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【6】

ー/ー



「あゆ美! ゴメン、ちょっと遅れた?」
 改札の外に、友人の遠目にも間違いようのない後ろ姿を見つけて、怜那はゆったりした歩調を慌てて速めた。
 ICカードを入れたパスケースを改札機にタッチして通り抜けると、背後から彼女の右肘を軽く掴むようにして声を掛ける。

「あ、怜那ちゃん。ううん、わたしが早く着き過ぎただけ」
 微笑んで振り返るあゆ美に、怜那もよかったと笑う。


    ◇  ◇  ◇
《怜那ちゃん。わたし、告白したよ。》

 卒業式だった昨日。
 沖との学校での最後の時間を惜しみながらも、いつまでも彼の時間を奪うわけにもいかず、未練たっぷりのまま帰宅した。

 校舎の出入り口まで送ってくれた沖と別れたあとも、怜那は彼との逢瀬の余韻に浸っていた。スマートフォンは、クラスでの記念撮影のあと電源を切ったままバッグの中。

 部屋で、もう二度と袖を通すこともない着慣れた制服を脱いで私服に着替える。そこでようやく、バッグから取り出した端末に電源を入れて、──怜那はあゆ美からのメッセージに気づいたのだ。

《いつものカフェの新作ドリンク飲みたいな。また、話聞いて。》

 書かれた内容より先に、二つのメッセージの間のスタンプが目に飛び込んで来た。大粒の涙を零すヒヨコ。──つまり。

「わたし、卒業したら康之先生に告白する」

 放課後の教室での、あゆ美の台詞。
 少し揉めて、仲直りして。改めて、清々しい笑顔で宣言した彼女が脳裏に浮かぶ。さっき校舎の窓から見下ろした、中庭での二人の姿も。

《ゴメン、すぐに返せなくて!》

《カフェ、おっけー。明日でもいいよ。あゆ美に合わせる!》

 微かに震える指で、何とかメッセージを書いて送信した。
 心臓が早鐘を打つ。沖のことなど、一瞬で身の内から消し飛んでしまった。

 ──あゆ美。私、なんて言ったらいい? ……何を、言える?

 それでも、あゆ美が会いたい、話を聞いて欲しいと望むなら、断る選択肢などある筈もなかった。
 何ものにも代え難い大切な、怜那の友人。『親友』なんて、薄っぺらで陳腐だとしか感じなかった単語を唯一(てら)いなく使える彼女。

 家族と、幼馴染みの大翔と、恋人の沖。彼らと甲乙つけがたい程の、けれどまた違うカテゴリの存在なのだ。

 ──トモダチもカレシも。欲しいと思ったことなんかなかった。なんでみんな他人のことであんな必死なのか、全然イミフだった。……私は、ホントに子どもだったんだ。

 高校を卒業し、別々の大学に進むことになる二人。
 もともと目指す進路がまったく別なので、初めから想定内の結果ではある。
 それでも変わらず付き合って行きたいし、行けると信じられるだけの関係を築いて来た自負があった。

 今日は互いの家からの交通事情も勘案した上で、少し大きな駅で待ち合わせた。あゆ美のお気に入りで二人がよく行くカフェは有名チェーンで、大抵の街中に店を構えているからだ。

「カフェ、どこだっけ? 駅の近くだよね?」
「うん、ここを右」
 普段訪れる駅ではない筈なのに、お気に入りだけあってさすがに詳しい。
 店に入り、カウンターで注文したドリンクを受け取って、二人掛け用の席に対面で座る。

「この新作、飲みたかったの。イチゴ大好き」
 ストロベリーソースのかかったホイップクリームに赤い果実。スプーンでクリームを掬いながら嬉しそうな彼女。

「あんまり新作飛びつかないけど、これはいいね。つい乗せられちゃったよ」
 同じものを頼んだ怜那も、スプーンを手にする。

「怜那ちゃん、勝ち負けじゃないと思うの……」
 二口、三口。

「怜那ちゃん。──意味、わかったよね?」
 スプーンをカップにそっと戻して、おもむろにあゆ美が言葉を発する。
 感情の読めない、見蕩れるほど綺麗なアルカイックスマイル。

「……まー、ね」
「最初から断られる前提だったから、そんなにショックじゃなかったのよ。その筈なの。だけど、……やっぱり平気じゃないのって、どこかで期待してたってことよね」
「あゆ美……」
 わかってはいても、拒絶されて何も感じない方がどうかしている。
 ただ、怜那にはきちんと言葉にして伝える力がない。

