第2話:【脱出】果てなき逃走の残響

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 夜の荒野は、すべてを拒絶するように冷え切っていた。

 王都アステリアを脱出し、不毛な岩塩地帯を北へ走ること数時間。追撃の灯火はようやく地平線の彼方へと消えたが、私たちの緊張が解けることはない。

 ガタガタと音を立てるバギーの助手席で、私はようやく肺の底に溜まっていた熱い空気を吐き出した。鼻腔に残る焦げ付いたマナの残臭が、あの非効率な王都の魔法兵器との距離を感じさせる。

「……生きてる。私たち、本当に逃げ切ったのね」
「厳密には、一時的な離脱だ。王都の検知網は半径300キロをカバーしている。まだセーフティ・ゾーンではない」

 リュウガはハンドルを握ったまま、淡々と事実を告げる。彼の横顔は、バギーの計器類が放つ青い光に照らされて、幽霊のように非現実的で美しかった。余計な感情を排し、最短距離で論理を導き出すその横顔は、魔法という名の「バグ」に塗れたこの世界で唯一、完璧にチューニングされた機能美の結晶に見えた。

 私たちの後ろで、巨大な影が砂塵を巻き上げてついてくる。

 移動要塞『アーク』。といっても、ガラクタを集めて作ったスクラップバギーに引かせたトレーラーカーだけど……。でも、私のラボであり、家であり、娘たちのゆりかごだ。

「母様、周辺500メートルの熱源探査、異常なし。……ようやく、お茶を淹れる余裕ができそうですわ」

 脳内通信を通じて、末の娘の冷静な声が響く。

 アークのハッチが開くと、戦い終えたばかりのシスターズたちが、漆黒の戦闘装甲(ボディスーツ)をパージして姿を現した。バギーの揺れなど一切ないかのように、重力と慣性をその華奢な脚で完璧に制御して着地する。彼女たちの足元で、岩塩の硬い地面がわずかにクレーター状に粉砕されたのが、その可憐な見た目からは想像もできない凄まじい「物理的な質量」を物語っていた。

 彼女たちは全員、共通の素体を持つ金髪碧眼の完璧な美少女たちだ。

 透き通るような白い肌に、宝石のような碧い瞳。そして太陽の光を編み込んだような金髪。それは、没落貴族であり、根暗なコミュ障である私が、自らの劣等感をすべて反転させて組み上げた「理想」そのものの姿だった。

 おかっぱ頭を揺らす長女――チェロが、その豊かな胸元を正してこちらに一礼する。隣では、シニヨンにまとめた柔らかな髪を解いた次女のオルガが、聖母のような笑みを浮かべていた。

「母様、お疲れではありませんか? 私の胸でお休みになります? ちょうど良いクッションになりますわよ(微笑)」
「……喧嘩売ってるの!? あんた、わざとその発育の良い身体を見せつけてるでしょ!?」

 私の絶叫。29歳。貧乳。独身……じゃなかった、未婚だけどリュウガの隣は私の指定席だからほぼほぼ既婚ね。

 一方、私が作った彼女たちは全員、身長168センチ、B94のGカップ。制作者(母)の貧相な体躯を置き去りにした、あまりにも残酷な完成度だ。

『【解析】エリー様、加齢と発育不足による精神的ダメージが蓄積中。慰めが必要です(・∀・)』
「ファーファ、分解されたいのはどこの回路よ!?」
『ひえぇぇぇぇ』

 宙を漂うファーファをひっぱたこうとして、私は空振る。

「……静粛に。ファーファも、おふざけはそのくらいになさいまし」

 チェロの低く冷徹な声が、過熱し始めた脳内通信を凍らせた。

「しかし……。計算外だな。エリーの怒鳴り声を聞くと、内部回路のノイズが静まる気がする」

 リュウガが、真面目な顔でとんでもないことを言った。

「……それ、褒めてるの?」
「肯定だ。君の不合理なエネルギーは、論理だけでは構築できない推進力になる」
「奥様、今、リュウガ様からの評価スコアが10ポイント加算されました。……てぇてぇ……でございます。ログ保存」

 末の娘がお盆を手にバギーの横に立ち、無表情で実況を挟む。



 その時、バギーのコンソールが特定周波数の信号を受信した。

 青いホログラムが浮かび上がる。そこに現れたのは、プラチナブロンドの縦ロールと、アイスブルーの瞳を持つ高貴な女性。私の唯一の親友にして、極東統一王国の影の実力者だ。

