第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜⑧
ー/ー
「これが、リリムの正体…………」
映像に見入っていた針太朗は、緊張と恐ろしさのあまり、息をすることすらできず、一言つぶやいたあと、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
我が身に降りかかるかも知れない事態が想像できたのだろう、彼は保健医の幽子にすがりつくようにたずねる。
「リリムに……リリムに魂みたいなモノを吸われていたあの生徒は、どうなったんですか?」
「通常の医学的には、表面上とくに問題はないわ……ただし……」
針太朗の問いかけに答えながらも、養護教諭は、そこで言葉を区切った。
「ただし、どうなるんですか? 教えてください、先生!」
懇願するように質問を重ねる生徒の様子に、幽子は観念したように答える。
「一般的に、リリムに魅入られ、魂を食い尽くされた人間は、それ以後、二度と恋愛感情を抱けなくなる、と言われている。あの西高という生徒は、中等部からの内部進学組で、キミと同じ学年のハズだ。私は立場上、教室での生徒の様子を知ることができるわけではないし……彼の様子がどう変わったか、クラスメートに聞いてみたらどうだ?」
彼女の返答をだまって聞いていた針太朗は、養護教諭の提案を受け入れてみようと思った。
(色んな生徒の事情に詳しそうな乾なら、西高という生徒のことについても、なにか知ってるかもしれない……)
そう考えた彼だが、それでも、恐怖心が収まったわけではない。
先ほどの映像に映っていた『伝説の大樹』は、自分が、つい1時間ほど前にいた場所だ。
自分は、その同じ場所でクラスメートになったばかりの北川希衣子に交際を申し込まれたのだ。
もしも、あのとき、彼女の申し出を受け入れてしまっていたら――――――。
幽子に見せてもらった映像のラストシーンが、残像のように脳裏をよぎり、針太朗は、思わず身震いする。
「彼女たちから、自分の身を守るには、どうすれば良いんですか? 安心院先生! 知っていたら、教えてください」
ふたたび、すがるようにたずねる彼に、今度は、落ち着いた表情の幽子が応じた。
「安心しろ、針本。こういう事態に備えて、協力者を募っておいた。いまから、ここに来てもらうように、連絡しよう」
「あ、ありがとうございます!」
針太朗は、頭を下げながら、保健医に感謝の言葉を伝える。
協力者というのが、どんな人物で、リリムたちの魔の手(?)から、どれだけ自分を遠ざけてくれるのかはわからないが、なんの対抗手段も持たない彼にとって、それは、救いの女神があらわれた様に感じられた。
彼が、そんなことを考えている間に、幽子は、誰かに電話で連絡を取っているようだ。
「あぁ、私だ。彼との話しが終わったところだ。今から、保健室に来られるか? わかった、よろしく頼む」
スマホでの通話を終えた彼女は、針太朗の視線に気がつくと、
「協力者は、これから、ここに来てくれるそうだ」
と言って、ニコリと微笑んだあと、
「そうだな……彼女が到着するまで、ちょっと、キミにテストをしておこうか?」
と言いながら、彼に身体を寄せてきた。
「な、なんですか、テストって……」
疑問を口にする男子生徒の様子に構うことなく、高校生からすると、大人の魅力を感じさせる整った容姿の顔を近づけた養護教諭は、彼の手の甲をスッと指でなぞりながら、
「うむ……よく見ると、綺麗な肌をしているな……そして、この初心な反応……なるほど、彼女たちリリムが、キミに夢中になるわけだ」
と、怪しげな笑みを浮かべ、身体を密着するような体勢を取ってくる。
「ちょ……ちょっと、安心院先生! 急にどうしたんですか?」
あせりながらも、彼女の行為に抗いがたいモノを感じた針太朗は、
「こ、困りますよ、先生……」
と言いながら、強く拒否することなく、保健医のなすがままに、身を任せようとしてしまう。
その刹那――――――。
ガラガラガラ、と大きな音を立てて保健室の扉が開かれ、
「失礼します」
と、礼儀正しく一礼をして、入室してくる女子生徒の姿が、針太朗の視界に入った。
その突然の来訪に驚いた彼は、体勢を崩し、ただでさえ男子高校生が腰掛けると安定感に欠ける回転椅子の脚の一部が宙に浮き、
ガシャ〜ン!
