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2話 邪悪

ー/ー






 ――剣鬼か。
 肩で切り揃えられた金髪に、戦闘傷のない端正な顔立ちは、常勝不敗たる所以(ゆえん)をその容姿一つで示している。
 空色の瞳が部下の声に反応し、ゆったりと揺れる。
 手に提げるは〈長剣のデバイス〉――外部からマシーナを取り込み、その量に応じて刀身を紅く染める型式。
 既に何体もの機人を葬ったのだろう。十字を形成する白銀の護拳(ごけん)とは対照的に、刀身の中央に掘られた血抜き溝では赤黒いマシーナ粒子を循環させている。
 殺傷のための兵器型デバイスであるにもかかわらず、()()()()()()と錯覚した。

 戦場で一切の焦燥も不安も見せない立ち姿。
 マシーナ警報の中、恐らく自分の死は勘定に入れず、最短で機人を討伐することだけを計算しているのだろう。
 剣の鬼と呼ばれるだけある。

 ファナリスは横目でこちらを確認すると、背後に近付く機人(きじん)には見向きもせず、一振りで致命傷を与え切り伏せた。
 凛とした目で、速度を緩めないリーレニカを捉えると――剣を握り直す。

「凄いプレッシャーね」

 思わず呟く。
 気付けば指先が小さく震えていた。
 ――震えるのは久しぶりだ。
 無意識に〈(とばり)〉の起動時間を延長させる。
 リーレニカを取り巻く夜空色のカーテンが鈍く明滅するのを感じた。

「団長、俺が出ます!」
「功績を上げるのは俺だ!」

 また気の強い若い兵が二人、進行ルートに飛び出してくる。

「何をしている、よせ――」

 ファナリスが兵二人に声を掛けるより早く、リーレニカの加速はギアを上げた。
 二人は恐らく〈白札〉のスクァードより若い。この騒動に臨時で駆り出された王立騎士学園の学徒だろう。
 今回の件で功績を上げれば、飛び級で騎士団への就任も可能と言ったところか。
 スクァードに比べ警戒心がない。殺すことに執心し特攻してくる。ただの蛮勇(ばんゆう)故に厄介だ。組み伏せてでも自分の進行を止める気概を感じる。

 とはいえ未熟な兵にまで〈深海(しんかい)〉の連発は避けたい。レイヤー()と会敵する可能性は無視できない状況。余力は常に残しておく必要がある。

 ならば手加減はしない。

 スペツナズナイフを二本、深く握る。手荒だが情は必要ない。
 殺傷は両腕とも、必ず一刀で済ませる。足を緩めることは論外だ。
 殺すシミュレーションは済ませた。
 兵二人と肉薄する。

「一体目!」

 意気揚々と剣を振り上げる兵二人の頭上に、突然大きな影が差す。
 不気味な二つのマネキン――機人(きじん)だった。

「 え 」

 一人は狼狽え体勢を崩す。もう一人は間に合わないと悟りながらも剣を頭上へ振りあげようとしていた。
 マネキンは馬鹿にするように、粘液を引きながらニヤつくように口を割る。

 ――未熟だけれど、勘はいいわね。

 スペツナズナイフを射出させ、兵二人の耳を掠める。
 機人(きじん)二体の額を正確に貫き、再度トリガーを引いてワイヤー伝いに回収した。
 マシーナ殺しの毒を含んだ刀身は、瞬時にマネキンの血中マシーナを食い荒らす。絶命したマネキンは口を開けたまま力を抜き、兵二人に覆い被さる。リーレニカはその隙間を縫って通過した。

 マネキンに押し倒された形となった二人から、慌てふためく情けない悲鳴が聞こえる。既にマネキンは殺したというのに。
 胸部の赤い宝石――マシーナ・コアは破壊していない。故に急所ではなく体内から自壊するマネキンは、通常の消滅方法と異なる。肉体が粒子状に分解されないため、彼らの慌てようは無理もないのだろう。
 彼らには悪いが、気付くまで醜態を晒してもらうこととした。

 まだ問題は解決していない。
 剣鬼――ファナリス・フリートベルクがこちらから視線を外さない。
 少し驚いた表情をしていたが、直ぐに騎士の表情へ戻る。
 確かに向こうからは「機人(きじん)を攻撃する機人(きじん)」という構図に映っているのだから、〈(とばり)〉を起動しているリーレニカが奇妙な個体だと思われてもおかしくはない。

