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開戦、そして

ー/ー



「くそ、平民のウジ虫どもが……」

 騒ぎが大きくなり何事かと詳細を調べた結果の報告に、彼は怒りを抑えきれず、反射的に設置されていた文机(ふみづくえ)を蹴り飛ばした。
 派手に音がして、転がっていく文机をみて、天幕のそとで護衛として立っていた兵が首をすくめる。

「ですがラドリフ様、幸いなことに発見が早く、特に大きな被害は……」

 引き続き状況を報告しようと口を開いた副官は、鬼のような形相を浮かべている上官の姿を見て、思わず言葉を止めてしまった。
 恐怖を感じて身体が震えるのを止めることが出来ない。

「被害の多寡などどうでも良い、平民如きにここまで好き勝手やられたことが問題なのだ」

 感情のまま怒鳴りつける。
 その怒声に、副官は首をすくめて嵐が過ぎ去ってくれることを祈るしかなかった。

「殺傷された兵は4人……、戦力に問題は無い。ならば目に物を見せてやらねばなるまい。自分たちがいかに愚かなことをしでかしたのか。誰にかみついたのか。きっちりと骨身に刻んでやらねば」

 グルップル平定のために派遣された部隊を率いていたのは、猛将と呼ばれている男で、名前をラドリフ・クリストンという。
 
 猛将とは彼の感情を刺激しないように付けられたあだ名で、実際は狂犬と呼ばれている。
 気性が荒く力も強いため、気分のままに人を殴りつけたりする男だが、その腕力の強さで幾度も平民の起こした反乱を鎮圧している実績があるため、こういった事態では起用されることが多いのだ。

 そして本人は筋金入りの選民思想の持ち主であり、平民は雑草と同じと公言してはばからないため、今回のように平民相手に戦う場面は、彼にとってまさに理想的であった。

「残った兵を招集しろ、やられた分はきっちりやり返してやる。50名ほど陣地の防衛に残して残りは俺と共に出撃だ。解ったらさっさと命令を伝えてこい」

 鼻息も荒く副官にそう命じると、哀れな副官は顔を真っ青にしながら天幕の外へと、転がるように出て行った。

「閣下……、何もこんな時間に仕掛けなくとも、兵力も余裕があり圧倒的優位な状況、悠々と明日の昼間に踏み潰してやっても良いのではありませんかな」

 誰も気にとめておらず、そこに人がいるとは全く気がついていなかったが、天幕の隅のほうで座っていた男がいた。
 灰色がかった貧相な貫衣(ローブ)を着込んだ、枯れ木のように細い男だ。
 髪もひげも全て真っ白でかなりの高齢にも見えるが、その口から発せられる気はまだまだ中年の域の男の声にも聞こえる。

「グローザーか。いつ仕掛けようが我々の勝ちは動かぬよ。だが平民如きにここまでやられたのなら、きっちりとやり返して、誰にかみついたのかを教えてやらねばなるまい……」

「閣下がそうお考えなら止めるなどいたしませぬよ。それに万が一の場合にはしっかりと仕掛けも施してありますしな」

 グローザーと呼ばれたローブの男は、そういうとにやりと笑った。

「あぁ例の話だな。まぁ使うまでも無いとは思うが、必要であればお前の判断で行え、だが俺の楽しみ(狩り)を邪魔だけはするなよ」

「はは……閣下の楽しみを奪うなど、私如きが出来るはずもありませぬな。あくまでも万が一の保険でございますよ。場合によってはより一層楽しめるように使うことも出来ますがな」
 
 グローザーは見る者に嫌悪を覚えさせるような、嫌らしい笑みを浮かべるとそう答えた。

 程なくしてラドリフ(狂犬)の命令で編成された150人程度の兵が、3列縦隊で隊列を組み出陣の合図を待ちわびていた。
 歩兵ばかりで編成された隊の最前列には、悠々と騎乗している狂犬の姿があった。
 赤い地金に銀色で飾り立てられた板金鎧(プレートアーマ)を着込み、兜の類いは身につけていない。
 禿頭(とくとう)に弱々しい月の明かりが反射している。

