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『事件』が起きなければ始まらない

ー/ー



 秋葉原(あきはばら)――東京都千代田区(とうきょうとちよだく)の秋葉原駅を中心に、外神田(そとかんだ)神田佐久間町(かんださくまちょう)、および台東区(たいとうく)秋葉原周辺を含む地域の総称である。

 かつては「電気街」「パソコン街」と呼ばれたこの街も、近年ではオタクの聖地として、海外までその名を馳せているのは周知のとおりである。


 秋葉原駅の南に位置する岩本町(いわもとちょう)神田川(かんだがわ)沿い、柳原(やなぎはら)通りに建つ雑居ビルの二階に、そのライブハウスはあった。『ボレロ』は、最近できたばかりの新しいライブハウスである。

 (こよみ)の上では夏は過ぎているはずだが、いまだ残暑の厳しい、九月下旬のことである。

 その日の夜、ライブハウス・ボレロでは、ある地下アイドルグループのライブが行われていた。

『アマテラス』

 日本神話の太陽を(つかさど)る女神、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」の名を冠するこのグループは、何かと暗い報せ(ニュース)蔓延(はびこ)る、この(うつ)し世を明るく照らしたい、そんなコンセプトのもと、二年前から活動を続けている。

 地下アイドルを自称してはいるものの、当代きっての敏腕プロデューサー・塔岡侑理(とうおかゆり)が手掛けていることもあり、一般のアイドルファンのみならず、マスコミからも注目を集めている人気グループである。

 本来であればとうにメジャーデビューを果たし、ライブは大規模な施設で行っても十分に集客が見込めるはずだ。だが「地盤を固め、少しずつ着実に育てていきたい」との、塔岡の強い理念から、メディアへの派手な露出は極力控え、ライブを行うのも小さな会場を常としていた。

 実は塔岡自身、十年ほど前までは人気アイドルグループの主力メンバーとして活躍していた。業界の裏側の良し悪しを知り尽くしているのである。

 人気絶頂のタイミングでの、突然のグループ卒業後、彼女は周囲の予想に反し、演者側ではなく裏方に回ることを志望する。後進の若手を、自ら育成する道を選んだのである。

 その後、現役時代に得た経験と知識、人脈を活かしていくつかのアイドルグループをプロデュースした塔岡は、着実に彼女なりのノウハウを確立させてゆく。

 過去に塔岡のプロデュースしたアイドルグループは、何人もの人気タレントや女優、モデルを輩出している。そのため、近年では彼女を地下アイドル界の「カリスマ」、あるいは「神」と呼ぶ声も多い。

 そんな塔岡が、現在最も力を入れて取り組んでいるのが、二年前に結成したアマテラスなのである。


 ライブ会場がいつも小規模ということもあり、アマテラスのライブチケットは毎回入手困難である。今夜もボレロの入るビル周辺には、チケットを入手し損ねた大勢のファンが集まっていた。ライブに参加することはできなくても、せめて会場に出入りするメンバーをひと目見ようと集まったファン達である。

