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マレビト八岐大蛇の正体

ー/ー



 斐伊川に飛び込むと、そこに水はなく、地下へ続く洞窟になっていた。マレビトの結界である。間違いない、ここが八岐大蛇の棲み処だ。

「さっさと退治して明蓮お姉ちゃんを連れて帰るよ!」

「ああ、急ごう」

 アリスの元気な声に、笑顔で頷く。こういう時にアリスのような明るいムードメーカーの存在は非常に心強いものだ。天照から聞いた話だと何やら邪魔者扱いされていると思っていたらしいが、とんでもない。

 元気づけられた一同は、大蛇の待つ深部へと向かっていく。

「どうなの? 猛烈な邪気が漂ってるけど、大蛇の気配は感じる?」

 天照に促され、奴の気配を探った。

 感じる。忘れようもない不快な気配を。

 そして奴の本体に意識が向いた時、これまでどうしても思い出せなかった、あいつの情報が頭に流れ込んできた。

「いる。すぐそこだ」

 このメンバーがこの先の光景に動揺するとは思えないが……一応あらかじめ伝えておこうか。

「この先にいる大蛇の本体だが、伝承の八岐大蛇とは少々姿が異なっている」

「どうなってんの?」

「伝承では八つの首と八つの尻尾を持つ蛇の姿をしている事になっているが、奥にいるあいつ――八雲は自前の体を持たない。今は明蓮の身体を乗っ取っているようだ」

「つまり、見た目が明蓮なのね。まあ河伯が平気なら問題ないでしょ」

 天照が事も無げに言う。その通りだ。一番相手の見た目を気にするのは私だろう。

「明蓮の身体から七つの龍の首が伸びている。明連の頭と合わせて八つの頭というわけだ」

「ちょうどいいではないか、こちらも七柱じゃ。各々一本ずつ仕留めて後は明蓮から大蛇の魂を引きはがしてやればよい」

 稲荷が右手に持った御幣(ごへい)で左手のひらをポンポンと叩きながら余裕の笑みを浮かべた。

 彼女の意見に賛同の意思を示すと、全員まとまって最深部へと続く坂道を降りて行く。



『もう俺のことは分かってるだろ?』

 そこに待つ七本の首が、同時に喋り始めた。うるさいから一本が代表して話せ。

「河伯! 私……」

「大丈夫だ、今助ける」

 七本の首の根本の部分。意識のある明蓮が話しかけてきたが、それを制した。おおかたわざと彼女を自由に喋らせてこちらの動揺を誘おうという目論見だろう。

『まあ聞けよ。どうして俺がお前のことを目の敵にしていたと思う?』

「お前のたくらみを私が妨害したからだろう。あれは単なる偶然だったのだがな」

 私が幽世の扉を通ったことが人とマレビトの争いが収まるきっかけになったらしい。なんとも数奇なめぐりあわせだ。

『ふふん、ちゃんと知ることが出来ているな。便利な能力だ。だが、それは理由じゃねえよ。俺の名前、知ってるだろ?』

「八雲……だがそれは、本来のお前の名前ではない」

『じゃあ本来の名前は?』

「お前には、決まった名前がない。マレビトであるがゆえに」

 奴は私の能力を便利だと言ったが、こうして知りたくもないことまで知ってしまう。厄介なものだ。

『そうだ! 俺には決まった名前がない。幽世で生まれたマレビトだからな!』

「どういうこと? 八岐大蛇じゃないの?」

 天照が不思議そうな声を上げる。他の者達も怪訝な顔をしているが……ただ一柱、アリスだけが納得したように頷いた。

「そっか……私と同じ、概念としての存在なんだね」

 アリスは、元々小説の登場人物だった。だが、その後世界中で幼い少女の代名詞のように扱われた結果、『美少女の神』というよく分からない存在として誕生したのだ。そのせいでアイデンティティーに悩むことが多いらしい。ただ、彼女の場合は名前についたイメージによるものなのでむしろ確固とした名称から離れられない。