『相変わらず泥臭い脱出劇ね、エリアーナ。……無事で良かったわ』
「セーラ! あんた、王宮にいるんじゃなかったの!?」
『とっくにあんなところ見限ったわ……。それにしても、王政の腐敗は私の想像を超えていたわ。今は秘密回線で連絡しているの。……聞きなさい、リュウガを連れてそのまま北へ。カオス・ゾーンとの境界に、私の家が管理する「廃城」があるわ。そこを一時的な拠点として提供する』

 セーラは冷徹な声の奥に、確かな慈悲を湛えていた。

『技術院も教団も、管理者の力を手に入れるために血眼になっているわ。……世界を敵に回してでも、その「家族」を守る覚悟はあるかしら?』
「……愚問ね。この娘たちは、私の人生そのものよ」

 私は、バギーを取り囲む七人の娘たちと、隣で静かに前を見据えるリュウガを見た。

 魔法という古いOSに固執する連中には、きっと彼女たちの存在が引き起こす物理法則の再定義――その真の価値など理解できはしないわ。

『いい返事ね。廃城までの座標を転送したわ。……リュウガ殿、不肖の友をよろしく頼むわね』
「了解した。……セーラ殿、感謝する」

 通信が切れ、再び静寂が訪れる。だが、その静寂はもはや絶望ではない。

「……さあ、行くわよ。北の『廃城』へ。そこが私たちの、新しい始まりの地よ!」
『【実況】エリー様、格好いい主人公っぽい顔をしていますが、鼻の下にオイル汚れがついています(・∀・)』
「いやぁぁぁあああ、台無しなのよぉぉぉ!!」

