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第5話 海中奇襲艦隊

ー/ー



24日未明のことである。


「浮上急げ!」


「急げや急げ! 陽は待ってくれん!」


 ハワイのオアフ島沖合に鋼鉄のクジラが群れを成して現れた。海は広しといえども鋼鉄のクジラは図鑑に掲載されていない。それもそのはず、これは日本海軍の秘密兵器だった。ただの潜水艦に非ずと損害を以て知るが良い。海中に潜む大艦隊が襲い掛かった。その見た目は異様である。船体自体は大型巡航潜水艦がベースだが上部に涙滴状のコブが二つほど並んでいた。水中における抵抗を重視している。そこから細長い筒状の物体がニュッと複列に突き出た。


「砲塔回せ!」


「回しまーす!」


「排水まだか!」


「もう終わります! 砲撃に支障なし!」


「逆探に感なし。目視も敵影見られず」


「零式弾を込めよ。榴弾でいい。脅かしには足りている」


 艦橋では艦長らしき中年の男と謎の老いた男が作業を眺めている。米軍の太平洋における最大拠点のハワイを目前に浮上するとは大胆不敵を極めた。まさか懐に敵が潜んでいるとは考えもしない。なんせ偉大なるアメリカ合衆国の保有する領土なのだ。日本から遠く離れている。ハワイまで来れるはずがなかった。その幻想を打ち砕いてやると言わんばかり。


「壮観だな」


「はい。構想から数十年を要しました。未だに信じられません」


「わしもだ。こんな艦隊を預かって久しいがな」


「わかります」


「潜水艦の隠密性に砲撃能力を特化させた上で付与する。これにより神出鬼没の砲撃を行うことができた。米本土砲撃は他の潜水艦でも可能であるが、小規模な拠点ならば壊滅させられ、民間の施設は一夜にして瓦礫の山に変えられる。潜水艦は雷撃だけじゃない」


「我々はともかく潜水空母もおります故に隙がありません。今日は別行動ですが揃った際は正真正銘の海中艦隊でした」


「時機を待とう。今は目の前の仕事を進める」


 これこそ大日本帝国海軍が数十年を費やした。海中奇襲艦隊である。潜水艦の隠密性は言わずもがなだ。海中から必殺の雷撃により海運を脅かす。意外と砲撃による戦果も多かった。特に通商破壊に限ると砲撃の方がコストパフォーマンスに優れる。魚雷の積める数は想像以上に少なく、リカバリーも利きづらいため、安価な砲撃を採用して当然だ。


 そこで、潜水艦の隠密性に巡洋艦に匹敵する砲撃能力を付与する。そんな試みが広く行われた。イギリスやフランスで試験的に建造されたが、結局のところ野心的な試みに終わり、オマケのような副砲としての扱いに落ち着く。日本海軍も軽巡と駆逐艦の主砲か戦艦の副砲を与えた。インド洋や大西洋においてドイツ海軍のUボートを装い商船を襲撃している。


 これに満足しなかった。潜水艦の奇襲兵器としての価値を最大限に高めるべく雷撃を抑えて砲撃に特化させる。錆対策や水密構造など課題は多かったが潜水艦の技術力は世界一を誇った。その存在は徹底的に秘匿されて表に出ることはない。なんなら、書類上の識別用の数字も練習艦や機雷敷設艦など二線級に偽装されていた。


「弾着観測はないが極力外さないよう努めよ」


「砲撃時の強風にお気を付けください」


「わかっとる。特製の14cm砲だ。既存の弾薬を流用できながら高初速である。その一撃は重いはずだ」


「はい。ここから落下しては助かりません。手すりをしっかりと握ってください」


「はいはい」


 その潜水艦は14cm連装砲を収めた砲塔を2基装備している。14cm砲は旧型軽巡の主砲や戦艦の副砲に運用された故に砲弾が余っていた。生産する設備も流用できる。しかし、設計の古い艦砲をそのまま使っては性能が足を引っ張った。せっかくの高性能な秘密兵器であるならば相応の兵装を与えなければならない。ここはラインメタル社に特注品を依頼した。長砲身から撃ち出される高初速の砲弾は20cm砲を上回る射程距離を有する。敵船舶を砲撃する際は高初速砲弾により滅多打ちにした。敵地を砲撃する際は可能な限りの遠距離から安全にである。


