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第四話 プロテクター

ー/ー



 一夜明け、エンジェルステーションに遅い朝が訪れた。
 外は相変わらず鉛色の雲に覆われているが、拠点の中にはかつてない活気――というよりは、心地よい疲労感が漂っていた。

 リビングにはプリスキンが夜を明かして作った揺り籠がゆれている。
 その中央には、ミルクを飲み干し、再びスヤスヤと眠る赤ん坊。
 
 そしてその周囲を、目の下に濃い隈を作った男たちが囲んでいた。

「……さて、名前を決めんとな」

 ブラックコーヒーをすすりながら、リーダーのレドリックが切り出した。
 彼の指は、無意識にテーブルの上をトントンと叩いている、考え事をするときの癖だった。

「いつまでも『天使』や『赤ん坊』と呼ぶわけにはいかん。戸籍やIDなど無いこの世界だ。俺たちが名付けてやる必要がある」

「識別コード、アルファ・ワン」
 ファルケンバーグが即答する。彼らしい、あまりに実用的な提案だ。
 
「却下だ。兵器じゃないんだぞ」
 レドリックが即座に却ける。

「なら、強そうな名前がいい。『ドーザー』とか『リフト』とか」
 プリスキンがニヤニヤしながら、愛用のコンバットナイフで爪の垢を掃除する。
 
「お前の娘じゃないんだ、却下だ。そもそも女の子にそれはないだろう」

 全員の視線が、アレンに向いた。
 
「おい、先生。お前の出番だろ。売れない作家の語彙力を見せてみろよ」
 プリスキンが茶化す。

「売れないは余計だ」
 アレンはため息をつき、手元にあった読みかけの文庫本――自分のかつての著書を閉じた。
 正直、昨晩からずっと考えていた。この奇跡のような存在に、どんな名前を与えるべきかを。

「……『マリア』というのはどうだ」

「マリア?」
 レドリックが眉を上げる。

「古風な響きだな。どこから引っぱってきた?」
「俺が昔書いたSF小説の主人公だ」
 
 アレンは少し照れくさそうに鼻をこすった。
 
「『虚空より現れて、荒廃した世界に希望をもたらす少女』の名前だ。設定が似ているだろう? ……まあ、その小説は初版で絶版になったがね」

 レドリックは少し考え、赤ん坊の寝顔を見つめ、そしてニヤリと笑った。
 
「マリア……。悪くない。状況的にも、この子には似合いだ」
「けっ、キザな名前だが、まあ『リフト』よりはマシか」
 プリスキンも、まんざらでもなさそうに肩をすくめた。

 その時だった。
 突然、けたたましいラッパの音が鳴り響いた。
 見張り台に詰めていたイノシロウが、テイカーが押し寄せて来る姿を捕えたのだ。
 
「敵襲! 数は10名! 東からくるぞ!」
 
 伝声管からイノシロウの声が聞こえてくる。

 昨夜の落下音と、立ち昇る煙。
 それを嗅ぎつけ、ハイエナたちが集まって来たのだ。
 この荒廃した世界で、空からの贈り物は死人が出るほどの争奪戦の種になる。

「チッ、早起きな連中だ」
 レドリックが愛用のバールを手に取り、立ち上がる。
 その背中から、先ほどまでの「保護者」の顔が消え、冷徹な「支配人」のオーラが立ち昇る。

「イノシロウ、リンジー先生! 二人はマリアを連れてシェルターの最深部へ! ここからは大人の時間だ」
「わかった! 皆、死ぬんじゃないよ!」
 
 リンジーが、赤ん坊――マリアを大事そうに抱きかかえ、イノシロウと共に奥の区画へと走る。
 重厚な隔壁が閉じる音が、戦闘開始のゴングのように響いた。

 アレンもまた、壁にかけてあったクロスボウを手に取る。
 いつもとは明らかに違う重圧を感じていた。

 いまさら恐怖で手が震えているわけではない。
 これまでは、ただのゴミや食料を守るための戦いだった。
 
 奪われても、命さえあればどうにかなると思っていた。
 だが今は違う。
 
 あの小さな、温かい命を守らなければならない。
 奪われるわけにはいかない。

「総員、配置につけ! 『歓迎会』の準備だ!」

 レドリックの号令と共に、男たちはそれぞれの持ち場へと散った。
 彼らは外へ打って出るような愚は犯さない。
 このエンジェルステーションは、ギーグスたちが長い時間をかけて改造した、難攻不落の要塞なのだから。

