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#4 Bread

ー/ー



 あれから一晩の時間が流れ、新たな朝がルーンプレナにも訪れた。

「ん……レイネ……」

 フィリオはむくりと起き、レイネが彼の腕に抱きつきながらまだすやすや寝ているのに気が付いた。彼はそっと微笑んで、また彼女の頭を撫でるのだった。

「……ん……」

 レイネがそっと目を開けた。穢れのない瞳が陽の光を反射して輝いている。

「おはよう、レイネ」

「……おはよう」

レイネは小さく挨拶した。彼女が起き上がると、フィリオは彼女の長く繊細な髪が激しく乱れてしまっていることに目に付いた。

「レイネ、今日は寝癖が酷いな。そのまま外に出るわけにはいかないから、ちょっと椅子に座って待ってて」

フィリオはそういうと、寝室の棚から置き鏡を取り出した。木でできたそれは、どこか素朴な雰囲気を感じさせる。レイネはその小さく細い足で居間へと歩いていった。

「お待たせ、今髪梳かしてやるからじっとしててな」

 しばらくしてフィリオがレイネの元へ来て言った。彼はテーブルに鏡を置いて、水で濡らした手でレイネの髪を手櫛で器用に、なぞるように梳かしていく。

「よし、と。どうかな? 綺麗になったでしょ」

「……うん」

 レイネは小さくうなづく。

「でも髪型をもっと可愛くしたいな……あ、そうだ、あいつに昔教えてもらった髪型、作ってみるか」

 そう言ってフィリオはレイネの長い髪を編み込み始めた。これまで統率の取れていなかった髪達が、フィリオの手によってみるみる纏まっていく。彼女はその間ずっと鏡の中の少女を眺めていた。

「なかなか良いんじゃない? 僕にしては上出来だ。レイネ、鏡で見てみてよ。どうかな?」

 フィリオはそう言って優しく笑う。レイネは鏡をまるで初めて見たかのように自分の顔を上下左右に動かして、彼女の動きに完全にシンクロしている鏡の中の少女を見て、驚いたような顔をした。それから彼女はそっと手を鏡に向かって押し当てた。鏡の中の少女も同じ動きをする。彼女はようやく鏡の中の少女が自分だということに学び、閃いたような顔をした。フィリオはそんな彼女の姿を微笑ましく見ていた。するとレイネは鏡を見て自分の髪型の変化に気付いた。

「……これ、なに?」

「そう、君のために作った髪型。似合ってるよ」

「……にあってる?」

「綺麗って事だよ」

 フィリオの言葉にレイネは少し照れたように顔を下に向けた。彼女がそんな表情を見せたのは、二人が出会ってから初めての事だった。
 その後二人は、まるで昨日を繰り返すように朝食を済ませた。ペントはまだ食べ足りないと口を開けて訴える。

「もうお前の分の飯はないよ」

 フィリオは窓辺にある籠の中のペントに言う。それから彼は、椅子に体育座りになって小さく座っているレイネにこう言った。

「ちょっといいか、レイネ。話がある」

「……はなし?」

「僕は君の事がもっと知りたい。一応僕は、勝手に君を保護させてもらってる。少しでも早く君の本当の居場所に返す責任がある訳だ。話せることだけでいい。少しずつでいい。君のこと、何でも聞かせてくれ」

「……」

「ごめん、一気に喋りすぎたな。まぁ要するに、君自身について覚えてること、思い出したことがあったら、僕に教えてくれってことだ」

「……」

 フィリオはとにかく彼女の事が心配でしょうがなかった。あの日、満月の夜に出会った謎の少女、レイネ。彼の夢に出てきた少女はレイネなのか。彼女は一体何者なのか。今の彼が具体的な行動ですぐに解決出来るような問題ではなかった。

