第四話 協力者たち

ー/ー



「ニーナ、おはよう」
 
 アルベルトの声にニーナは目を覚ました。昨夜はいつのまにか寝ていたようで、紫色の明るい空が広がっている。急いで身を起こしたニーナは右頬の痣に触れ、肩を落とす。
 
「そりゃ、夢だと思いたいよな」

 アルベルトの言葉に、ニーナは深いため息をついた。
 ニーナははっとして、アルベルトを見つめ直し、

「昨日は取り乱してしまってごめんなさい」と頭を下げた。
 
「無理もない」と彼は返す。
 
 アルベルトはニーナの眼前に干した果実を差し出す。

「食うか?」と聞かれ、彼女はぼそっと「ありがとう」と言って、食料を少しずつかじった。

「何はともあれ、怪我がなくて良かった」

 アルベルトはそう言って、野営地の周りに取り付けていたカンテラと寝具を回収し、旅支度を始める。
 
「あの……私のこと、元々助ける予定だったの?」
 
 彼女がおずおずと尋ねると、「ああ」と返事が来た。
 
「助けるつもりだったが、夜の警備兵が疲労している時間帯でないと騒ぎになってしまっては困るからな。迎えに来るのが遅くて辛かったろう」
 
 アルベルトの言葉に、ニーナの強張(こわば)った表情が少し緩んだ。しかし、まだ彼女の進退が分からない以上、これからはアルベルトに従う他なかった。
 
「これからどこへ行くの?」
 
 ニーナの質問にアルベルトは分厚い紙を出して、広げた。
 
「これは何?」

 ニーナが尋ねると、「世界地図だ」とアルベルトは答える。
 世界地図の左側にグナーテ王国はあった。
 アルベルトは王都リヒトを指差して、地図の右下へとなぞっていく。
 
「ここがまず、王都リヒトだ。ここから南東に下って今、俺たちがいる森がある。そこから進んでグナーテ王国の国境であるネール領に到着する。今日はそのネール領まで行く」
 
 ニーナには説明を受けてもちんぷんかんぷんであったが、グナーテ王国から脱出しようとしているのは理解した。
 
「でも、ネール領って王国の貴族様がいて、私が領地に入ったら危ないんじゃ……」

 彼女は困惑した様子で彼に伝えた。
 
「ネール領には協力者がいる。それにここから引き返したら、今頃は大騒ぎになっている王都の近くに来てしまう。その方が危険だ」
 
 そう言って、アルベルトは荷物を背負い立ち上がる。
 
「そろそろ行こう。今の内に水は飲んでおいてくれ。川縁(かわべり)は人がいるかもしれないから、給水は出来ない」
 
 ニーナは水を口にして、小走りにアルベルトについて行った。

 森は鬱蒼(うっそう)としていて、野営地のような開けた場所とは違い、空も見えないほどであった。アルベルトはカンテラに灯りを付け、前方を照らした。
 
「その灯り……野営地の周りに括り付けていたけど、何かあるの?」
 
 ニーナの質問に、アルベルトは前を見据えたまま、

 「この光は気配をぼかすことが出来る。ずっと使えるわけではないがな」

 彼はカンテラを左右に動かした。
 
「森には魔獣がいるだろう。周りには気を付けてくれ」
 
 アルベルトの警告を聞いてニーナは目と耳を澄ます。確かに何かの息遣いが聞こえるような気がした。
 ふと、右手を見ると、樹木に大きな爪痕があった。思わず、ニーナは足を止めてしまう。
 
