放浪の旅路
ー/ー「族長……妙な男が面会を申し込んできておりますが」
木と藁だけで作られた簡素な建物。
狩猟を生業としている「カルカ族」は中央の文化には馴染まず独自の文化を形成してきた部族である、それ故に比較的簡素な生活をしている。
だが狩猟で鍛えたその弓術や、馬術においてはかなりの才能を持っており、かつてはオルディン・バルザードルと共に始祖帝となるエインリュッヘ・グレイシオスと争い、後にオルディンがエインリュッヘと共闘するようになるとその麾下に入り縦横無尽の活躍を成した一族でもある。
功績によりオルディンがカザードの領地を領有すると、その一角に居住を認められ長らく友好的な関係を築いてきてもいた。
だが過日のカザード公オルフレアの粛正劇による政権交代劇により、状況は大きく変わってしまった。
カザードは独立領では無くなり、帝国領土となり新しい領主が中央より任命され赴任した。
それに伴いカルカ族を含め、カザード領内である程度の自治と自由を認められていた諸部族たちに、帝国への臣従と独治権の廃棄を要求してきたのだ。
かつては大陸全土にその勇名を轟かせていたカルカ族も、今ではただの狩猟民族として平穏に暮らしており、帝国に対して抗戦できる力があるかどうかは未知数でもあった。
そのため彼らは何度も訪問を繰り返し、要求を行ってくる使者への対応で苦心していた。
不幸なことは諸部族同士の連携が一切成されていないことだろう。
諸部族どうしで連携し、共闘すれば、あるいはカザードからの強硬な要求をはねのけるか、妥協案を提出させることもできたかもしれない。
しかし勇名あれど、個々の部族の勢力はかなり小さく、それ故に単独で帝国と事を構えることは難しいのである。
そのような緊迫した状況下で、しかしいつもの使者の来訪であれば”妙な男”と言うはずも無いなと族長は思案する。
誰が今のこの苦境に立たされているカルカの集落に訪ったのか、族長はすぐに興味を引かれて、すぐに連れてくるようにと命じた。
「久しいなルンガ殿、相変わらず病の1つも経験していないような見事な身体をしている」
程なくして連れてこられた”妙な男”は族長を見るなり気安そうにそう言った。
「わしの名を呼ぶとは、何処のどいつだ。気安い態度を取るなら目にものを見せてくれる……と言いたいところだが貴公なら許そう」
ルンガと名前呼びされた族長は、そう言うと相好を崩した。
そこにたっていたのは、かつてよく見知った男だったからだ。
オルガ・バルザードル。
かつての盟友、オルフレア・バルザードルの嫡子にして、カルカ族の戦士として認められた男。
カルカ族もまた、その成り立ち故に武こそが最高の才能で有ると考える文化がある。
その中でも最高位である戦士の称号を持つ男は、それだけで無条件に崇拝を集める存在だ。
そして僅か14才で戦士の称号を勝ち得たのが、このオルガ・バルザードルである。
「して我らが住処に、亡国の公子がいかなる用かな?」
懐かしさとその実力を認めた相手、本当は積もる話も合ったが、ルンガはしかし族長である自分を優先した。
カザードがあのような形になった以上、旧カザードの人間と接触することは、1つ対応を間違えば部族の危機に繋がる。
個人の情とは分けて考えねばならない。それが部族を率いると言うことだとルンガは考えている。
そしてそういう族長だからこそ、皆が従っているのだ。
「カザードは国では無いし、俺は公子などと呼ばれる身分では無い。ただカザードがどのように変わり、皆がどのように受け止めているのかを知りたくて訪問しただけだ。迷惑ならばすぐに退去しよう。奴らの目を気にしているのだろう」
「いまは新しい領主、帝国への臣従をするかという交渉の途中でな。済まないが貴公に構ってはいられないのだ」
「なるほどな……帝国はやはり、この地を独立はさせておかぬか。それでは邪魔をした、また逢うこともあるだろう元気でな」
それだけ言うとオルガはあっさりと踵を返した。