 一方ステージ上では、五人のメンバーが、客席を埋め尽くす幸運なファンを、歌とダンスで魅了していた。

 午後八時。オリジナル曲のほか、人気のアニソンのカヴァーなども含めた、八曲のパフォーマンスを披露し終えた。ライブも中盤、衣装替えのタイミングである。

「みんなー、声援ありがとー。このへんでちょっとだけ休憩させてねー」

 センターポジションを務める美月姫華(みづきひめか)が肩で息をしながら、客席に向けて言うと、

「ゆっくりしてきていいよー」

 ひとりの男性ファンの声援に、客席全体が湧く。

「ありがとー。すぐ戻ってくるから、引き続き楽しんでねー」

 姫華の言葉を合図に、メンバー五人はステージ袖に()けた。音響スタッフがすかさず、会場内にヒーリング系のBGMを流す。

「みんな、急いで着替えてね」

 控え室へ向かう廊下で、リーダーの辻本涼子(つじもとりょうこ)がメンバーに声を掛ける。二十一歳で最年長の彼女は、グループのまとめ役である。

「……それにしても侑理さん、どこ行っちゃったんだろう」

 いつもステージ袖から厳しい目を向けている塔岡だが、今夜は開演直後から見当たらない。

「リョウさーん、少し休ませてー」

 涼子が歩きながら考えに(ふけ)っていると、芹沢玲央奈(せりざわれおな)が苦しげに訴えてきた。彼女は十七歳の現役女子高生である。ボーイッシュなルックスで女性ファンの多い彼女は、ひときわ激しいダンスを求められている。

「五分だけよ。お客さんを待たせられないわ」

 すでに衣装を半分脱ぎかけながら、姫華が割り込む。

 十九歳の彼女は自身のアイドル活動についてかなりストイックである。高校卒業後、進学はせず、芸能活動に専念している。

「レオナちゃんは一番激しいパートを踊ってるんだから、少しは休ませないと後半が保たないわ」

 おっとりした声で、若山菜々美(わかやまななみ)が姫華をたしなめる。姫華とは同い年で、十九歳の大学生。ファンの間では「癒し系」として人気の彼女は、グループ内のムードメーカーである。

「――分かったわ。じゃあ十分ね。その分、後半開始のMCは短めにするわ。リーダー、それでどう?」

 姫華はリーダーの涼子に意見を求める。

「うん、そうね。ヒメ、それでお願い。それから、フーカ」

 そう姫華に答えると、涼子は続けざまに一番背の低いメンバーに声をかけた。最年少の武部風佳(たけべふうか)は十五歳で、現役の中学生である。ほかの四人はグループ結成時からのメンバーだが、彼女は昨年十四歳の時に加入し、キャリアはまだ一年ほどである。

「あなたの出番はここまでね。後半は帰ってもいいし、舞台袖から見ててもいいわ。お家の人と相談して?」

 労働基準法の定める年齢制限のため、まだ十五歳の風佳の場合、夜八時以降の就労は違法となる。

「はあい。帰りが遅くなるとパパがうるさいから、今日はもう帰ります」

「フーカちゃんは来年高校受験もあるんだから、あまり無理はしないでね。侑理さんには言ってあるんでしょ?」

 菜々美が風佳の顔を覗き込む。

「はい。お仕事は今月いっぱいで一旦お休みさせてもらって、十月からは受験に専念させてもらいます」

「そう、しっかりしてるわねえ」

 風佳の答えに菜々美が頷くと、

「ナナミンってば、まるでフーカのお母さんですね」

 玲央奈が苦笑交じりに言葉を挟んだ。

「お母さんは酷いなあ。せめてお姉さんにして?」

 菜々美は眉根を寄せながら、

「……フーカちゃんがしばらくお休みってことは、ミムちゃんにはもっと頑張ってもらわないとねえ」

 と続ける。

 小森未夢(こもりみむ)、十八歳。最近加入したばかりの新メンバーだ。体調不良を訴え、今夜のライブは欠席している。後半のステージは、六人メンバーのうち二人を欠いた、四人でのパフォーマンスになる。

