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死と後悔は回帰しない

ー/ー




 かくして最後の挑戦、二十回目のリープが始まった。俺の人生、二十一回目の九月三十日。
 しかしタイムリープしたとは言え、解決策やプランがあるわけではない。恐らく、ただ犯人を殺すだけでは解決しない。彼らは霊魂、いわば怪奇現象なのだ。もっと根本の解決策が無いといけない気がした。何をどうするのか、学校生活を送りながら考えることにした。安心できる環境の中に身を置けば、自ずと答えが見える気がして。
 いや、本当は、これが最後になっても後悔しないよう、楽しんでおきたかったんだ。何気ない日常、何気ない会話。何度も繰り返すうちに軽視し、避けた何気ない出来事。そんな場面をも、俺は楽しむことをした。充実感があった。だが、策がまだあるわけではない。

 ふと、国語の授業で読み進めていた、小説に意識が向いた。その小説は昔読んだことがあって、授業を聞いていた時には既に展開を全部知っていた。故に、なんの興味も持てず寝かけていた。だが、その小説の内容こそ、今俺が置かれている状況に近い。
 その小説は、死んでしまい記憶を失った魂が、別の死にかけている少年の体に入り、自分の正体を思い出せば生き返らせてもらえる、という内容だ。
 これが、今の俺とものすごく似ている。違っていることは、記憶を持った意識ごと、別時間、もとい別世界の肉体へとワープしているということ。こうして思い返していると、とある疑問が浮かぶ。

 タイムリープ先の世界にあった、元の俺の意識はどうなる?

 小説とは違い、リープ先の俺は生きている。それなら、意識も生きているはずなのに、リープ後は今の俺の意識が肉体にある。
 このことは、本当なら白シャツに聞いておくべきだっただろう。だが俺の中には、確信があった。今から「Regretion」に行く必要は無い。そして、策を弄する必要も無い。最低限のことだけして、後は本番を迎えればいい。

「先生! ありがとうございます! おかげで、恵を救えます!」
 国語の授業後、俺は先生にお礼を言った。先生はキョトンとしていたが、気にせず俺は技術室へ向かった。



 そして放課後。俺は久しぶりに、恵と一緒に遊園地へと行った。リープ二回目以降は、ずっと遊園地に行っていなかった。日数にすれば一、二ヶ月ぶりくらいのデート。とても懐かしく、感慨深く感じた。彼女のはしゃぎ様も、声も、仕草も、全てが初々しく感じた。ここに来て再び、二週目の人生を楽しんでいるような気分になれた。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
 遊園地のベンチで、俺は恵に問う。
「最後の日?」
「今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
 それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
 一度目に聞いたのと、同じ答え。予定調和だ。だがこの答えの意味が、今ならわかる。これを聞けたことで、俺は決心がついた。
「ありがとう、恵。おかげで決心がついた」
「ええ? なんの決心がつくわけ?」
「それは、明日になったら教えるさ」
 彼女は戸惑っていたが、俺の胸の中は満たされた。

 やがて、いつもの分かれ道まで来る。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
 今回は俺も引き下がらず、大人しく帰ることにした。人生一週目の時も、こんな会話を交わした。
「また明日ね、勇生。なんの決心だったのか、ちゃんと教えてよ?」
「ああ、教えるって。じゃあまた、明日」
 恵は自分の家路を、手を振りながら進んでいく。俺は彼女が前を向くまで、手を振り返した。嘘をつき通すのが心苦しかったが、そのまま恵と反対側へと進んだ。だが、ここから俺は家に帰らず、回り道しながらあの地点に向かった。一度目に香子と会った、あの場所だ。日が暮れるまで時間は無い。走って、走って、全速力で向かった。走って行った結果、思いの外早めに着いてしまった。恵よりも先回りできたようだ。だが、俺はそこからさらに奥へと進む。ゆっくり、辺りを見回しながら。そうして恵の家まで歩いていこうとした。
 途中、ブロック塀の隙間の前を通り過ぎようとした時、横からナイフ飛び出してきた。間一髪で避け、すぐに距離を取る。すると塀の影から出てきたのは、何度も対峙してきたフードを被った男だった。今までと違い、フードの中に顔がある。
「恵を殺した犯人、ようやくわかったぜ」
 俺はそいつに聞こえるように言ってやった。

