第五十話
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※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
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ゼノス王からの祝儀品がランバルコーヤ王国に届くと、すぐさま分配され、ヒエカプンキにも送られた。首都は現在大掛かりな再建が行われているため、一時的に家族で出稼ぎに来ている民が多い。
というのも、国内でも季節によって仕事のある場所に移り住むことが多い土地柄でもあり、とくに混乱することなく日常を過ごしていた。
既にクリハーレンから出発していたアンブロー軍は、食料不足を不安に思う兵たちに対し、尽きる前に補充することを約束し南下を決行。上層部の計算通りにランバルコーヤに到着し、各拠点への調達に紛れて同盟国へと運ばれる手筈である。荷物はロシュとアマンダが説得したランバルコーヤ将軍によって護衛され、オアシスの住民も積極的に隠し通したという。以前は侵略しに来たと思われていたアンブロー軍も、今や国を救った英雄の仲間として迎えられているのである。
「それにしても、兄さんってどこ行っても人気あるのね」
「親父殿の名前が大きいのだろう」
「そうなの? お父さんのことはあんまり覚えてないのよね」
「親父の名前よりも兄貴自身の強さだろ」
「そういえば、気がついたら相手が宙を舞ってたような。並大抵じゃないわよね」
「兄貴は体術も強いからね。それより、何でカレン姉がいるの」
「あら、ラガンダ様から聞いてない? セングールでアンブロー軍への宴をするって」
「初耳。だから一団で来てたワケね」
「出立準備で忙しかったからな。忘れることもあんだろ」
いつの間にか合流していたカレンだが、他の団員たちは少し後ろで固まっている。どうやら間をすり抜けてこちらに話し掛けたようである。
「アマンダ様はいないの?」
「ヘイノ様とラガンダ様とご一緒に前にいるはずだ」
「そうなの。なんだか大変ね」
「ご自分で決められた道だ、何があっても進んで頂かないとな」
「んま、厳しい」
「昔からだぜ」
「だね」
他の傭兵たちも時折雑談が出来る程、順調に歩いて行く。
セングールに到着したアンブロー軍は、地元民からの歓迎を受ける。通達があったのか、祭りの準備をしていた住民たちは、まだかまだかと待ちくたびれている者もいた。子供たちに至っては、会場で走り回っている程だ。
といっても、圧政から開放されてからは毎日お祭りの様な状況になっているのだが。元々陽気な国民性がさらに強くなっているのだろう。家々のあちらこちらから、良い香りのする煙が立ち上っていた。
軍の野営準備が整うと、ランバルコーヤ兵によって警備されたセングールに、普段より多くの明かりが灯されていく。
町全体が温かい炎に包まれると、最初はビュッフェが始まった。各家庭で作られた料理を持ち合って、自宅にあるお皿で食べるという、少々変わったスタイルである。なお、アンブロー軍には専用の食器置き場が設置され、気になった料理を食べられるようにされていた。
料理を運ぶ係には、どう見ても体格違いの男性が幾人かおり、方角も家々が並んでいる方角から異なった場所から来ていた。さすがに人数が人数なので、腕に覚えのある者も参加している模様。傭兵たちにとっては馴染みやすい、家庭料理のほうが喜ばれるのでは、という配慮なのかもしれない。
とはいえ、貴族と魔法師の面々は様々な考慮をして少し離れた場所に専門スペースを設置。料理は別に盛り付けられ、ラヴェラ直属兵によって運ばれていた。
太陽がとっぷりと隠れてから数時間後。程よく腹が満たされたところで、ルーマット・トゥタンシ一座による演劇が始まろうとしている。今回は大規模な催しなようで、数え切れない人々が、連日かけて舞台造りを行っていたという。
「よお。楽しんでるか」