『俺は元々出雲の川の神だった。八岐大蛇という、水害をもたらす神だ。だがその伝承の姿が問題だった。八つの首を持つ大蛇というが、この八つというのは別に八という数字にこだわったものではない。俺の名前である八雲とは無数にある雲のこと。俺の身体から生まれた剣の名である天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)とは空に立ち上る巨大な積乱雲であり、にわかに豪雨をもたらし川を氾濫させるものという意味だが、この剣につけられたもう一つの名、八重垣剣(やえがきのつるぎ)は八つの垣根の意味ではなく、幾重にも張り巡らされた垣根という意味。要するに、八というのは単に数が多いという意味でしかない』

 そう、八岐大蛇に宿命づけられた性質とは『多くの首を持つ大蛇』であり、それはつまり、世界中にいくつもある同じような伝承の影響を排除できないということなのだ。

『首の多い蛇や龍の伝承は多い。ギリシア神話のヒュドラー、同じ日本内にも九頭龍がいる。そして聖書に登場する七つの首と十の角を持つ竜……すなわち、サタン。俺の姿をよく見てみろよ、七本の首に合計十本の角が生えているだろう? 元は蛇のはずなのに龍の首をもっていて、都合よく十本の角。蛇と龍と竜、混同されてんだよ。全部ごちゃ混ぜさ!
……だから、かつての俺は自分の影を現世に伸ばしサタンとして人間に知恵を与えた。自らを破滅に導く禁断の知恵を、な』

「お前の出自はよく分かった。それで、何故私を狙ったのだ?」

『嫉妬だよ。俺は出雲の川の神、お前は大陸の河の神。大した違いはないのに、かたや水害で人を苦しめる邪神、かたや人の姿で現れ知恵を授ける守護神だ。随分な扱いの差だと思わねぇか? しかも俺は人間を破滅させる悪魔にまでなっちまった』