「俺だ。お前は」

 俺がそう言うと、男はこちらを振り向き、フードを脱ぐ。そこには家で見慣れた顔があった。もう一人の俺、それが犯人の正体。
 俺の意識がリープする時、リープ先の世界に元々あった俺の意識は、俺の肉体から追い出される。その意識は三次元世界から外に出て霊魂になる。少なくとも俺は二十人の俺を、肉体から追い出したことになる。それらが現実に干渉してきたのが、今までの犯人。
「霊魂の数が増えていった結果、肉体を構築できるようになり、一つの怨念人間として現れた。それが今のお前だ」
 白Tシャツが言っていた、『親となる人間と同じ姿になる』という言葉。今まさしく、同じ姿の人間として、目の前に現れている。だから毎回、俺は殺さなかったんだ。しかし、こいつは俺を殺したかったはず。なぜなら……。
「怨念人間ではない。俺は橘勇生だ」
「人間は、自分が本物だって主張しないぜ?」
 俺の言葉に、もう一人の俺は声を荒げる。
「恵と共に生きるために、邪魔なヤツを全て排除しなければならない。お前の存在も、もう必要無い!」
 そう言いながら、もう一人の俺はナイフの刃先を向けてくる。
「それが俺とお前の分岐点だ。俺はただの人間だった。それ以上でも以下でもない」
 恵が好きだった俺は、学校で共に生活していた俺。隣で歩き、話し、時に笑い合った俺。だから、最初から彼女を振り向かせる必要も、引き止める必要もない。足りなかったものは、失われるかどうかなどで考えず、そこにある幸せを享受すること。失われる物ばかり見ていると、目の前にある幸せに気付かなくなる。二十回目のリープの末、ようやくわかったことだ。
「だが! 恵が死ねば! それも全て意味をなさない!」
 どうやら、俺の発言が彼を逆上させてしまったようだ。そう言いながらも恵を殺し、タイムリープを強要してきたのはお前達だろうに。
「身から出た錆だが、生かしておくわけにはいかない!」
 俺がトンカチを取り出そうと動くと、もう一人の俺は急接近しナイフを振ってきた。その動きは全てわかった。無意識に体が、脳が覚えている。四度目以降、自分が振っていたナイフの振り筋。次は首元を、次は背中を、その次は太腿を切りつけてくる。荷物を放り、俺は相手のナイフを次々に避けた。そして今度は、真っ直ぐ胸元へとナイフを突き刺そうとしてくる。
「ここだ!」
 ナイフに対し、平手を払う。思いつきだったが、上手くいった。相手はよろめいたが、すぐに逆手に持ち替えて上から振り下ろしてくる。俺は一歩下がり、ナイフが通り抜けたのと同時に押してやった。すると、ナイフは相手の横っ腹に刺さった。
「ぐあっ!?」
 しかし、相手はすぐに引き抜き、こちらの顔を目掛けて突いてきた。間一髪で避けることができたが、そのまま振り下ろされたせいで、首を切られたらしい。熱い。一気に頭がふらつく。バランスを崩したようで、膝が地面に着く。指先から懐かしい布の感触を感じる。サブバッグ。
「そのまま死ね!」
 顔を刺そうとするもう一人の俺。その一瞬に、全ての力を振り絞った。
「お互いになぁ!!」
 思い切り叫びながら、右手を振り抜く。土壇場で取り出したトンカチが、相手の頭に命中し、かち割ったことだろう。固い衝撃があった。ただ、同時に俺の頭へもナイフが刺さったようだ。体中が脱力し、勝手に横たえた。視界がぼやける。過去味わったこと無い致命傷。恐らく俺は助からない。感覚が消えていく。



「…………き、ゆうき!」
 うっすら声が聞こえる。確かに聞こえる。覚えている。彼女だ。恵が、きっとそこにいる。ふと、視界が赤く光って見えた。その手前に、影になって、彼女がある。
「どうしたの!? しっかりして! ゆうき!!」
 肩を揺さぶられたのか。彼女の顔がほんの一瞬、はっきり映った。取り乱し、泣きわめく彼女。顔をぐしゃぐしゃにして、ありったけの涙を出していたその光景が、ずっと、ずっと、脳に残っている。それを見て、申し訳ないけど、俺は幸せになった。

