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美貌の剣士と戦乙女

ー/ー



 グレイシオス歴218年陽月の13
 
 この年はいつになく暑い日が続いていた。
 そのためか男は上着の胸元を大きく開けて、だらしなく道ばたのベンチで座っていた。

 軽くウェーブのかかった男性にしてはやや長めの金髪、線の細いともすれば女性にも見えなくもない美しい顔立ち。
 やや目尻の下がった大きめの目は、恨めしそうに天空を占拠している太陽をにらんでいた。
 炎天下の下にいるにもかかわらず、一切の日焼けとは無縁だと言わんばかりの白い肌をしており、知らぬものが見れば男装の麗人かと思ってしまうほどだ。
 しかし女性らしい胸の膨らみもないし、これほどまでに開襟しているわけだから男性で間違いないのであろう。
 そしてもう1つ、男を確実に女性ではないと知らしめるのが、その身長。
 飛び抜けて高いとは言えないものの、女性とは思えない背の高さをしており、女性ほど華奢ではないが均整のとれた体つきをしている。
 まくり上げた袖口からのぞく腕も、それなりに筋肉が付いていることが見受けられる。

「ライム、あんたねぇ……そんなだらしない格好してないで、ちょっとは動きなさいよ」

 ベンチの上でだらしなく座っている男に近付いて来る女がいた。
 
 陽にあたると赤味が増す茶色の髪は肩の少し上くらいで綺麗に切りそろえられており、快活そうなその人物の印象を増している。
 身に付けているのは赤色の胸部鎧 (ブレストアーマー)
 その胸部鎧は胸の膨らみを感じさせる緩やかな曲線を描いている。
 そしてその胸部鎧は見事な意匠のツタのような飾りで縁取られており、より一層胸の曲線を強調しているようにも見える。
 鎧の下には薄紫色の長衣を身につけており、その色合いはその人物をより一層魅力的にしている。
 ライムと呼ばれた金髪の男よりは低いものの、女性としては比較的背が高いようで、細身でしなやかな体つきと相まって踊り子(ダンサー)のような人目をひく華やかさがあった。

「なんだ、アスティーナか、俺はやるべき事を全部終わらせて休憩をしてるんだ、邪魔するな」

 ライムは女を一瞥した後、すぐに興味を失ったようで、再び恨めしげに天を見上げる。

「何言ってんの、あんたは全く……、今ここがどんな状況か解ってるの?」

「解っているから、必死こいて動いてるんだろうが。本来俺は指示役であって、実働部隊って柄じゃないんだよ」

 アスティーナと呼ばれた女が不満げに言うと、その言葉に苛立ったように不貞腐(ふてくさ)れた顔で文句を言い返す。

 この2人は、元々は傭兵をしていたコンビだ。
 ライムは商業都市、もしくは最小自治領とよばれるグルップル地方でも、かなり大きな商家の嫡男であったが、商人は性に合わないと成人を前に家出をしていた。

 そして貴族の令嬢として意に沿わぬ生活を送っていたアスティーナと偶然の出会いを果たし、彼女の希望を叶えるために共に手を取り傭兵として活動し始めたのである。
 それからの付き合いだから、かれこれもう5年近くは共に行動している。

 それ故にお互いに全く遠慮がなくて、端から見ていると喧嘩でもしているのかと思うような言い合いも、2人にとってはただの会話の延長線でしかない、それくらいの仲で有った。
 
 そんな傭兵稼業をしていた2人がなぜここにいるのかというと、そもそもの発端はカザード消失事変が切っ掛けだった。
 
 グルップルはカザードに隣接する場所にあり、かつてはカザードと帝都を結ぶ街道を有している利を上手く用いて、盛んに交易を行うことでその財を成していた。
 歴代のカザード公と友好的な関係を築き、帝国には一定の租税を払うことで、この大陸で唯一の貴族ではなく平民が合議制で統治する領地として成立していた。
 
 しかし突然にカザード公が粛正され、カザードが帝国の直轄地として併合されるに至り、風向きが変わってしまった。
 かなりの財を生み出すグルップルをも直轄地として併合しようと、帝国側が圧力をかけ始めたのである。

 カザードという後ろ盾を失い、独自の軍事力を持たないグルップルで、降伏か抗戦かで議論は対立し下手をすれば内部崩壊を起こすところまでに拗れに拗れていた中、不運な事に筆頭商家として議会の中心的存在であったフェルディール家の課長であるレイナード・フェルディールが急死したのである。
 
