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第20話 怪談、仁生寺心中

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 相良を籠に乗せ、ヨリとキョウ、そしてサクは仁生寺へと辿り着いたのは夕刻頃。出迎えてくれた他の僧侶は老体の相良を大変心配したが、当人は矍鑠とした様子で歩いていく。そして魔物の現れる刻限まで歓待を受け、準備をして例の堂で待ち構えている。

「来ますかね」
「まぁ、そうでしょうね」

 心配そうな様子でキョウが尋ねるのに、ヨリは静かに答える。堂は六畳程の一間。元は病人などの隔離部屋として使われていたと言う。高床の堂は部屋の周囲をぐるりと外廊下が巡り、正面の階段から欄干が囲っている。入口は階段から真っ直ぐの正面一箇所しかない。
 そこを開け放ち、暗がりにキョウとサクが隠れて待ち、入口正面を見据えるようにヨリと相良が座っていた。

 良く晴れた、青い月が冴え冴えとした月光を注ぎ白い玉砂利を白銀に輝かせている。そこにふと、女の像が浮かんだ。
 白地に白の刺繍を施した打ち掛けを着た白無垢の女は、だが髪は結われず背や胸に落ち、その額からは白い角を生やしている。目に生気はなく何処か虚ろで、何も映してはいないようだった。

「静乃様じゃ」

 静かに相良が呟き、手を摺り合わせて経を読む。恐れるではなく哀れと聞こえる読経を聞きながら、ヨリは静かに頭を下げた。

「静乃様でいらっしゃいますか?」

 問いかけに、初めてその魔物は足を止めた。虚ろだった目に僅かな意志が見える。こちらを見た彼女は、次にはヨリの目の前に居て白い手を首にかけていた。
 確かに美しい女性だった。ほっそりとした輪郭に涼やかな目元、小ぶりで形のよい唇、黒い艶やかな髪。だがその目は魔物のもので、よく知っている白銀だった。
 縦に細い瞳孔はより細く糸のようにも思える。

「ヨリ様!」
「構いませんよ、キョウ」

 刀に手をかけ慌てたキョウを制して、ヨリも目を開ける。そして静かにその心を覗き、哀れにと目を閉じた。

「今宵、私は貴方の為に語りましょう」

 細く冷たい手にそっと手を添えたヨリは、穏やかな声音で語りかけた。

「とある町に、ろくでなしの男がおりました。この男、庄屋の息子にもかかわらず仕事もせずに遊びほうけ、両親はあまりの放蕩っぷりに万策尽きて近くに住む神主に相談を持ちかけた」

 途端、首にかかった手に力がこもり長い爪が僅かに肌に食い込む。切れて血を流す様をキョウは今にも斬りかかりそうな顔で見たが、ヨリは静かに語り出す。この者に本気の殺意はないと、確信していたから。

「神主は悩んだが、所帯を持てば少しは責任も感じるだろうと提案し、自身の娘をと勧めた。この娘は大層美しい娘であった。
これに喜んだ庄屋は善は急げと結婚の準備を始めるが、納得いかないのがこの道楽息子。なんだかんだと理由をつけては断ろうとするので、とうとう神に問おうとなった。
幸せな結婚を占う儀式が神社で執り行われたが、どういう事でしょう。何度やっても凶の結果しか出てこない。
この結婚はよした方がいい。そんな声もありはしたが、既に結納も済ませ日取りまで決まった事。今更覆す事もできず、占いの結果を偽り双方に伝え、二人は夫婦となってしまった」

 また、ギリリと手に力が入る。流れた血は白い着物の襟元を汚した。だがそれ以上に女の顔は苦しげで、悲しげだった。

 まだ間に合うように思う。長い時間、供養されてきたとはいえ飢えていただろう。乾いてきただろう。魔物の飢餓とは果ての無い苦しみ。それでもこの鬼女がこの寺の者を襲ったことはない。殺したのは真に憎い者だけだ。
 ヨリの目にはこの女が、飢えや渇きや狂気の狭間で藻掻き苦しみそれでも堕ちるまいと抗っているように思えた。