「これはラガンダ様。お陰様で」
「んなかしこまるなって。今日の主賓なんだから」
近くにある椅子を持ってきた青年姿のラガンダは、アマンダの隣に座る。何故かご機嫌な様子だ。
「あれ、リューデリアたちはどうしたんだ」
「フィリア様と一緒に別室で見るって。宜しく伝えてと言われたよ」
「よろしくねぇ~。何か企んでるんじゃねぇだろうな、あいつ」
「君じゃあるまいし」
「ばぁっか。フィリアの悪知恵はハンパじゃねぇんだぞ」
人の事言えるのか、と思ったラヴェラだが、女性並みに口が回るところがあるので黙っておいた。
「んま、ふたりが見てるならいいや。おっと始まるな」
遠くから音合わせが聞こえてくると、ラガンダは指をパチンと鳴らす。すると、目の前が大きく歪み、若干透き通った風景が映し出される。どうやら、舞台の上のようだ。
不思議なことに、音も先程よりはっきりと聞こえる。
「これで見えやすくなるはずだ。たまにはちゃんと息抜けよ、ヘイノ」
「はい。ありがとうございます」
と、頭を下げる将軍。そんなやり取りを、ランバルコーヤ新国王と女性将軍は、温かく見守っている。
プロによる踊りと音楽が始まると、町全体をさらなる熱気に包み込まれた。傭兵では滅多に見られないルーマット・トゥタンシ一座による催しということもあり、より一層魅入っている者が多いようだ。
次第に薄れていく照明と音楽。舞台が完全に暗闇に落ちてから数秒後、突然、真ん中にだけ明かりが灯される。直前までいた踊り子の姿は、黒い布によって隠されていた。
「ご観覧ありがとうございます。一座の公演はここまでですが、後援者様のご厚意より、もうひとつ興じさせて頂きます。しばらくお待ちください」
ザワザワする観覧客たち。数分後、突然布がパサッと落ちる。
そこには、先程と衣装が違うカレンの姿があった。動きやすさと踊りをより光らせる散りばめられた装飾品の服ではなく、戦女神が鎧を外して少し飾った姿、のような見た目である。
目を閉じながら、カレンは剣をゆっくり引き抜き、空を指す。ドン、と太鼓の音がすると、とある一点に剣先を向けた。
その先は、貴族たちのいる席である。
目を開けた踊り子は、ゆっくりと息を吸う。
「戦女神の恩恵を受けし者。我と剣を交えよ、さすれば運命に打ち勝つ力が得られよう」
普段より低く、威厳のある声が発せられると、武器の先端が光り、そこから筋が放たれる。光が行き着いた先は、アマンダの額であった。
「ここに参られよ。我自ら力を授けん」
ガタッ、と立ち上がるアマンダ。
「ア、アマンダ。どうしたんだ」
令嬢は答えず、フラフラと会場に向かって行く。
慌てて後を追おうとする将軍だが、魔法師に腕を掴まれる。
「ちょっと様子を見ようぜ。アマンダから妙な魔力を感じる」
「え、それは」
「今まで感じたことがねぇが。敵意も悪意もない。フィリアも飛び出して来ないから大丈夫だと思うぞ」
怪訝な顔をしていた王子だが、彼の口にした言葉に、何故か納得がいった。
一方、アマンダはまるで取り付かれたように、おぼつかない足取りで舞台へと近づいていく。しかし、演出だと思っている観客たちは、彼女の向かう先を遮らず、自ら身を引いてスペースを作っていった。
心配そうに伺う一部を除いた面々は、コツ、コツ、というヒールの音に耳を澄ます。
舞台に上がった令嬢の瞳に、ようやく光が戻る。
「あ、あら。わたし」
わずかな金属音が耳を撫でると、アマンダは反射的に剣の柄を掴む。だが、向けられていた剣先は尖っておらず、よく見ると先にゴムの様なものがついていた。
カレンは武器を抜かない指名者に対し、眉をひそめる。
「そうか。この娘は剣術を知らぬのだったな。私が来ている間は気にすることはないぞ」
「あ、あなたは、いったい」
二人が話し始めると同時に、舞台脇から練習用の細剣が持ち出されて来る。受け取ったアマンダはすぐに、カレンらしき人物へ剣を構えた。
「何、単なる演習だ。思うがままに打ち込むが良い」
