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第18話 師の頼み

ー/ー



 何度も通った街道を、ヨリとキョウは進んでいる。
 空はすっかり濃紺に染まり、金粉でも散らしたような星が生き急ぐように瞬いている。今宵は新月、月の見える闇夜だった。
 そこを不意に何かが流れた。赤く光星がまるで空を切り裂くように進むのを見て、キョウは額に手をやり眺めやった。

「ヨリ様、赤い星が流れて行きましたよ」
「ほぉ?」

 閉じた眼は何も映す事はない。それでもヨリは空を見上げるような仕草をする。所詮は見えぬと自嘲しながら。

「あれ、師匠のいる港町の方ですね」
「おや、それは凶報。行き先を変えましょうか?」

 星が流れる。それだけで凶報である。さらにそれが赤いとなれば尚悪い。まるで命が一つ散るようではないか。
 そう感じるのに、ヨリは行き先を変えるつもりがない。もとより不吉は背負っている。今更何かが加わったとて些末な事。そう、笑っていられる。

「師匠、寂しがりますよ」
「あの人が寂しいなんて思うはずがありませんよ。さて、明日には寺に着いていたいものです。もう少し行きましょうか」

 峠を越え、見晴らしのよい畦道を進みながら、二人はゆったりとこの景色を楽しんでいた。

 ◇◆◇

 彼らの師で元語り部のサクは、現在では港町で小さな寺の住職をしている。昔は豊かだった黒髪も綺麗にそり上げ、そのくせ朝夕と無精髭を生やした生臭坊主は死んだ目で弟子二人を出迎えた。

「おう、らっしゃい」
「お久しぶりです、師君」

 にっこりと微笑んだヨリを見ると、この人は少し不機嫌になる。彼曰く「作り物臭い」そうだ。その観察眼があれば今も十分語り部に復帰できそうなものだが。
 だがこの日は違った。大人しく門を開け、何も言わずに前を歩く。その様子にキョウまでもが首を傾げてこちらを見、ヨリもまた厄介事の気配を感じて苦笑した。

 禍星が何か災いを連れてきた。そう、改めて感じた。

 程なくお堂へと連れてこられたヨリとキョウの前に茶が出され、サクはどっかりと腰を下ろす。僧侶ともあろう者が着物が崩れて褌が見えそうなくらい乱雑に座りふて腐れた様子を見るに、何やら相当お疲れなのだと感じた。

「師匠、どうしたんですか? なんかいつもと様子が違いますが」

 キョウがやや慌てて問いかける。その隣で、ヨリは一人綺麗な姿勢で茶を啜った。

「師君、何か私にお願い事があるのではありませんか?」

 この問いかけに、サクはグッと何かを喉に詰まらせたような顔をする。そうしてたっぷり間を取った後、諦めたのか魂まで抜けるような溜息をついた。

「お前に頼み事とか、したくねぇ」
「おや、これでも私は師思いな弟子だと思いますが?」
「お前が俺を労った事なんてないだろうよ! いっつも厄介な物持ち込みやがって! おかげですっかり呪物預かり寺だ」

 一気に恨み言を吐き出せばいつもの師に戻ってくる。これでなくては師ではない。ヨリは袖で口元を隠してクスクスと笑った。

「お世話になっております、師君。貴方は弟子を思う素敵な方ですよ」
「ったく、お前は本当に面倒臭い奴だよ」

 脱力したサクがガックリと肩を落とすまでが、師弟の挨拶みたいなものだった。
 お茶を更に一口啜ったヨリがそれを戻す。そしてスッと居住まいを正した。

「して、師君。何か私に用向きがある様子。よろしければ話を伺っても?」

 空気が一瞬凜と正されるような雰囲気の変わりように、サクも姿勢を一瞬正す。そして観念したように溜息をつき、ポリポリと髪の無い頭を掻いた。

「俺の親しい寺の住職がな、お前に始末してほしい魔物がいるんだと」
「ほぉ」

 己の頼み事がいかに非常識かを知っている師の、それでも無下にできない頼み事。正直キョウは隣で渋面を作ったら、ヨリはそう嫌な顔もしなかった。元より積極的に怪異と親しむ彼にとって、新たな怪異との出会いは新たな語りとも出会いでもあるのだ。

「因みに、どのような魔物なのかは伺っておりますか?」
「いや。だが、お前が受けてくれるのなら直接話すと言っていた」
「随分勿体ぶるのですね。まぁ、それもまた面白そうです。分かりました、その件お受け致しましょう」
「ヨリ様!」

 非難めいた声が隣からするのに、ヨリは僅かにそちらに顔を向けて笑った。

「大丈夫ですよ」
「そんな簡単に」
「まだ見ぬ怪異ですからね、興味があります。しかも討伐の依頼だなんて」
「それやるの俺なんですけれど」
「期待していますよ、キョウ」