「そうだ、一つ言っておこう。君が何者か。それが分かるまでは……レイネ。君は僕らの家族だ」

 それから二人は、散歩ついでにパン屋へ出かける事にした。

「今日も丁度いい気温でいいね。レイネ」

 フィリオが歩きながら頭の後ろに両手を当てて言った。彼は大好きなルーンプレナの街を散歩する事を毎日の日課としている。春の暖かい風が二人の肌をそっと撫でる。
 しばらく歩いて、二人はパン屋に到着した。このパン屋にフィリオはいつもパンを買いに来ていて、彼の幼馴染が店主をやっている。

「さ、ここが僕の幼馴染がやってるパン屋だ。食いたいものあったら遠慮なく言ってな」

 フィリオが店のドアを開けると、ドアベルの音が鳴るのと同時に、店のカウンターに佇むフィリオと同じ年齢程の娘が言う。

「お!フィリオじゃーん……って、その子誰?あんた妹いたっけ?」

「あぁ、この子はレイネって言って……浜辺で倒れてたのを、僕が保護した」

「あーそう……って! 倒れてたって何よ? 意味わかんないんですけど!?」

娘は驚きのあまり店のカウンターを両手でドンと勢いよく叩いて身を乗り出した。

「あ……まぁ落ち着け。こいつはどういう訳か自分の名前以外の記憶がなくて、感情にも乏しくてな……元の家族に返してやるのは結構時間かかりそうなんだ」

「あー、急展開過ぎて直ぐには飲み込めないわ……まぁともかく、レイネちゃん、だっけ? よろしくねー!」

 娘は考え込む様にして額に手をやったが、直ぐ顔を上げて、フィリオの手を強く握るレイネに向かってとびきりの笑顔を送った。
 異常なまでの明るさ。それが彼女の長所だ。

「レイネ。このやたら明るい女はルミンって名前だ。あんまり近づくと喋り出して止まらないうるさい奴だ」

「はぁー? その言い方は流石に許容出来ないわね……」

「すまんすまん、軽い冗談だよルミンさん……レイネはうるさいところが苦手でな……」

「あーそう。って、それじゃ私がうるさい奴ってのは本音だったワケ!? 信じらんない……もう……ま、いいや。そんじゃあ、注文どうぞー。って、フィリオだからいつものに決まってるか」