 そうしてファナリスの間合いに入る際、ナイフ二本での剣戟(けんげき)の防御と、出し惜しみを諦め〈深海(しんかい)〉を起動しようとした。

『ほう? こいつは面白い』

 Amaryllis(アマリリス)が物珍しそうな反応を示す。
 ファナリスはリーレニカに切り掛からず――見逃した。

「な……どうして」

 この場の誰もが自分を機人(きじん)と認識し疑わない中、ファナリスから殺気が一切感じられなかった。
 柄を握る手にも力はなく、そういう剣技というわけでもない。
 ただ、高速で駆ける黒い人影を見逃した。

 ――なぜ機人(きじん)を見逃す? 無害だと判断したのか? この騒ぎだ。変異体であってもおかしくないのに。
 あらゆる可能性を考えるが、とにかく危険地帯を脱した事実だけを受け止める。そろそろ〈(とばり)〉が解除される時間だ。

『もう解くぞ』

 再び人気(ひとけ)のない道に抜け、リーレニカの正体を秘匿する漆黒の〈(とばり)〉が解除される。流水で洗い流される泥のように、夜空色のマシーナ反応が解けていった。

『リーレニカ、そろそろポイントDだ。機人(きじん)は居るか?』
「ポイントCには数体ほど。ファナリス隊が掃討に当たっていたところにエンカウントしましたが、通過しました。ここは人が大勢居ますが――」

 広範囲を目標としたポイントで、ターゲットがどこに居るかは判別が難しい。更に中央を目指し、駆ける。
 ある程度進んだところで、走る速度を緩めた。

 ――ん?
 ――()()()()()()

 何か引っかかる。
 ――何故多発的に発熱者がいて、皆平然と外に居るんだ?
 それどころか、パレードのピエロが子供の手を取り街を闊歩(かっぽ)している。
 ――憲兵が慌ただしくしているのに、外出規制されていない?

()()()()()()()は平気なのかね?」

 声が聞こえ、気温が低くなった。
 ……違う。寒気だ。

「誰?」
「誰とはご挨拶だな。花売りの小娘」
「――アルニスタさん?」

 群衆の中、黒みがかった長い金髪を(なび)かせたマントの男が立っている。
 半径五メートルに人避けを施しているのか、マシーナ起動式の痕跡を知覚した。
 興味深そうに、サングラスをかけた(めしい)の男は見えないはずのリーレニカを凝視する。