ス、と剣を下ろすカレン。同時に、女将軍の背中には、寒気と汗がにじんだ。
当の踊り子からは今まで感じたことのない威圧感を感じるが、構えすら取っていない。両腕はだらんとしたまま、しかし、視線だけはアマンダを捉えている。
数秒の沈黙が流れるが、少女には体感で数分以上の長さに思えた。埒が明かないと判断した彼女は、剣を引くと一気に加速する。
グラニータッヒの柄頭を貫いた筋は、踊り子の顔の残像をすり抜ける。下からの衝撃に、女将軍の脇ががら空きになった。
すぐさま引いて再び突きを繰り出すアマンダ。カレンは同じ得物で、今度は右側から剣身へに合わせるように打つ。
なんて重い剣なの。素人の腕じゃないわ。
令嬢が相手の目を見ると、驚くことに瞳孔が開いていた。
「案ずるな、私が動きやすい様に少し生命活動を停止しているに過ぎん。命に別状はないぞ」
「誰、なの」
「知りたくば私を満足させてみよ」
顔に力が入った参加者は、剣を滑らせ、左肩をなぎろうとする。しかし、カレンの中にいる何者かは身を反らせてかわすと、そのまま後ろへと飛んだ。
まるで鏡の動きをしているかと思われる、いや、観客は剣舞を披露していると勘違いしているかもしれない。同時に繰り出される剣技は、道を知らぬ者からすれば相当練習したと感じるだろう。それ程息の合った動きであった。
とはいえ、実戦ではこの様な打ち合いなどほとんどないのだが。あくまでここは舞台上、お客を楽しませるが第一なのである。
十数分が経過し、双方は距離を再び距離を取った。
「その幼き身でこれ程の強さとは。気に入ったぞ」
勝気な笑顔をしながら、カレンは右腕を地面から垂直に空へと向ける。すると、剣が周囲にある松明の火の光に照らされた。
剣を包んだ光が天高く舞い上がると、問おうとしたアマンダの周りに火柱を発生させる。勢いよく立ち上る火の渦は炎の粉を撒き散らし、一座の美術係や控えが水をかけるも消えやしない。それどころか、放った水が弾丸のようになり逆に本人を襲う始末である。
従者らは飛び出そうした瞬間、フィリアが目の前に出現する。
「あれは試練だ。邪魔するんじゃないよ」
「試練だと? どういう事だ。そんな事は聞いていないっ」
「アタシもついさっき聞いたのさ。この程度をクリア出来ないなら、あの子は家に連れ戻す」
「あ、あのー。話が見えないんですけどー」
一瞬見開いた風の魔女だが、何も言わずライティア家後継者のほうへ向く。
「詳しい事は後で話すよ。とにかく、普通の火じゃないからそこにいな。違う意味で危ないからね」
四人は顔を見合わせ、力を抜く。熱風は確かにそれぞれの皮膚に当たり、ちりちりと感じていた。
カレンの腕が下ろされると、火がゴウゴウとより強く鳴り響く。
「後はお前の志次第だ」
「ここ、ろ、ざ、し」
息苦しさはあるが不思議とそんなに熱くない、むしろ人肌に近い温もりを感じるアマンダ。目の前にある火の渦に記憶が乗っていく。
幼い頃から今に至るまでの軌跡の中に起きた様々な出来事。
何のために剣を取ったのか。何のために従軍したのか。
何のために、生きているのか。
わたしの、したいこと。すべきこと。
思い浮かんだのは、兄の顔と母の顔。そして、物心ついたときからいる従者たちとミルディアの人々。兄の恋人だった火の魔女とその友人、出会った魔法師たち。
以前から同じようなことを考えている気がするアマンダは、進歩しているのかと不安が募っていく。
『諦めるか』
「いいえ。ゆっくりでも、確実に歩いていきます。そう、決めたのだから」
『良かろう。人の歴史は繰り返される。なら、思考がそうでも不思議ではあるまい』
凛と響く女の声は、厳しくも優しく、そして、、上品さを伺わせた。
声が止むと、火がアマンダの前に集まり、ひとつの鍵になる。数秒間きらめくと、光となって四散し、彼女の中へと吸い込まれていく。
「良くぞ耐えたな。そなたに戦女神の祝福を」
剣の代わりに鈴の輪を手にしていたカレンは、ひとつの踊りを披露する。
松明によって幻想的に映し出された踊り子を、アマンダはぼんやりと見つめていた。