 ――

 外は冷たい風が吹き荒れる荒野だ。
 粗末な防寒具を継ぎ接ぎし、錆びた鉈や鉄パイプ、粗悪な弓矢を持った男たちが、拠点を目指して走ってくる。

 この時代、人間が使うような銃火器は殆ど残っていない。
 ナノテク時代の武器は殆どがエネルギー兵器であり、実弾兵器は、ほぼ使われていなかった。
 
「おい! 扉が開いてるぞ!」
 
 先頭に立つモヒカンの男が叫んだ。
 エンジェルステーションの正門ゲートは、半ばまで開け放たれていた。

「ビビって逃げ出したか! お宝は頂きだ!」
 
 テイカーたちは歓声を上げ、開かれたゲートへと雪崩れ込む。

「なんだ、通りにくいな……うおっ!?」

 先頭の男が悲鳴を上げた。
 雪の下に隠されていた落とし穴を踏み抜き、足を串刺しにされたのだ。
 立ち止まろうとするが、後ろから押されて将棋倒しになる。

 その瞬間、頭上の狭間から冷徹な声が降ってきた。

「ようこそ、エンジェルステーションへ」
 
 アレンの声だ。彼は安全な二階の銃眼から、身動きの取れない集団を見下ろしていた。
 
「あいにくだが、入場料は高いぞ」

 ヒュンッ!
 風切り音と共に、クロスボウの矢が正確に敵の肩を射抜く。
 
「撃て!」
 
 ファルケンバーグの号令で、反対側の壁からも矢が降り注ぐ。
 壁と堀に挟まれ、一列にならざるを得ないテイカーたちは、まさに射的の的だった。
 
「くそっ! 罠だ! 引けっ!」
 
 生き残った数人が慌てて踵を返し、迷路の出口へと走る。

 だが、そこには悪魔が待っていた。

「お帰りはこちらだ」

 逃げ道を塞ぐように立っていたのは、削り出しの槍を手にしたファルケンバーグと、ナイフを構えたプリスキンだ。
 
「くたばれ! 雑魚ども!」
 
 ファルケンバーグが槍を横なぎに一閃させる。
 狭い通路で逃げ場のない敵は、その一撃をまともにくらい、鉄パイプごと吹き飛ばされた。
 プリスキンは影のように動き、混乱する敵の懐に滑り込んで腱を断つ。

 数で勝るテイカーたちも、万全のギーグス達に対しては無力だった。

 10人いたテイカー達の内、8人はすでに息を引き取っており、1人は逃げ出していた。
 倒れてうめき声を上げてるテイカーが1人。多量の血を流しており、このままではいずれ失血死するだろう。

「た、たすけ……て」
 
 一階へ降りてきたアレンは、転がる死体には目もくれず、足元でうめく男を見下ろした。
 逆の立場なら奪うだけ奪って去って行っただろうに、虫が良すぎる。

 そんな命乞いする男に、アレンが冷たく言い放つ。
 
「助けて欲しいか? それならば条件がある」
「な、んだ」
「お前たちの情報を吐け、拠点にはまだ仲間が残っているのか? 1人逃げたがそうなるとまた襲撃が来る可能性はあるか?」
「拠、点は……ある。なか、ま……」

 テイカーの男はそこまで言うと、息を引き取った。
 
「チッ、面倒だな。拠点の場所や規模について聞きだすまでは、生かしておくつもりだったが……」

 アレンは軽く舌打ちをした。
 
「こちらに、怪我人はいるか?」レドリックが周囲を見ながら確認を取る。
 
「かすり傷だけだ。罠の作動状況も良好。後でメンテナンスが必要だがな」
 
 プリスキンの報告に、レドリックはひとつ頷いた。

 アレンはクロスボウを下ろし、大きく息を吐いた。
 かつては世捨て人の集まりだった彼らだが、この灰色の世界で生き残ってきた実力は本物だ。
 何より、今日の彼らには、背中に守るべき絶対的な「未来」があった。