「ゲスな平民どもが、あろうことか我々の天幕に小細工を仕掛けてきよった。これに対して我々は正しき力を用いてそのご細工もろとも粉砕し、蹂躙し、誰が主かを示さねばならん。蹂躙せよ!踏み潰せ!働きの良い者は略奪を許可するぞ!」

 抜きはなった剣を天に向けて演説をする狂犬。
 略奪の言葉に沸き立つ兵士達。

 天に向けられた剣がゆっくりと振り下ろされると、集団は一息に動き始めるのだった。

-----------------------------------

「大将!なんか妙ですぜ」

 レイライムが自宅で休息を取っていると、慌てて駆け込んでくる者がいた。
 猟師のサムジーだ。
 かなり慌てているようで、服装が乱れている。
 そういえば今夜の見張りはこいつだったかと、ぼんやり考えながらレイライムは話を促す。

「妙に森がざわついてやがる。奴らが動いたかもしれねぇ」
「なるほどな。アスティーナの目論見通りという訳か。ザムジーはすぐに皆にそれを伝えてくれ。まずはプランDで対応する」

 レイライムが素早く判断して指示を出すと、ザムジーは1度だけうなずき、来た時と同じくらいバタバタと部屋を出て行った。

「兄様……いよいよですか。なんだかいやな予感がするので、気をつけてくださいね」

 レイライムの隣でお茶を入れていたレイルーナが、その瞳を不安そうに曇らせて言う。

「安心しろ、レイルーナ。お前のことはアスティーナが絶対に守ってくれる」

 レイライムは妹を安心させるため、優しく微笑むとその頭を軽くぽんぽんと叩き、ソファーから立ち上がり、気合いを入れるため拳同士を打ち合わせる。

 長い夜の始まり……それはいかなる結果を生み出すのか、誰も予想が出来ぬまま戦いの幕は上がる
 


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「くそ、平民のウジ虫どもが……」
 騒ぎが大きくなり何事かと詳細を調べた結果の報告に、彼は怒りを抑えきれず、反射的に設置されていた|文机《ふみづくえ》を蹴り飛ばした。
 派手に音がして、転がっていく文机をみて、天幕のそとで護衛として立っていた兵が首をすくめる。
「ですがラドリフ様、幸いなことに発見が早く、特に大きな被害は……」
 引き続き状況を報告しようと口を開いた副官は、鬼のような形相を浮かべている上官の姿を見て、思わず言葉を止めてしまった。
 恐怖を感じて身体が震えるのを止めることが出来ない。
「被害の多寡などどうでも良い、平民如きにここまで好き勝手やられたことが問題なのだ」
 感情のまま怒鳴りつける。
 その怒声に、副官は首をすくめて嵐が過ぎ去ってくれることを祈るしかなかった。
「殺傷された兵は4人……、戦力に問題は無い。ならば目に物を見せてやらねばなるまい。自分たちがいかに愚かなことをしでかしたのか。誰にかみついたのか。きっちりと骨身に刻んでやらねば」
 グルップル平定のために派遣された部隊を率いていたのは、猛将と呼ばれている男で、名前をラドリフ・クリストンという。
 猛将とは彼の感情を刺激しないように付けられたあだ名で、実際は狂犬と呼ばれている。
 気性が荒く力も強いため、気分のままに人を殴りつけたりする男だが、その腕力の強さで幾度も平民の起こした反乱を鎮圧している実績があるため、こういった事態では起用されることが多いのだ。
 そして本人は筋金入りの選民思想の持ち主であり、平民は雑草と同じと公言してはばからないため、今回のように平民相手に戦う場面は、彼にとってまさに理想的であった。
「残った兵を招集しろ、やられた分はきっちりやり返してやる。50名ほど陣地の防衛に残して残りは俺と共に出撃だ。解ったらさっさと命令を伝えてこい」