 獲物を見つけた蛇のように、邪悪に嗤っていた。


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 ――剣鬼か。
 肩で切り揃えられた金髪に、戦闘傷のない端正な顔立ちは、常勝不敗たる|所以《ゆえん》をその容姿一つで示している。
 空色の瞳が部下の声に反応し、ゆったりと揺れる。
 手に提げるは〈長剣のデバイス〉――外部からマシーナを取り込み、その量に応じて刀身を紅く染める型式。
 既に何体もの機人を葬ったのだろう。十字を形成する白銀の|護拳《ごけん》とは対照的に、刀身の中央に掘られた血抜き溝では赤黒いマシーナ粒子を循環させている。
 殺傷のための兵器型デバイスであるにもかかわらず、|薔《・》|薇《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|だ《・》と錯覚した。
 戦場で一切の焦燥も不安も見せない立ち姿。
 マシーナ警報の中、恐らく自分の死は勘定に入れず、最短で機人を討伐することだけを計算しているのだろう。
 剣の鬼と呼ばれるだけある。
 ファナリスは横目でこちらを確認すると、背後に近付く|機人《きじん》には見向きもせず、一振りで致命傷を与え切り伏せた。
 凛とした目で、速度を緩めないリーレニカを捉えると――剣を握り直す。
「凄いプレッシャーね」
 思わず呟く。
 気付けば指先が小さく震えていた。
 ――震えるのは久しぶりだ。
 無意識に〈|帳《とばり》〉の起動時間を延長させる。
 リーレニカを取り巻く夜空色のカーテンが鈍く明滅するのを感じた。
「団長、俺が出ます!」
「功績を上げるのは俺だ!」
 また気の強い若い兵が二人、進行ルートに飛び出してくる。
「何をしている、よせ――」
 ファナリスが兵二人に声を掛けるより早く、リーレニカの加速はギアを上げた。
 二人は恐らく〈白札〉のスクァードより若い。この騒動に臨時で駆り出された王立騎士学園の学徒だろう。
 今回の件で功績を上げれば、飛び級で騎士団への就任も可能と言ったところか。
 スクァードに比べ警戒心がない。殺すことに執心し特攻してくる。ただの|蛮勇《ばんゆう》故に厄介だ。組み伏せてでも自分の進行を止める気概を感じる。
 とはいえ未熟な兵にまで〈|深海《しんかい》〉の連発は避けたい。レイヤー|伍《ご》と会敵する可能性は無視できない状況。余力は常に残しておく必要がある。
 ならば手加減はしない。
 スペツナズナイフを二本、深く握る。手荒だが情は必要ない。
 殺傷は両腕とも、必ず一刀で済ませる。足を緩めることは論外だ。
 殺すシミュレーションは済ませた。
 兵二人と肉薄する。
「一体目!」
 意気揚々と剣を振り上げる兵二人の頭上に、突然大きな影が差す。
 不気味な二つのマネキン――|機人《きじん》だった。
「 え 」
 一人は狼狽え体勢を崩す。もう一人は間に合わないと悟りながらも剣を頭上へ振りあげようとしていた。
 マネキンは馬鹿にするように、粘液を引きながらニヤつくように口を割る。
 ――未熟だけれど、勘はいいわね。
 スペツナズナイフを射出させ、兵二人の耳を掠める。
 |機人《きじん》二体の額を正確に貫き、再度トリガーを引いてワイヤー伝いに回収した。
 マシーナ殺しの毒を含んだ刀身は、瞬時にマネキンの血中マシーナを食い荒らす。絶命したマネキンは口を開けたまま力を抜き、兵二人に覆い被さる。リーレニカはその隙間を縫って通過した。
 マネキンに押し倒された形となった二人から、慌てふためく情けない悲鳴が聞こえる。既にマネキンは殺したというのに。
 胸部の赤い宝石――マシーナ・コアは破壊していない。故に急所ではなく体内から自壊するマネキンは、通常の消滅方法と異なる。肉体が粒子状に分解されないため、彼らの慌てようは無理もないのだろう。
 彼らには悪いが、気付くまで醜態を晒してもらうこととした。
 まだ問題は解決していない。
 剣鬼――ファナリス・フリートベルクがこちらから視線を外さない。
 少し驚いた表情をしていたが、直ぐに騎士の表情へ戻る。
 確かに向こうからは「|機人《きじん》を攻撃する|機人《きじん》」という構図に映っているのだから、〈|帳《とばり》〉を起動しているリーレニカが奇妙な個体だと思われてもおかしくはない。
 そうしてファナリスの間合いに入る際、ナイフ二本での|剣戟《けんげき》の防御と、出し惜しみを諦め〈|深海《しんかい》〉を起動しようとした。
『ほう? こいつは面白い』
 |Amaryllis《アマリリス》が物珍しそうな反応を示す。
 ファナリスはリーレニカに切り掛からず――見逃した。
「な……どうして」
 この場の誰もが自分を|機人《きじん》と認識し疑わない中、ファナリスから殺気が一切感じられなかった。
 柄を握る手にも力はなく、そういう剣技というわけでもない。
 ただ、高速で駆ける黒い人影を見逃した。
 ――なぜ|機人《きじん》を見逃す? 無害だと判断したのか? この騒ぎだ。変異体であってもおかしくないのに。
 あらゆる可能性を考えるが、とにかく危険地帯を脱した事実だけを受け止める。そろそろ〈|帳《とばり》〉が解除される時間だ。
『もう解くぞ』
 再び|人気《ひとけ》のない道に抜け、リーレニカの正体を秘匿する漆黒の〈|帳《とばり》〉が解除される。流水で洗い流される泥のように、夜空色のマシーナ反応が解けていった。
『リーレニカ、そろそろポイントDだ。|機人《きじん》は居るか?』
「ポイントCには数体ほど。ファナリス隊が掃討に当たっていたところにエンカウントしましたが、通過しました。ここは人が大勢居ますが――」
 広範囲を目標としたポイントで、ターゲットがどこに居るかは判別が難しい。更に中央を目指し、駆ける。
 ある程度進んだところで、走る速度を緩めた。
 ――ん?
 ――|人《・》|は《・》|大《・》|勢《・》|い《・》|る《・》?
 何か引っかかる。
 ――何故多発的に発熱者がいて、皆平然と外に居るんだ?
 それどころか、パレードのピエロが子供の手を取り街を|闊歩《かっぽ》している。
 ――憲兵が慌ただしくしているのに、外出規制されていない?
「|機《・》|械《・》|細《・》|胞《・》|の《・》|花《・》|粉《・》は平気なのかね?」
 声が聞こえ、気温が低くなった。
 ……違う。寒気だ。
「誰?」
「誰とはご挨拶だな。花売りの小娘」
「――アルニスタさん?」
 群衆の中、黒みがかった長い金髪を|靡《なび》かせたマントの男が立っている。
 半径五メートルに人避けを施しているのか、マシーナ起動式の痕跡を知覚した。
 興味深そうに、サングラスをかけた|盲《めしい》の男は見えないはずのリーレニカを凝視する。
 獲物を見つけた蛇のように、邪悪に嗤っていた。