「立ち止まるな。早く森を出た方が、魔獣に遭遇しなくて済む」
 
 アルベルトはニーナを急かすが、彼女は息を飲んでアルベルトの服を掴んだ。

 森の出口だろうか、前方に小さな光が見えてきた。ニーナの足取りが少し早くなる。
 
「焦るな。まだ魔獣が近くにいるやも……」
 
 アルベルトが話している途中に、ニーナは太くて硬いものを踏み付けて立ち止まった。彼女は動けなくなって、足元を見る。

 彼女が踏んだものは、明らかに何らかの動物の尻尾だった。
 
 近くで大きな獣の雄叫びが聞こえた。
 
「来るか……」
 
 小声でアルベルトは言うと、カンテラをニーナに手渡し、左手で剣を抜いた。
 そして、ニーナを右手で体に寄せてマントで庇い、周囲を警戒した。
 
 しばらくの間、沈黙が続く。
 
 左側の(くさむら)が揺れて、黒い物体が飛び出してくる。アルベルトはすぐに反応して、剣を叩き付けるように振り下ろし、獣を一刀両断する。
 
 鈍い音がして、血が撒き散り、鈍い臭いを放つ。思わずニーナは鼻をつまんで咽せた。
 
 そして一瞬の光景に、彼女は体をすくんでしまう。アルベルトの彼女を引き寄せる右手の力が一層強くなった。
 獣が出てきた方から背を向けないようにして、アルベルトたちはじりじりと森の出口へと向かう。

 段々と後ろから差し込む光は強くなり、アルベルトは剣を構えたままゆっくりと歩いて行く。
 
「魔獣は光が苦手だ。森を出たら追ってくることはない」
 
 アルベルトはニーナにささやくと、右手の力を少し緩くした。

 後方の光が突然強く差し込む。どうやら、森を抜けたらしい。ニーナの足の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
 
「怖かった……」

 やっと、彼女は絞り出せた言葉を発する。
 
「魔獣に遭うのは初めてか?」
 
 アルベルトの問いに彼女はゆっくりと頷く。
 
「もうダメじゃないかと……アルベルトって強いんだね」
 
 ニーナは振り返ってアルベルトに精一杯の笑顔を見せる。
 アルベルトは「まあな」と言って、ニーナを抱き上げた。
 
「ひゃっ」と彼女は思わず声を上げる。
 
「歩けないんだろう?追手が来る前に急ぐぞ」
 
「うん……」

 ニーナは少し俯いて答えた。
 
 森を抜けた先には川があった。アルベルトは黙って音を立てず、その川を渡り始めた。

 途中、川底の石が不安定で流れに足を取られそうになる。
 彼は足を進める合間に一瞬だけ後ろへ視線をやった。それからは振り返ることもせず川を渡りきった。
 
 森を抜けてから半日が経ち、夜半になって、ネール領の城下街に到着した。ニーナは抱き上げられた後、しばらくして自分の足で歩いていた。だが、長い時間歩き続けて、足が棒のように感じていた。
 
 静まった街中を踵の痛みを抱えながら歩く。やっとの思いで城の前まで辿り着いたところに、
 
「お前ェ、遅いぞ!」
 
 突然、男の怒鳴り声が聞こえる。目を挙げると、赤銅色の髪に琥珀色の瞳の男性がアルベルトを見て、歯軋りしていた。男性は右目を黒い布で覆い隠していて、なんとも神経質そうな顔をしている。
 