 そう言って背中を軽く叩けば、キョウは溜息をついて了承してくれる。何だかんだと言って彼はヨリの思う通り動けるよう、色々と整えてくれる。誰よりも信頼している相棒だ。

「んじゃ、先方に話をしておく。しばらく滞在してくれ」
「分かりました」

 どっこらしょと腰を上げたサクがのそのそと出て行く。それを見送り、ヨリは冷めてしまった茶を飲み干した。



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 何度も通った街道を、ヨリとキョウは進んでいる。
 空はすっかり濃紺に染まり、金粉でも散らしたような星が生き急ぐように瞬いている。今宵は新月、月の見える闇夜だった。
 そこを不意に何かが流れた。赤く光星がまるで空を切り裂くように進むのを見て、キョウは額に手をやり眺めやった。
「ヨリ様、赤い星が流れて行きましたよ」
「ほぉ?」
 閉じた眼は何も映す事はない。それでもヨリは空を見上げるような仕草をする。所詮は見えぬと自嘲しながら。
「あれ、師匠のいる港町の方ですね」
「おや、それは凶報。行き先を変えましょうか?」
 星が流れる。それだけで凶報である。さらにそれが赤いとなれば尚悪い。まるで命が一つ散るようではないか。
 そう感じるのに、ヨリは行き先を変えるつもりがない。もとより不吉は背負っている。今更何かが加わったとて些末な事。そう、笑っていられる。
「師匠、寂しがりますよ」
「あの人が寂しいなんて思うはずがありませんよ。さて、明日には寺に着いていたいものです。もう少し行きましょうか」
 峠を越え、見晴らしのよい畦道を進みながら、二人はゆったりとこの景色を楽しんでいた。
 ◇◆◇
 彼らの師で元語り部のサクは、現在では港町で小さな寺の住職をしている。昔は豊かだった黒髪も綺麗にそり上げ、そのくせ朝夕と無精髭を生やした生臭坊主は死んだ目で弟子二人を出迎えた。
「おう、らっしゃい」
「お久しぶりです、師君」
 にっこりと微笑んだヨリを見ると、この人は少し不機嫌になる。彼曰く「作り物臭い」そうだ。その観察眼があれば今も十分語り部に復帰できそうなものだが。
 だがこの日は違った。大人しく門を開け、何も言わずに前を歩く。その様子にキョウまでもが首を傾げてこちらを見、ヨリもまた厄介事の気配を感じて苦笑した。
 禍星が何か災いを連れてきた。そう、改めて感じた。
 程なくお堂へと連れてこられたヨリとキョウの前に茶が出され、サクはどっかりと腰を下ろす。僧侶ともあろう者が着物が崩れて褌が見えそうなくらい乱雑に座りふて腐れた様子を見るに、何やら相当お疲れなのだと感じた。
「師匠、どうしたんですか? なんかいつもと様子が違いますが」
 キョウがやや慌てて問いかける。その隣で、ヨリは一人綺麗な姿勢で茶を啜った。
「師君、何か私にお願い事があるのではありませんか?」
 この問いかけに、サクはグッと何かを喉に詰まらせたような顔をする。そうしてたっぷり間を取った後、諦めたのか魂まで抜けるような溜息をついた。
「お前に頼み事とか、したくねぇ」
「おや、これでも私は師思いな弟子だと思いますが?」
「お前が俺を労った事なんてないだろうよ! いっつも厄介な物持ち込みやがって! おかげですっかり呪物預かり寺だ」
 一気に恨み言を吐き出せばいつもの師に戻ってくる。これでなくては師ではない。ヨリは袖で口元を隠してクスクスと笑った。
「お世話になっております、師君。貴方は弟子を思う素敵な方ですよ」
「ったく、お前は本当に面倒臭い奴だよ」
 脱力したサクがガックリと肩を落とすまでが、師弟の挨拶みたいなものだった。
 お茶を更に一口啜ったヨリがそれを戻す。そしてスッと居住まいを正した。
「して、師君。何か私に用向きがある様子。よろしければ話を伺っても?」
 空気が一瞬凜と正されるような雰囲気の変わりように、サクも姿勢を一瞬正す。そして観念したように溜息をつき、ポリポリと髪の無い頭を掻いた。
「俺の親しい寺の住職がな、お前に始末してほしい魔物がいるんだと」
「ほぉ」
 己の頼み事がいかに非常識かを知っている師の、それでも無下にできない頼み事。正直キョウは隣で渋面を作ったら、ヨリはそう嫌な顔もしなかった。元より積極的に怪異と親しむ彼にとって、新たな怪異との出会いは新たな語りとも出会いでもあるのだ。
「因みに、どのような魔物なのかは伺っておりますか?」
「いや。だが、お前が受けてくれるのなら直接話すと言っていた」
「随分勿体ぶるのですね。まぁ、それもまた面白そうです。分かりました、その件お受け致しましょう」
「ヨリ様!」
 非難めいた声が隣からするのに、ヨリは僅かにそちらに顔を向けて笑った。
「大丈夫ですよ」
「そんな簡単に」
「まだ見ぬ怪異ですからね、興味があります。しかも討伐の依頼だなんて」
「それやるの俺なんですけれど」
「期待していますよ、キョウ」
 そう言って背中を軽く叩けば、キョウは溜息をついて了承してくれる。何だかんだと言って彼はヨリの思う通り動けるよう、色々と整えてくれる。誰よりも信頼している相棒だ。
「んじゃ、先方に話をしておく。しばらく滞在してくれ」
「分かりました」
 どっこらしょと腰を上げたサクがのそのそと出て行く。それを見送り、ヨリは冷めてしまった茶を飲み干した。