「嫉妬か、まあそういうこともあるだろうな。話が終わったならお前を倒させてもらうぞ」

 こいつにどんな事情があろうと、私には関係のないことだ。いや、むしろこいつは嫉妬などとは関係なく人類を衰退させた元凶でもある。倒すべき敵であることに変わりはない。

「そんじゃ、いきますかー」

 軽い調子で言い、天照が七つの首の一つに向かって地を蹴ったのを合図にそれぞれが別の首に向かって攻撃を開始した。


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 斐伊川に飛び込むと、そこに水はなく、地下へ続く洞窟になっていた。マレビトの結界である。間違いない、ここが八岐大蛇の棲み処だ。
「さっさと退治して明蓮お姉ちゃんを連れて帰るよ!」
「ああ、急ごう」
 アリスの元気な声に、笑顔で頷く。こういう時にアリスのような明るいムードメーカーの存在は非常に心強いものだ。天照から聞いた話だと何やら邪魔者扱いされていると思っていたらしいが、とんでもない。
 元気づけられた一同は、大蛇の待つ深部へと向かっていく。
「どうなの? 猛烈な邪気が漂ってるけど、大蛇の気配は感じる?」
 天照に促され、奴の気配を探った。
 感じる。忘れようもない不快な気配を。
 そして奴の本体に意識が向いた時、これまでどうしても思い出せなかった、あいつの情報が頭に流れ込んできた。
「いる。すぐそこだ」
 このメンバーがこの先の光景に動揺するとは思えないが……一応あらかじめ伝えておこうか。
「この先にいる大蛇の本体だが、伝承の八岐大蛇とは少々姿が異なっている」
「どうなってんの?」
「伝承では八つの首と八つの尻尾を持つ蛇の姿をしている事になっているが、奥にいるあいつ――八雲は自前の体を持たない。今は明蓮の身体を乗っ取っているようだ」
「つまり、見た目が明蓮なのね。まあ河伯が平気なら問題ないでしょ」
 天照が事も無げに言う。その通りだ。一番相手の見た目を気にするのは私だろう。
「明蓮の身体から七つの龍の首が伸びている。明連の頭と合わせて八つの頭というわけだ」
「ちょうどいいではないか、こちらも七柱じゃ。各々一本ずつ仕留めて後は明蓮から大蛇の魂を引きはがしてやればよい」
 稲荷が右手に持った|御幣《ごへい》で左手のひらをポンポンと叩きながら余裕の笑みを浮かべた。
 彼女の意見に賛同の意思を示すと、全員まとまって最深部へと続く坂道を降りて行く。
『もう俺のことは分かってるだろ?』
 そこに待つ七本の首が、同時に喋り始めた。うるさいから一本が代表して話せ。
「河伯! 私……」
「大丈夫だ、今助ける」
 七本の首の根本の部分。意識のある明蓮が話しかけてきたが、それを制した。おおかたわざと彼女を自由に喋らせてこちらの動揺を誘おうという目論見だろう。
『まあ聞けよ。どうして俺がお前のことを目の敵にしていたと思う?』
「お前のたくらみを私が妨害したからだろう。あれは単なる偶然だったのだがな」
 私が幽世の扉を通ったことが人とマレビトの争いが収まるきっかけになったらしい。なんとも数奇なめぐりあわせだ。
『ふふん、ちゃんと知ることが出来ているな。便利な能力だ。だが、それは理由じゃねえよ。俺の名前、知ってるだろ?』
「八雲……だがそれは、本来のお前の名前ではない」
『じゃあ本来の名前は?』
「お前には、決まった名前がない。マレビトであるがゆえに」
 奴は私の能力を便利だと言ったが、こうして知りたくもないことまで知ってしまう。厄介なものだ。
『そうだ! 俺には決まった名前がない。幽世で生まれたマレビトだからな!』
「どういうこと? 八岐大蛇じゃないの?」
 天照が不思議そうな声を上げる。他の者達も怪訝な顔をしているが……ただ一柱、アリスだけが納得したように頷いた。
「そっか……私と同じ、概念としての存在なんだね」
 アリスは、元々小説の登場人物だった。だが、その後世界中で幼い少女の代名詞のように扱われた結果、『美少女の神』というよく分からない存在として誕生したのだ。そのせいでアイデンティティーに悩むことが多いらしい。ただ、彼女の場合は名前についたイメージによるものなのでむしろ確固とした名称から離れられない。
『俺は元々出雲の川の神だった。八岐大蛇という、水害をもたらす神だ。だがその伝承の姿が問題だった。八つの首を持つ大蛇というが、この八つというのは別に八という数字にこだわったものではない。俺の名前である八雲とは無数にある雲のこと。俺の身体から生まれた剣の名である|天叢雲剣《あめのむらくものつるぎ》とは空に立ち上る巨大な積乱雲であり、にわかに豪雨をもたらし川を氾濫させるものという意味だが、この剣につけられたもう一つの名、|八重垣剣《やえがきのつるぎ》は八つの垣根の意味ではなく、幾重にも張り巡らされた垣根という意味。要するに、八というのは単に数が多いという意味でしかない』
 そう、八岐大蛇に宿命づけられた性質とは『多くの首を持つ大蛇』であり、それはつまり、世界中にいくつもある同じような伝承の影響を排除できないということなのだ。
『首の多い蛇や龍の伝承は多い。ギリシア神話のヒュドラー、同じ日本内にも九頭龍がいる。そして聖書に登場する七つの首と十の角を持つ竜……すなわち、サタン。俺の姿をよく見てみろよ、七本の首に合計十本の角が生えているだろう? 元は蛇のはずなのに龍の首をもっていて、都合よく十本の角。蛇と龍と竜、混同されてんだよ。全部ごちゃ混ぜさ!
……だから、かつての俺は自分の影を現世に伸ばしサタンとして人間に知恵を与えた。自らを破滅に導く禁断の知恵を、な』
「お前の出自はよく分かった。それで、何故私を狙ったのだ?」
『嫉妬だよ。俺は出雲の川の神、お前は大陸の河の神。大した違いはないのに、かたや水害で人を苦しめる邪神、かたや人の姿で現れ知恵を授ける守護神だ。随分な扱いの差だと思わねぇか? しかも俺は人間を破滅させる悪魔にまでなっちまった』
「嫉妬か、まあそういうこともあるだろうな。話が終わったならお前を倒させてもらうぞ」
 こいつにどんな事情があろうと、私には関係のないことだ。いや、むしろこいつは嫉妬などとは関係なく人類を衰退させた元凶でもある。倒すべき敵であることに変わりはない。
「そんじゃ、いきますかー」
 軽い調子で言い、天照が七つの首の一つに向かって地を蹴ったのを合図にそれぞれが別の首に向かって攻撃を開始した。