「どれくらい待たせるんだ!もう日が暮れるじゃないか!」
 
 男性はまた不満をぶつけ始めた。あまりの剣幕にニーナは目を丸くする。
「まあまあ」とアルベルトは諌めるが、男は鼻息を荒くしてそっぽを向いた。
 
「とりあえず城に入ろう」
 
 アルベルトに率いられて、ニーナと男はネール城の入り口に向かった。
 
「アルベルト殿御一行ですね。執事から話は聞いております。どうぞお入りください」と、ネールの兵たちはあっさりと三人を通した。

 絢爛な客間に通されて、ニーナはそわそわしていた。
 それを誤魔化すようにして、「あの……あなたはどなたですか?」と、赤銅色の髪の男に聞く。

「ん? 俺か? 俺ぁトリスタンだ。そこの朴念仁(ぼくねんじん)に依頼されてここにいる」と言って、アルベルトを指差した。
 
 ニーナは首を傾げてアルベルトを見た。

 アルベルトは横目でニーナを見て、「ニーナに傷一つ付けることなく、グナーテ王国を越境する。これがトリスタンに依頼した内容だ」と言った。
 
「そうそう、全く……こっちは忙しいのに可愛らしい嬢ちゃんと悠長にやって来やがって……」
 
 トリスタンは大きなため息をついた。
 
「お前はネール城の前で突っ立っていただけじゃないか」と、アルベルトは真顔で言う。
 
「チッ、まっ俺様の大仕事はこれからだからな。今に見ていろよ」と、トリスタンは広い椅子の背もたれに寄りかかった。
 
 ニーナは二人のやりとりを聞いて苦笑していた。

「それで、協力者っていうのはトリスタンさんだけなの? でも、それだったらどうしてお城に入れたんだろう?」
 
 ニーナは素朴な疑問を呈する。
 反応が早かったのはトリスタンの方だった。

「呼び捨てで構わねーよ」

 アルベルトはニーナの方を向いて話した。
 
「実は協力者はトリスタンだけじゃない。ネール領主であるジル・ネールという者もニーナのために一枚噛んでいる」
 
 彼の答えにニーナは納得したように頷いて、「ネールの領主様が私を匿ってくれてるんだ……」と言った。
 
「まあ、ニーナが生きてここから脱出する方が、ネール領主にも都合が良いらしい」
 
 続くアルベルトの言葉をあまり聞いていないのか、ニーナはふぅと息をついた。
 
 牢の中でもなく、野営地でもなく、保護を約束された場所にいることで、初めて緊張の糸を緩められたのであった。ニーナは気を失うかのように眠りについていた。
 
 客間の扉をノックする音が響く。
 
「アルベルト殿、ニーナ殿、トリスタン殿、ネール卿が呼んでおられます」
 
「ニーナ、起きるんだ」
 
 アルベルトの呼びかけに、ニーナは驚いて飛び起きた。
 
「疲れているかもしれないが、今日はあと少しだけ付き合ってくれ」と、アルベルトに催促されてニーナは客間を出た。
 
 城内の召使に連れられて、領主の執務室へと向かう。ニーナは初めて貴位の人物と対面する。口元を引き締めて、アルベルトとトリスタンの後ろを歩いた。
 
 召使が執務室の扉をノックし、「クロエ様、彼らを連れて参りました」と言うと、「入りなさい」と女性の声が返って来た。
 
 扉が開かれると、大きな机に書見台が置かれ、その手前に長椅子が机を挟んで向かい合わせになっていた。

 「皆様、ようこそネール領へ。私は領主ジル・ネールの執事、クロエ・ネールです。本日は領主が不在の為、代理として私があなたがたの対応を致します」

 青髪の女性クロエ・ネールは立ち上がり、落ち着いた声で三人を迎えた。


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「ニーナ、おはよう」
 アルベルトの声にニーナは目を覚ました。昨夜はいつのまにか寝ていたようで、紫色の明るい空が広がっている。急いで身を起こしたニーナは右頬の痣に触れ、肩を落とす。
「そりゃ、夢だと思いたいよな」
 アルベルトの言葉に、ニーナは深いため息をついた。
 ニーナははっとして、アルベルトを見つめ直し、
「昨日は取り乱してしまってごめんなさい」と頭を下げた。
「無理もない」と彼は返す。
 アルベルトはニーナの眼前に干した果実を差し出す。
「食うか?」と聞かれ、彼女はぼそっと「ありがとう」と言って、食料を少しずつかじった。
「何はともあれ、怪我がなくて良かった」
 アルベルトはそう言って、野営地の周りに取り付けていたカンテラと寝具を回収し、旅支度を始める。
