第2章:ある人物の捜索
ー/ーおかしい。
あいつが、どうしても見つからない。
あれから数日が過ぎた。まるで煙のように、どこかへ消えてしまったみたいだ。
冗談抜きで、あいつの存在はあまりに謎すぎる。
どれだけ必死に探しても、結果はいつも空振り。
そうなると、余計に気になってしまう。
私はベッドに横たわりながら、例のリンゴジュースの空き缶を手に取り、じっと見つめた。
どうしても捨てられない。捨てようとするたびに、なぜか罪悪感に襲われるんだ。
……変だよね。
男の子に、こんなに興味を持つなんて初めてだ。
いつもなら、男の人なんて怖くて、気味の悪い存在だと思っていたのに。
あいつのことを思い出すと、勝手に体温が上がる。心臓がうるさいくらいに脈打つ。
それから、無意識のうちに……缶を自分の頬に押し当てていた。
ちっとも冷たくない。
でも、あいつがそうした時の感覚だけは、鮮明に覚えている。
……なんなの、これ?
たかが空き缶一つで、どうしてこんなに鼓動が速くなるの?
まさか……私、恋してる!?
「こ、恋……っ!?」
思わず声が漏れた。
何を考えてるの、私。
慌てて缶を放り出し、熱くなった顔を両手で覆う。
胸の奥から湧き上がる熱が、頭の中を支配していく。
「私……恋、してるの?」
……いや、そんなはずない。
一度、落ち着かなきゃ。
あの男の子。確かにバカっぽかった。
でも、あの時のバカげた行動を、私はこれっぽっちも嫌だとは思わなかったんだ。
もう一度会いたいと思う、たった一つの理由。
それは、あいつだけが「レナ・シオリ」を――「完璧な少女」として見ていなかったから。
みんな、私と関わるのを遠慮する。近づいてきても、どこか恥ずかしそうで、話し方もたどたどしい。
でもあいつは、ただリンゴジュースを私の頬に押し当てて、さっさと去っていった。
どうしてあんなことをしたのか、いまだに理解できないけれど。
そこには遠慮も、媚びるような視線もなかった。
言葉だって、遠回しじゃなく、ただ真っ直ぐ。
そして、風みたいに消えた。
……本当に、謎なやつ。
早く見つけられないことに、少し苛立ちを覚える。
自殺を思い留まってから、もう一週間が経とうとしているのに。
好奇心を抱えたまま死ぬなんて、絶対に嫌だ。
せめて、あいつについて少しは知っておきたい。それに、確かめたいことがたくさんあるんだ。
明日は、運命の日になりますように。
そう願いながら、私はようやく眠りについた。
あいつのことを考えて、ずっと寝不足だった目を閉じる。
「おやすみなさい」
結局、あの日まで、私はあいつの正体を知らなかった。
名前も。クラスも。何一つ分からない。
知っているのは……あいつがくれた、一缶のリンゴジュースだけ。
バカだよね、私。
ただ、あの味が。甘くて、温かくて、生きてるって感じがしたから……。
それだけで、取り憑かれたみたいに、あいつという「源流」を探し回ってる。
あの味も。飲み干した時に溢れた涙も。
あいつの、どこかやるせない、気だるげな声も。
全部、忘れられない。
今朝も、いつものように捜索を開始した。
場所は、一番ありそうな「食堂」。
端っこのテーブルに一人で座り、入ってくる男子生徒を一人ずつ観察する。
グループで来るやつ、一人で来るやつ。でも、あいつに似たやつは一人もいない。
ボサボサの髪、着崩した制服、やる気のない足取り。
そのすべてに目を光らせるけれど、空振りに終わる。
誰かに聞くこともできない。変な噂が広まるのは御免だ。
……まあ、もうすでにいくつか噂にはなってるみたいだけど。
いいよ、もう。食堂にはいない。
次は、各教室のチェックだ。
3年A組から1年F組まで。「忘れ物」だの「本を探してる」だの、適当な理由をつけて覗き込んだ。
それでも、見つからない。
次は、校内に四つある自動販売機を狙う。
校舎に二つ、音楽室の近くに一つ。そして一番離れた、体育館裏の廊下に一つ。
ストーカーみたいに自販機のそばに立ち、飲み物を買う人間を観察し続けた。
缶がガタンと落ちる音がするたびに、心臓が跳ねる。
あいつであってほしいと、願ってしまう。
でも、あいつは現れなかった。
学校が静まり返る夕暮れまで待った。
通りかかる先生に「迎えを待ってるの?」なんて聞かれた。
私はただ頷いて、電話をかけるふりをした。
情けない。でも、それ以上に……あいつなんて最初からいなかったんじゃないかって、不安で胸が苦しかった。
幻覚だったのかな。
あのジュースも、偶然。あいつの声も、絶望した私の脳が作り出した幻聴。
……疲れちゃった。
自販機も、教室も、全部回ったのに。
計画は完璧に失敗。
そもそも、私は本当にあいつに会いたいの?