拍手喝采の中、女性たちは手を取り合うと、舞台の袖へと姿を消したのであった。
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ゼノス王からの祝儀品がランバルコーヤ王国に届くと、すぐさま分配され、ヒエカプンキにも送られた。首都は現在大掛かりな再建が行われているため、一時的に家族で出稼ぎに来ている民が多い。
というのも、国内でも季節によって仕事のある場所に移り住むことが多い土地柄でもあり、とくに混乱することなく日常を過ごしていた。
既にクリハーレンから出発していたアンブロー軍は、食料不足を不安に思う兵たちに対し、尽きる前に補充することを約束し南下を決行。上層部の計算通りにランバルコーヤに到着し、各拠点への調達に紛れて同盟国へと運ばれる手筈である。荷物はロシュとアマンダが説得したランバルコーヤ将軍によって護衛され、オアシスの住民も積極的に隠し通したという。以前は侵略しに来たと思われていたアンブロー軍も、今や国を救った英雄の仲間として迎えられているのである。
「それにしても、兄さんってどこ行っても人気あるのね」
「親父殿の名前が大きいのだろう」
「そうなの? お父さんのことはあんまり覚えてないのよね」
「親父の名前よりも兄貴自身の強さだろ」
「そういえば、気がついたら相手が宙を舞ってたような。並大抵じゃないわよね」
「兄貴は体術も強いからね。それより、何でカレン姉がいるの」
「あら、ラガンダ様から聞いてない? セングールでアンブロー軍への宴をするって」
「初耳。だから一団で来てたワケね」
「出立準備で忙しかったからな。忘れることもあんだろ」
いつの間にか合流していたカレンだが、他の団員たちは少し後ろで固まっている。どうやら間をすり抜けてこちらに話し掛けたようである。
「アマンダ様はいないの?」
「ヘイノ様とラガンダ様とご一緒に前にいるはずだ」
「そうなの。なんだか大変ね」
「ご自分で決められた道だ、何があっても進んで頂かないとな」
「んま、厳しい」
「昔からだぜ」
「だね」
他の傭兵たちも時折雑談が出来る程、順調に歩いて行く。
セングールに到着したアンブロー軍は、地元民からの歓迎を受ける。通達があったのか、祭りの準備をしていた住民たちは、まだかまだかと待ちくたびれている者もいた。子供たちに至っては、会場で走り回っている程だ。
といっても、圧政から開放されてからは毎日お祭りの様な状況になっているのだが。元々陽気な国民性がさらに強くなっているのだろう。家々のあちらこちらから、良い香りのする煙が立ち上っていた。
軍の野営準備が整うと、ランバルコーヤ兵によって警備されたセングールに、普段より多くの明かりが灯されていく。
町全体が温かい炎に包まれると、最初はビュッフェが始まった。各家庭で作られた料理を持ち合って、自宅にあるお皿で食べるという、少々変わったスタイルである。なお、アンブロー軍には専用の食器置き場が設置され、気になった料理を食べられるようにされていた。
料理を運ぶ係には、どう見ても体格違いの男性が幾人かおり、方角も家々が並んでいる方角から異なった場所から来ていた。さすがに人数が人数なので、腕に覚えのある者も参加している模様。傭兵たちにとっては馴染みやすい、家庭料理のほうが喜ばれるのでは、という配慮なのかもしれない。
とはいえ、貴族と魔法師の面々は様々な考慮をして少し離れた場所に専門スペースを設置。料理は別に盛り付けられ、ラヴェラ直属兵によって運ばれていた。
太陽がとっぷりと隠れてから数時間後。程よく腹が満たされたところで、ルーマット・トゥタンシ一座による演劇が始まろうとしている。今回は大規模な催しなようで、数え切れない人々が、連日かけて舞台造りを行っていたという。
「よお。楽しんでるか」
「これはラガンダ様。お陰様で」
「んなかしこまるなって。今日の主賓なんだから」