「あの……私のこと、元々助ける予定だったの?」
 彼女がおずおずと尋ねると、「ああ」と返事が来た。
「助けるつもりだったが、夜の警備兵が疲労している時間帯でないと騒ぎになってしまっては困るからな。迎えに来るのが遅くて辛かったろう」
 アルベルトの言葉に、ニーナの|強張《こわば》った表情が少し緩んだ。しかし、まだ彼女の進退が分からない以上、これからはアルベルトに従う他なかった。
「これからどこへ行くの?」
 ニーナの質問にアルベルトは分厚い紙を出して、広げた。
「これは何?」
 ニーナが尋ねると、「世界地図だ」とアルベルトは答える。
 世界地図の左側にグナーテ王国はあった。
 アルベルトは王都リヒトを指差して、地図の右下へとなぞっていく。
「ここがまず、王都リヒトだ。ここから南東に下って今、俺たちがいる森がある。そこから進んでグナーテ王国の国境であるネール領に到着する。今日はそのネール領まで行く」
 ニーナには説明を受けてもちんぷんかんぷんであったが、グナーテ王国から脱出しようとしているのは理解した。
「でも、ネール領って王国の貴族様がいて、私が領地に入ったら危ないんじゃ……」
 彼女は困惑した様子で彼に伝えた。
「ネール領には協力者がいる。それにここから引き返したら、今頃は大騒ぎになっている王都の近くに来てしまう。その方が危険だ」
 そう言って、アルベルトは荷物を背負い立ち上がる。
「そろそろ行こう。今の内に水は飲んでおいてくれ。|川縁《かわべり》は人がいるかもしれないから、給水は出来ない」
 ニーナは水を口にして、小走りにアルベルトについて行った。
 森は|鬱蒼《うっそう》としていて、野営地のような開けた場所とは違い、空も見えないほどであった。アルベルトはカンテラに灯りを付け、前方を照らした。
「その灯り……野営地の周りに括り付けていたけど、何かあるの?」
 ニーナの質問に、アルベルトは前を見据えたまま、
 「この光は気配をぼかすことが出来る。ずっと使えるわけではないがな」
 彼はカンテラを左右に動かした。
「森には魔獣がいるだろう。周りには気を付けてくれ」
 アルベルトの警告を聞いてニーナは目と耳を澄ます。確かに何かの息遣いが聞こえるような気がした。
 ふと、右手を見ると、樹木に大きな爪痕があった。思わず、ニーナは足を止めてしまう。
「立ち止まるな。早く森を出た方が、魔獣に遭遇しなくて済む」
 アルベルトはニーナを急かすが、彼女は息を飲んでアルベルトの服を掴んだ。
 森の出口だろうか、前方に小さな光が見えてきた。ニーナの足取りが少し早くなる。
「焦るな。まだ魔獣が近くにいるやも……」
 アルベルトが話している途中に、ニーナは太くて硬いものを踏み付けて立ち止まった。彼女は動けなくなって、足元を見る。
 彼女が踏んだものは、明らかに何らかの動物の尻尾だった。
 近くで大きな獣の雄叫びが聞こえた。
「来るか……」
 小声でアルベルトは言うと、カンテラをニーナに手渡し、左手で剣を抜いた。
 そして、ニーナを右手で体に寄せてマントで庇い、周囲を警戒した。
 しばらくの間、沈黙が続く。
 左側の|叢《くさむら》が揺れて、黒い物体が飛び出してくる。アルベルトはすぐに反応して、剣を叩き付けるように振り下ろし、獣を一刀両断する。
 鈍い音がして、血が撒き散り、鈍い臭いを放つ。思わずニーナは鼻をつまんで咽せた。
 そして一瞬の光景に、彼女は体をすくんでしまう。アルベルトの彼女を引き寄せる右手の力が一層強くなった。
 獣が出てきた方から背を向けないようにして、アルベルトたちはじりじりと森の出口へと向かう。
 段々と後ろから差し込む光は強くなり、アルベルトは剣を構えたままゆっくりと歩いて行く。
「魔獣は光が苦手だ。森を出たら追ってくることはない」
 アルベルトはニーナにささやくと、右手の力を少し緩くした。
 後方の光が突然強く差し込む。どうやら、森を抜けたらしい。ニーナの足の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
「怖かった……」
 やっと、彼女は絞り出せた言葉を発する。
「魔獣に遭うのは初めてか?」
 アルベルトの問いに彼女はゆっくりと頷く。
「もうダメじゃないかと……アルベルトって強いんだね」
 ニーナは振り返ってアルベルトに精一杯の笑顔を見せる。
