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川が逆流するなんて聞いてません!

ー/ー



 あたしも頭から波をかぶった。思わずロープを手放し、標識のポールにしがみついてその場に踏みとどまった。
 最初の大きな波が去った頃、あたしの立っていた農道はすっかり水に呑まれ、川の一部と化していた。腰のあたりまで浸かる水位だ。

 レラ達がいた方に目をやると、その姿が見えない。慌ててマイクの向こうへ呼びかける。

「こちらBチーム! 川の逆流を確認! レラと一般人ひとりが呑まれた!」

『すぐに向かう。待ってろ』

 カッケンの返事を聞きながら再びロープを引こうとすると、メキメキッと音がした。見ると標識がぐにゃりと曲がり、挙句に根元から折れてしまった。

「うそぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 どうやら錆びて腐食していたらしい。ヤバい、ロープを結ぶ前に確認すべきだった。
 ポールごと流されそうなロープを辛うじて捕まえ、足を踏ん張る。だけど水に引かれる力が思った以上に強い。気を抜くとすくわれそうだ。

 第一、レラとさっきのおじいちゃんは、このロープの先にまだ繋がっているんだろうか――
 そう思った時、あたしの悪い想像を振り払うように、本来川上だった方向から、一瞬レラが顔を出した。

「レラ……っ!」

 必死に流れに抗い、呼吸を確保しようとしている。早く引き上げてやらないと、レラはともかく救助対象者が溺れてしまう。

「朝陽、代われっ!!!」

 突然そんな声が聞こえた。同時に、あたしの横にザバンと誰かが飛び込んできた。

「おと……ッ!」

 と言いかけて飲み込んだ。それは紛れもなく、あたしの父の姿だった。
 ロープを掴んだ父が綱引きの要領でグイグイ引くと、二人はあっという間に手繰り寄せられた。

 父と一緒に来たカッケンが老人を引き上げ、みんなで川から離れた場所へ移動する。

「いやー、ヤバかった! てか見た、俺の泳ぎ!? 超見事(ピㇼカ)じゃなかった!? できることなら全国の女子たちに見せたかったわ! そしてキャーキャー言われたい!」

「はいはい、ピㇼカピㇼカ」

 レラは肩で大きく息をしながらも大丈夫そうだ。むしろうるさい。
 父とあたしで救出したおじいちゃんの救命措置を行うと、かなりの量の水を吐いた。最低限ではあるけど、基本的な救命術は身に着けている。

 その横で、カッケンがホㇿケウに連絡を入れていた。

「呼吸も心拍もあるけど、話ができる状態ではない。搬送先を指定してくれ」

『了解』

 搬送先の確認を待つ間、あたしはふうと一息ついて、久しぶりに会った父に声をかけた。

アイヌラックㇽ(おとうさん)、来てくれてありがとう。正直、ちょっとやばかった」

 すると父は二カッと笑い、あたしとレラの頭をヘルメットの上から同時にポンポン撫でた。

「いいってことよ。朝陽も疾風も、よく踏ん張ったなあ」

「おう。でも、現場で本名呼ぶのやめてくれや父ちゃん」

 時々しか会えない父は、どうもまだあたしたちのことを小学生くらいの子供だと思っている節がある。だけどあたしもレラも、そんな風に扱われるのが嫌じゃない。

 



 救助したおじいちゃんは、父が近隣都市の医療機関まで運ぶことになり、あたしたちBチームは休憩を取るように指示された。カッケンも一度情報を整理するというので、本部がある消防署の和室へ三人で戻ることにした。

「でもさ、川が逆流(ホㇿカ)するなんて初めて見た。どういうことなの?」

 ずぶ濡れになった隊服を着替え、畳に座って食事を摂りながらそう尋ねた。災害出動時の食事は、自前が基本だ。現地で調達することは困難だし、被災者の貴重な食糧を頂戴するようなことはあってはならない。

 あたしとレラは箱買いしたレトルト食品の他、母が作ってくれた爆弾のようなおにぎりを持参した。父も後で合流するらしいと伝えると、張り切ってたくさん用意してくれたのだ。

「本流である岩雁川の水量が増えすぎて、支流が流れ込めなくなったんだよ。簡単に言うと」

 本来なら岩雁川に合流するはずだった支流の水が行き場を失い、遡るように流れてきたらしい。バックウォーター現象というのだと、そう説明したカッケンの表情は、苦虫を嚙み潰すようなものだった。

 ……ああ。これ、全部自分のせいだって思い込んでるやつだ。


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 あたしも頭から波をかぶった。思わずロープを手放し、標識のポールにしがみついてその場に踏みとどまった。
 最初の大きな波が去った頃、あたしの立っていた農道はすっかり水に呑まれ、川の一部と化していた。腰のあたりまで浸かる水位だ。
 レラ達がいた方に目をやると、その姿が見えない。慌ててマイクの向こうへ呼びかける。
「こちらBチーム! 川の逆流を確認! レラと一般人ひとりが呑まれた!」
『すぐに向かう。待ってろ』
 カッケンの返事を聞きながら再びロープを引こうとすると、メキメキッと音がした。見ると標識がぐにゃりと曲がり、挙句に根元から折れてしまった。
「うそぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 どうやら錆びて腐食していたらしい。ヤバい、ロープを結ぶ前に確認すべきだった。
 ポールごと流されそうなロープを辛うじて捕まえ、足を踏ん張る。だけど水に引かれる力が思った以上に強い。気を抜くとすくわれそうだ。
 第一、レラとさっきのおじいちゃんは、このロープの先にまだ繋がっているんだろうか――
 そう思った時、あたしの悪い想像を振り払うように、本来川上だった方向から、一瞬レラが顔を出した。
「レラ……っ!」
 必死に流れに抗い、呼吸を確保しようとしている。早く引き上げてやらないと、レラはともかく救助対象者が溺れてしまう。
「朝陽、代われっ!!!」
 突然そんな声が聞こえた。同時に、あたしの横にザバンと誰かが飛び込んできた。
「おと……ッ!」
 と言いかけて飲み込んだ。それは紛れもなく、あたしの父の姿だった。
 ロープを掴んだ父が綱引きの要領でグイグイ引くと、二人はあっという間に手繰り寄せられた。
 父と一緒に来たカッケンが老人を引き上げ、みんなで川から離れた場所へ移動する。
「いやー、ヤバかった! てか見た、俺の泳ぎ!? 超|見事《ピㇼカ》じゃなかった!? できることなら全国の女子たちに見せたかったわ! そしてキャーキャー言われたい!」
「はいはい、ピㇼカピㇼカ」
 レラは肩で大きく息をしながらも大丈夫そうだ。むしろうるさい。
 父とあたしで救出したおじいちゃんの救命措置を行うと、かなりの量の水を吐いた。最低限ではあるけど、基本的な救命術は身に着けている。
 その横で、カッケンがホㇿケウに連絡を入れていた。
「呼吸も心拍もあるけど、話ができる状態ではない。搬送先を指定してくれ」
『了解』
 搬送先の確認を待つ間、あたしはふうと一息ついて、久しぶりに会った父に声をかけた。
「|アイヌラックㇽ《おとうさん》、来てくれてありがとう。正直、ちょっとやばかった」
 すると父は二カッと笑い、あたしとレラの頭をