表示設定
表示設定
目次 目次




怪獣の棘 後編

ー/ー



 修二と最後に話したのは、いつだっただろうか?

 おそらく、十年以上も前のことだと思う。電話口で、互いに当たり障りのないことだけを言って、それっきりだ。

 薔薇の棘を鼻にくっつけて怪獣ごっこをしていたのは、修二だった。

 思い出した瞬間、健二は庭の真ん中で立ち尽くした。

 修二が先にやって見せて、健二がそれを真似した。修二は得意げに大声で笑って、ほら、お前も怪獣になれよ、と言った。二人で庭をさんざん歩きまわって、母に怒られた。薔薇の枝を折ったから。でも怒られながら、二人で笑いあっていた。


 そういう午後が、確かにあった。遠い日の中で。

 健二は右手の親指を見た。棘が刺さった場所に、小さな赤い点がある。じんじんとした痛みがまだ残っている。


 ー*ー


 ハサミを持つ手が、止まった。

 修二は何も知らないまま終わるのか。母の庭が売られることも、あの怪獣ごっこの薔薇がなくなることも。知らせるべきか、知らせなくていいか。そもそも連絡先がまだ有効かどうかもわからない。

 でも、と健二は思った。

 修二もどこかで、この季節に薔薇を見ることがあるだろうか。ふと棘を見て、子どもの頃を思い出すことがあるだろうか。庭のことを、まだ覚えているだろうか。

 わからなかった。

 午後二時、不動産屋が来た。

 健二は庭の薔薇を、三本だけ残した。根ごと掘り上げて鉢に移し、今の自分のマンションへ持って帰るつもりだった。育て方は知らないけれど、なんとかなるだろうと思った。


 帰り際、車のエンジンをかける前に、健二はスマートフォンを取り出した。修二の番号は、まだ連絡先に残っていた。

 発信ボタンを押すかどうか、しばらく迷った。

 結局、押さなかった。

 けれど、消去もしなかった。


ー*ー


 翌年の五月、鉢の薔薇はマンションのベランダで咲いた。健二は朝、コーヒーを持って出て、その花をしばらく眺めた。棘に触れないように気をつけながら、でも少しだけ指先を近づけた。

 痛みの手前で、止まった。



ー了ー






スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 棘の数だけ 前編


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 修二と最後に話したのは、いつだっただろうか?
 おそらく、十年以上も前のことだと思う。電話口で、互いに当たり障りのないことだけを言って、それっきりだ。
 薔薇の棘を鼻にくっつけて怪獣ごっこをしていたのは、修二だった。
 思い出した瞬間、健二は庭の真ん中で立ち尽くした。
 修二が先にやって見せて、健二がそれを真似した。修二は得意げに大声で笑って、ほら、お前も怪獣になれよ、と言った。二人で庭をさんざん歩きまわって、母に怒られた。薔薇の枝を折ったから。でも怒られながら、二人で笑いあっていた。
 そういう午後が、確かにあった。遠い日の中で。
 健二は右手の親指を見た。棘が刺さった場所に、小さな赤い点がある。じんじんとした痛みがまだ残っている。
 ー*ー
 ハサミを持つ手が、止まった。
 修二は何も知らないまま終わるのか。母の庭が売られることも、あの怪獣ごっこの薔薇がなくなることも。知らせるべきか、知らせなくていいか。そもそも連絡先がまだ有効かどうかもわからない。
 でも、と健二は思った。
 修二もどこかで、この季節に薔薇を見ることがあるだろうか。ふと棘を見て、子どもの頃を思い出すことがあるだろうか。庭のことを、まだ覚えているだろうか。
 わからなかった。
 午後二時、不動産屋が来た。
 健二は庭の薔薇を、三本だけ残した。根ごと掘り上げて鉢に移し、今の自分のマンションへ持って帰るつもりだった。育て方は知らないけれど、なんとかなるだろうと思った。
 帰り際、車のエンジンをかける前に、健二はスマートフォンを取り出した。修二の番号は、まだ連絡先に残っていた。
 発信ボタンを押すかどうか、しばらく迷った。
 結局、押さなかった。
 けれど、消去もしなかった。
ー*ー
 翌年の五月、鉢の薔薇はマンションのベランダで咲いた。健二は朝、コーヒーを持って出て、その花をしばらく眺めた。棘に触れないように気をつけながら、でも少しだけ指先を近づけた。
 痛みの手前で、止まった。
ー了ー