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過去

ー/ー



「帰れ! 黒カビ!」
「さっさと出て行け!」
「お前、なんで生きてるの!?」
「ここから消えろ!」

 今朝も授業開始前の教室では、女子数人の声が鳴り響いていた。

 ほかの生徒は皆、見て見ぬふりをしている。このクラスではすでに、当たり前の光景として定着していた。

 聞くに耐えない、数々の罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせ掛けられているひとりの女子生徒は、自分の席で(うつむ)きながら、教室に教師が現れるのを、じっと待っていた。

 ――先生さえ来てくれれば、やめてくれるはず。

 さすがに教師のいる前では、物を投げつけられたり、罵倒されることはないから。


 ――こんな風に生まれてこなければ。

 妙子(たえこ)は、浅黒い肌の色に生まれた自身を恨む。

 ただ、ほかの女子よりもほんの少し色黒というだけで、彼女は『イジメ』の標的にされていた。

 小学五年生に進級した当初、小麦色の肌が健康的な印象を醸し出す妙子は、クラスの男子たちの関心を一身に集め、当人の知らないところで人気を博していた。

 だが、それを快く思わない女子数人のグループ――いや、派閥と呼ぶべきか――に目を付けられ、目の(かたき)にされ、気づけば妙子は攻撃の対象となっていた。

 最初はちょっとした嫌がらせや、無視される程度だった。

 ――これは一時的なもの。そのうちきっと、皆んな飽きて治まるに違いない。

 そう思いながら、妙子は騒ぎ立てることなく、ただひたすら耐えた。

 しかし、そんな淡い期待を裏切るように、彼女への仕打ちは日に日にエスカレートしていく。

 机に落書きされたり、下駄箱の靴を隠されたりは日常茶飯事。

 そのうち、彼女を強引に掃除用具入れのロッカーへ閉じ込め、数人がかりで外からモップの柄などを使い、その金属製ロッカーを叩くような行為にまで激しさを増した。

「黒カビは出て行け!」
「黒カビは消えろ!」
「黒カビは死ね!」

 スコールのように浴びせられる悪口雑言(あっこうぞうごん)と共に、大音量の不快な金属音が妙子の耳を襲う。


 そんな、過酷な学校生活が、二か月以上も続いた。

 もちろん、親や教師に何度も相談したが、まともに取り合ってくれない。両親も学校も、外部への体裁を取り繕うことを優先し、誰も彼女の味方をしてくれなかった。

 妙子へのイジメが始まる前は、彼女へ好意を寄せる男子も少なからずいた。だが、イジメが本格化して以降、彼女を(かば)う行為は自身をもクラス内で孤立させ、居場所をなくすことに繋がる。彼らも妙子に手を差し伸べる勇気はなかった。見ないふりをして、自分を守るしかなかった。

 ――もう、ムリ。耐えられない!

 日々のストレスは、次第に妙子の心を(むしば)んでいく。破綻しかけていた精神は、すでに限界に達していた。ほんの僅かな希望も、小さな幸せも見出せない毎日が続く中で、彼女はこの世の全てに絶望する。

 ――誰も、誰もわたしを救ってくれない。それなら……もう、いい! 誰にも頼らない!