「だが直ぐに男は娘の側を離れてしまった。真面目な娘を疎んだのだ。
娘は悲嘆に暮れて泣き暮らす。それを哀れに思った者が声をかけてくれるが、結納までして嫁いできた身、そう簡単に離縁もできない。
塞ぎ込む彼女だったが、そこに一人の少年が現れた。庄屋が養子にしたその子は娘を慕ってくれる。娘もこの少年が向けてくれる笑みが嬉しくもあり、よく面倒を見るようになった」

 途端、ぱっと手が離れる。圧迫されていた部分が取り除かれると息も楽に通る。咳払い一つ、そうして作るヨリの空気は怪談を語るには柔らかく、温かな声音だった。

「この少年が娘に恋をするのは自然な流れ。月日が経つと少年は立派な青年へと育っていく。凜々しい若者へと成長した彼を娘もまた好いた」
『やめて』
「好いている。一緒になってもらいたい。素直な心を伝える若者の心を娘もまた嬉しく思っている。だが、親子とまでは行かなくとも姉と弟程には歳の差がある。しかも娘には夫がある。思い悩んだ娘は日に日に細り、とうとう部屋から出られなくなってしまった」
『止めて!』

 叫びながら、鬼女は手を振り上げる。鋭い爪に裂かれてはヨリなど紙のように裂けるだろう。それでも、ヨリは逃げる事も焦る事もしなかった。
 横合いから鬼女の腕を掴む男がある。キョウが女の手を掴み、引き上げる。それを確かめ、ヨリは更に言葉を紡いだ。

「娘を案じた若者は毎日のように通い、襖の前に花を置いて行く。そして、愛の言葉を紡いでいく。そしてとうとうある夜、こう囁いた。
『この家が貴方の枷となるならば、二人手を取り逃げましょう』と。
娘は驚き寝床から這いだし、襖を開けた。そこにはすっかり支度を調えた若者がいて、手を差し伸べてくれる。娘は躊躇い、言い訳をする。
『いけません。私には夫がおります』
『貴方を捨てて勝手をしているあれは貴方の夫などではありません』
『ですが、神が良きと定めた結婚なのです。覆せばどのような不幸があるか分かりません』
『その神事が全て偽りなのです!』
若者の力強い声が娘を打つ。痩せて細った手を温めるように、若者は包んで頷いた。
『全て義父上から伺いました。神事の結果は凶であった。にも関わらずこちらの都合で歪めてしまったと』
『そんな……』
ならば一体、何を耐えていたのか。泣き濡れる娘を労り、若者は優しく囁いた。
『お許しを頂き、俺と神事をやり直してください。そして吉と出たならば、俺と結婚してください』
若者の言葉に、娘は一つ頷きました」

 彼女はストンとくずおれる。これは、生前の彼女が囚われた檻だった。

 神事の結果は吉。ならばこの結婚は神が望んだもの。両家にとって良縁であると思った。例え自分は苦しくともいつか何かの実を結ぶのだと思っていた。それが叶わないのは自分に努力が足りないから。そう、思って真面目に努力し続けてきたのだ。
 裏切りも、醜さも知らない娘は己が騙されているとも知らぬまま死に、真実を知って激しい憎しみを抱き、鬼女へと堕ちてしまった。

 不意にヨリの隣で静かに座っていた相良が立ち上がり、彼女の前に進み出るとそっと手を取り、そこに額を押し当てた。

「静乃様、もう苦しまんでください。悲しまんでください。こんな老いた儂一人で良ければお供いたしましょう。そうしていつか生まれ変わったならば、今度こそ儂と夫婦となってください」

 それは数十年の時を置いた、愛の言葉であった。
 ヨリは目を閉じ、息を吸う。優しく、まるで春の陽のように朗らかな声で結びの言葉を綴った。

「翌日、庄屋も立ち会いのもと結婚の占いが執り行われた。用意されたたった一つの皿はどれだけ火にくべられようとも割れはせず、寧ろ焼かれる度に白磁のような輝きを増していく。これが吉報でないと誰が言えるものか。
娘は皆の立ち会いのもと離縁し、同じ日にこの若者と結ばれて末永く幸せに暮らしたということです」