オルガの訪問の意図を謀りかねていたルンガは少し肩透かしを食らったような顔をしてその後ろ姿を見送る。
(小僧め……カザードを取り返すとでも言うと思ったが……わしの見込み違いか)
ルンガがそう考えるのと、オルガが足を止めるのは同時だった。
ゆっくりと顔だけルンガの方を向きオルガは口を開く。
「グルップルの話は聞いているか……。カルカの行方、どうなるのだろうな」
言い終えるとオルガはそのまま建物の外へと出て行った。
(グルップル……我らに抗えというか小僧、我らだけで抗えるというのか……)
オルガの残した言葉の真意を探ろうと、ルンガは深い思考の海へ潜り込んでいった。
----------------------------------------------
「いかがでしたか?上手く運びましたでしょうか」
カルカ族の集落から少し離れた場所で、オルガは仲間達に出迎えられていた。
馬車の荷台から、乗り出しそうになりながら手を振るレイルーナが、開口一番にそう問いかけてきた。
「どう転ぶかは解らん。だがルーナ嬢の指示通りには振る舞った」
「むぅ……オルガ様はお堅すぎます。私のことはレイルーナと呼び捨ててください。未来の妻なので!」
未来の妻の部分を、無駄に強調してレイルーナは胸を張る。
どう扱うべきなのかと問いた気な視線でオルガはレイライムを見るが、レイライムは我関せずを貫くかのように そっぽを向いていた。
その横でアスティーナは口元を押さえ縷々笑っていた。
一行はレイルーナの策に従い、各部族を歴訪する事を優先していた。
個別の戦力では淘汰されてしまう部族たちは、しかし頑なに相互の連携を取っていない。
その部分を補強、補完することが第一だとレイルーナは告げた。
普段の言動はさておき、そういった場面での知力に関しては全員は認めるところでもあったため、異論は一つも出ずに旅は続いていた。
足が不自由なレイルーナのため、馬車を買い求め残りの者達は交代で馬車に乗り休息を取りながらユックリと旅は続いていた。
早いもので彼らがグルップルを出てから既に一月ほどの時間が経過していた。
そしてその旅程は、面白いほどに穏やかであった。
レイルーナの醸し出す、ふんわりとした雰囲気の影響もあるのだろうが、長年組んでいたパーティのように、誰もが飾らず気取らず自由に振る舞える空気がそこにあったからだろう。
レイルーナは生まれて初めてであろう長旅、それも野宿を伴う旅にいつも以上に浮ついていた。
そしてそんな妹を見守るレイライムも、戦場で過ごした日々では見せないような、穏やかな顔を見せていた。
そんなレイライムを時には揶揄いつつ、時にはじゃれつつ見ているアスティーナも何処か幸せそうな顔をしていた。
誰もがそんな旅が、この先も続くと思いかけていた。
しかしそんなある日のことであった。
一行の馬車は黒づくめの集団に包囲されていた。
ざっと見たところは20人程度の人数ではあったが、その体捌きを見るとそれなりに武芸の素養があるようで油断できないとレイライムは感じていた。
運の悪いことに、その時はオルガが馬車の中で休息を取っていたため、当面はレイライムとアスティーナの二人で対応しなければならない。
「貴方たちが何者かは知らないし、どうでもいいんだけど、やるというなら手加減はできないわよ」
スラリと音を立てて、アスティーナの両腰の鞘から剣が引き抜かれる。
「今のうちに引いてくれるなら、こちらも手出しはしないがな……」
レイライムは新調した幅広剣を鞘から抜き放つと、こちらも町を出る時に買い求めた小型盾と共に構える。
二人が抗戦する意思が旺盛であることを感じた黒づくめの男達も適切に間合いを計りながらいつでも斬りかかれるように身構える。
レイルーナもいる、ここは絶対に守り通す。
レイライムはかつての狂犬に蹂躙された時のことを想いだし、奥歯をぎゅっとかみしめた。
今度こそ、俺は絶対に守り抜く。
柄を握る手に力を込めてレイライムか心にそう固く誓った。
木と藁だけで作られた簡素な建物。