 そして妙子は決意する。自身の手で、この地獄のような毎日に、終止符を打つことを。


 七月も半ばに差し掛かり、もうじき訪れる夏休みへの期待に、生徒たちは連日心を躍らせていた。

 その日も、早朝から雲ひとつない快晴だった。気温は早くも、三十度に届こうとしている。

 まだ、ほかの生徒が誰も登校していない、無人の教室。

 妙子は独り、窓辺に佇んでいた。
 空を見上げ、物思いに(ふけ)っている。
 虚ろな、夢見心地のような目で。
 ブツブツと、なにかを口ずさみながら。

「死ね。死ね。皆んな死んじゃえ。このクラス全員呪ってやる」

 夏の強い日差しは、あまりにも目に眩しかった。


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「帰れ! 黒カビ!」
「さっさと出て行け!」
「お前、なんで生きてるの!?」
「ここから消えろ!」
 今朝も授業開始前の教室では、女子数人の声が鳴り響いていた。
 ほかの生徒は皆、見て見ぬふりをしている。このクラスではすでに、当たり前の光景として定着していた。
 聞くに耐えない、数々の|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ掛けられているひとりの女子生徒は、自分の席で|俯《うつむ》きながら、教室に教師が現れるのを、じっと待っていた。
 ――先生さえ来てくれれば、やめてくれるはず。
 さすがに教師のいる前では、物を投げつけられたり、罵倒されることはないから。
 ――こんな風に生まれてこなければ。
 |妙子《たえこ》は、浅黒い肌の色に生まれた自身を恨む。
 ただ、ほかの女子よりもほんの少し色黒というだけで、彼女は『イジメ』の標的にされていた。
 小学五年生に進級した当初、小麦色の肌が健康的な印象を醸し出す妙子は、クラスの男子たちの関心を一身に集め、当人の知らないところで人気を博していた。
 だが、それを快く思わない女子数人のグループ――いや、派閥と呼ぶべきか――に目を付けられ、目の|敵《かたき》にされ、気づけば妙子は攻撃の対象となっていた。
 最初はちょっとした嫌がらせや、無視される程度だった。
 ――これは一時的なもの。そのうちきっと、皆んな飽きて治まるに違いない。
 そう思いながら、妙子は騒ぎ立てることなく、ただひたすら耐えた。
 しかし、そんな淡い期待を裏切るように、彼女への仕打ちは日に日にエスカレートしていく。
 机に落書きされたり、下駄箱の靴を隠されたりは日常茶飯事。
 そのうち、彼女を強引に掃除用具入れのロッカーへ閉じ込め、数人がかりで外からモップの柄などを使い、その金属製ロッカーを叩くような行為にまで激しさを増した。
「黒カビは出て行け!」
「黒カビは消えろ!」
「黒カビは死ね!」
 スコールのように浴びせられる|悪口雑言《あっこうぞうごん》と共に、大音量の不快な金属音が妙子の耳を襲う。
 そんな、過酷な学校生活が、二か月以上も続いた。
 もちろん、親や教師に何度も相談したが、まともに取り合ってくれない。両親も学校も、外部への体裁を取り繕うことを優先し、誰も彼女の味方をしてくれなかった。
 妙子へのイジメが始まる前は、彼女へ好意を寄せる男子も少なからずいた。だが、イジメが本格化して以降、彼女を|庇《かば》う行為は自身をもクラス内で孤立させ、居場所をなくすことに繋がる。彼らも妙子に手を差し伸べる勇気はなかった。見ないふりをして、自分を守るしかなかった。
 ――もう、ムリ。耐えられない!
 日々のストレスは、次第に妙子の心を|蝕《むしば》んでいく。破綻しかけていた精神は、すでに限界に達していた。ほんの僅かな希望も、小さな幸せも見出せない毎日が続く中で、彼女はこの世の全てに絶望する。
 ――誰も、誰もわたしを救ってくれない。それなら……もう、いい! 誰にも頼らない!
 そして妙子は決意する。自身の手で、この地獄のような毎日に、終止符を打つことを。
 七月も半ばに差し掛かり、もうじき訪れる夏休みへの期待に、生徒たちは連日心を躍らせていた。
 その日も、早朝から雲ひとつない快晴だった。気温は早くも、三十度に届こうとしている。
 まだ、ほかの生徒が誰も登校していない、無人の教室。
 妙子は独り、窓辺に佇んでいた。
 空を見上げ、物思いに|耽《ふけ》っている。
 虚ろな、夢見心地のような目で。
 ブツブツと、なにかを口ずさみながら。
「死ね。死ね。皆んな死んじゃえ。このクラス全員呪ってやる」
 夏の強い日差しは、あまりにも目に眩しかった。