 丁寧に礼を取ったヨリの前に座る彼女の額から、いつの間にか角は消えていた。そして相良とひしと抱き合い、声を上げて泣いたのだ。
 涙一つが落ちる度に彼女の体は透けてゆく。爪は消え、牙が消え、白無垢も消えて慎ましい娘が現れる。
 日はいつの間にか昇り、清浄な朝日を浴びた娘はその光に導かれるように透けて消えていく。だがその最期には控えめながらも笑みを見せてくれた。

「逝ったか」
「御仏の導きはあるのでしょうね。本来魔物に堕ちた魂は塵となって消えゆくもの。これで誰も殺めていなければこのような結末も予想はできましたが、彼女は二人を手にかけていました。流石に浄化できるとは思っていませんでしたよ」

 その為にキョウを控えさせていた。心が救われた瞬間に首を切るより他、安らかな終わりはないだろうと思ったのだ。

「御坊が日々、御仏に彼女の成仏を願い続けていたからでしょうか」

 呆然と消えた娘の行く先を見つめる相良の手には、一枚の皿がある。魔物の核となるそれはヒビが入っていたものの割れずにあった。

「世はそれほど、無情ではないのかもしれませんね」

 呟くヨリは見えぬ陽光に顔を向け、改めてもう一度礼をした。


 相良の容態が急変し、そのまま息を引き取ったのはこの日の夜半の事であった。看取ったヨリは確かに、そこに娘の姿を見た。そしてその娘と手を取り合って笑い、こちらを見て一礼する若かりし頃の相良の姿も。