狩猟を生業としている「カルカ族」は中央の文化には馴染まず独自の文化を形成してきた部族である、それ故に比較的簡素な生活をしている。
だが狩猟で鍛えたその弓術や、馬術においてはかなりの才能を持っており、かつてはオルディン・バルザードルと共に始祖帝となるエインリュッヘ・グレイシオスと争い、後にオルディンがエインリュッヘと共闘するようになるとその麾下に入り縦横無尽の活躍を成した一族でもある。
功績によりオルディンがカザードの領地を領有すると、その一角に居住を認められ長らく友好的な関係を築いてきてもいた。
だが過日のカザード公オルフレアの粛正劇による政権交代劇により、状況は大きく変わってしまった。
カザードは独立領では無くなり、帝国領土となり新しい領主が中央より任命され赴任した。
それに伴いカルカ族を含め、カザード領内である程度の自治と自由を認められていた諸部族たちに、帝国への臣従と独治権の廃棄を要求してきたのだ。
かつては大陸全土にその勇名を轟かせていたカルカ族も、今ではただの狩猟民族として平穏に暮らしており、帝国に対して抗戦できる力があるかどうかは未知数でもあった。
そのため彼らは何度も訪問を繰り返し、要求を行ってくる使者への対応で苦心していた。
不幸なことは諸部族同士の連携が一切成されていないことだろう。
諸部族どうしで連携し、共闘すれば、あるいはカザードからの強硬な要求をはねのけるか、妥協案を提出させることもできたかもしれない。
しかし勇名あれど、個々の部族の勢力はかなり小さく、それ故に単独で帝国と事を構えることは難しいのである。
そのような緊迫した状況下で、しかしいつもの使者の来訪であれば”妙な男”と言うはずも無いなと族長は思案する。
誰が今のこの苦境に立たされているカルカの集落に訪ったのか、族長はすぐに興味を引かれて、すぐに連れてくるようにと命じた。
「久しいなルンガ殿、相変わらず病の1つも経験していないような見事な身体をしている」
程なくして連れてこられた”妙な男”は族長を見るなり気安そうにそう言った。
「わしの名を呼ぶとは、何処のどいつだ。気安い態度を取るなら目にものを見せてくれる……と言いたいところだが貴公なら許そう」
ルンガと名前呼びされた族長は、そう言うと相好を崩した。
そこにたっていたのは、かつてよく見知った男だったからだ。
オルガ・バルザードル。
かつての盟友、オルフレア・バルザードルの嫡子にして、カルカ族の戦士として認められた男。
カルカ族もまた、その成り立ち故に武こそが最高の才能で有ると考える文化がある。
その中でも最高位である戦士の称号を持つ男は、それだけで無条件に崇拝を集める存在だ。
そして僅か14才で戦士の称号を勝ち得たのが、このオルガ・バルザードルである。
「して我らが住処に、亡国の公子がいかなる用かな?」
懐かしさとその実力を認めた相手、本当は積もる話も合ったが、ルンガはしかし族長である自分を優先した。
カザードがあのような形になった以上、旧カザードの人間と接触することは、1つ対応を間違えば部族の危機に繋がる。
個人の情とは分けて考えねばならない。それが部族を率いると言うことだとルンガは考えている。
そしてそういう族長だからこそ、皆が従っているのだ。
「カザードは国では無いし、俺は公子などと呼ばれる身分では無い。ただカザードがどのように変わり、皆がどのように受け止めているのかを知りたくて訪問しただけだ。迷惑ならばすぐに退去しよう。奴らの目を気にしているのだろう」
「いまは新しい領主、帝国への臣従をするかという交渉の途中でな。済まないが貴公に構ってはいられないのだ」
「なるほどな……帝国はやはり、この地を独立はさせておかぬか。それでは邪魔をした、また逢うこともあるだろう元気でな」
それだけ言うとオルガはあっさりと踵を返した。
オルガの訪問の意図を謀りかねていたルンガは少し肩透かしを食らったような顔をしてその後ろ姿を見送る。