 それによりますます混迷の度合いを深めてしまった議会を、レイナードの娘であるレイルーナがなんとか纏めようと奮闘したが、若輩の娘の言うことなど誰の支持も得られず、ほとほと困り果てた彼女は兄に救いを求める手紙を出したのである。

 そしてレイルーナの兄こそが、ベンチでだらけている男、ライムことレイライム・フェルディールその人であった。
 妹の要請に応えて大急ぎで戻ったレイライムは、持ち前の弁舌と各地で見てきた帝国の統治の実態を切実に訴え、なんとか帝国直轄地にならないという論調にまとめ上げ、非常事態に備えるための施策を実行すべく奔走した後、こうしてベンチで一息ついていたというわけだ。
 
「それでそっちはどうなんだよ、戦乙女さんよ。民兵どもは少しはうごけるようになったのか?」

 気怠そうに顔だけアスティーナに向けてレイライムは言った。
 戦乙女とはアスティーナに付けられたあだ名である。
 幾多の戦場で華奢な女性らしからぬ凄まじい剣技で敵を圧倒し、その活躍からいつの間にか傭兵達の間でそう呼ばれるようになったのだ。
 最も本人はそのあだ名をあまり好んではいないようで、露骨にいやそうな顔を浮かべている。

「私の力業で指導するより、瓢風(ひょうふう)剣客(けんきゃく)様のご指導の方が効果があるんじゃなくって?」

 皮肉交じりに言い返すアスティーナに、今度はレイライムが顔を顰める番だ。
 力よりも技と速さに重きを置くレイライムの剣術を、見た目の美丈夫ぶりを揶揄する意味を込めて傭兵達はそう呼んでいた。
これも先ほどの戦乙女と同じく、言われた本人は全く納得していない呼び名であった。
 
 帝国からの要求をはねのけた以上は、最悪の事態として軍が派遣されることも考慮し、若い男衆を中心にある程度戦えるように訓練を施すことが、2人の最重要課題であった。
 そしてこれが思った以上に難航していることが悩みの種でもあった。

 最後通牒が送られてきたのが3日前。
 そして猶予期限が10日。
 つまりあと7日で、小規模な軍勢と対向できる態勢を作らねばならないと言うことだ。

 その事実がもたらす責任の重さに、レイライムは再び天を見上げて、深い嘆息を漏らすのだった。

 
 
 
 