それとも、あいつが実在するって信じたいだけ?
気分転換が必要だった。
気づけば、足はあの場所に向かっていた。
「屋上」。
飛び降りに来たわけじゃない。もうしないって自分に誓ったんだ。あいつに会うまでは。
ただ、静かな夕暮れを味わいたかった。
一人になって、心を落ち着かせたかった。
重い扉を開けると、夕方の風が頬を撫でた。
空はいつもより高く見える。遠くを鳥が飛び、太陽がゆっくりと沈んでいく。
世界が遠く感じて、追いかけるのをやめられた気がした。
私はただ、そこに立って。目を閉じて。呼吸を整える。
「はぁ……私、何やってるんだろ」
少しの挫折感と一緒に、独り言をこぼす。
目を開け、ふと視線を屋上の端にある貯水タンク(タンドン)に向けた。
青い鉄の塊が、夕陽を反射してぼんやりと光っている。
最初はただの光の加減だと思った。でも……見つめているうちに、その光が揺れた。
人影だ。
背が高くて、静かなシルエット。
タンクの外側に立っている。あと一歩で、あそこから……。
心臓が、ドクンと跳ねた。
「ちょっと! 待って……!!」
体が勝手に走っていた。叫んでいた。
息が詰まる。
「跳ばないで! お願い……やめて!」
タンクの数メートル手前で足を止めた。
どうすればいいか分からない。手は震え、胸が苦しい。
その影が、ゆっくりとこちらを振り返った。
ボサボサの髪。眠そうな目。
手には缶を持って、それを口元まで運ぼうとしているところだった。
死にそうな顔なんて、微塵もしていない。
それどころか、あいつは平然と飲み物をすすっていた。
私の目が、大きく見開かれる。
あいつは無表情のまま、少し眉を上げた。
「え……別に、跳ぶつもりなんてないけど」
聞き覚えのある声。
そして、彼の手にある缶が見えた。
リンゴジュース?
私は、その場で凍りついた。
あいつだ。
ずっと探していた、あいつだ。
私が鳥みたいに飛ぼうとした瞬間、私を止めた張本人。
一缶のジュースを私に押し付け、よく分からない「生きたい」という感情を植え付けた、謎の男。
周囲の音が、スッと消えた。
私はゆっくりと視線を落とす。顔が、火が出るほど熱い。
だって今、私は叫んだんだ。パニックになって。
「跳ばないで」って、誰かを必死に止めたんだ。
……あの日、そんな風に立っていたのは、あいつじゃなくて私だったのに。
あいつはまだ、私を見ている。
今のパニック劇を楽しんでいるみたいに。
「ここで涼んでただけ。マジで」
あいつはタンクを指差して言った。
「風が気持ちいいし。人来ないし。よくここでサボってるんだわ」
その言葉を聞いて、ようやく理解した。
つまり、あいつを見つけられなかったのは、ずっとここでサボって……ダラダラしていたから?
私はまだ、言葉を返せなかった。
苛立ちを抑えるので精一杯だ。
「あの時も、ここから見てたんだ」
あいつは、独り言みたいに淡々と続けた。
「あんたが柵のところに立ってた時。大声出したら驚いて落ちちゃうかなと思って。だから、冷たいジュースを頬にくっつけた。そしたら、ゆっくり下がってくれたからさ」
私はゆっくりと顔を上げた。視線が、ぶつかる。
「……あんたが、跳ぶのかと思った」
震える声で、ようやくそう絞り出した。
「まさか。俺には、そんな理由ないよ」
あいつは短く答えた。
私は深く息を吸い込み、目に溜まった涙を少しだけ拭った。
夕焼け空の下で。ずっと探し求めていた顔を前にして。
抱きしめてやりたいのか、一発殴ってやりたいのか、自分でも分からない。
でも今、確信した。
あいつは実在する。そして、死ぬほどムカつくやつだ。
……たぶん、これは偶然じゃない。
どうしようもなく私の人生を変えてしまう、そんな運命なんだ。
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