 砲撃時は潜水艦の利点である隠密性をかなぐり捨てた。完全なる浮上状態のため爆撃はおろか銃撃により潜航不可能に陥る。さらに、砲撃の閃光は遠方からも視認が容易かった。敵艦や敵機に視認されてはひとたまりもない。砲撃潜水艦の響きは素晴らしいロマンを秘めた。その実際はギャンブルの塊である。米軍の注意をミッドウェーだけでなくハワイにも釘付けにすべくギャンブルを嗜んだ。


「撃ち方ぁ始めぇ!」


「おっと…」


「だから言ったじゃありませんか」


「すまんすまん」


「また物思いにふけていましたね」


「あぁ、味方のことをな? ヴァルター潜水艦のことを考えていたんだよ」


「まったく、気をつけてくださいね」


 14cm連装砲が2基とは艦隊型駆逐艦に劣る。しかし、生身の人間が近距離から見物すると爆風により吹き飛ばされかねなかった。手すりをしっかりと掴んで衝撃を受け流す体勢を採ることが推奨される。さもなければ、艦橋から海へ落下した。ハワイの海に取り残される覚悟が無ければ踏ん張らなければならない。


 5隻の砲撃型潜水艦はハワイの米軍基地へ榴弾である零式弾を叩き込んだ。あくまでも陽動作戦のため直接的な戦果は期待していない。インフラや施設を破壊できれば御の字程度に考えていた。14cm砲の威力は15cm砲と同等であるが弾着観測も省略している。砲術班の計算だけが頼りだった。20cm砲や30cm砲を採用する計画は存在しない。15cmが良い塩梅なのだ。高角砲から流用した自動装填装置が故障した場合を考える。人力で再装填や応急修理を行える範囲が15cmだった。すでに14cmの艦砲が存在して優秀な成績を収めている以上は大型化する必要性を感じない。


 それを証明するが如く零式弾は続々と撃ち出されていった。双眼鏡を覗き込む先で島のあちこちで爆発が生じる。一度で終わることもあれば連鎖することもあった。あわよくば燃料タンクの一画でも破壊して火災を誘致できれば嬉しい。いいや、贅沢は言わなかった。


「ふん。このぐらいでいいだろう。艦長」


「はい。撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」


「それじゃ、帰ろうか。次の弾と燃料を積んだら米本土砲撃に移る」


「ここで言わないでください。聞こえるかもしれません」


「まじめだねぇ…いいことだよ」


 砲撃潜水艦の凄みとは裏腹に一時間も経たずに切り上げる。砲弾は残っているが被発見のリスクを計算した。一時間以上の砲撃は作戦上において余程の必要性がない限りは行わない。したがって、撤収作業は徹底的に切り詰めた。自動化できるところは自動化する。やむなく人力に頼るところは根性論であるが努力を重ねた。戦争は効率性がものをいう。しかし、局所的には究極的な精神論が勝利することもあり得た。


「艦内退避を確認した。潜航する」


「気をつけてな。ゆっくりとやれ」


「はい。任せてください。こいつの操舵は案外やりやすいんです」


「そう。それはよかった」


 老齢の指揮官は好々爺を帯びる。それ故に外部からの評価は芳しくない。真っ向から「予備役にいるべき人材」と言われた。しかし、年老いてこそ思考は熟成される。ドイツ海軍Uボートを研究し尽くした。独自の水雷戦と機雷戦を展開する。老齢であるが故に老獪な罠を展開できた。これを若さで得ることは不可能と知るがいい。


