灰色の外側 後編
ー/ー 部屋に帰って、コップに水を張り、薔薇を挿した。
テーブルの上に置いて、向かいの椅子に腰を下ろし、静かに眺めた。
花びらは五枚。縁がわずかに波打っていて、重なり合うでもなく、離れているでもなく、ただそこにふわりと広がっていた。
ドレスの裾が床に落ちるときのような、あの無造作な丸さ。外側の桃色が、中心に向かうほど淡く溶けてゆき、白に近づく。その白の奥で、赤紫のシベと黄の雄しべが束になって、小さく華やいでいた。
この色は、消えない。
奈緒がどれだけ疲れていても、どれだけ空っぽになっていても、薔薇の色はそこにあり続ける。感情の色ではないから、誰の気持ちにも染まらない。それが今の奈緒には、言葉はならない、ささやかな救いだった。
三日後、薔薇は花びらを散らし始めた。
奈緒はすぐに片づけなかった。テーブルに落ちた花びらをそのまま一日眺めて、翌朝そっと集めた。花の色は少しずつ褪せ、柔らかく縮んでいた。
集めながら、ふと自分の手を見た。
手のまわりの空気に、灰色の中に、かすかな赤みが混じっていた。
消えてしまいそうなほど薄かった。でも確かに、そこにあった。
奈緒は花びらをすぐには捨てずに、窓辺にそっと並べた。
翌週、奈緒はまた花屋へ行った。
今度は薔薇ではなく、小さな鉢植えを選んだ。水やりのこと、日当たりのこと、肥料のことを店主に聞いた。店主は丁寧に、少し楽しそうに話してくれた。奈緒はメモを取った。
帰り際、店主が言った。「また来てください。来月、新しい薔薇が入りますよ」
奈緒は頷いた。
外に出ると、すれ違いざまに見知らぬ人がこちらを見た。目が合うと——いつものように逸らされるかと思ったら、そのままでいた。
その人が何色だったか、奈緒は帰り道、ずっと思い出そうとしていた。でも思い出せなかった。ただ、逸らされなかったことだけを、ずっと考えながら歩いた。
ー了ー
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