1話

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   あの時、僕は幼すぎた…。  あの時、私は初うぶすぎた…。  僕は、自分のことしか考えていなかった…  私は、私の気持ちに必死だった…  傷つけるのが怖かった…。  傷つけてしまうことが怖かった…  だから僕は…  だから私は…  今でも思い出す、あの日のこと。ずっと胸の中に残っているあの思い出。  僕は地元の私立加納大学の2回生だった。なにかに熱中することもなく  誰かに必死になることもなく、ただ淡々と日常をこなしてくだけのつまらない人間。  そんな詰まらなくてどこにでも居る平凡な人間が  僕――御堂 龍樹みどうたつきだ。  小説やゲームを通じて、一生続く愛とか、永遠の愛とか運命的な出会いとか  夢を見たことはもちろんあるけど、それをいつまでも抱えていることが出来るほどには純粋でもなく、だからといって積極的に出会いを求めることが出来るほどに活動的でもなく、ならいっそ二次元や理想の恋愛にのめり込めるほどのオタクでもない。  本当に何もかも中途半端で、何もかもに夢中になれず、没個性の1脇役として  ただそこにいる。それが僕なのだ。  ただその、中途半端にして平々凡々であるはずの僕に、ただ一つだけ平凡とかけ離れた出来事…というか存在が居る。  それが、僕の恋人…、遠藤董香えんどうとうかである。  彼女は僕が大学に入学したときからすでに有名人だった。  スラリとした細い体つきに、お姫様とあだ名が付くほどの、黒くてつややかな黒髪。  学業もいわゆる才女と呼ばれるほどではないけれど、十分に優秀だとの噂。  透明感の有る白い肌に、桜色の唇は清楚さを際立たせて、キャンパス中の男性の目を  惹いているらしい。  白い肌に際立たされるのは、その切れ長の目。やや目尻が高く、黒曜石のような深く  透明感の有る黒い瞳は、気が強そうに見せる側面もありながら、それでも神秘的で  吸い寄せられてしまいそうになるほどである。  その様なある種、近寄りがたさをも感じさせる容姿なのに、常に微笑を浮かべているためむしろ人を引き寄せてしまっている。それがトウカという存在。  僕みたいな平凡な人間がなぜ彼女と恋人同士なのか…  加納大学7不思議などと、噂されてしまっているほどに不釣り合いなカップルは  それでも有難いことに、もう半年もの間、破局の危機を迎えることなく続いている。 「タツキ、お前不安じゃないの?トウカさん、昨日も告白されたらしいぜ?」  僕の背後から、馴染みの友達が声をかけてくる。 「う、うん…不安というか、未だに僕はこの状況を受け入れられてないから…」  ハハハという乾いた笑いとともに、僕は答えた。  コレは本心。いまだになぜトウカ程の女性が、僕と付き合うことを継続しているか  全くわからないのだ。もっと言うなら、なぜ「トウカの方から告白してきたのか」  さえ理解できないし、納得もしていない。  ただ僕は、憧れにも似た感情を抱いていた彼女から、交際を申し込まれ、夢見心地のままはいと答えただけで、未だにコレが現実だと、心の何処かでは信じられていなかった。  ことの始まりから考えれば、それは当然であり、僕は正直「男よけのための彼氏」を任されているのだろうと、今でも思っている部分がある。  あの日、僕は偶々行きつけの電気街で、運良く1店舗目で目的の完全ワイヤレスイヤフォンを手に入れることができて、浮足立った心のまま特に何も考えず、普段あまり近寄らない表通りを歩いていた。  女子が好きそうな、盛り付けのキレイなスイーツショップだったり、おしゃれなカフェだったりカップルが立ち寄りそうな、洒落た軽食が食べられる洋食屋などが軒を連ねる表通りは僕みたいに、パソコンやオーディオにしか興味のない人間には無縁の場所だったから。  だから僕は特に目的もなく、買ったばかりのイヤフォンを耳に挿して、スマホからお気に入りの楽曲を流しながら、店に入るわけでもなく駅への道をぼんやりと歩いていたのだ。  その時、僕の視界の端に見慣れた長い黒髪が踊った。  それに釣られるように、視線を巡らせると、見慣れた美女が3人の男性に囲まれているのが見えた。