「あとはヴァルター潜水艦に任せよう。ワシらはすごすごと退散する」


「本当に艦隊襲撃ではなく輸送破壊に回してよかったのですか」


「艦隊では目と耳が多すぎる。すぐに対策を練られてしまう。しかし、商船はそうもいかん。あっちゅうまに沈むから知りようがない。だからこそ、強いんだ」


「なるほど」


 思慮の深さは潜航の深さに繋がった。


続く


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24日未明のことである。
「浮上急げ!」
「急げや急げ! 陽は待ってくれん!」
 ハワイのオアフ島沖合に鋼鉄のクジラが群れを成して現れた。海は広しといえども鋼鉄のクジラは図鑑に掲載されていない。それもそのはず、これは日本海軍の秘密兵器だった。ただの潜水艦に非ずと損害を以て知るが良い。海中に潜む大艦隊が襲い掛かった。その見た目は異様である。船体自体は大型巡航潜水艦がベースだが上部に涙滴状のコブが二つほど並んでいた。水中における抵抗を重視している。そこから細長い筒状の物体がニュッと複列に突き出た。
「砲塔回せ!」
「回しまーす!」
「排水まだか!」
「もう終わります! 砲撃に支障なし!」
「逆探に感なし。目視も敵影見られず」
「零式弾を込めよ。榴弾でいい。脅かしには足りている」
 艦橋では艦長らしき中年の男と謎の老いた男が作業を眺めている。米軍の太平洋における最大拠点のハワイを目前に浮上するとは大胆不敵を極めた。まさか懐に敵が潜んでいるとは考えもしない。なんせ偉大なるアメリカ合衆国の保有する領土なのだ。日本から遠く離れている。ハワイまで来れるはずがなかった。その幻想を打ち砕いてやると言わんばかり。
「壮観だな」
「はい。構想から数十年を要しました。未だに信じられません」
「わしもだ。こんな艦隊を預かって久しいがな」
「わかります」
「潜水艦の隠密性に砲撃能力を特化させた上で付与する。これにより神出鬼没の砲撃を行うことができた。米本土砲撃は他の潜水艦でも可能であるが、小規模な拠点ならば壊滅させられ、民間の施設は一夜にして瓦礫の山に変えられる。潜水艦は雷撃だけじゃない」
「我々はともかく潜水空母もおります故に隙がありません。今日は別行動ですが揃った際は正真正銘の海中艦隊でした」
「時機を待とう。今は目の前の仕事を進める」
 これこそ大日本帝国海軍が数十年を費やした。海中奇襲艦隊である。潜水艦の隠密性は言わずもがなだ。海中から必殺の雷撃により海運を脅かす。意外と砲撃による戦果も多かった。特に通商破壊に限ると砲撃の方がコストパフォーマンスに優れる。魚雷の積める数は想像以上に少なく、リカバリーも利きづらいため、安価な砲撃を採用して当然だ。
 そこで、潜水艦の隠密性に巡洋艦に匹敵する砲撃能力を付与する。そんな試みが広く行われた。イギリスやフランスで試験的に建造されたが、結局のところ野心的な試みに終わり、オマケのような副砲としての扱いに落ち着く。日本海軍も軽巡と駆逐艦の主砲か戦艦の副砲を与えた。インド洋や大西洋においてドイツ海軍のUボートを装い商船を襲撃している。
 これに満足しなかった。潜水艦の奇襲兵器としての価値を最大限に高めるべく雷撃を抑えて砲撃に特化させる。錆対策や水密構造など課題は多かったが潜水艦の技術力は世界一を誇った。その存在は徹底的に秘匿されて表に出ることはない。なんなら、書類上の識別用の数字も練習艦や機雷敷設艦など二線級に偽装されていた。
「弾着観測はないが極力外さないよう努めよ」
「砲撃時の強風にお気を付けください」
「わかっとる。特製の14cm砲だ。既存の弾薬を流用できながら高初速である。その一撃は重いはずだ」
「はい。ここから落下しては助かりません。手すりをしっかりと握ってください」
「はいはい」