 アルベルトは「まあな」と言って、ニーナを抱き上げた。
「ひゃっ」と彼女は思わず声を上げる。
「歩けないんだろう?追手が来る前に急ぐぞ」
「うん……」
 ニーナは少し俯いて答えた。
 森を抜けた先には川があった。アルベルトは黙って音を立てず、その川を渡り始めた。
 途中、川底の石が不安定で流れに足を取られそうになる。
 彼は足を進める合間に一瞬だけ後ろへ視線をやった。それからは振り返ることもせず川を渡りきった。
 森を抜けてから半日が経ち、夜半になって、ネール領の城下街に到着した。ニーナは抱き上げられた後、しばらくして自分の足で歩いていた。だが、長い時間歩き続けて、足が棒のように感じていた。
 静まった街中を踵の痛みを抱えながら歩く。やっとの思いで城の前まで辿り着いたところに、
「お前ェ、遅いぞ!」
 突然、男の怒鳴り声が聞こえる。目を挙げると、赤銅色の髪に琥珀色の瞳の男性がアルベルトを見て、歯軋りしていた。男性は右目を黒い布で覆い隠していて、なんとも神経質そうな顔をしている。
「どれくらい待たせるんだ!もう日が暮れるじゃないか!」
 男性はまた不満をぶつけ始めた。あまりの剣幕にニーナは目を丸くする。
「まあまあ」とアルベルトは諌めるが、男は鼻息を荒くしてそっぽを向いた。
「とりあえず城に入ろう」
 アルベルトに率いられて、ニーナと男はネール城の入り口に向かった。
「アルベルト殿御一行ですね。執事から話は聞いております。どうぞお入りください」と、ネールの兵たちはあっさりと三人を通した。
 絢爛な客間に通されて、ニーナはそわそわしていた。
 それを誤魔化すようにして、「あの……あなたはどなたですか?」と、赤銅色の髪の男に聞く。
「ん? 俺か? 俺ぁトリスタンだ。そこの|朴念仁《ぼくねんじん》に依頼されてここにいる」と言って、アルベルトを指差した。
 ニーナは首を傾げてアルベルトを見た。
 アルベルトは横目でニーナを見て、「ニーナに傷一つ付けることなく、グナーテ王国を越境する。これがトリスタンに依頼した内容だ」と言った。
「そうそう、全く……こっちは忙しいのに可愛らしい嬢ちゃんと悠長にやって来やがって……」
 トリスタンは大きなため息をついた。
「お前はネール城の前で突っ立っていただけじゃないか」と、アルベルトは真顔で言う。
「チッ、まっ俺様の大仕事はこれからだからな。今に見ていろよ」と、トリスタンは広い椅子の背もたれに寄りかかった。
 ニーナは二人のやりとりを聞いて苦笑していた。
「それで、協力者っていうのはトリスタンさんだけなの? でも、それだったらどうしてお城に入れたんだろう?」
 ニーナは素朴な疑問を呈する。
 反応が早かったのはトリスタンの方だった。
「呼び捨てで構わねーよ」
 アルベルトはニーナの方を向いて話した。
「実は協力者はトリスタンだけじゃない。ネール領主であるジル・ネールという者もニーナのために一枚噛んでいる」
 彼の答えにニーナは納得したように頷いて、「ネールの領主様が私を匿ってくれてるんだ……」と言った。
「まあ、ニーナが生きてここから脱出する方が、ネール領主にも都合が良いらしい」
 続くアルベルトの言葉をあまり聞いていないのか、ニーナはふぅと息をついた。
 牢の中でもなく、野営地でもなく、保護を約束された場所にいることで、初めて緊張の糸を緩められたのであった。ニーナは気を失うかのように眠りについていた。
 客間の扉をノックする音が響く。
「アルベルト殿、ニーナ殿、トリスタン殿、ネール卿が呼んでおられます」
「ニーナ、起きるんだ」
 アルベルトの呼びかけに、ニーナは驚いて飛び起きた。
「疲れているかもしれないが、今日はあと少しだけ付き合ってくれ」と、アルベルトに催促されてニーナは客間を出た。
 城内の召使に連れられて、領主の執務室へと向かう。ニーナは初めて貴位の人物と対面する。口元を引き締めて、アルベルトとトリスタンの後ろを歩いた。
 召使が執務室の扉をノックし、「クロエ様、彼らを連れて参りました」と言うと、「入りなさい」と女性の声が返って来た。
 扉が開かれると、大きな机に書見台が置かれ、その手前に長椅子が机を挟んで向かい合わせになっていた。
 「皆様、ようこそネール領へ。私は領主ジル・ネールの執事、クロエ・ネールです。本日は領主が不在の為、代理として私があなたがたの対応を致します」
 青髪の女性クロエ・ネールは立ち上がり、落ち着いた声で三人を迎えた。