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第1話:【開奏】七音の鎮魂歌(レクイエム)

ー/ー



物理令嬢の再定義!

 私は走った。

 この不合理で、愚かで、愛おしい家族を守るためだけに、私は泥を噛み、炎の中を突き進んだ。

 時刻は黄昏時(たそがれどき)。空は血のように赤い夕焼けと、燃え盛る街が吐き出す黒煙に覆い尽くされている。

 石畳が悲鳴を上げている。

 王都アステリアの目抜き通りを爆走するのは、私がガラクタを寄せ集めて組み上げた四輪バギーだ。その後ろには、私のラボであり人生そのものである移動要塞アークが、連結部を悲鳴のような音で鳴らしながら食らいついている。

「揺れるわよ! 舌を噛まないでね、リュック!」

 私は助手席で、引きちぎれんばかりに指揮棒(タクト)を振った。

 ただの棒ではない。先端に高純度の伝導合金を仕込み、大気中のナノマシンに私の「脳波(コマンド)」を直接ハンダ付けするための、特注のハッキングツールだ兼愛用の万能スパナだ。

「わわ! この揺れ、車が壊れそうよー!」

 走行の衝撃で丸眼鏡がずれ落ち、白衣の袖が風に踊る。

「問題ない。路面の摩擦係数は0.02の誤差。想定内だ」

 ハンドルを握るリュウガ・アスカ、通称リュックは、氷のような無機質さで答える。2000年前の遺物。私の「助手」にして、この逃亡劇の核。

『【解析】エリー様、隣にリュウガ様がいることで生存本能が200%向上。ただし、脳内は夕焼けよりピンク色に染まっています(・∀・)』
「ファーファ! 実況してる暇があったらセンサーを回して!」

 宙に浮く球体ドローン、ファーファが、アスキーアートと共に私の本音を暴露する。一応、私の補助演算をするはずなんだけど、なんでこんな余計なことばかりするようになっちゃったのかなぁ。

「マスターと奥様の密着度、0.5センチ接近。……てぇてぇ……でございます。ログ、永久保存」

 バギーの後部で鉄扇を構えた末の娘が、淡々と音声記録(ログ)を刻んだ。途端に、残りの姉妹たちが脳内通信で声を合わせる。

 あ、一応説明しておくけど、実の娘じゃないわよ。天才オートマタ技術者の私、エリアーナ・アルテミシアが作り上げた汎用人型戦闘メイドの「シスターズ」のこと。29歳の私がこんな大きな娘をも持っていたら、おかしいでしょ!?

「「「あとでデータリンクきぼんぬ!!」」」
「うるさいわよ! 今は国家反逆犯として追われてる最中でしょ! 集中なさい!」
「「「はーい!!」」」


 私たちが「世界の敵」として追われるには理由がある。
 それは、この手に、神を殺し、世界を書き換える「管理者」の知性を握っているからだ。

「母様、正面より第一波! さらに十時と二時の方向、路地裏にオートマタの伏兵を確認しましたわ! この私の目の前に立ちふさがるとは、なんとも愚かですわね!!」

 三つ編みの娘が戦術バイザーを叩き、姉妹専用の脳内通信に敵座標を送った。

「一機も通さないで、私の娘たち!」
「「「「了解!!!」」」」

 指揮(コンダクト)開始。第一楽章。掃討の連撃。

 まずは正面。おかっぱ頭の長女が巨大斧を突き立て、局所的な重力のフィールドを展開した。敵の足が路面に縫い付けられた瞬間、シニヨンに髪をまとめた次女が白銀の長槍で側面を突く。

「皆様、安らかな眠りを。……これより認証エラーを誘発させますわ」

 次女の槍が触れたそばから、伏兵たちの魔法障壁がパズルのように分解され、砂となって崩れていく。

 魔法障壁。それは、教団の連中が「絶対防御」と誇る幾何学的な紋章だ。

 だが、リュウガの目を経験した私には、マナを維持するために大気を無駄に焼き、焦げ付いたオゾンの匂いを撒き散らしているだけの「劣悪なスパゲッティコード」にしか見えなかった。

 そこへ、フレンチブレイドの三女とツインテールの五女が躍り出た。

「ボクが一番槍だ!」
「いやいや、あーしも負けないっしょ! ドゴーンといっちゃうよぉ!」

 上空から回転しながら三女の大剣が放つ熱波と、五女の薙刀が旋回しながら放つ衝撃波。熱と運動エネルギーの十字飽和攻撃が、身動きの取れない敵軍を粉砕した。

「「「キャー! 母様の采配、今日もキレッキレですわー!」」」

 脳内通信を通じて、娘たちの歓声が脳に響く。

「母様、今の指示でリュウガ様との愛の共同作業指数が3ポイント上昇。……てぇてぇ」
「あんた、環境偽装に集中しなさいってば!」
「ふふふふ、ご安心なさいませ! リソースの30%を割り当てておりますわ!!」
「全集中してーーーー!!!」