 その潜水艦は14cm連装砲を収めた砲塔を2基装備している。14cm砲は旧型軽巡の主砲や戦艦の副砲に運用された故に砲弾が余っていた。生産する設備も流用できる。しかし、設計の古い艦砲をそのまま使っては性能が足を引っ張った。せっかくの高性能な秘密兵器であるならば相応の兵装を与えなければならない。ここはラインメタル社に特注品を依頼した。長砲身から撃ち出される高初速の砲弾は20cm砲を上回る射程距離を有する。敵船舶を砲撃する際は高初速砲弾により滅多打ちにした。敵地を砲撃する際は可能な限りの遠距離から安全にである。
 砲撃時は潜水艦の利点である隠密性をかなぐり捨てた。完全なる浮上状態のため爆撃はおろか銃撃により潜航不可能に陥る。さらに、砲撃の閃光は遠方からも視認が容易かった。敵艦や敵機に視認されてはひとたまりもない。砲撃潜水艦の響きは素晴らしいロマンを秘めた。その実際はギャンブルの塊である。米軍の注意をミッドウェーだけでなくハワイにも釘付けにすべくギャンブルを嗜んだ。
「撃ち方ぁ始めぇ!」
「おっと…」
「だから言ったじゃありませんか」
「すまんすまん」
「また物思いにふけていましたね」
「あぁ、味方のことをな? ヴァルター潜水艦のことを考えていたんだよ」
「まったく、気をつけてくださいね」
 14cm連装砲が2基とは艦隊型駆逐艦に劣る。しかし、生身の人間が近距離から見物すると爆風により吹き飛ばされかねなかった。手すりをしっかりと掴んで衝撃を受け流す体勢を採ることが推奨される。さもなければ、艦橋から海へ落下した。ハワイの海に取り残される覚悟が無ければ踏ん張らなければならない。
 5隻の砲撃型潜水艦はハワイの米軍基地へ榴弾である零式弾を叩き込んだ。あくまでも陽動作戦のため直接的な戦果は期待していない。インフラや施設を破壊できれば御の字程度に考えていた。14cm砲の威力は15cm砲と同等であるが弾着観測も省略している。砲術班の計算だけが頼りだった。20cm砲や30cm砲を採用する計画は存在しない。15cmが良い塩梅なのだ。高角砲から流用した自動装填装置が故障した場合を考える。人力で再装填や応急修理を行える範囲が15cmだった。すでに14cmの艦砲が存在して優秀な成績を収めている以上は大型化する必要性を感じない。
 それを証明するが如く零式弾は続々と撃ち出されていった。双眼鏡を覗き込む先で島のあちこちで爆発が生じる。一度で終わることもあれば連鎖することもあった。あわよくば燃料タンクの一画でも破壊して火災を誘致できれば嬉しい。いいや、贅沢は言わなかった。
「ふん。このぐらいでいいだろう。艦長」
「はい。撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
「それじゃ、帰ろうか。次の弾と燃料を積んだら米本土砲撃に移る」
「ここで言わないでください。聞こえるかもしれません」
「まじめだねぇ…いいことだよ」
 砲撃潜水艦の凄みとは裏腹に一時間も経たずに切り上げる。砲弾は残っているが被発見のリスクを計算した。一時間以上の砲撃は作戦上において余程の必要性がない限りは行わない。したがって、撤収作業は徹底的に切り詰めた。自動化できるところは自動化する。やむなく人力に頼るところは根性論であるが努力を重ねた。戦争は効率性がものをいう。しかし、局所的には究極的な精神論が勝利することもあり得た。
「艦内退避を確認した。潜航する」
「気をつけてな。ゆっくりとやれ」
「はい。任せてください。こいつの操舵は案外やりやすいんです」
「そう。それはよかった」
 老齢の指揮官は好々爺を帯びる。それ故に外部からの評価は芳しくない。真っ向から「予備役にいるべき人材」と言われた。しかし、年老いてこそ思考は熟成される。ドイツ海軍Uボートを研究し尽くした。独自の水雷戦と機雷戦を展開する。老齢であるが故に老獪な罠を展開できた。これを若さで得ることは不可能と知るがいい。
「あとはヴァルター潜水艦に任せよう。ワシらはすごすごと退散する」
「本当に艦隊襲撃ではなく輸送破壊に回してよかったのですか」
「艦隊では目と耳が多すぎる。すぐに対策を練られてしまう。しかし、商船はそうもいかん。あっちゅうまに沈むから知りようがない。だからこそ、強いんだ」
「なるほど」
 思慮の深さは潜航の深さに繋がった。
続く