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   あの時、僕は幼すぎた…。  あの時、私は初うぶすぎた…。  僕は、自分のことしか考えていなかった…  私は、私の気持ちに必死だった…  傷つけるのが怖かった…。  傷つけてしまうことが怖かった…  だから僕は…  だから私は…  今でも思い出す、あの日のこと。ずっと胸の中に残っているあの思い出。  僕は地元の私立加納大学の2回生だった。なにかに熱中することもなく  誰かに必死になることもなく、ただ淡々と日常をこなしてくだけのつまらない人間。  そんな詰まらなくてどこにでも居る平凡な人間が  僕――御堂 龍樹みどうたつきだ。  小説やゲームを通じて、一生続く愛とか、永遠の愛とか運命的な出会いとか  夢を見たことはもちろんあるけど、それをいつまでも抱えていることが出来るほどには純粋でもなく、だからといって積極的に出会いを求めることが出来るほどに活動的でもなく、ならいっそ二次元や理想の恋愛にのめり込めるほどのオタクでもない。  本当に何もかも中途半端で、何もかもに夢中になれず、没個性の1脇役として  ただそこにいる。それが僕なのだ。  ただその、中途半端にして平々凡々であるはずの僕に、ただ一つだけ平凡とかけ離れた出来事…というか存在が居る。  それが、僕の恋人…、遠藤董香えんどうとうかである。  彼女は僕が大学に入学したときからすでに有名人だった。  スラリとした細い体つきに、お姫様とあだ名が付くほどの、黒くてつややかな黒髪。  学業もいわゆる才女と呼ばれるほどではないけれど、十分に優秀だとの噂。  透明感の有る白い肌に、桜色の唇は清楚さを際立たせて、キャンパス中の男性の目を  惹いているらしい。  白い肌に際立たされるのは、その切れ長の目。やや目尻が高く、黒曜石のような深く  透明感の有る黒い瞳は、気が強そうに見せる側面もありながら、それでも神秘的で  吸い寄せられてしまいそうになるほどである。  その様なある種、近寄りがたさをも感じさせる容姿なのに、常に微笑を浮かべているためむしろ人を引き寄せてしまっている。それがトウカという存在。  僕みたいな平凡な人間がなぜ彼女と恋人同士なのか…  加納大学7不思議などと、噂されてしまっているほどに不釣り合いなカップルは  それでも有難いことに、もう半年もの間、破局の危機を迎えることなく続いている。 「タツキ、お前不安じゃないの?トウカさん、昨日も告白されたらしいぜ?」  僕の背後から、馴染みの友達が声をかけてくる。 「う、うん…不安というか、未だに僕はこの状況を受け入れられてないから…」  ハハハという乾いた笑いとともに、僕は答えた。  コレは本心。いまだになぜトウカ程の女性が、僕と付き合うことを継続しているか  全くわからないのだ。もっと言うなら、なぜ「トウカの方から告白してきたのか」  さえ理解できないし、納得もしていない。  ただ僕は、憧れにも似た感情を抱いていた彼女から、交際を申し込まれ、夢見心地のままはいと答えただけで、未だにコレが現実だと、心の何処かでは信じられていなかった。  ことの始まりから考えれば、それは当然であり、僕は正直「男よけのための彼氏」を任されているのだろうと、今でも思っている部分がある。  あの日、僕は偶々行きつけの電気街で、運良く1店舗目で目的の完全ワイヤレスイヤフォンを手に入れることができて、浮足立った心のまま特に何も考えず、普段あまり近寄らない表通りを歩いていた。  女子が好きそうな、盛り付けのキレイなスイーツショップだったり、おしゃれなカフェだったりカップルが立ち寄りそうな、洒落た軽食が食べられる洋食屋などが軒を連ねる表通りは僕みたいに、パソコンやオーディオにしか興味のない人間には無縁の場所だったから。  だから僕は特に目的もなく、買ったばかりのイヤフォンを耳に挿して、スマホからお気に入りの楽曲を流しながら、店に入るわけでもなく駅への道をぼんやりと歩いていたのだ。  その時、僕の視界の端に見慣れた長い黒髪が踊った。  それに釣られるように、視線を巡らせると、見慣れた美女が3人の男性に囲まれているのが見えた。



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