 敵はなかなか止まらない。崩れるオートマタの背後から、さらに数倍の増援が街壁を這い、屋根から飛び降りてくる。リフレインするような波状攻撃。

「急いで解析して! そのまま遠距離モードへ移行!」
「おほほほほ!! 了解ですわ。……全姉妹へ狙撃データを送信!」

 三つ編みの娘が送ったデータを受けて、末娘が鉄扇を仰ぎ、猛烈な爆風で敵の射線を狂わせる。そこへポニーテールの四女が死角から跳躍し、高周波の双剣で屋根上の狙撃手を正確に刈り取っていった。

 絶望はさらに上空から降ってきた。高度300メートル。

 雲を切り裂くナイフのように、深紅の蒸気飛行船が降下してくる。技術院のエリートで、かつての私のライバル――赤髪のあの女リディア・スカーレットだ。

 飛行船から数百機のドローンが射出され、四方八方から弾幕が降り注ぐ。

「マスター……今です。奥様の手を」

 シスターズたちが、脳内通信で一斉に盛り上がり始めた。

「キター! 手と手が重なる歴史的瞬間ですよぉぉぉ!」
「「「破廉恥! 破廉恥ですわ、母様ー!」」」
「うるさーい! あんたたち、ふざけてると後で分解するわよ!」
「「「きゃあああ、母様が怒ったわ~~~」」」

「……おっほん、そろそろ静粛に」

 長女の低く冷徹な声が、脳内通信の雑音を一瞬で凍らせた。

「こんなおいしいショーは、私だって最前列で堪能したい、じゅるり……。あ、いえ、今は戦闘中、規律に従いなさい! まずはこの状況を打開しましょう」
「おい、委員長のあんたまで……」

 私のため息が聞こえたのか、次女も笑顔のまま、静かに念押しする。

「皆さま、おふざけはそのくらいになさいまし。これ以上騒ぐと、本日の潤滑油(デザート)は抜きにさせますわよ?」
「「「えええ、それはダメ~~~」」」

 一瞬で静まり返る脳内。これが、我が家の「鉄の掟」――長女と次女による統制だ。

「エリー、隣を見ろ」

 リュウガの声。その瞳が、黄金色の管理者権限の回路に染まる。

「計算外はない。君の譜面(プログラム)は、不合理ゆえに最強だ。……合わせろ、俺に」

 リュウガの手が、ハンドルから離れた私の手に重なる。

 瞬間、視界が青白いノイズに染まった。王都中のインフラが、彼の意志一つで「管理者」にひれ伏す。

「インフラ掌握。全オートマタへ強制停止命令。……跪け」

 夕闇の王都に、無数のシステムエラーの火花が散る。

 赤髪の女リディアのドローンたちが、自軍の回路ショートで次々と爆発し、火の粉となって夜空に舞った。

「今よ! 一気にブチ抜くわよ!」
「了解。……加速路、形成」
「気圧制御、展開。……母様、お掴まりください。……てぇてぇ加速、開始でございます」

 アークが咆哮を上げた。

 瞬時にマッハを超え、視界の景色が音もなく後方へと消失する。加速の予兆も空気抵抗もすべて消去された、慣性無視の暴力的な機動力。

 一発の巨大な砲弾となって、王都の城門を物理的にぶち抜いた。

『【解析】エリー様、今、リュウガ様と手が重なった感触を一生分記憶しました。心拍数、宇宙まで届きました(`・ω・´)』
「ファーファ! 消しなさい! そのデータを今すぐデリートしなさーい!」

 背後で、王都が光の粒子となって遠ざかっていく。

 赤髪の女の飛行船が、悔しげに旋回を始めた。

 燃える空の下、黒煙を吐くアークは、未知なる北の荒野へと滑り出した。

 リュウガと私、そして七人の騒がしくも愛おしい娘たちの、不完全なシンフォニーは、まだ第一小節が終わったばかりだ。

「リュック、絶対に離さないからね」
「ああ。……だが、少し手を握る力が強すぎる。私の関節が悲鳴を上げているぞ、奥様」
「「「奥様、おめでとうございますわー!」」」

 シスターズたちの爆音の祝福がアーク内に響く。

「お、奥様って呼ぶなーーー!」

 私の絶叫を乗せて、バギーは地平線の彼方へと突き進んだ。



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次のエピソードへ進む 第2話:【脱出】果てなき逃走の残響