 彼女はそんな事を一人でベラベラ喋りながら、長い茶色の髪を揺らして店の奥のオーブンへと向かった。
 異常なまでの切り替えの早さ。それが彼女のもう一つの長所だ。

「レイネ、ルミンはこんな奴だけど、作るパンは世界一だと俺は思ってる。家で食べてたあのパン、美味かったろ?あれだってみんな、あいつが作ったんだからな」

 フィリオは何処か誇らしげにそう言った。
 しばらくしてルミンがオーブンからバスケットいっぱいのパンを抱えてカウンターに戻ってきた。

「さー! 焼きたてほやほやルミン特製ウルトラスーパーミラクルスペシャルパンだよー!」

「言い過ぎだ」

 フィリオが突っ込む。

「あー。ほんっとフィリオって冷たいよね……」

 ルミンが寂しそうに言う。

「はいはい。じゃ、そろそろ帰ろうか」

 フィリオがそう言ってレイネの手を握ったその時だった。

「……ちょっと……まって……」

「ん?」

「……おいしいパン……ありがとう」
 
レイネがルミンに突然言い放ったその言葉に、二人は驚いて彼女の方を向いた。

「ほら! レイネちゃんは私のパンの良さを分かってるんだよ……うんうん……」

 ルミンは染み染みとうなづく。

「ルミン、実は……僕もお前のパンは世界一だと思ってる。いつもありがとな」

 フィリオがレイネに続いて鼻を擦りながら言った。

「な、何よ急に……! さっきまでツンツンしてた癖に……」

 ルミンは目を逸らして、頬を少し赤らめた。

「……また……たべたい」

 レイネはそう言って、ルミンの顔を見て微笑んだ。


次のエピソードへ進む #5 Green


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 あれから一晩の時間が流れ、新たな朝がルーンプレナにも訪れた。
「ん……レイネ……」
 フィリオはむくりと起き、レイネが彼の腕に抱きつきながらまだすやすや寝ているのに気が付いた。彼はそっと微笑んで、また彼女の頭を撫でるのだった。
「……ん……」
 レイネがそっと目を開けた。穢れのない瞳が陽の光を反射して輝いている。
「おはよう、レイネ」
「……おはよう」
レイネは小さく挨拶した。彼女が起き上がると、フィリオは彼女の長く繊細な髪が激しく乱れてしまっていることに目に付いた。
「レイネ、今日は寝癖が酷いな。そのまま外に出るわけにはいかないから、ちょっと椅子に座って待ってて」
フィリオはそういうと、寝室の棚から置き鏡を取り出した。木でできたそれは、どこか素朴な雰囲気を感じさせる。レイネはその小さく細い足で居間へと歩いていった。
「お待たせ、今髪梳かしてやるからじっとしててな」
 しばらくしてフィリオがレイネの元へ来て言った。彼はテーブルに鏡を置いて、水で濡らした手でレイネの髪を手櫛で器用に、なぞるように梳かしていく。
「よし、と。どうかな? 綺麗になったでしょ」
「……うん」
 レイネは小さくうなづく。
「でも髪型をもっと可愛くしたいな……あ、そうだ、あいつに昔教えてもらった髪型、作ってみるか」
 そう言ってフィリオはレイネの長い髪を編み込み始めた。これまで統率の取れていなかった髪達が、フィリオの手によってみるみる纏まっていく。彼女はその間ずっと鏡の中の少女を眺めていた。
「なかなか良いんじゃない? 僕にしては上出来だ。レイネ、鏡で見てみてよ。どうかな?」
 フィリオはそう言って優しく笑う。レイネは鏡をまるで初めて見たかのように自分の顔を上下左右に動かして、彼女の動きに完全にシンクロしている鏡の中の少女を見て、驚いたような顔をした。それから彼女はそっと手を鏡に向かって押し当てた。鏡の中の少女も同じ動きをする。彼女はようやく鏡の中の少女が自分だということに学び、閃いたような顔をした。フィリオはそんな彼女の姿を微笑ましく見ていた。するとレイネは鏡を見て自分の髪型の変化に気付いた。
「……これ、なに?」
「そう、君のために作った髪型。似合ってるよ」
「……にあってる?」
「綺麗って事だよ」
 フィリオの言葉にレイネは少し照れたように顔を下に向けた。彼女がそんな表情を見せたのは、二人が出会ってから初めての事だった。
 その後二人は、まるで昨日を繰り返すように朝食を済ませた。ペントはまだ食べ足りないと口を開けて訴える。
「もうお前の分の飯はないよ」
 フィリオは窓辺にある籠の中のペントに言う。それから彼は、椅子に体育座りになって小さく座っているレイネにこう言った。