 扉を開け、シェルターから戻ってきたイノシロウが顔を覗かせる。
 
「お疲れさん。マリアなら一度も起きなかったよ。大物だねぇ」

 その言葉に、血と泥にまみれた守護者(プロテクター)たちの顔が、ふっと緩んだ。


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次のエピソードへ進む 第五話 世界のもうひとつの顔


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 一夜明け、エンジェルステーションに遅い朝が訪れた。
 外は相変わらず鉛色の雲に覆われているが、拠点の中にはかつてない活気――というよりは、心地よい疲労感が漂っていた。
 リビングにはプリスキンが夜を明かして作った揺り籠がゆれている。
 その中央には、ミルクを飲み干し、再びスヤスヤと眠る赤ん坊。
 そしてその周囲を、目の下に濃い隈を作った男たちが囲んでいた。
「……さて、名前を決めんとな」
 ブラックコーヒーをすすりながら、リーダーのレドリックが切り出した。
 彼の指は、無意識にテーブルの上をトントンと叩いている、考え事をするときの癖だった。
「いつまでも『天使』や『赤ん坊』と呼ぶわけにはいかん。戸籍やIDなど無いこの世界だ。俺たちが名付けてやる必要がある」
「識別コード、アルファ・ワン」
 ファルケンバーグが即答する。彼らしい、あまりに実用的な提案だ。
「却下だ。兵器じゃないんだぞ」
 レドリックが即座に却ける。
「なら、強そうな名前がいい。『ドーザー』とか『リフト』とか」
 プリスキンがニヤニヤしながら、愛用のコンバットナイフで爪の垢を掃除する。
「お前の娘じゃないんだ、却下だ。そもそも女の子にそれはないだろう」
 全員の視線が、アレンに向いた。
「おい、先生。お前の出番だろ。売れない作家の語彙力を見せてみろよ」
 プリスキンが茶化す。
「売れないは余計だ」
 アレンはため息をつき、手元にあった読みかけの文庫本――自分のかつての著書を閉じた。
 正直、昨晩からずっと考えていた。この奇跡のような存在に、どんな名前を与えるべきかを。
「……『マリア』というのはどうだ」
「マリア?」
 レドリックが眉を上げる。
「古風な響きだな。どこから引っぱってきた?」
「俺が昔書いたSF小説の主人公だ」
 アレンは少し照れくさそうに鼻をこすった。
「『虚空より現れて、荒廃した世界に希望をもたらす少女』の名前だ。設定が似ているだろう? ……まあ、その小説は初版で絶版になったがね」
 レドリックは少し考え、赤ん坊の寝顔を見つめ、そしてニヤリと笑った。
「マリア……。悪くない。状況的にも、この子には似合いだ」
「けっ、キザな名前だが、まあ『リフト』よりはマシか」
 プリスキンも、まんざらでもなさそうに肩をすくめた。
 その時だった。
 突然、けたたましいラッパの音が鳴り響いた。
 見張り台に詰めていたイノシロウが、テイカーが押し寄せて来る姿を捕えたのだ。
「敵襲! 数は10名! 東からくるぞ!」
 伝声管からイノシロウの声が聞こえてくる。
 昨夜の落下音と、立ち昇る煙。
 それを嗅ぎつけ、ハイエナたちが集まって来たのだ。
 この荒廃した世界で、空からの贈り物は死人が出るほどの争奪戦の種になる。
「チッ、早起きな連中だ」
 レドリックが愛用のバールを手に取り、立ち上がる。
 その背中から、先ほどまでの「保護者」の顔が消え、冷徹な「支配人」のオーラが立ち昇る。
「イノシロウ、リンジー先生! 二人はマリアを連れてシェルターの最深部へ! ここからは大人の時間だ」
「わかった! 皆、死ぬんじゃないよ!」
 リンジーが、赤ん坊――マリアを大事そうに抱きかかえ、イノシロウと共に奥の区画へと走る。
 重厚な隔壁が閉じる音が、戦闘開始のゴングのように響いた。
 アレンもまた、壁にかけてあったクロスボウを手に取る。
 いつもとは明らかに違う重圧を感じていた。
 いまさら恐怖で手が震えているわけではない。
 これまでは、ただのゴミや食料を守るための戦いだった。