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 グレイシオス歴218年陽月の13
 この年はいつになく暑い日が続いていた。
 そのためか男は上着の胸元を大きく開けて、だらしなく道ばたのベンチで座っていた。
 軽くウェーブのかかった男性にしてはやや長めの金髪、線の細いともすれば女性にも見えなくもない美しい顔立ち。
 やや目尻の下がった大きめの目は、恨めしそうに天空を占拠している太陽をにらんでいた。
 炎天下の下にいるにもかかわらず、一切の日焼けとは無縁だと言わんばかりの白い肌をしており、知らぬものが見れば男装の麗人かと思ってしまうほどだ。
 しかし女性らしい胸の膨らみもないし、これほどまでに開襟しているわけだから男性で間違いないのであろう。
 そしてもう1つ、男を確実に女性ではないと知らしめるのが、その身長。
 飛び抜けて高いとは言えないものの、女性とは思えない背の高さをしており、女性ほど華奢ではないが均整のとれた体つきをしている。
 まくり上げた袖口からのぞく腕も、それなりに筋肉が付いていることが見受けられる。
「ライム、あんたねぇ……そんなだらしない格好してないで、ちょっとは動きなさいよ」
 ベンチの上でだらしなく座っている男に近付いて来る女がいた。
 陽にあたると赤味が増す茶色の髪は肩の少し上くらいで綺麗に切りそろえられており、快活そうなその人物の印象を増している。
 身に付けているのは赤色の|胸部鎧 《ブレストアーマー》。
 その胸部鎧は胸の膨らみを感じさせる緩やかな曲線を描いている。
 そしてその胸部鎧は見事な意匠のツタのような飾りで縁取られており、より一層胸の曲線を強調しているようにも見える。
 鎧の下には薄紫色の長衣を身につけており、その色合いはその人物をより一層魅力的にしている。
 ライムと呼ばれた金髪の男よりは低いものの、女性としては比較的背が高いようで、細身でしなやかな体つきと相まって|踊り子《ダンサー》のような人目をひく華やかさがあった。
「なんだ、アスティーナか、俺はやるべき事を全部終わらせて休憩をしてるんだ、邪魔するな」
 ライムは女を一瞥した後、すぐに興味を失ったようで、再び恨めしげに天を見上げる。
「何言ってんの、あんたは全く……、今ここがどんな状況か解ってるの?」
「解っているから、必死こいて動いてるんだろうが。本来俺は指示役であって、実働部隊って柄じゃないんだよ」
 アスティーナと呼ばれた女が不満げに言うと、その言葉に苛立ったように|不貞腐《ふてくさ》れた顔で文句を言い返す。
 この2人は、元々は傭兵をしていたコンビだ。
 ライムは商業都市、もしくは最小自治領とよばれるグルップル地方でも、かなり大きな商家の嫡男であったが、商人は性に合わないと成人を前に家出をしていた。
 そして貴族の令嬢として意に沿わぬ生活を送っていたアスティーナと偶然の出会いを果たし、彼女の希望を叶えるために共に手を取り傭兵として活動し始めたのである。
 それからの付き合いだから、かれこれもう5年近くは共に行動している。
 それ故にお互いに全く遠慮がなくて、端から見ていると喧嘩でもしているのかと思うような言い合いも、2人にとってはただの会話の延長線でしかない、それくらいの仲で有った。
 そんな傭兵稼業をしていた2人がなぜここにいるのかというと、そもそもの発端はカザード消失事変が切っ掛けだった。
 グルップルはカザードに隣接する場所にあり、かつてはカザードと帝都を結ぶ街道を有している利を上手く用いて、盛んに交易を行うことでその財を成していた。
 歴代のカザード公と友好的な関係を築き、帝国には一定の租税を払うことで、この大陸で唯一の貴族ではなく平民が合議制で統治する領地として成立していた。
 しかし突然にカザード公が粛正され、カザードが帝国の直轄地として併合されるに至り、風向きが変わってしまった。
 かなりの財を生み出すグルップルをも直轄地として併合しようと、帝国側が圧力をかけ始めたのである。
 カザードという後ろ盾を失い、独自の軍事力を持たないグルップルで、降伏か抗戦かで議論は対立し下手をすれば内部崩壊を起こすところまでに拗れに拗れていた中、不運な事に筆頭商家として議会の中心的存在であったフェルディール家の課長であるレイナード・フェルディールが急死したのである。
 それによりますます混迷の度合いを深めてしまった議会を、レイナードの娘であるレイルーナがなんとか纏めようと奮闘したが、若輩の娘の言うことなど誰の支持も得られず、ほとほと困り果てた彼女は兄に救いを求める手紙を出したのである。
 そしてレイルーナの兄こそが、ベンチでだらけている男、ライムことレイライム・フェルディールその人であった。
 妹の要請に応えて大急ぎで戻ったレイライムは、持ち前の弁舌と各地で見てきた帝国の統治の実態を切実に訴え、なんとか帝国直轄地にならないという論調にまとめ上げ、非常事態に備えるための施策を実行すべく奔走した後、こうしてベンチで一息ついていたというわけだ。
「それでそっちはどうなんだよ、戦乙女さんよ。民兵どもは少しはうごけるようになったのか?」
 気怠そうに顔だけアスティーナに向けてレイライムは言った。
 戦乙女とはアスティーナに付けられたあだ名である。
 幾多の戦場で華奢な女性らしからぬ凄まじい剣技で敵を圧倒し、その活躍からいつの間にか傭兵達の間でそう呼ばれるようになったのだ。
 最も本人はそのあだ名をあまり好んではいないようで、露骨にいやそうな顔を浮かべている。
「私の力業で指導するより、|瓢風《ひょうふう》の|剣客《けんきゃく》様のご指導の方が効果があるんじゃなくって?」
 皮肉交じりに言い返すアスティーナに、今度はレイライムが顔を顰める番だ。
 力よりも技と速さに重きを置くレイライムの剣術を、見た目の美丈夫ぶりを揶揄する意味を込めて傭兵達はそう呼んでいた。
これも先ほどの戦乙女と同じく、言われた本人は全く納得していない呼び名であった。
 帝国からの要求をはねのけた以上は、最悪の事態として軍が派遣されることも考慮し、若い男衆を中心にある程度戦えるように訓練を施すことが、2人の最重要課題であった。
 そしてこれが思った以上に難航していることが悩みの種でもあった。
 最後通牒が送られてきたのが3日前。
 そして猶予期限が10日。
 つまりあと7日で、小規模な軍勢と対向できる態勢を作らねばならないと言うことだ。
 その事実がもたらす責任の重さに、レイライムは再び天を見上げて、深い嘆息を漏らすのだった。