(小僧め……カザードを取り返すとでも言うと思ったが……わしの見込み違いか)
ルンガがそう考えるのと、オルガが足を止めるのは同時だった。
ゆっくりと顔だけルンガの方を向きオルガは口を開く。
「グルップルの話は聞いているか……。カルカの行方、どうなるのだろうな」
言い終えるとオルガはそのまま建物の外へと出て行った。
(グルップル……我らに抗えというか小僧、我らだけで抗えるというのか……)
オルガの残した言葉の真意を探ろうと、ルンガは深い思考の海へ潜り込んでいった。
----------------------------------------------
「いかがでしたか?上手く運びましたでしょうか」
カルカ族の集落から少し離れた場所で、オルガは仲間達に出迎えられていた。
馬車の荷台から、乗り出しそうになりながら手を振るレイルーナが、開口一番にそう問いかけてきた。
「どう転ぶかは解らん。だがルーナ嬢の指示通りには振る舞った」
「むぅ……オルガ様はお堅すぎます。私のことはレイルーナと呼び捨ててください。未来の妻なので!」
未来の妻の部分を、無駄に強調してレイルーナは胸を張る。
どう扱うべきなのかと問いた気な視線でオルガはレイライムを見るが、レイライムは我関せずを貫くかのように そっぽを向いていた。
その横でアスティーナは口元を押さえ縷々笑っていた。
一行はレイルーナの策に従い、各部族を歴訪する事を優先していた。
個別の戦力では淘汰されてしまう部族たちは、しかし頑なに相互の連携を取っていない。
その部分を補強、補完することが第一だとレイルーナは告げた。
普段の言動はさておき、そういった場面での知力に関しては全員は認めるところでもあったため、異論は一つも出ずに旅は続いていた。
足が不自由なレイルーナのため、馬車を買い求め残りの者達は交代で馬車に乗り休息を取りながらユックリと旅は続いていた。
早いもので彼らがグルップルを出てから既に一月ほどの時間が経過していた。
そしてその旅程は、面白いほどに穏やかであった。
レイルーナの醸し出す、ふんわりとした雰囲気の影響もあるのだろうが、長年組んでいたパーティのように、誰もが飾らず気取らず自由に振る舞える空気がそこにあったからだろう。
レイルーナは生まれて初めてであろう長旅、それも野宿を伴う旅にいつも以上に浮ついていた。
そしてそんな妹を見守るレイライムも、戦場で過ごした日々では見せないような、穏やかな顔を見せていた。
そんなレイライムを時には揶揄いつつ、時にはじゃれつつ見ているアスティーナも何処か幸せそうな顔をしていた。
誰もがそんな旅が、この先も続くと思いかけていた。
しかしそんなある日のことであった。
一行の馬車は黒づくめの集団に包囲されていた。
ざっと見たところは20人程度の人数ではあったが、その体捌きを見るとそれなりに武芸の素養があるようで油断できないとレイライムは感じていた。
運の悪いことに、その時はオルガが馬車の中で休息を取っていたため、当面はレイライムとアスティーナの二人で対応しなければならない。
「貴方たちが何者かは知らないし、どうでもいいんだけど、やるというなら手加減はできないわよ」
スラリと音を立てて、アスティーナの両腰の鞘から剣が引き抜かれる。
「今のうちに引いてくれるなら、こちらも手出しはしないがな……」
レイライムは新調した幅広剣を鞘から抜き放つと、こちらも町を出る時に買い求めた小型盾と共に構える。
二人が抗戦する意思が旺盛であることを感じた黒づくめの男達も適切に間合いを計りながらいつでも斬りかかれるように身構える。
レイルーナもいる、ここは絶対に守り通す。
レイライムはかつての狂犬に蹂躙された時のことを想いだし、奥歯をぎゅっとかみしめた。
今度こそ、俺は絶対に守り抜く。
柄を握る手に力を込めてレイライムか心にそう固く誓った。
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