「あんまり詳しくは話せないけど。康之先生、お付き合いしてる方がいらっしゃるんだって」
「そ、っか」
 いま自分が何を言っても、彼女の心に真には届けられない気がする。怜那は、あゆ美と同じ立場ではない。

 ──好きな人と、恋人同士になったのだから。

 そんなつもりはさらさらなくても、上からの物言いに聞こえるかもしれない。

「やだ、そんな顔しないで。──でもね、怜那ちゃんがわたしのために哀しそうにしてくれるの、幸せだなって思う。そういう友達いなかったから、わたし」
 上手く言えなくてごめんね、と少し潤んだ瞳でぎこちない笑顔を作る彼女に、怜那はバッグを探ってハンカチ代わりのミニタオルを取り出して突き出す。

「……なんで私の前で無理に笑うの? そんな他人行儀な関係だった?」
 つっけんどんな言葉に、あゆ美ははっとしたように怜那の目を見た。そのまま機械のように右手を出してミニタオルを受け取り、両手で目元に当てる。

「ゴメン、言い方が──」
 怜那の声に、あゆ美は目を覆ったまま首を左右に振った。

「あり、がと。ちょっと、外していい?」
 公の場で泣くことが(はばか)られるのだろう。ただでさえ目立つ彼女のことだから、余計に周りの視線を気にするのも仕方ない。

「いいよ、いつまでも待ってる」
 言い終わらないうちに席を立ち化粧室に行こうとするあゆ美に、怜那は静かに告げた。

「あゆ美、そのカッコ、今歩いて来るの見たらすっごいステキじゃん。エレガントってーの? 違うか? やっぱスタイルいいとなんでも着こなせるよねー、さすが!」
 しばらくして、いつも通りの顔で戻って来た彼女の、(くるぶし)近くまである柔らかな素材のスカートを指しながらの怜那の台詞。
 あゆ美は、腰を下ろしながら少し照れくさそうに笑う。たとえ事前の流れがどうであろうと、怜那が上辺だけのお世辞など口にするわけもないと彼女はよく知っているから。

「ありがとう。以前はね、なんていうかイメージに合わせてあんまり女の子っぽくしない方がいいかなと思ってたの。でも──」
 早とちりした怜那が咄嗟に否定しようとする前に、あゆ美は大丈夫というように掌を向けて続けた。

「怜那ちゃん、倉掛(くらかけ)さんて覚えてる? というか、知ってる? 委員会で一緒になってから、何かとわたしのところに来てくれてた子なんだけど」
「えーと、名前ははっきり知らなかったけど、あの二年の子かな? 私とおんなじくらいの背の、ツインテールにいつもシュシュ付けてる子?」
 まるで繋がらないように思える話題に少し不思議に思いつつ、怜那は記憶を引っ張り出して答える。

「そうそう。あの子がね、──その、わたしこういうタイプでしょ? 背も高いし、髪も短くてボーイッシュっていうかマニッシュっていうか。でも倉掛さんは、わたしが男っぽいって言われてる意味がわからないんだって」
「え、その通りじゃない? あゆ美のどこが男っぽいんだよ。私なんかよりよっぽどおしとやかで可愛いじゃん」
 当然のように告げる怜那に、彼女はきょとんとしている。

「誰かになんか言われて、気にしてんのかもしれないけどさぁ。その、倉掛さんみたいにちゃんとあゆ美のこと見てる子にはすぐわかるんだから。勝手な思い込みで話作る失礼な奴、相手する必要ないよ。──あ、でもそーいう服着てるってことは、それくらいもうわかってるんだよね。ゴメン」
 なんか熱くなっちゃって、と謝る怜那に、あゆ美はとんでもないという風に顔の前で手を振る。

「謝らないで、凄く嬉しい。私、本当はこういう綺麗目の服に憧れてたの。今まで、どうせわたしには似合わないって諦めて、パンツばっかりだったんだけど。ちょっと寄ったショップのお姉さんが、セールストークかもしれないけど似合うって褒めてくれて。着て行くとこないのに買っちゃったの。でも、──怜那ちゃんなら似合わなくても絶対笑わないから、思い切って着て来たわ」
「大学入ったら、いくらでも着りゃーいいじゃん。でもさ、あゆ美が自分に自信持てるようになったら、もう怖いもんなしだよね。アンタくらいスペック高い子って、そうは居ないよ」
 怜那の本音に、あゆ美はそれでもまだ懐疑的なようで、少しずれた感想を返して来る。