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 この不合理で、愚かで、愛おしい家族を守るためだけに、私は泥を噛み、炎の中を突き進んだ。
 時刻は黄昏時(たそがれどき)。空は血のように赤い夕焼けと、燃え盛る街が吐き出す黒煙に覆い尽くされている。
 石畳が悲鳴を上げている。
 王都アステリアの目抜き通りを爆走するのは、私がガラクタを寄せ集めて組み上げた四輪バギーだ。その後ろには、私のラボであり人生そのものである移動要塞アークが、連結部を悲鳴のような音で鳴らしながら食らいついている。
「揺れるわよ! 舌を噛まないでね、リュック!」
 私は助手席で、引きちぎれんばかりに指揮棒(タクト)を振った。
 ただの棒ではない。先端に高純度の伝導合金を仕込み、大気中のナノマシンに私の「脳波(コマンド)」を直接ハンダ付けするための、特注のハッキングツールだ兼愛用の万能スパナだ。
「わわ! この揺れ、車が壊れそうよー!」
 走行の衝撃で丸眼鏡がずれ落ち、白衣の袖が風に踊る。
「問題ない。路面の摩擦係数は0.02の誤差。想定内だ」
 ハンドルを握るリュウガ・アスカ、通称リュックは、氷のような無機質さで答える。2000年前の遺物。私の「助手」にして、この逃亡劇の核。
『【解析】エリー様、隣にリュウガ様がいることで生存本能が200%向上。ただし、脳内は夕焼けよりピンク色に染まっています(・∀・)』
「ファーファ! 実況してる暇があったらセンサーを回して!」
 宙に浮く球体ドローン、ファーファが、アスキーアートと共に私の本音を暴露する。一応、私の補助演算をするはずなんだけど、なんでこんな余計なことばかりするようになっちゃったのかなぁ。
「マスターと奥様の密着度、0.5センチ接近。……てぇてぇ……でございます。ログ、永久保存」
 バギーの後部で鉄扇を構えた末の娘が、淡々と音声記録(ログ)を刻んだ。途端に、残りの姉妹たちが脳内通信で声を合わせる。
 あ、一応説明しておくけど、実の娘じゃないわよ。天才オートマタ技術者の私、エリアーナ・アルテミシアが作り上げた汎用人型戦闘メイドの「シスターズ」のこと。29歳の私がこんな大きな娘を《《七人》》も持っていたら、おかしいでしょ!?
「「「あとでデータリンクきぼんぬ!!」」」
「うるさいわよ! 今は国家反逆犯として追われてる最中でしょ! 集中なさい!」
「「「はーい!!」」」
 私たちが「世界の敵」として追われるには理由がある。
 それは、この手に、神を殺し、世界を書き換える「管理者」の知性を握っているからだ。
「母様、正面より第一波! さらに十時と二時の方向、路地裏にオートマタの伏兵を確認しましたわ! この私の目の前に立ちふさがるとは、なんとも愚かですわね!!」
 三つ編みの娘が戦術バイザーを叩き、姉妹専用の脳内通信に敵座標を送った。
「一機も通さないで、私の娘たち!」
「「「「了解!!!」」」」
 指揮(コンダクト)開始。第一楽章。掃討の連撃。
 まずは正面。おかっぱ頭の長女が巨大斧を突き立て、局所的な重力のフィールドを展開した。敵の足が路面に縫い付けられた瞬間、シニヨンに髪をまとめた次女が白銀の長槍で側面を突く。
「皆様、安らかな眠りを。……これより認証エラーを誘発させますわ」
 次女の槍が触れたそばから、伏兵たちの魔法障壁がパズルのように分解され、砂となって崩れていく。
 魔法障壁。それは、教団の連中が「絶対防御」と誇る幾何学的な紋章だ。
 だが、リュウガの目を経験した私には、マナを維持するために大気を無駄に焼き、焦げ付いたオゾンの匂いを撒き散らしているだけの「劣悪なスパゲッティコード」にしか見えなかった。
 そこへ、フレンチブレイドの三女とツインテールの五女が躍り出た。
「ボクが一番槍だ!」
「いやいや、あーしも負けないっしょ! ドゴーンといっちゃうよぉ!」
 上空から回転しながら三女の大剣が放つ熱波と、五女の薙刀が旋回しながら放つ衝撃波。熱と運動エネルギーの十字飽和攻撃が、身動きの取れない敵軍を粉砕した。
「「「キャー! 母様の采配、今日もキレッキレですわー!」」」