「ほらほら、無駄話はそれまでにして。さっさと衣装を着替えるわよ」

 言いながら、涼子はスタッフから渡された鍵を使い、控え室の扉を開けようとする。

「あれ? 変ね……」

「リーダー、どうかしたの?」

 姫華が涼子の手元を覗き込むと同時に、涼子は扉を開いた。

「ううん何でもない。わたしの勘違いかも。さあ着替えちゃいましょ」

 涼子の声と同時に、次々と扉をくぐるメンバー。その直後である。

「ヒッ!」
「キャアーッ!」
「う、嘘でしょっ!」

 広さ十畳ほどの控え室に、うら若き女性数人の悲鳴と驚きの声が、一斉に響き渡ったのである。


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 |秋葉原《あきはばら》――|東京都千代田区《とうきょうとちよだく》の秋葉原駅を中心に、|外神田《そとかんだ》・|神田佐久間町《かんださくまちょう》、および|台東区《たいとうく》秋葉原周辺を含む地域の総称である。
 かつては「電気街」「パソコン街」と呼ばれたこの街も、近年ではオタクの聖地として、海外までその名を馳せているのは周知のとおりである。
 秋葉原駅の南に位置する|岩本町《いわもとちょう》の|神田川《かんだがわ》沿い、|柳原《やなぎはら》通りに建つ雑居ビルの二階に、そのライブハウスはあった。『ボレロ』は、最近できたばかりの新しいライブハウスである。
 |暦《こよみ》の上では夏は過ぎているはずだが、いまだ残暑の厳しい、九月下旬のことである。
 その日の夜、ライブハウス・ボレロでは、ある地下アイドルグループのライブが行われていた。
『アマテラス』
 日本神話の太陽を|司《つかさど》る女神、「|天照大御神《あまてらすおおみかみ》」の名を冠するこのグループは、何かと暗い|報せ《ニュース》の|蔓延《はびこ》る、この|現《うつ》し世を明るく照らしたい、そんなコンセプトのもと、二年前から活動を続けている。
 地下アイドルを自称してはいるものの、当代きっての敏腕プロデューサー・|塔岡侑理《とうおかゆり》が手掛けていることもあり、一般のアイドルファンのみならず、マスコミからも注目を集めている人気グループである。
 本来であればとうにメジャーデビューを果たし、ライブは大規模な施設で行っても十分に集客が見込めるはずだ。だが「地盤を固め、少しずつ着実に育てていきたい」との、塔岡の強い理念から、メディアへの派手な露出は極力控え、ライブを行うのも小さな会場を常としていた。
 実は塔岡自身、十年ほど前までは人気アイドルグループの主力メンバーとして活躍していた。業界の裏側の良し悪しを知り尽くしているのである。
 人気絶頂のタイミングでの、突然のグループ卒業後、彼女は周囲の予想に反し、演者側ではなく裏方に回ることを志望する。後進の若手を、自ら育成する道を選んだのである。
 その後、現役時代に得た経験と知識、人脈を活かしていくつかのアイドルグループをプロデュースした塔岡は、着実に彼女なりのノウハウを確立させてゆく。
 過去に塔岡のプロデュースしたアイドルグループは、何人もの人気タレントや女優、モデルを輩出している。そのため、近年では彼女を地下アイドル界の「カリスマ」、あるいは「神」と呼ぶ声も多い。
 そんな塔岡が、現在最も力を入れて取り組んでいるのが、二年前に結成したアマテラスなのである。
 ライブ会場がいつも小規模ということもあり、アマテラスのライブチケットは毎回入手困難である。今夜もボレロの入るビル周辺には、チケットを入手し損ねた大勢のファンが集まっていた。ライブに参加することはできなくても、せめて会場に出入りするメンバーをひと目見ようと集まったファン達である。
 一方ステージ上では、五人のメンバーが、客席を埋め尽くす幸運なファンを、歌とダンスで魅了していた。
 午後八時。オリジナル曲のほか、人気のアニソンのカヴァーなども含めた、八曲のパフォーマンスを披露し終えた。ライブも中盤、衣装替えのタイミングである。
「みんなー、声援ありがとー。このへんでちょっとだけ休憩させてねー」