 これだ。
 俺は、恵のために、死にたかった。
 恵を助けた瞬間に、恵の無事を確かめた瞬間に、死にたかったんだ。
 痛みもない。体の感覚も。だが、なんとなく物静かで、暖かくて、心地良い。これで、心残りは一切無い人生になった。
 身勝手だけど、ありがとう、恵。そう心の中で唱えると、目の前から光が消えた。



―――――――――



『先日○○市内において、男子高校生と成人男性の、三人の遺体が発見されました。警察によると、男性は刃物で腹部を刺されたものと見られており、男子生徒二人は頭部を損傷、うち一人の身元は判明しておりません』
 職場のテレビから、ニュースの音声が聞こえる。隣町で物騒な事件が起きたらしい。
「三人分の死体、ね。通り魔がいたのか、あるいは互いに殺し合ったのか」
「お前のせいかもしれねえっつうのに、呑気なもんだ。少しは手伝えよ」
 俺は正利の白Tシャツを引っ張る。正利も渋々動き始めた。
「売り渡し先との交渉、終わりましたぁ!」
 突然、出先に言ってた山崎が帰ってきた。スーツを着崩している。今朝飛び出してから、日が暮れるまで出歩いていたようだ。
「お疲れちゃん。残りは二人分だな」
「まだあんだよな~。ホント、儲かるのも悪くないっすけど、大変っすね~」
 口調も砕けている。疲れているからか、完全にオフモードのようだ。
「おかえり。今日は客が来なかったよ」
「マジっすか!? 良かったぁ。正利さん、しばらく休んどいてください! 俺も休みたいんで!」
 山崎の喜びようを見て、正利もははっと笑う。
 
 神田正利。職場でも白いTシャツを着ている変な奴だ。だが、俺はこいつのおかげで商売できている。こいつは手で触れている人間をタイムリープさせることができるからだ。かくいう俺も、そのタイムリープを一度経験している。そして俺と山崎は、その超能力を使ったビジネスに加わっている。いわば、正利のマネージャーみたいなものだ。と言っても、この店は表向きには雑貨屋で通しているが。

「Regretionはしばらく休み! もう仕事したくねえ!!」
「まだ在庫があるって言っただろ」
「それはもう先輩やっといてください! 俺はもう帰ります! おつかれしたー!」
 帰ろうとする山崎の襟を掴み、書類を渡す。
「帰る前に、荷物整理に協力しろ」
「ええ~、正利さぁ~ん」
 正利は、山崎に微笑み返すだけだった。山崎も肩を落としながら、在庫商品を箱から取り出す。俺も商品を移動し陳列した。
 ふと、レジの上に置いてある紙が目に付いた。何かと思って見てみると、タイムリープについて客に説明する時の台本だった。俺か山崎が置きっぱなしにしてたのだろう。たまにある。なんとなく拾い上げて、文を読んでみる。
「正利。気になったんだけどよ」
 俺の声に、正利は顔を向ける。
「なんでタイムリープに回数制限を付けないんだ? 上限超えた奴は、生還できねえことはわかった上で送り出してんだろ?」
 その質問を聞き、正利はニヤッと笑みを浮かべた。
「タイムリープする人の大半は、一回のやり直しで目的を果たせない。再びここに来るリピーターになるわけだ。上限数を超えても、ここの記憶を保って、またリープしようとする。すると、どの世界の俺も金が稼げるってわけ」
「なるほど。並行世界の自分の収益目当てとはな。どこまでも金を稼ぐことしか考えてねえのか」
「いや、それだけじゃない。俺はあくまで傍観者なのさ。人の生死とか命運とか、そういうものには関わらない。ただ、客に俺の力を分け与えているに過ぎない。能力を報酬に変換する、それが仕事でしょ?」
 正利の顔が終始ニヤニヤしている。どうやら、彼の饒舌を煽ってしまったようだ。
「それに、人の死っていうのは、それだけで集客力があるのさ。その原因がなんであれ、ね」

 そう言った直後、誰かが暖簾をくぐり入ってきた。肩で息をしている。服装からして、女子高生のようだ。
「初めまして、お嬢さん。やり直したいこと、ありませんか?」
 正利が聞くと、女子高生は答えた。