「怜那ちゃんて、本当に優しいのね。怜那ちゃんこそ、誤解してる人が多くてわたし悔しい」
「いや、だから。……まーいいや。自分の大事な人にわかってもらえるんなら、他の奴らなんてどーでもいいよ。つか、私が誤解されるようなこと言ったりしたりしてるせいもあるよ、きっと」
 ある意味天然なあゆ美に納得させることを、怜那は早々に諦める。

「でも、怜那ちゃんも意外とそういう格好似合うのね。もっと如何にもガーリーな服が合いそうと思ってたから。ううん、それもきっとぴったりだけど」
 怜那の、普段着との境目がわからないようなカジュアルなシャツとカーゴパンツを見て、彼女が感想を述べた。

「あー、私中味がガーリーじゃないから。たぶんあゆ美が言うようなひらひら? ふわふわ? って、なんか邪魔でめんどくせーなってなっちゃいそうだよ」
 人形(ドール)のような可愛らしい顔から吐き出されるとは思えない、まるで別人が吹き替えているかの如き内容。
 聞いているだけで、今のシンプルな格好が怜那の本質に沿っているのだろうと納得できる。

「自分から言っておいてなんだけど。もう、凄くわかる。可愛いワンピースとか着た怜那ちゃんが、スカート持ち上げてうんざりしてるところが浮かぶわ」
 かなり落ち着いたようだ。──よかった。
 笑いを堪えきれないといった様子のあゆ美に、怜那も内心胸を撫で下ろした。

「怜那ちゃん、そろそろ出ない? ちょっと混んで来てるし」
「あ、そーだね。このあとどうする?」
 首肯して尋ねた怜那に、あゆ美は遠慮がちに切り出して来る。

「もしよかったら。わたし、いろいろ見たいものがあるんだけど。付き合ってもらえる?」
「もちろん。何? 服とか?」
 怜那があっさり承諾すると、彼女はホッとしたように笑みを浮かべた。

「服も見たいな。今日は買えないけど。──あの、友達とお買い物してみたかっただけなの。ごめんね」
 すべてにおいて遠慮がちなこの言動は、もうあゆ美の個性なのだろう。気を遣い過ぎてしまうとでもいうのか。
 それなら怜那も自分らしく返そうと口を開く。