近くにある椅子を持ってきた青年姿のラガンダは、アマンダの隣に座る。何故かご機嫌な様子だ。
「あれ、リューデリアたちはどうしたんだ」
「フィリア様と一緒に別室で見るって。宜しく伝えてと言われたよ」
「よろしくねぇ~。何か企んでるんじゃねぇだろうな、あいつ」
「君じゃあるまいし」
「ばぁっか。フィリアの悪知恵はハンパじゃねぇんだぞ」
人の事言えるのか、と思ったラヴェラだが、女性並みに口が回るところがあるので黙っておいた。
「んま、ふたりが見てるならいいや。おっと始まるな」
遠くから音合わせが聞こえてくると、ラガンダは指をパチンと鳴らす。すると、目の前が大きく歪み、若干透き通った風景が映し出される。どうやら、舞台の上のようだ。
不思議なことに、音も先程よりはっきりと聞こえる。
「これで見えやすくなるはずだ。たまにはちゃんと息抜けよ、ヘイノ」
「はい。ありがとうございます」
と、頭を下げる将軍。そんなやり取りを、ランバルコーヤ新国王と女性将軍は、温かく見守っている。
プロによる踊りと音楽が始まると、町全体をさらなる熱気に包み込まれた。傭兵では滅多に見られないルーマット・トゥタンシ一座による催しということもあり、より一層魅入っている者が多いようだ。
次第に薄れていく照明と音楽。舞台が完全に暗闇に落ちてから数秒後、突然、真ん中にだけ明かりが灯される。直前までいた踊り子の姿は、黒い布によって隠されていた。
「ご観覧ありがとうございます。一座の公演はここまでですが、後援者様のご厚意より、もうひとつ興じさせて頂きます。しばらくお待ちください」
ザワザワする観覧客たち。数分後、突然布がパサッと落ちる。
そこには、先程と衣装が違うカレンの姿があった。動きやすさと踊りをより光らせる散りばめられた装飾品の服ではなく、戦女神が鎧を外して少し飾った姿、のような見た目である。
目を閉じながら、カレンは剣をゆっくり引き抜き、空を指す。ドン、と太鼓の音がすると、とある一点に剣先を向けた。
その先は、貴族たちのいる席である。
目を開けた踊り子は、ゆっくりと息を吸う。
「戦女神の恩恵を受けし者。我と剣を交えよ、さすれば運命に打ち勝つ力が得られよう」
普段より低く、威厳のある声が発せられると、武器の先端が光り、そこから筋が放たれる。光が行き着いた先は、アマンダの額であった。
「ここに参られよ。我自ら力を授けん」
ガタッ、と立ち上がるアマンダ。
「ア、アマンダ。どうしたんだ」
令嬢は答えず、フラフラと会場に向かって行く。
慌てて後を追おうとする将軍だが、魔法師に腕を掴まれる。
「ちょっと様子を見ようぜ。アマンダから妙な魔力を感じる」
「え、それは」
「今まで感じたことがねぇが。敵意も悪意もない。フィリアも飛び出して来ないから大丈夫だと思うぞ」
怪訝な顔をしていた王子だが、彼の口にした言葉に、何故か納得がいった。
一方、アマンダはまるで取り付かれたように、おぼつかない足取りで舞台へと近づいていく。しかし、演出だと思っている観客たちは、彼女の向かう先を遮らず、自ら身を引いてスペースを作っていった。
心配そうに伺う一部を除いた面々は、コツ、コツ、というヒールの音に耳を澄ます。
舞台に上がった令嬢の瞳に、ようやく光が戻る。
「あ、あら。わたし」
わずかな金属音が耳を撫でると、アマンダは反射的に剣の柄を掴む。だが、向けられていた剣先は尖っておらず、よく見ると先にゴムの様なものがついていた。
カレンは武器を抜かない指名者に対し、眉をひそめる。
「そうか。この娘は剣術を知らぬのだったな。私が来ている間は気にすることはないぞ」
「あ、あなたは、いったい」
二人が話し始めると同時に、舞台脇から練習用の細剣が持ち出されて来る。受け取ったアマンダはすぐに、カレンらしき人物へ剣を構えた。
「何、単なる演習だ。思うがままに打ち込むが良い」
ス、と剣を下ろすカレン。同時に、女将軍の背中には、寒気と汗がにじんだ。