 アークの巨大なタイヤが再び荒野を噛む。

 暗闇を切り裂くヘッドライトの光を見つめながら、私はふと思った。

 思えば、すべては半年前のことだった。

 没落貴族の研究者だった私が、あの地下遺構で、2000年の眠りについていた「彼」を見つけたあの日。

 物語の針は、ここからすべてが始まった、運命の出会いへと巻き戻る。





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 夜の荒野は、すべてを拒絶するように冷え切っていた。
 王都アステリアを脱出し、不毛な岩塩地帯を北へ走ること数時間。追撃の灯火はようやく地平線の彼方へと消えたが、私たちの緊張が解けることはない。
 ガタガタと音を立てるバギーの助手席で、私はようやく肺の底に溜まっていた熱い空気を吐き出した。鼻腔に残る焦げ付いたマナの残臭が、あの非効率な王都の魔法兵器との距離を感じさせる。
「……生きてる。私たち、本当に逃げ切ったのね」
「厳密には、一時的な離脱だ。王都の検知網は半径300キロをカバーしている。まだセーフティ・ゾーンではない」
 リュウガはハンドルを握ったまま、淡々と事実を告げる。彼の横顔は、バギーの計器類が放つ青い光に照らされて、幽霊のように非現実的で美しかった。余計な感情を排し、最短距離で論理を導き出すその横顔は、魔法という名の「バグ」に塗れたこの世界で唯一、完璧にチューニングされた機能美の結晶に見えた。
 私たちの後ろで、巨大な影が砂塵を巻き上げてついてくる。
 移動要塞『アーク』。といっても、ガラクタを集めて作ったスクラップバギーに引かせたトレーラーカーだけど……。でも、私のラボであり、家であり、娘たちのゆりかごだ。
「母様、周辺500メートルの熱源探査、異常なし。……ようやく、お茶を淹れる余裕ができそうですわ」
 脳内通信を通じて、末の娘の冷静な声が響く。
 アークのハッチが開くと、戦い終えたばかりのシスターズたちが、漆黒の戦闘装甲(ボディスーツ)をパージして姿を現した。バギーの揺れなど一切ないかのように、重力と慣性をその華奢な脚で完璧に制御して着地する。彼女たちの足元で、岩塩の硬い地面がわずかにクレーター状に粉砕されたのが、その可憐な見た目からは想像もできない凄まじい「物理的な質量」を物語っていた。
 彼女たちは全員、共通の素体を持つ金髪碧眼の完璧な美少女たちだ。
 透き通るような白い肌に、宝石のような碧い瞳。そして太陽の光を編み込んだような金髪。それは、没落貴族であり、根暗なコミュ障である私が、自らの劣等感をすべて反転させて組み上げた「理想」そのものの姿だった。
 おかっぱ頭を揺らす長女――チェロが、その豊かな胸元を正してこちらに一礼する。隣では、シニヨンにまとめた柔らかな髪を解いた次女のオルガが、聖母のような笑みを浮かべていた。
「母様、お疲れではありませんか? 私の胸でお休みになります? ちょうど良いクッションになりますわよ(微笑)」
「……喧嘩売ってるの!? あんた、わざとその発育の良い身体を見せつけてるでしょ!?」
 私の絶叫。29歳。貧乳。独身……じゃなかった、未婚だけどリュウガの隣は私の指定席だからほぼほぼ既婚ね。
 一方、私が作った彼女たちは全員、身長168センチ、B94のGカップ。制作者(母)の貧相な体躯を置き去りにした、あまりにも残酷な完成度だ。
『【解析】エリー様、加齢と発育不足による精神的ダメージが蓄積中。慰めが必要です(・∀・)』
「ファーファ、分解されたいのはどこの回路よ!?」
『ひえぇぇぇぇ』
 宙を漂うファーファをひっぱたこうとして、私は空振る。
「……静粛に。ファーファも、おふざけはそのくらいになさいまし」
 チェロの低く冷徹な声が、過熱し始めた脳内通信を凍らせた。
「しかし……。計算外だな。エリーの怒鳴り声を聞くと、内部回路のノイズが静まる気がする」
 リュウガが、真面目な顔でとんでもないことを言った。
「……それ、褒めてるの?」
「肯定だ。君の不合理なエネルギーは、論理だけでは構築できない推進力になる」
「奥様、今、リュウガ様からの評価スコアが10ポイント加算されました。……てぇてぇ……でございます。ログ保存」
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 その時、バギーのコンソールが特定周波数の信号を受信した。
 青いホログラムが浮かび上がる。そこに現れたのは、プラチナブロンドの縦ロールと、アイスブルーの瞳を持つ高貴な女性。私の唯一の親友にして、極東統一王国の影の実力者だ。
『相変わらず泥臭い脱出劇ね、エリアーナ。……無事で良かったわ』
「セーラ! あんた、王宮にいるんじゃなかったの!?」
『とっくにあんなところ見限ったわ……。それにしても、王政の腐敗は私の想像を超えていたわ。今は秘密回線で連絡しているの。……聞きなさい、リュウガを連れてそのまま北へ。カオス・ゾーンとの境界に、私の家が管理する「廃城」があるわ。そこを一時的な拠点として提供する』
 セーラは冷徹な声の奥に、確かな慈悲を湛えていた。
『技術院も教団も、管理者の力を手に入れるために血眼になっているわ。……世界を敵に回してでも、その「家族」を守る覚悟はあるかしら?』
「……愚問ね。この娘たちは、私の人生そのものよ」
 私は、バギーを取り囲む七人の娘たちと、隣で静かに前を見据えるリュウガを見た。
 魔法という古いOSに固執する連中には、きっと彼女たちの存在が引き起こす物理法則の再定義――その真の価値など理解できはしないわ。
『いい返事ね。廃城までの座標を転送したわ。……リュウガ殿、不肖の友をよろしく頼むわね』
「了解した。……セーラ殿、感謝する」
 通信が切れ、再び静寂が訪れる。だが、その静寂はもはや絶望ではない。
「……さあ、行くわよ。北の『廃城』へ。そこが私たちの、新しい始まりの地よ!」
『【実況】エリー様、格好いい主人公っぽい顔をしていますが、鼻の下にオイル汚れがついています(・∀・)』
「いやぁぁぁあああ、台無しなのよぉぉぉ!!」
 アークの巨大なタイヤが再び荒野を噛む。
 暗闇を切り裂くヘッドライトの光を見つめながら、私はふと思った。
 思えば、すべては半年前のことだった。
 没落貴族の研究者だった私が、あの地下遺構で、2000年の眠りについていた「彼」を見つけたあの日。
 物語の針は、ここからすべてが始まった、運命の出会いへと巻き戻る。