「付き合ってあげる(・・・)んじゃなくてさ、一緒に見るんだよ」
 きっぱり告げてから、怜那はあゆ美を促して出口へ向かった。


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 改札の外に、友人の遠目にも間違いようのない後ろ姿を見つけて、怜那はゆったりした歩調を慌てて速めた。
 ICカードを入れたパスケースを改札機にタッチして通り抜けると、背後から彼女の右肘を軽く掴むようにして声を掛ける。
「あ、怜那ちゃん。ううん、わたしが早く着き過ぎただけ」
 微笑んで振り返るあゆ美に、怜那もよかったと笑う。
    ◇  ◇  ◇
《怜那ちゃん。わたし、告白したよ。》
 卒業式だった昨日。
 沖との学校での最後の時間を惜しみながらも、いつまでも彼の時間を奪うわけにもいかず、未練たっぷりのまま帰宅した。
 校舎の出入り口まで送ってくれた沖と別れたあとも、怜那は彼との逢瀬の余韻に浸っていた。スマートフォンは、クラスでの記念撮影のあと電源を切ったままバッグの中。
 部屋で、もう二度と袖を通すこともない着慣れた制服を脱いで私服に着替える。そこでようやく、バッグから取り出した端末に電源を入れて、──怜那はあゆ美からのメッセージに気づいたのだ。
《いつものカフェの新作ドリンク飲みたいな。また、話聞いて。》
 書かれた内容より先に、二つのメッセージの間のスタンプが目に飛び込んで来た。大粒の涙を零すヒヨコ。──つまり。
「わたし、卒業したら康之先生に告白する」
 放課後の教室での、あゆ美の台詞。
 少し揉めて、仲直りして。改めて、清々しい笑顔で宣言した彼女が脳裏に浮かぶ。さっき校舎の窓から見下ろした、中庭での二人の姿も。
《ゴメン、すぐに返せなくて!》
《カフェ、おっけー。明日でもいいよ。あゆ美に合わせる!》
 微かに震える指で、何とかメッセージを書いて送信した。
 心臓が早鐘を打つ。沖のことなど、一瞬で身の内から消し飛んでしまった。
 ──あゆ美。私、なんて言ったらいい? ……何を、言える?
 それでも、あゆ美が会いたい、話を聞いて欲しいと望むなら、断る選択肢などある筈もなかった。
 何ものにも代え難い大切な、怜那の友人。『親友』なんて、薄っぺらで陳腐だとしか感じなかった単語を唯一|衒《てら》いなく使える彼女。
 家族と、幼馴染みの大翔と、恋人の沖。彼らと甲乙つけがたい程の、けれどまた違うカテゴリの存在なのだ。
 ──トモダチもカレシも。欲しいと思ったことなんかなかった。なんでみんな他人のことであんな必死なのか、全然イミフだった。……私は、ホントに子どもだったんだ。
 高校を卒業し、別々の大学に進むことになる二人。
 もともと目指す進路がまったく別なので、初めから想定内の結果ではある。
 それでも変わらず付き合って行きたいし、行けると信じられるだけの関係を築いて来た自負があった。
 今日は互いの家からの交通事情も勘案した上で、少し大きな駅で待ち合わせた。あゆ美のお気に入りで二人がよく行くカフェは有名チェーンで、大抵の街中に店を構えているからだ。
「カフェ、どこだっけ? 駅の近くだよね?」
「うん、ここを右」
 普段訪れる駅ではない筈なのに、お気に入りだけあってさすがに詳しい。
 店に入り、カウンターで注文したドリンクを受け取って、二人掛け用の席に対面で座る。
「この新作、飲みたかったの。イチゴ大好き」
 ストロベリーソースのかかったホイップクリームに赤い果実。スプーンでクリームを掬いながら嬉しそうな彼女。
「あんまり新作飛びつかないけど、これはいいね。つい乗せられちゃったよ」
 同じものを頼んだ怜那も、スプーンを手にする。
「怜那ちゃん、勝ち負けじゃないと思うの……」
 二口、三口。
「怜那ちゃん。──意味、わかったよね?」
 スプーンをカップにそっと戻して、おもむろにあゆ美が言葉を発する。
 感情の読めない、見蕩れるほど綺麗なアルカイックスマイル。
「……まー、ね」
「最初から断られる前提だったから、そんなにショックじゃなかったのよ。その筈なの。だけど、……やっぱり平気じゃないのって、どこかで期待してたってことよね」
「あゆ美……」
 わかってはいても、拒絶されて何も感じない方がどうかしている。
 ただ、怜那にはきちんと言葉にして伝える力がない。
「あんまり詳しくは話せないけど。康之先生、お付き合いしてる方がいらっしゃるんだって」
「そ、っか」
 いま自分が何を言っても、彼女の心に真には届けられない気がする。怜那は、あゆ美と同じ立場ではない。
 ──好きな人と、恋人同士になったのだから。
 そんなつもりはさらさらなくても、上からの物言いに聞こえるかもしれない。
「やだ、そんな顔しないで。──でもね、怜那ちゃんがわたしのために哀しそうにしてくれるの、幸せだなって思う。そういう友達いなかったから、わたし」
 上手く言えなくてごめんね、と少し潤んだ瞳でぎこちない笑顔を作る彼女に、怜那はバッグを探ってハンカチ代わりのミニタオルを取り出して突き出す。
「……なんで私の前で無理に笑うの? そんな他人行儀な関係だった?」
 つっけんどんな言葉に、あゆ美ははっとしたように怜那の目を見た。そのまま機械のように右手を出してミニタオルを受け取り、両手で目元に当てる。
「ゴメン、言い方が──」
 怜那の声に、あゆ美は目を覆ったまま首を左右に振った。