「やれやれ、珍しく恋物語など語ったというのに。結局はこうなりますか」

 それでもこれを単なる怪異とするには抵抗がある。彼を弔う経が唱えられる中、ヨリは板間に手をついて深く一つ礼を取った。

「怪談、仁生寺心中でございます」

【盲の語りと裏切りの誓い・完】


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 相良を籠に乗せ、ヨリとキョウ、そしてサクは仁生寺へと辿り着いたのは夕刻頃。出迎えてくれた他の僧侶は老体の相良を大変心配したが、当人は矍鑠とした様子で歩いていく。そして魔物の現れる刻限まで歓待を受け、準備をして例の堂で待ち構えている。
「来ますかね」
「まぁ、そうでしょうね」
 心配そうな様子でキョウが尋ねるのに、ヨリは静かに答える。堂は六畳程の一間。元は病人などの隔離部屋として使われていたと言う。高床の堂は部屋の周囲をぐるりと外廊下が巡り、正面の階段から欄干が囲っている。入口は階段から真っ直ぐの正面一箇所しかない。
 そこを開け放ち、暗がりにキョウとサクが隠れて待ち、入口正面を見据えるようにヨリと相良が座っていた。
 良く晴れた、青い月が冴え冴えとした月光を注ぎ白い玉砂利を白銀に輝かせている。そこにふと、女の像が浮かんだ。
 白地に白の刺繍を施した打ち掛けを着た白無垢の女は、だが髪は結われず背や胸に落ち、その額からは白い角を生やしている。目に生気はなく何処か虚ろで、何も映してはいないようだった。
「静乃様じゃ」
 静かに相良が呟き、手を摺り合わせて経を読む。恐れるではなく哀れと聞こえる読経を聞きながら、ヨリは静かに頭を下げた。
「静乃様でいらっしゃいますか?」
 問いかけに、初めてその魔物は足を止めた。虚ろだった目に僅かな意志が見える。こちらを見た彼女は、次にはヨリの目の前に居て白い手を首にかけていた。
 確かに美しい女性だった。ほっそりとした輪郭に涼やかな目元、小ぶりで形のよい唇、黒い艶やかな髪。だがその目は魔物のもので、よく知っている白銀だった。
 縦に細い瞳孔はより細く糸のようにも思える。
「ヨリ様!」
「構いませんよ、キョウ」
 刀に手をかけ慌てたキョウを制して、ヨリも目を開ける。そして静かにその心を覗き、哀れにと目を閉じた。
「今宵、私は貴方の為に語りましょう」
 細く冷たい手にそっと手を添えたヨリは、穏やかな声音で語りかけた。
「とある町に、ろくでなしの男がおりました。この男、庄屋の息子にもかかわらず仕事もせずに遊びほうけ、両親はあまりの放蕩っぷりに万策尽きて近くに住む神主に相談を持ちかけた」
 途端、首にかかった手に力がこもり長い爪が僅かに肌に食い込む。切れて血を流す様をキョウは今にも斬りかかりそうな顔で見たが、ヨリは静かに語り出す。この者に本気の殺意はないと、確信していたから。
「神主は悩んだが、所帯を持てば少しは責任も感じるだろうと提案し、自身の娘をと勧めた。この娘は大層美しい娘であった。
これに喜んだ庄屋は善は急げと結婚の準備を始めるが、納得いかないのがこの道楽息子。なんだかんだと理由をつけては断ろうとするので、とうとう神に問おうとなった。
幸せな結婚を占う儀式が神社で執り行われたが、どういう事でしょう。何度やっても凶の結果しか出てこない。
この結婚はよした方がいい。そんな声もありはしたが、既に結納も済ませ日取りまで決まった事。今更覆す事もできず、占いの結果を偽り双方に伝え、二人は夫婦となってしまった」
 また、ギリリと手に力が入る。流れた血は白い着物の襟元を汚した。だがそれ以上に女の顔は苦しげで、悲しげだった。
 まだ間に合うように思う。長い時間、供養されてきたとはいえ飢えていただろう。乾いてきただろう。魔物の飢餓とは果ての無い苦しみ。それでもこの鬼女がこの寺の者を襲ったことはない。殺したのは真に憎い者だけだ。
 ヨリの目にはこの女が、飢えや渇きや狂気の狭間で藻掻き苦しみそれでも堕ちるまいと抗っているように思えた。
「だが直ぐに男は娘の側を離れてしまった。真面目な娘を疎んだのだ。
娘は悲嘆に暮れて泣き暮らす。それを哀れに思った者が声をかけてくれるが、結納までして嫁いできた身、そう簡単に離縁もできない。
塞ぎ込む彼女だったが、そこに一人の少年が現れた。庄屋が養子にしたその子は娘を慕ってくれる。娘もこの少年が向けてくれる笑みが嬉しくもあり、よく面倒を見るようになった」
 途端、ぱっと手が離れる。圧迫されていた部分が取り除かれると息も楽に通る。咳払い一つ、そうして作るヨリの空気は怪談を語るには柔らかく、温かな声音だった。
「この少年が娘に恋をするのは自然な流れ。月日が経つと少年は立派な青年へと育っていく。凜々しい若者へと成長した彼を娘もまた好いた」
『やめて』