と、大きな音を立てて、針太朗は上半身から、保健室の床に叩きつけられた。
「痛って〜」
かろうじて頭部を庇いながらも、リノリュームの床で、しこたま上半身を打ちつけた彼に対し、醒めた視線を向けながら、女子生徒は、
「針本くん、そんなところでナニやってるの?」
と、声を掛けてきた。
「あっ! 真中さん」
床に倒れ込んだままの針太朗が視界で捉えたのは、前日の入学式直前、校門を間違えて認識していた彼が、初等部の敷地に足を踏み入れて不審者あつかいされることを未然に防ぎ、高等部の校舎まで案内をしてくれた真中仁美だった。
「なんだ、二人は知り合いだったのか?」
針太朗の反応を観察していた幽子は、意外そうにつぶやく。
保健医の言葉に反応した仁美は、だまってうなずいたあと、
「幽子さん、彼になにをしてたんですか?」
と、少し刺々しい口調でたずねるのだった。
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「これが、リリムの正体…………」
映像に見入っていた|針太朗《しんたろう》は、緊張と恐ろしさのあまり、息をすることすらできず、一言つぶやいたあと、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
我が身に降りかかるかも知れない事態が想像できたのだろう、彼は保健医の|幽子《ゆうこ》にすがりつくようにたずねる。
「リリムに……リリムに|魂《たましい》みたいなモノを吸われていたあの生徒は、どうなったんですか?」
「通常の医学的には、表面上とくに問題はないわ……ただし……」
|針太朗《しんたろう》の問いかけに答えながらも、養護教諭は、そこで言葉を区切った。
「ただし、どうなるんですか? 教えてください、先生!」
懇願するように質問を重ねる生徒の様子に、|幽子《ゆうこ》は観念したように答える。
「一般的に、リリムに魅入られ、|魂《たましい》を食い尽くされた人間は、それ以後、|二《・》|度《・》|と《・》|恋《・》|愛《・》|感《・》|情《・》|を《・》|抱《・》|け《・》|な《・》|く《・》|な《・》|る《・》、と言われている。あの|西高《にしたか》という生徒は、中等部からの内部進学組で、キミと同じ学年のハズだ。私は立場上、教室での生徒の様子を知ることができるわけではないし……彼の様子がどう変わったか、クラスメートに聞いてみたらどうだ?」
彼女の返答をだまって聞いていた|針太朗《しんたろう》は、養護教諭の提案を受け入れてみようと思った。
(色んな生徒の事情に詳しそうな|乾《いぬい》なら、|西高《にしたか》という生徒のことについても、なにか知ってるかもしれない……)
そう考えた彼だが、それでも、恐怖心が収まったわけではない。
先ほどの映像に映っていた『伝説の大樹』は、自分が、つい1時間ほど前にいた場所だ。
自分は、その同じ場所でクラスメートになったばかりの|北川希衣子《きたがわけいこ》に交際を申し込まれたのだ。
もしも、あのとき、彼女の申し出を受け入れてしまっていたら――――――。
|幽子《ゆうこ》に見せてもらった映像のラストシーンが、残像のように脳裏をよぎり、|針太朗《しんたろう》は、思わず身震いする。
「彼女たちから、自分の身を守るには、どうすれば良いんですか? |安心院《あじむ》先生! 知っていたら、教えてください」
ふたたび、すがるようにたずねる彼に、今度は、落ち着いた表情の|幽子《ゆうこ》が応じた。
「安心しろ、針本。こういう事態に備えて、協力者を募っておいた。いまから、ここに来てもらうように、連絡しよう」
「あ、ありがとうございます!」
|針太朗《しんたろう》は、頭を下げながら、保健医に感謝の言葉を伝える。
協力者というのが、どんな人物で、リリムたちの魔の手(?)から、どれだけ自分を遠ざけてくれるのかはわからないが、なんの対抗手段も持たない彼にとって、それは、救いの女神があらわれた様に感じられた。
彼が、そんなことを考えている間に、|幽子《ゆうこ》は、誰かに電話で連絡を取っているようだ。
「あぁ、私だ。彼との話しが終わったところだ。今から、保健室に来られるか? わかった、よろしく頼む」
スマホでの通話を終えた彼女は、|針太朗《しんたろう》の視線に気がつくと、
「協力者は、これから、ここに来てくれるそうだ」
と言って、ニコリと微笑んだあと、
「そうだな……彼女が到着するまで、ちょっと、キミにテストをしておこうか?」
と言いながら、彼に身体を寄せてきた。
「な、なんですか、テストって……」
疑問を口にする男子生徒の様子に構うことなく、高校生からすると、大人の魅力を感じさせる整った容姿の顔を近づけた養護教諭は、彼の手の甲をスッと指でなぞりながら、
「うむ……よく見ると、綺麗な肌をしているな……そして、この|初心《うぶ》な反応……なるほど、彼女たちリリムが、キミに夢中になるわけだ」
と、怪しげな笑みを浮かべ、身体を密着するような体勢を取ってくる。
「ちょ……ちょっと、|安心院《あじむ》先生! 急にどうしたんですか?」
あせりながらも、彼女の行為に抗いがたいモノを感じた|針太朗《しんたろう》は、
「こ、困りますよ、先生……」
と言いながら、強く拒否することなく、保健医のなすがままに、身を任せようとしてしまう。
その刹那――――――。
ガラガラガラ、と大きな音を立てて保健室の扉が開かれ、
「失礼します」
と、礼儀正しく一礼をして、入室してくる女子生徒の姿が、|針太朗《しんたろう》の視界に入った。
その突然の来訪に驚いた彼は、体勢を崩し、ただでさえ男子高校生が腰掛けると安定感に欠ける回転椅子の脚の一部が宙に浮き、
ガシャ〜ン!
と、大きな音を立てて、|針太朗《しんたろう》は上半身から、保健室の床に叩きつけられた。
「痛って〜」
かろうじて頭部を庇いながらも、リノリュームの床で、しこたま上半身を打ちつけた彼に対し、醒めた視線を向けながら、女子生徒は、
「|針本《はりもと》くん、そんなところでナニやってるの?」
と、声を掛けてきた。
「あっ! |真中《まなか》さん」
床に倒れ込んだままの|針太朗《しんたろう》が視界で捉えたのは、前日の入学式直前、校門を間違えて認識していた彼が、初等部の敷地に足を踏み入れて不審者あつかいされることを未然に防ぎ、高等部の校舎まで案内をしてくれた|真中仁美《まなかひとみ》だった。
「なんだ、二人は知り合いだったのか?」
|針太朗《しんたろう》の反応を観察していた|幽子《ゆうこ》は、意外そうにつぶやく。
保健医の言葉に反応した|仁美《ひとみ》は、だまってうなずいたあと、
「|幽子《ゆうこ》さん、彼になにをしてたんですか?」
と、少し刺々しい口調でたずねるのだった。