朝②
ー/ー「そこまで私の言うことが信用できないのであれば別に信用してもらわなくて結構です。これ以上貴方と付き合っていると、周りの人の時間を奪ってしまうので、今日はこれで終わりたいと思います」
スペースは適当に切り上げた。タイムリープマシンを起動する。『私』を救うために。過去の『私』に可能性をかける。
『少しお話しませんか? ちなみに貴方は何回目ですか?』
タイムリープを勧める以上、すでにもう戻っている可能性がある。前提条件で話を進める。
『二回目です。先生の実験は成功しました』
実験は成功か。そして当然だが、タイムリープしたという事実は当事者にしか理解できず、他者から観測することはできない。歓喜に震えながら文字を入力する。
『素晴らしい、では続きについて話をしよう。前の私はどこまで語っていたかな。どうやら当然と言えば当然だが、私は君がタイムリープしたであろうことを認識していない。私とどんなやり取りをしたのかを教えてくれ』
『先生とやり取りしたあと、文字に触れろと言われたら十分ほど、タイムリープしたようです。私の頭は朝に戻っていました。ちょっと頭痛がきつかったですが……』
どうやら『前回の私』とはタイムリープ時に発生する頭痛について説明しなかったらしい。至らぬ別次元の『私』を責めても仕方がない。まずは不安を解消しておこう。きっと今の『私』は何かの副作用などに怯えてるはずだ。過去の『私』はそういう性格なのはよくわかっている。
『そうか、説明不足だったようだね、現実との乖離が生じると、その誤差を補うべく、脳が補正を行う。その補正時に頭痛が発生するのだ、覚えておきたまえ。私はそれを何度も繰り返しているので、頭痛はあるが、健康に害を及ぼすことはない。そこは安心してほしい』
『今度は数年前に戻してもらえませんか? できれば病気が発症する前に』
今の『私』は未来の存在である『私』と比較して圧倒的に情報量が足りていない。かと言って私の持っている数百年の情報を全て開示するのは無理である。もとより多くの人間にとって脳のキャパシティーは限られ、必要な情報を必要なだけ開示するという事が求められているのだ。
なるべくわかりやすく、答える。
『残念ながら現在のシステムでは戻すのは十分が限度だ』
沈黙。この事実に落胆したのであろう。しかし私は切り札を持っている。しかしそれは理論上、問題ないはずだが、創作の世界では禁忌とされることの多い行動。勇気がいる。その時が来るのを待つんだ。私は慎重に言葉を選ぶ。
『このタイムリープマシンは元来、装置に直接身体を接触させなければならないものだった。それを電子の海を介してタイムリープを実現したのは画期的ではあったが……』
さあ、どう、返してくる。『私』の反応はどうだ?
『先生の元まで行けば、より深く、長い時間タイムリープすることができるのですか? 私、行くことができるのであれば是非伺わせていただきたいです』
なるほど。今の現在の『私』らしい発想。しかしここは残酷な事実を突きつけなければならない。そう、かつて自分がその絶望に打ちひしがれたように。
『まず、私の所に来るのは構わない、だが残念ながら君の願望は叶わないことを先に伝えなければならない。私も私自身の病に葛藤し、治療法を模索した。結論は過去に答えはない。何故ならどれだけ戻って、時間を手に入れても、その世界は過去の知識しかないのだ。医学が追従していない。私は過去を変えるべく、タイムリープマシンを完成させたが、タイムリープマシン自体を完成させるためには二〇二五年に到達する必要がある。材料が手に入らないためだ。また、我々の病は本質的に感染症などの類ではなく、性格といったほうが近い。直すためには考え方自体を変えなければならないし、体質によるところもある。これをなんとかしたいと思うが、過去の時代、精神病に対する偏見は強く、あまり多く時間を巻き戻しても、得られるものは多くなかった。なので、今、私達に求められているのは時間、未来に進むことなのだ』
長文による返信。
長文からの返信。
長文らしい返信。
長文として返信。
『私』からの返事は来ない。まぁまず読んでいるのだろう。そしてきっと絶望しているだろう……。少し情報量を詰め込みすぎたかも知れないと、書き込んでから反省する。しかし知ってもらわねばならなかった。
しばしの間。
そこから出てきた言葉は意外な物だった。
『先生は何故山に登るのですか?』
その他の誰かに言われたのであれば、『愚問だな』とでも返していただろうか。私は言葉を綴る。
『貴方は私が植村直己が好きなのはご存知ですか?』
『はい、先生に勧められて本も読みました』
『私は山に惚れたと言うより植村直己のその「在り方」に惚れたのです。植村直己がわかりにくければ、全ての登山家や冒険家と言い換えてもいいです。私は人生の中で様々な人をみてきましたが、普通の人は危険な道と安全な道があれば安全な道を歩みます。しかし登山家や冒険家は違う。危険な道とわかっていてもそれに挑む。何故だと思いますか?』
『はい、先生に勧められて本も読みました』
『私は山に惚れたと言うより植村直己のその「在り方」に惚れたのです。植村直己がわかりにくければ、全ての登山家や冒険家と言い換えてもいいです。私は人生の中で様々な人をみてきましたが、普通の人は危険な道と安全な道があれば安全な道を歩みます。しかし登山家や冒険家は違う。危険な道とわかっていてもそれに挑む。何故だと思いますか?』
そう、率直に言ってしまえば私が最初に触れた冒険家が植村直己であっただけであり、最初に触れたのが違う人物であればその人物に傾倒していただろう。冒険ともつながった話、全てはきっかけなのだと。
『記録のため……でしょうか。前人未到というトロフィが欲しいのかなと漠然と思ってました』
令和の学生にこの話を理解しろと言っても難しいのはわかっていた。なにより自分の昔のことは自分が一番よくわかっている。再び言葉を打ち込む。
『その側面がないとは言わない。だが本質は別にあると私は考える。彼らは「未知の世界を覗きたかったんだ。誰もみたことがない世界。それは科学者にとって世界を賑わす大発見を生み出すに等しい感情だ。だけどさっき言った通り、ただみてみたい。その一つの欲求だけのために命を落とす危険を普通は犯さない。だが彼らは違った。苦しくても、何度でも、何度でも、諦めなかった。きっと彼らは夢を見続けていた、諦めなかった。諦めが悪いから、結果的に偉業がついてきた。ただそれだけの話し』
『そんな物は、私達の苦痛を知らない人達の思想だと思います。私達は外に出るのでさえ困難を伴う。その先に得られるものなんて何もない。リスクとリターンにすらなっていないじゃないですか。その人達と私達とでは考え方が根本的に違うんです』
なるほど。当時追い込まれていた自分を振り返り、そういう反応になるのも致し方ない。しかし前に進まなければならないことを示さなければならない。
『外に出ても本当に得られるものはないと思うかい? それは貴方自身が一番わかっているはずだ。何故なら貴方は外に出たいから病の治癒を望んでいる。それはそこに得られるものがあるとわかっているからだ。本当に得られるものがないのであれば病の治癒などしなくていい。外に出なければいいのだから。でも君は違うだろう?』
『わかってはいたのかも知れません……でも私はそこまで前向きにはなれない』
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