「タイムリープさせてください。勇生が死ぬ前まで」


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 かくして最後の挑戦、二十回目のリープが始まった。俺の人生、二十一回目の九月三十日。
 しかしタイムリープしたとは言え、解決策やプランがあるわけではない。恐らく、ただ犯人を殺すだけでは解決しない。彼らは霊魂、いわば怪奇現象なのだ。もっと根本の解決策が無いといけない気がした。何をどうするのか、学校生活を送りながら考えることにした。安心できる環境の中に身を置けば、自ずと答えが見える気がして。
 いや、本当は、これが最後になっても後悔しないよう、楽しんでおきたかったんだ。何気ない日常、何気ない会話。何度も繰り返すうちに軽視し、避けた何気ない出来事。そんな場面をも、俺は楽しむことをした。充実感があった。だが、策がまだあるわけではない。
 ふと、国語の授業で読み進めていた、小説に意識が向いた。その小説は昔読んだことがあって、授業を聞いていた時には既に展開を全部知っていた。故に、なんの興味も持てず寝かけていた。だが、その小説の内容こそ、今俺が置かれている状況に近い。
 その小説は、死んでしまい記憶を失った魂が、別の死にかけている少年の体に入り、自分の正体を思い出せば生き返らせてもらえる、という内容だ。
 これが、今の俺とものすごく似ている。違っていることは、記憶を持った意識ごと、別時間、もとい別世界の肉体へとワープしているということ。こうして思い返していると、とある疑問が浮かぶ。
 タイムリープ先の世界にあった、元の俺の意識はどうなる?
 小説とは違い、リープ先の俺は生きている。それなら、意識も生きているはずなのに、リープ後は今の俺の意識が肉体にある。
 このことは、本当なら白シャツに聞いておくべきだっただろう。だが俺の中には、確信があった。今から「Regretion」に行く必要は無い。そして、策を弄する必要も無い。最低限のことだけして、後は本番を迎えればいい。
「先生! ありがとうございます! おかげで、恵を救えます!」
 国語の授業後、俺は先生にお礼を言った。先生はキョトンとしていたが、気にせず俺は技術室へ向かった。
 そして放課後。俺は久しぶりに、恵と一緒に遊園地へと行った。リープ二回目以降は、ずっと遊園地に行っていなかった。日数にすれば一、二ヶ月ぶりくらいのデート。とても懐かしく、感慨深く感じた。彼女のはしゃぎ様も、声も、仕草も、全てが初々しく感じた。ここに来て再び、二週目の人生を楽しんでいるような気分になれた。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
 遊園地のベンチで、俺は恵に問う。
「最後の日?」
「今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
 それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
 一度目に聞いたのと、同じ答え。予定調和だ。だがこの答えの意味が、今ならわかる。これを聞けたことで、俺は決心がついた。
「ありがとう、恵。おかげで決心がついた」
「ええ? なんの決心がつくわけ?」
「それは、明日になったら教えるさ」
 彼女は戸惑っていたが、俺の胸の中は満たされた。
 やがて、いつもの分かれ道まで来る。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
 今回は俺も引き下がらず、大人しく帰ることにした。人生一週目の時も、こんな会話を交わした。
「また明日ね、勇生。なんの決心だったのか、ちゃんと教えてよ?」
「ああ、教えるって。じゃあまた、明日」
 恵は自分の家路を、手を振りながら進んでいく。俺は彼女が前を向くまで、手を振り返した。嘘をつき通すのが心苦しかったが、そのまま恵と反対側へと進んだ。だが、ここから俺は家に帰らず、回り道しながらあの地点に向かった。一度目に香子と会った、あの場所だ。日が暮れるまで時間は無い。走って、走って、全速力で向かった。走って行った結果、思いの外早めに着いてしまった。恵よりも先回りできたようだ。だが、俺はそこからさらに奥へと進む。ゆっくり、辺りを見回しながら。そうして恵の家まで歩いていこうとした。