 鼻息も荒く副官にそう命じると、哀れな副官は顔を真っ青にしながら天幕の外へと、転がるように出て行った。
「閣下……、何もこんな時間に仕掛けなくとも、兵力も余裕があり圧倒的優位な状況、悠々と明日の昼間に踏み潰してやっても良いのではありませんかな」
 誰も気にとめておらず、そこに人がいるとは全く気がついていなかったが、天幕の隅のほうで座っていた男がいた。
 灰色がかった貧相な|貫衣 《ローブ》を着込んだ、枯れ木のように細い男だ。
 髪もひげも全て真っ白でかなりの高齢にも見えるが、その口から発せられる気はまだまだ中年の域の男の声にも聞こえる。
「グローザーか。いつ仕掛けようが我々の勝ちは動かぬよ。だが平民如きにここまでやられたのなら、きっちりとやり返して、誰にかみついたのかを教えてやらねばなるまい……」
「閣下がそうお考えなら止めるなどいたしませぬよ。それに万が一の場合にはしっかりと仕掛けも施してありますしな」
 グローザーと呼ばれたローブの男は、そういうとにやりと笑った。
「あぁ例の話だな。まぁ使うまでも無いとは思うが、必要であればお前の判断で行え、だが俺の|楽しみ《狩り》を邪魔だけはするなよ」
「はは……閣下の楽しみを奪うなど、私如きが出来るはずもありませぬな。あくまでも万が一の保険でございますよ。場合によってはより一層楽しめるように使うことも出来ますがな」
 グローザーは見る者に嫌悪を覚えさせるような、嫌らしい笑みを浮かべるとそう答えた。
 程なくして|ラドリフ《狂犬》の命令で編成された150人程度の兵が、3列縦隊で隊列を組み出陣の合図を待ちわびていた。
 歩兵ばかりで編成された隊の最前列には、悠々と騎乗している狂犬の姿があった。
 赤い地金に銀色で飾り立てられた|板金鎧《プレートアーマ》を着込み、兜の類いは身につけていない。
 |禿頭《とくとう》に弱々しい月の明かりが反射している。
「ゲスな平民どもが、あろうことか我々の天幕に小細工を仕掛けてきよった。これに対して我々は正しき力を用いてそのご細工もろとも粉砕し、蹂躙し、誰が主かを示さねばならん。蹂躙せよ!踏み潰せ!働きの良い者は略奪を許可するぞ!」
 抜きはなった剣を天に向けて演説をする狂犬。
 略奪の言葉に沸き立つ兵士達。
 天に向けられた剣がゆっくりと振り下ろされると、集団は一息に動き始めるのだった。
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「大将!なんか妙ですぜ」
 レイライムが自宅で休息を取っていると、慌てて駆け込んでくる者がいた。
 猟師のサムジーだ。
 かなり慌てているようで、服装が乱れている。
 そういえば今夜の見張りはこいつだったかと、ぼんやり考えながらレイライムは話を促す。
「妙に森がざわついてやがる。奴らが動いたかもしれねぇ」
「なるほどな。アスティーナの目論見通りという訳か。ザムジーはすぐに皆にそれを伝えてくれ。まずはプランDで対応する」
 レイライムが素早く判断して指示を出すと、ザムジーは1度だけうなずき、来た時と同じくらいバタバタと部屋を出て行った。
「兄様……いよいよですか。なんだかいやな予感がするので、気をつけてくださいね」
 レイライムの隣でお茶を入れていたレイルーナが、その瞳を不安そうに曇らせて言う。
「安心しろ、レイルーナ。お前のことはアスティーナが絶対に守ってくれる」
 レイライムは妹を安心させるため、優しく微笑むとその頭を軽くぽんぽんと叩き、ソファーから立ち上がり、気合いを入れるため拳同士を打ち合わせる。
 長い夜の始まり……それはいかなる結果を生み出すのか、誰も予想が出来ぬまま戦いの幕は上がる