興奮を隠せない様子で、
「でも、実際に、|射会《しゃかい》って言うんですか? 競技会の|東山《ひがしやま》会長は、いつもより、さらに大人びて見えて、とっても格好良かったですよ! 演劇部員として、今日の観覧は、すごく刺激になりました!」
と、|射会《しゃかい》での|奈緒《なお》の立ち居振る舞いに関する感想を述べる。
さらに、|針太朗《しんたろう》が同調するように、首をたてに振りつつ、
「ボクもスゴイと思いました! あんなに静かで張り詰めた空気の中で、緊張とかはしないんですか?」
と、気になることをたずねる。
彼ら二人の熱意を感じとったのか、|奈緒《なお》は、嬉しそうな表情で、
「そう言ってもらえると、二人を誘った甲斐があるというものだ。キミたちに楽しんでもらえたなら、これ以上、喜ばしいことはないよ」
おおらかに、そう語ったあと、今度は一転して、
「あとは、緊張しないか、ということだが……もちろん、私も緊張しない訳じゃない」
と、少し神妙な顔つきでつぶやく。その声に反応した|仁美《ひとみ》が、
「そうなんですか? ちょっと、意外です」
と応じると、生徒会長は、自らの見解を述べる。
「これは、弓道における正式な用語ではなく、いわゆる俗語というヤツなのだが……|射会《しゃかい》で矢を四本射るうち、三本目までを的中させて、四本目を的から外してしまうことを、俗に『スケベ』と言うんだ。三本目までを順調に命中させ、四本目も命中させたいという気持ちが先走ってしまう下心が透けて見えて恥ずかしい、ということだな」
これまでの自信に満ち溢れた様子ではなく、上級生は殊勝な面持ちで、ここまで淡々と語ったのだが……。
「私もキミたちを招待したからには、良いところを見せたいと思っていたし、『スケベ』にならなくて良かった」
|東山奈緒《ひがしやまなお》は、最後にニヤリと笑みを浮かべる。
その一言に感銘を受けたのか、|真中仁美《まなかひとみ》は、パンと手をたたき、生徒会長を称賛する。
「さすが、会長! やっぱり、とっても格好良いです! スタイルの良い外国人女性に目を奪われている、|ど《・》|こ《・》|か《・》|の《・》|ス《・》|ケ《・》|ベ《・》|な《・》|男《・》|子《・》とは大違いです!」
自分の方をチラリと見ながら語る|仁美《ひとみ》に対して、|針太朗《しんたろう》は抗議の声を上げる。
「ちょっと、|真中《まなか》さん……その話しは、もう終わったはずじゃ……」
しかし、その話題は、上級生の心をも、大いに刺激する内容だったようで、|奈緒《なお》は、さらに怜悧な表情で、|針太朗《しんたろう》を見据えるようにつぶやく。
「ほう……それは、私にとっても興味深いことではあるな。おそらく、その男子が視線を向けていたのは、武道場の外で無遠慮にシャッターを切っていた女性のことではないかと思うのだが……」
「えぇ、そうです! だから、会長さんが来る前にも、見るからに怪しげな女性に、視線を奪われないよう、注意をしていたところなんです」
今度は、|仁美《ひとみ》も、しっかりと、彼の方に視線を向けながら、糾弾するように|針太朗《しんたろう》の行動を|奈緒《なお》に訴えた。
「なるほど……|真中《まなか》さん、それは、ご苦労さまだった。キミの注意喚起をしっかりと受け止めるか、否かで、今後の男子生徒の学院生活も大きく変わるというモノだろう。彼女の言葉を肝に銘じておいたほうが良いぞ、|針本《はりもと》くん」
生徒会長のクギを刺すような一言に、|針太朗《しんたろう》は、ただ身を縮めるしかなかった。