 途中、ブロック塀の隙間の前を通り過ぎようとした時、横からナイフ飛び出してきた。間一髪で避け、すぐに距離を取る。すると塀の影から出てきたのは、何度も対峙してきたフードを被った男だった。今までと違い、フードの中に顔がある。
「恵を殺した犯人、ようやくわかったぜ」
 俺はそいつに聞こえるように言ってやった。
「俺だ。お前は」
 俺がそう言うと、男はこちらを振り向き、フードを脱ぐ。そこには家で見慣れた顔があった。もう一人の俺、それが犯人の正体。
 俺の意識がリープする時、リープ先の世界に元々あった俺の意識は、俺の肉体から追い出される。その意識は三次元世界から外に出て霊魂になる。少なくとも俺は二十人の俺を、肉体から追い出したことになる。それらが現実に干渉してきたのが、今までの犯人。
「霊魂の数が増えていった結果、肉体を構築できるようになり、一つの怨念人間として現れた。それが今のお前だ」
 白Tシャツが言っていた、『親となる人間と同じ姿になる』という言葉。今まさしく、同じ姿の人間として、目の前に現れている。だから毎回、俺は殺さなかったんだ。しかし、こいつは俺を殺したかったはず。なぜなら……。
「怨念人間ではない。俺は橘勇生だ」
「人間は、自分が本物だって主張しないぜ?」
 俺の言葉に、もう一人の俺は声を荒げる。
「恵と共に生きるために、邪魔なヤツを全て排除しなければならない。お前の存在も、もう必要無い!」
 そう言いながら、もう一人の俺はナイフの刃先を向けてくる。
「それが俺とお前の分岐点だ。俺はただの人間だった。それ以上でも以下でもない」
 恵が好きだった俺は、学校で共に生活していた俺。隣で歩き、話し、時に笑い合った俺。だから、最初から彼女を振り向かせる必要も、引き止める必要もない。足りなかったものは、失われるかどうかなどで考えず、そこにある幸せを享受すること。失われる物ばかり見ていると、目の前にある幸せに気付かなくなる。二十回目のリープの末、ようやくわかったことだ。
「だが! 恵が死ねば! それも全て意味をなさない!」
 どうやら、俺の発言が彼を逆上させてしまったようだ。そう言いながらも恵を殺し、タイムリープを強要してきたのはお前達だろうに。
「身から出た錆だが、生かしておくわけにはいかない!」
 俺がトンカチを取り出そうと動くと、もう一人の俺は急接近しナイフを振ってきた。その動きは全てわかった。無意識に体が、脳が覚えている。四度目以降、自分が振っていたナイフの振り筋。次は首元を、次は背中を、その次は太腿を切りつけてくる。荷物を放り、俺は相手のナイフを次々に避けた。そして今度は、真っ直ぐ胸元へとナイフを突き刺そうとしてくる。
「ここだ!」
 ナイフに対し、平手を払う。思いつきだったが、上手くいった。相手はよろめいたが、すぐに逆手に持ち替えて上から振り下ろしてくる。俺は一歩下がり、ナイフが通り抜けたのと同時に押してやった。すると、ナイフは相手の横っ腹に刺さった。
「ぐあっ!?」
 しかし、相手はすぐに引き抜き、こちらの顔を目掛けて突いてきた。間一髪で避けることができたが、そのまま振り下ろされたせいで、首を切られたらしい。熱い。一気に頭がふらつく。バランスを崩したようで、膝が地面に着く。指先から懐かしい布の感触を感じる。サブバッグ。
「そのまま死ね!」
 顔を刺そうとするもう一人の俺。その一瞬に、全ての力を振り絞った。
「お互いになぁ!!」
 思い切り叫びながら、右手を振り抜く。土壇場で取り出したトンカチが、相手の頭に命中し、かち割ったことだろう。固い衝撃があった。ただ、同時に俺の頭へもナイフが刺さったようだ。体中が脱力し、勝手に横たえた。視界がぼやける。過去味わったこと無い致命傷。恐らく俺は助からない。感覚が消えていく。
「…………き、ゆうき!」
 うっすら声が聞こえる。確かに聞こえる。覚えている。彼女だ。恵が、きっとそこにいる。ふと、視界が赤く光って見えた。その手前に、影になって、彼女がある。
「どうしたの!? しっかりして! ゆうき!!」