 奪われても、命さえあればどうにかなると思っていた。
 だが今は違う。
 あの小さな、温かい命を守らなければならない。
 奪われるわけにはいかない。
「総員、配置につけ! 『歓迎会』の準備だ!」
 レドリックの号令と共に、男たちはそれぞれの持ち場へと散った。
 彼らは外へ打って出るような愚は犯さない。
 このエンジェルステーションは、ギーグスたちが長い時間をかけて改造した、難攻不落の要塞なのだから。
 ――
 外は冷たい風が吹き荒れる荒野だ。
 粗末な防寒具を継ぎ接ぎし、錆びた鉈や鉄パイプ、粗悪な弓矢を持った男たちが、拠点を目指して走ってくる。
 この時代、人間が使うような銃火器は殆ど残っていない。
 ナノテク時代の武器は殆どがエネルギー兵器であり、実弾兵器は、ほぼ使われていなかった。
「おい! 扉が開いてるぞ!」
 先頭に立つモヒカンの男が叫んだ。
 エンジェルステーションの正門ゲートは、半ばまで開け放たれていた。
「ビビって逃げ出したか! お宝は頂きだ!」
 テイカーたちは歓声を上げ、開かれたゲートへと雪崩れ込む。
「なんだ、通りにくいな……うおっ!?」
 先頭の男が悲鳴を上げた。
 雪の下に隠されていた落とし穴を踏み抜き、足を串刺しにされたのだ。
 立ち止まろうとするが、後ろから押されて将棋倒しになる。
 その瞬間、頭上の狭間から冷徹な声が降ってきた。
「ようこそ、エンジェルステーションへ」
 アレンの声だ。彼は安全な二階の銃眼から、身動きの取れない集団を見下ろしていた。
「あいにくだが、入場料は高いぞ」
 ヒュンッ!
 風切り音と共に、クロスボウの矢が正確に敵の肩を射抜く。
「撃て!」
 ファルケンバーグの号令で、反対側の壁からも矢が降り注ぐ。
 壁と堀に挟まれ、一列にならざるを得ないテイカーたちは、まさに射的の的だった。
「くそっ! 罠だ! 引けっ!」
 生き残った数人が慌てて踵を返し、迷路の出口へと走る。
 だが、そこには悪魔が待っていた。
「お帰りはこちらだ」
 逃げ道を塞ぐように立っていたのは、削り出しの槍を手にしたファルケンバーグと、ナイフを構えたプリスキンだ。
「くたばれ! 雑魚ども!」
 ファルケンバーグが槍を横なぎに一閃させる。
 狭い通路で逃げ場のない敵は、その一撃をまともにくらい、鉄パイプごと吹き飛ばされた。
 プリスキンは影のように動き、混乱する敵の懐に滑り込んで腱を断つ。
 数で勝るテイカーたちも、万全のギーグス達に対しては無力だった。
 10人いたテイカー達の内、8人はすでに息を引き取っており、1人は逃げ出していた。
 倒れてうめき声を上げてるテイカーが1人。多量の血を流しており、このままではいずれ失血死するだろう。
「た、たすけ……て」
 一階へ降りてきたアレンは、転がる死体には目もくれず、足元でうめく男を見下ろした。
 逆の立場なら奪うだけ奪って去って行っただろうに、虫が良すぎる。
 そんな命乞いする男に、アレンが冷たく言い放つ。
「助けて欲しいか? それならば条件がある」
「な、んだ」
「お前たちの情報を吐け、拠点にはまだ仲間が残っているのか? 1人逃げたがそうなるとまた襲撃が来る可能性はあるか?」
「拠、点は……ある。なか、ま……」
 テイカーの男はそこまで言うと、息を引き取った。
「チッ、面倒だな。拠点の場所や規模について聞きだすまでは、生かしておくつもりだったが……」
 アレンは軽く舌打ちをした。
「こちらに、怪我人はいるか?」レドリックが周囲を見ながら確認を取る。
「かすり傷だけだ。罠の作動状況も良好。後でメンテナンスが必要だがな」
 プリスキンの報告に、レドリックはひとつ頷いた。
 アレンはクロスボウを下ろし、大きく息を吐いた。
 かつては世捨て人の集まりだった彼らだが、この灰色の世界で生き残ってきた実力は本物だ。
 何より、今日の彼らには、背中に守るべき絶対的な「未来」があった。
 扉を開け、シェルターから戻ってきたイノシロウが顔を覗かせる。
「お疲れさん。マリアなら一度も起きなかったよ。大物だねぇ」
 その言葉に、血と泥にまみれた|守護者《プロテクター》たちの顔が、ふっと緩んだ。