「ちょっといいか、レイネ。話がある」
「……はなし?」
「僕は君の事がもっと知りたい。一応僕は、勝手に君を保護させてもらってる。少しでも早く君の本当の居場所に返す責任がある訳だ。話せることだけでいい。少しずつでいい。君のこと、何でも聞かせてくれ」
「……」
「ごめん、一気に喋りすぎたな。まぁ要するに、君自身について覚えてること、思い出したことがあったら、僕に教えてくれってことだ」
「……」
 フィリオはとにかく彼女の事が心配でしょうがなかった。あの日、満月の夜に出会った謎の少女、レイネ。彼の夢に出てきた少女はレイネなのか。彼女は一体何者なのか。今の彼が具体的な行動ですぐに解決出来るような問題ではなかった。
「そうだ、一つ言っておこう。君が何者か。それが分かるまでは……レイネ。君は僕らの家族だ」
 それから二人は、散歩ついでにパン屋へ出かける事にした。
「今日も丁度いい気温でいいね。レイネ」
 フィリオが歩きながら頭の後ろに両手を当てて言った。彼は大好きなルーンプレナの街を散歩する事を毎日の日課としている。春の暖かい風が二人の肌をそっと撫でる。
 しばらく歩いて、二人はパン屋に到着した。このパン屋にフィリオはいつもパンを買いに来ていて、彼の幼馴染が店主をやっている。
「さ、ここが僕の幼馴染がやってるパン屋だ。食いたいものあったら遠慮なく言ってな」
 フィリオが店のドアを開けると、ドアベルの音が鳴るのと同時に、店のカウンターに佇むフィリオと同じ年齢程の娘が言う。
「お!フィリオじゃーん……って、その子誰?あんた妹いたっけ?」
「あぁ、この子はレイネって言って……浜辺で倒れてたのを、僕が保護した」
「あーそう……って! 倒れてたって何よ? 意味わかんないんですけど!?」
娘は驚きのあまり店のカウンターを両手でドンと勢いよく叩いて身を乗り出した。
「あ……まぁ落ち着け。こいつはどういう訳か自分の名前以外の記憶がなくて、感情にも乏しくてな……元の家族に返してやるのは結構時間かかりそうなんだ」
「あー、急展開過ぎて直ぐには飲み込めないわ……まぁともかく、レイネちゃん、だっけ? よろしくねー!」
 娘は考え込む様にして額に手をやったが、直ぐ顔を上げて、フィリオの手を強く握るレイネに向かってとびきりの笑顔を送った。
 異常なまでの明るさ。それが彼女の長所だ。
「レイネ。このやたら明るい女はルミンって名前だ。あんまり近づくと喋り出して止まらないうるさい奴だ」
「はぁー? その言い方は流石に許容出来ないわね……」
「すまんすまん、軽い冗談だよルミンさん……レイネはうるさいところが苦手でな……」
「あーそう。って、それじゃ私がうるさい奴ってのは本音だったワケ!? 信じらんない……もう……ま、いいや。そんじゃあ、注文どうぞー。って、フィリオだからいつものに決まってるか」
 彼女はそんな事を一人でベラベラ喋りながら、長い茶色の髪を揺らして店の奥のオーブンへと向かった。
 異常なまでの切り替えの早さ。それが彼女のもう一つの長所だ。
「レイネ、ルミンはこんな奴だけど、作るパンは世界一だと俺は思ってる。家で食べてたあのパン、美味かったろ?あれだってみんな、あいつが作ったんだからな」
 フィリオは何処か誇らしげにそう言った。
 しばらくしてルミンがオーブンからバスケットいっぱいのパンを抱えてカウンターに戻ってきた。
「さー! 焼きたてほやほやルミン特製ウルトラスーパーミラクルスペシャルパンだよー!」
「言い過ぎだ」
 フィリオが突っ込む。
「あー。ほんっとフィリオって冷たいよね……」
 ルミンが寂しそうに言う。
「はいはい。じゃ、そろそろ帰ろうか」
 フィリオがそう言ってレイネの手を握ったその時だった。
「……ちょっと……まって……」
「ん?」
「……おいしいパン……ありがとう」
レイネがルミンに突然言い放ったその言葉に、二人は驚いて彼女の方を向いた。
「ほら! レイネちゃんは私のパンの良さを分かってるんだよ……うんうん……」
 ルミンは染み染みとうなづく。
「ルミン、実は……僕もお前のパンは世界一だと思ってる。いつもありがとな」
 フィリオがレイネに続いて鼻を擦りながら言った。
「な、何よ急に……! さっきまでツンツンしてた癖に……」
 ルミンは目を逸らして、頬を少し赤らめた。
「……また……たべたい」
 レイネはそう言って、ルミンの顔を見て微笑んだ。