 肩を揺さぶられたのか。彼女の顔がほんの一瞬、はっきり映った。取り乱し、泣きわめく彼女。顔をぐしゃぐしゃにして、ありったけの涙を出していたその光景が、ずっと、ずっと、脳に残っている。それを見て、申し訳ないけど、俺は幸せになった。
 これだ。
 俺は、恵のために、死にたかった。
 恵を助けた瞬間に、恵の無事を確かめた瞬間に、死にたかったんだ。
 痛みもない。体の感覚も。だが、なんとなく物静かで、暖かくて、心地良い。これで、心残りは一切無い人生になった。
 身勝手だけど、ありがとう、恵。そう心の中で唱えると、目の前から光が消えた。
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『先日○○市内において、男子高校生と成人男性の、三人の遺体が発見されました。警察によると、男性は刃物で腹部を刺されたものと見られており、男子生徒二人は頭部を損傷、うち一人の身元は判明しておりません』
 職場のテレビから、ニュースの音声が聞こえる。隣町で物騒な事件が起きたらしい。
「三人分の死体、ね。通り魔がいたのか、あるいは互いに殺し合ったのか」
「お前のせいかもしれねえっつうのに、呑気なもんだ。少しは手伝えよ」
 俺は正利の白Tシャツを引っ張る。正利も渋々動き始めた。
「売り渡し先との交渉、終わりましたぁ!」
 突然、出先に言ってた山崎が帰ってきた。スーツを着崩している。今朝飛び出してから、日が暮れるまで出歩いていたようだ。
「お疲れちゃん。残りは二人分だな」
「まだあんだよな~。ホント、儲かるのも悪くないっすけど、大変っすね~」
 口調も砕けている。疲れているからか、完全にオフモードのようだ。
「おかえり。今日は客が来なかったよ」
「マジっすか!? 良かったぁ。正利さん、しばらく休んどいてください! 俺も休みたいんで!」
 山崎の喜びようを見て、正利もははっと笑う。
 神田正利。職場でも白いTシャツを着ている変な奴だ。だが、俺はこいつのおかげで商売できている。こいつは手で触れている人間をタイムリープさせることができるからだ。かくいう俺も、そのタイムリープを一度経験している。そして俺と山崎は、その超能力を使ったビジネスに加わっている。いわば、正利のマネージャーみたいなものだ。と言っても、この店は表向きには雑貨屋で通しているが。
「Regretionはしばらく休み! もう仕事したくねえ!!」
「まだ在庫があるって言っただろ」
「それはもう先輩やっといてください! 俺はもう帰ります! おつかれしたー!」
 帰ろうとする山崎の襟を掴み、書類を渡す。
「帰る前に、荷物整理に協力しろ」
「ええ~、正利さぁ~ん」
 正利は、山崎に微笑み返すだけだった。山崎も肩を落としながら、在庫商品を箱から取り出す。俺も商品を移動し陳列した。
 ふと、レジの上に置いてある紙が目に付いた。何かと思って見てみると、タイムリープについて客に説明する時の台本だった。俺か山崎が置きっぱなしにしてたのだろう。たまにある。なんとなく拾い上げて、文を読んでみる。
「正利。気になったんだけどよ」
 俺の声に、正利は顔を向ける。
「なんでタイムリープに回数制限を付けないんだ? 上限超えた奴は、生還できねえことはわかった上で送り出してんだろ?」
 その質問を聞き、正利はニヤッと笑みを浮かべた。
「タイムリープする人の大半は、一回のやり直しで目的を果たせない。再びここに来るリピーターになるわけだ。上限数を超えても、ここの記憶を保って、またリープしようとする。すると、どの世界の俺も金が稼げるってわけ」
「なるほど。並行世界の自分の収益目当てとはな。どこまでも金を稼ぐことしか考えてねえのか」
「いや、それだけじゃない。俺はあくまで傍観者なのさ。人の生死とか命運とか、そういうものには関わらない。ただ、客に俺の力を分け与えているに過ぎない。能力を報酬に変換する、それが仕事でしょ?」
 正利の顔が終始ニヤニヤしている。どうやら、彼の饒舌を煽ってしまったようだ。
「それに、人の死っていうのは、それだけで集客力があるのさ。その原因がなんであれ、ね」
 そう言った直後、誰かが暖簾をくぐり入ってきた。肩で息をしている。服装からして、女子高生のようだ。
「初めまして、お嬢さん。やり直したいこと、ありませんか?」
 正利が聞くと、女子高生は答えた。
「タイムリープさせてください。勇生が死ぬ前まで」