「好いている。一緒になってもらいたい。素直な心を伝える若者の心を娘もまた嬉しく思っている。だが、親子とまでは行かなくとも姉と弟程には歳の差がある。しかも娘には夫がある。思い悩んだ娘は日に日に細り、とうとう部屋から出られなくなってしまった」
『止めて!』
 叫びながら、鬼女は手を振り上げる。鋭い爪に裂かれてはヨリなど紙のように裂けるだろう。それでも、ヨリは逃げる事も焦る事もしなかった。
 横合いから鬼女の腕を掴む男がある。キョウが女の手を掴み、引き上げる。それを確かめ、ヨリは更に言葉を紡いだ。
「娘を案じた若者は毎日のように通い、襖の前に花を置いて行く。そして、愛の言葉を紡いでいく。そしてとうとうある夜、こう囁いた。
『この家が貴方の枷となるならば、二人手を取り逃げましょう』と。
娘は驚き寝床から這いだし、襖を開けた。そこにはすっかり支度を調えた若者がいて、手を差し伸べてくれる。娘は躊躇い、言い訳をする。
『いけません。私には夫がおります』
『貴方を捨てて勝手をしているあれは貴方の夫などではありません』
『ですが、神が良きと定めた結婚なのです。覆せばどのような不幸があるか分かりません』
『その神事が全て偽りなのです!』
若者の力強い声が娘を打つ。痩せて細った手を温めるように、若者は包んで頷いた。
『全て義父上から伺いました。神事の結果は凶であった。にも関わらずこちらの都合で歪めてしまったと』
『そんな……』
ならば一体、何を耐えていたのか。泣き濡れる娘を労り、若者は優しく囁いた。
『お許しを頂き、俺と神事をやり直してください。そして吉と出たならば、俺と結婚してください』
若者の言葉に、娘は一つ頷きました」
 彼女はストンとくずおれる。これは、生前の彼女が囚われた檻だった。
 神事の結果は吉。ならばこの結婚は神が望んだもの。両家にとって良縁であると思った。例え自分は苦しくともいつか何かの実を結ぶのだと思っていた。それが叶わないのは自分に努力が足りないから。そう、思って真面目に努力し続けてきたのだ。
 裏切りも、醜さも知らない娘は己が騙されているとも知らぬまま死に、真実を知って激しい憎しみを抱き、鬼女へと堕ちてしまった。
 不意にヨリの隣で静かに座っていた相良が立ち上がり、彼女の前に進み出るとそっと手を取り、そこに額を押し当てた。
「静乃様、もう苦しまんでください。悲しまんでください。こんな老いた儂一人で良ければお供いたしましょう。そうしていつか生まれ変わったならば、今度こそ儂と夫婦となってください」
 それは数十年の時を置いた、愛の言葉であった。
 ヨリは目を閉じ、息を吸う。優しく、まるで春の陽のように朗らかな声で結びの言葉を綴った。
「翌日、庄屋も立ち会いのもと結婚の占いが執り行われた。用意されたたった一つの皿はどれだけ火にくべられようとも割れはせず、寧ろ焼かれる度に白磁のような輝きを増していく。これが吉報でないと誰が言えるものか。
娘は皆の立ち会いのもと離縁し、同じ日にこの若者と結ばれて末永く幸せに暮らしたということです」
 丁寧に礼を取ったヨリの前に座る彼女の額から、いつの間にか角は消えていた。そして相良とひしと抱き合い、声を上げて泣いたのだ。
 涙一つが落ちる度に彼女の体は透けてゆく。爪は消え、牙が消え、白無垢も消えて慎ましい娘が現れる。
 日はいつの間にか昇り、清浄な朝日を浴びた娘はその光に導かれるように透けて消えていく。だがその最期には控えめながらも笑みを見せてくれた。
「逝ったか」
「御仏の導きはあるのでしょうね。本来魔物に堕ちた魂は塵となって消えゆくもの。これで誰も殺めていなければこのような結末も予想はできましたが、彼女は二人を手にかけていました。流石に浄化できるとは思っていませんでしたよ」
 その為にキョウを控えさせていた。心が救われた瞬間に首を切るより他、安らかな終わりはないだろうと思ったのだ。
「御坊が日々、御仏に彼女の成仏を願い続けていたからでしょうか」
 呆然と消えた娘の行く先を見つめる相良の手には、一枚の皿がある。魔物の核となるそれはヒビが入っていたものの割れずにあった。
「世はそれほど、無情ではないのかもしれませんね」
 呟くヨリは見えぬ陽光に顔を向け、改めてもう一度礼をした。
 相良の容態が急変し、そのまま息を引き取ったのはこの日の夜半の事であった。看取ったヨリは確かに、そこに娘の姿を見た。そしてその娘と手を取り合って笑い、こちらを見て一礼する若かりし頃の相良の姿も。
「やれやれ、珍しく恋物語など語ったというのに。結局はこうなりますか」
 それでもこれを単なる怪異とするには抵抗がある。彼を弔う経が唱えられる中、ヨリは板間に手をついて深く一つ礼を取った。
「怪談、仁生寺心中でございます」
【盲の語りと裏切りの誓い・完】