 脳内通信を通じて、娘たちの歓声が脳に響く。
「母様、今の指示でリュウガ様との愛の共同作業指数が3ポイント上昇。……てぇてぇ」
「あんた、環境偽装に集中しなさいってば!」
「ふふふふ、ご安心なさいませ! リソースの30%を割り当てておりますわ!!」
「全集中してーーーー!!!」
 敵はなかなか止まらない。崩れるオートマタの背後から、さらに数倍の増援が街壁を這い、屋根から飛び降りてくる。リフレインするような波状攻撃。
「急いで解析して! そのまま遠距離モードへ移行!」
「おほほほほ!! 了解ですわ。……全姉妹へ狙撃データを送信!」
 三つ編みの娘が送ったデータを受けて、末娘が鉄扇を仰ぎ、猛烈な爆風で敵の射線を狂わせる。そこへポニーテールの四女が死角から跳躍し、高周波の双剣で屋根上の狙撃手を正確に刈り取っていった。
 絶望はさらに上空から降ってきた。高度300メートル。
 雲を切り裂くナイフのように、深紅の蒸気飛行船が降下してくる。技術院のエリートで、かつての私のライバル――赤髪のあの女リディア・スカーレットだ。
 飛行船から数百機のドローンが射出され、四方八方から弾幕が降り注ぐ。
「マスター……今です。奥様の手を」
 シスターズたちが、脳内通信で一斉に盛り上がり始めた。
「キター! 手と手が重なる歴史的瞬間ですよぉぉぉ!」
「「「破廉恥! 破廉恥ですわ、母様ー!」」」
「うるさーい! あんたたち、ふざけてると後で分解するわよ!」
「「「きゃあああ、母様が怒ったわ~~~」」」
「……おっほん、そろそろ静粛に」
 長女の低く冷徹な声が、脳内通信の雑音を一瞬で凍らせた。
「こんなおいしいショーは、私だって最前列で堪能したい、じゅるり……。あ、いえ、今は戦闘中、規律に従いなさい! まずはこの状況を打開しましょう」
「おい、委員長のあんたまで……」
 私のため息が聞こえたのか、次女も笑顔のまま、静かに念押しする。
「皆さま、おふざけはそのくらいになさいまし。これ以上騒ぐと、本日の潤滑油(デザート)は抜きにさせますわよ?」
「「「えええ、それはダメ~~~」」」
 一瞬で静まり返る脳内。これが、我が家の「鉄の掟」――長女と次女による統制だ。
「エリー、隣を見ろ」
 リュウガの声。その瞳が、黄金色の管理者権限の回路に染まる。
「計算外はない。君の譜面(プログラム)は、不合理ゆえに最強だ。……合わせろ、俺に」
 リュウガの手が、ハンドルから離れた私の手に重なる。
 瞬間、視界が青白いノイズに染まった。王都中のインフラが、彼の意志一つで「管理者」にひれ伏す。
「インフラ掌握。全オートマタへ強制停止命令。……跪け」
 夕闇の王都に、無数のシステムエラーの火花が散る。
 赤髪の女リディアのドローンたちが、自軍の回路ショートで次々と爆発し、火の粉となって夜空に舞った。
「今よ! 一気にブチ抜くわよ!」
「了解。……加速路、形成」
「気圧制御、展開。……母様、お掴まりください。……てぇてぇ加速、開始でございます」
 アークが咆哮を上げた。
 瞬時にマッハを超え、視界の景色が音もなく後方へと消失する。加速の予兆も空気抵抗もすべて消去された、慣性無視の暴力的な機動力。
 一発の巨大な砲弾となって、王都の城門を物理的にぶち抜いた。
『【解析】エリー様、今、リュウガ様と手が重なった感触を一生分記憶しました。心拍数、宇宙まで届きました(`・ω・´)』
「ファーファ! 消しなさい! そのデータを今すぐデリートしなさーい!」
 背後で、王都が光の粒子となって遠ざかっていく。
 赤髪の女の飛行船が、悔しげに旋回を始めた。
 燃える空の下、黒煙を吐くアークは、未知なる北の荒野へと滑り出した。
 リュウガと私、そして七人の騒がしくも愛おしい娘たちの、不完全なシンフォニーは、まだ第一小節が終わったばかりだ。
「リュック、絶対に離さないからね」
「ああ。……だが、少し手を握る力が強すぎる。私の関節が悲鳴を上げているぞ、奥様」
「「「奥様、おめでとうございますわー!」」」
 シスターズたちの爆音の祝福がアーク内に響く。
「お、奥様って呼ぶなーーー!」
 私の絶叫を乗せて、バギーは地平線の彼方へと突き進んだ。