「あり、がと。ちょっと、外していい?」
 公の場で泣くことが|憚《はばか》られるのだろう。ただでさえ目立つ彼女のことだから、余計に周りの視線を気にするのも仕方ない。
「いいよ、いつまでも待ってる」
 言い終わらないうちに席を立ち化粧室に行こうとするあゆ美に、怜那は静かに告げた。
「あゆ美、そのカッコ、今歩いて来るの見たらすっごいステキじゃん。エレガントってーの? 違うか? やっぱスタイルいいとなんでも着こなせるよねー、さすが!」
 しばらくして、いつも通りの顔で戻って来た彼女の、|踝《くるぶし》近くまである柔らかな素材のスカートを指しながらの怜那の台詞。
 あゆ美は、腰を下ろしながら少し照れくさそうに笑う。たとえ事前の流れがどうであろうと、怜那が上辺だけのお世辞など口にするわけもないと彼女はよく知っているから。
「ありがとう。以前はね、なんていうかイメージに合わせてあんまり女の子っぽくしない方がいいかなと思ってたの。でも──」
 早とちりした怜那が咄嗟に否定しようとする前に、あゆ美は大丈夫というように掌を向けて続けた。
「怜那ちゃん、|倉掛《くらかけ》さんて覚えてる? というか、知ってる? 委員会で一緒になってから、何かとわたしのところに来てくれてた子なんだけど」
「えーと、名前ははっきり知らなかったけど、あの二年の子かな? 私とおんなじくらいの背の、ツインテールにいつもシュシュ付けてる子?」
 まるで繋がらないように思える話題に少し不思議に思いつつ、怜那は記憶を引っ張り出して答える。
「そうそう。あの子がね、──その、わたしこういうタイプでしょ? 背も高いし、髪も短くてボーイッシュっていうかマニッシュっていうか。でも倉掛さんは、わたしが男っぽいって言われてる意味がわからないんだって」
「え、その通りじゃない? あゆ美のどこが男っぽいんだよ。私なんかよりよっぽどおしとやかで可愛いじゃん」
 当然のように告げる怜那に、彼女はきょとんとしている。
「誰かになんか言われて、気にしてんのかもしれないけどさぁ。その、倉掛さんみたいにちゃんとあゆ美のこと見てる子にはすぐわかるんだから。勝手な思い込みで話作る失礼な奴、相手する必要ないよ。──あ、でもそーいう服着てるってことは、それくらいもうわかってるんだよね。ゴメン」
 なんか熱くなっちゃって、と謝る怜那に、あゆ美はとんでもないという風に顔の前で手を振る。
「謝らないで、凄く嬉しい。私、本当はこういう綺麗目の服に憧れてたの。今まで、どうせわたしには似合わないって諦めて、パンツばっかりだったんだけど。ちょっと寄ったショップのお姉さんが、セールストークかもしれないけど似合うって褒めてくれて。着て行くとこないのに買っちゃったの。でも、──怜那ちゃんなら似合わなくても絶対笑わないから、思い切って着て来たわ」
「大学入ったら、いくらでも着りゃーいいじゃん。でもさ、あゆ美が自分に自信持てるようになったら、もう怖いもんなしだよね。アンタくらいスペック高い子って、そうは居ないよ」
 怜那の本音に、あゆ美はそれでもまだ懐疑的なようで、少しずれた感想を返して来る。
「怜那ちゃんて、本当に優しいのね。怜那ちゃんこそ、誤解してる人が多くてわたし悔しい」
「いや、だから。……まーいいや。自分の大事な人にわかってもらえるんなら、他の奴らなんてどーでもいいよ。つか、私が誤解されるようなこと言ったりしたりしてるせいもあるよ、きっと」
 ある意味天然なあゆ美に納得させることを、怜那は早々に諦める。
「でも、怜那ちゃんも意外とそういう格好似合うのね。もっと如何にもガーリーな服が合いそうと思ってたから。ううん、それもきっとぴったりだけど」
 怜那の、普段着との境目がわからないようなカジュアルなシャツとカーゴパンツを見て、彼女が感想を述べた。
「あー、私中味がガーリーじゃないから。たぶんあゆ美が言うようなひらひら? ふわふわ? って、なんか邪魔でめんどくせーなってなっちゃいそうだよ」
 |人形《ドール》のような可愛らしい顔から吐き出されるとは思えない、まるで別人が吹き替えているかの如き内容。
 聞いているだけで、今のシンプルな格好が怜那の本質に沿っているのだろうと納得できる。
「自分から言っておいてなんだけど。もう、凄くわかる。可愛いワンピースとか着た怜那ちゃんが、スカート持ち上げてうんざりしてるところが浮かぶわ」
 かなり落ち着いたようだ。──よかった。
 笑いを堪えきれないといった様子のあゆ美に、怜那も内心胸を撫で下ろした。
「怜那ちゃん、そろそろ出ない? ちょっと混んで来てるし」
「あ、そーだね。このあとどうする?」
 首肯して尋ねた怜那に、あゆ美は遠慮がちに切り出して来る。
「もしよかったら。わたし、いろいろ見たいものがあるんだけど。付き合ってもらえる?」
「もちろん。何? 服とか?」
 怜那があっさり承諾すると、彼女はホッとしたように笑みを浮かべた。
「服も見たいな。今日は買えないけど。──あの、友達とお買い物してみたかっただけなの。ごめんね」
 すべてにおいて遠慮がちなこの言動は、もうあゆ美の個性なのだろう。気を遣い過ぎてしまうとでもいうのか。
 それなら怜那も自分らしく返そうと口を開く。
「付き合って|あげる《・・・》んじゃなくてさ、一緒に見るんだよ」
 きっぱり告げてから、怜那はあゆ美を促して出口へ向かった。