 センターポジションを務める|美月姫華《みづきひめか》が肩で息をしながら、客席に向けて言うと、
「ゆっくりしてきていいよー」
 ひとりの男性ファンの声援に、客席全体が湧く。
「ありがとー。すぐ戻ってくるから、引き続き楽しんでねー」
 姫華の言葉を合図に、メンバー五人はステージ袖に|捌《は》けた。音響スタッフがすかさず、会場内にヒーリング系のBGMを流す。
「みんな、急いで着替えてね」
 控え室へ向かう廊下で、リーダーの|辻本涼子《つじもとりょうこ》がメンバーに声を掛ける。二十一歳で最年長の彼女は、グループのまとめ役である。
「……それにしても侑理さん、どこ行っちゃったんだろう」
 いつもステージ袖から厳しい目を向けている塔岡だが、今夜は開演直後から見当たらない。
「リョウさーん、少し休ませてー」
 涼子が歩きながら考えに|耽《ふけ》っていると、|芹沢玲央奈《せりざわれおな》が苦しげに訴えてきた。彼女は十七歳の現役女子高生である。ボーイッシュなルックスで女性ファンの多い彼女は、ひときわ激しいダンスを求められている。
「五分だけよ。お客さんを待たせられないわ」
 すでに衣装を半分脱ぎかけながら、姫華が割り込む。
 十九歳の彼女は自身のアイドル活動についてかなりストイックである。高校卒業後、進学はせず、芸能活動に専念している。
「レオナちゃんは一番激しいパートを踊ってるんだから、少しは休ませないと後半が保たないわ」
 おっとりした声で、|若山菜々美《わかやまななみ》が姫華をたしなめる。姫華とは同い年で、十九歳の大学生。ファンの間では「癒し系」として人気の彼女は、グループ内のムードメーカーである。
「――分かったわ。じゃあ十分ね。その分、後半開始のMCは短めにするわ。リーダー、それでどう?」
 姫華はリーダーの涼子に意見を求める。
「うん、そうね。ヒメ、それでお願い。それから、フーカ」
 そう姫華に答えると、涼子は続けざまに一番背の低いメンバーに声をかけた。最年少の|武部風佳《たけべふうか》は十五歳で、現役の中学生である。ほかの四人はグループ結成時からのメンバーだが、彼女は昨年十四歳の時に加入し、キャリアはまだ一年ほどである。
「あなたの出番はここまでね。後半は帰ってもいいし、舞台袖から見ててもいいわ。お家の人と相談して?」
 労働基準法の定める年齢制限のため、まだ十五歳の風佳の場合、夜八時以降の就労は違法となる。
「はあい。帰りが遅くなるとパパがうるさいから、今日はもう帰ります」
「フーカちゃんは来年高校受験もあるんだから、あまり無理はしないでね。侑理さんには言ってあるんでしょ?」
 菜々美が風佳の顔を覗き込む。
「はい。お仕事は今月いっぱいで一旦お休みさせてもらって、十月からは受験に専念させてもらいます」
「そう、しっかりしてるわねえ」
 風佳の答えに菜々美が頷くと、
「ナナミンってば、まるでフーカのお母さんですね」
 玲央奈が苦笑交じりに言葉を挟んだ。
「お母さんは酷いなあ。せめてお姉さんにして?」
 菜々美は眉根を寄せながら、
「……フーカちゃんがしばらくお休みってことは、ミムちゃんにはもっと頑張ってもらわないとねえ」
 と続ける。
 |小森未夢《こもりみむ》、十八歳。最近加入したばかりの新メンバーだ。体調不良を訴え、今夜のライブは欠席している。後半のステージは、六人メンバーのうち二人を欠いた、四人でのパフォーマンスになる。
「ほらほら、無駄話はそれまでにして。さっさと衣装を着替えるわよ」
 言いながら、涼子はスタッフから渡された鍵を使い、控え室の扉を開けようとする。
「あれ? 変ね……」
「リーダー、どうかしたの?」
 姫華が涼子の手元を覗き込むと同時に、涼子は扉を開いた。
「ううん何でもない。わたしの勘違いかも。さあ着替えちゃいましょ」
 涼子の声と同時に、次々と扉をくぐるメンバー。その直後である。
「ヒッ!」
「キャアーッ!」
「う、嘘でしょっ!」
 広さ十畳ほどの控え室に、うら若き女性数人の悲鳴と驚きの声が、一斉に響き渡ったのである。