当の踊り子からは今まで感じたことのない威圧感を感じるが、構えすら取っていない。両腕はだらんとしたまま、しかし、視線だけはアマンダを捉えている。
数秒の沈黙が流れるが、少女には体感で数分以上の長さに思えた。埒が明かないと判断した彼女は、剣を引くと一気に加速する。
グラニータッヒの柄頭を貫いた筋は、踊り子の顔の残像をすり抜ける。下からの衝撃に、女将軍の脇ががら空きになった。
すぐさま引いて再び突きを繰り出すアマンダ。カレンは同じ得物で、今度は右側から剣身へに合わせるように打つ。
なんて重い剣なの。素人の腕じゃないわ。
令嬢が相手の目を見ると、驚くことに瞳孔が開いていた。
「案ずるな、私が動きやすい様に少し生命活動を停止しているに過ぎん。命に別状はないぞ」
「誰、なの」
「知りたくば私を満足させてみよ」
顔に力が入った参加者は、剣を滑らせ、左肩をなぎろうとする。しかし、カレンの中にいる何者かは身を反らせてかわすと、そのまま後ろへと飛んだ。
まるで鏡の動きをしているかと思われる、いや、観客は剣舞を披露していると勘違いしているかもしれない。同時に繰り出される剣技は、道を知らぬ者からすれば相当練習したと感じるだろう。それ程息の合った動きであった。
とはいえ、実戦ではこの様な打ち合いなどほとんどないのだが。あくまでここは舞台上、お客を楽しませるが第一なのである。
十数分が経過し、双方は距離を再び距離を取った。
「その幼き身でこれ程の強さとは。気に入ったぞ」
勝気な笑顔をしながら、カレンは右腕を地面から垂直に空へと向ける。すると、剣が周囲にある松明の火の光に照らされた。
剣を包んだ光が天高く舞い上がると、問おうとしたアマンダの周りに火柱を発生させる。勢いよく立ち上る火の渦は炎の粉を撒き散らし、一座の美術係や控えが水をかけるも消えやしない。それどころか、放った水が弾丸のようになり逆に本人を襲う始末である。
従者らは飛び出そうした瞬間、フィリアが目の前に出現する。
「あれは試練だ。邪魔するんじゃないよ」
「試練だと? どういう事だ。そんな事は聞いていないっ」
「アタシもついさっき聞いたのさ。この程度をクリア出来ないなら、あの子は家に連れ戻す」
「あ、あのー。話が見えないんですけどー」
一瞬見開いた風の魔女だが、何も言わずライティア家後継者のほうへ向く。
「詳しい事は後で話すよ。とにかく、普通の火じゃないからそこにいな。違う意味で危ないからね」
四人は顔を見合わせ、力を抜く。熱風は確かにそれぞれの皮膚に当たり、ちりちりと感じていた。
カレンの腕が下ろされると、火がゴウゴウとより強く鳴り響く。
「後はお前の志次第だ」
「ここ、ろ、ざ、し」
息苦しさはあるが不思議とそんなに熱くない、むしろ人肌に近い温もりを感じるアマンダ。目の前にある火の渦に記憶が乗っていく。
幼い頃から今に至るまでの軌跡の中に起きた様々な出来事。
何のために剣を取ったのか。何のために従軍したのか。
何のために、生きているのか。
わたしの、したいこと。すべきこと。
思い浮かんだのは、兄の顔と母の顔。そして、物心ついたときからいる従者たちとミルディアの人々。兄の恋人だった火の魔女とその友人、出会った魔法師たち。
以前から同じようなことを考えている気がするアマンダは、進歩しているのかと不安が募っていく。
『諦めるか』
「いいえ。ゆっくりでも、確実に歩いていきます。そう、決めたのだから」
『良かろう。人の歴史は繰り返される。なら、思考がそうでも不思議ではあるまい』
凛と響く女の声は、厳しくも優しく、そして、、上品さを伺わせた。
声が止むと、火がアマンダの前に集まり、ひとつの鍵になる。数秒間きらめくと、光となって四散し、彼女の中へと吸い込まれていく。
「良くぞ耐えたな。そなたに戦女神の祝福を」
剣の代わりに鈴の輪を手にしていたカレンは、ひとつの踊りを披露する。
松明によって幻想的に映し出された踊り子を、アマンダはぼんやりと見つめていた。
拍手喝采の中、女性たちは手を取り合うと、舞台の袖へと姿を消したのであった。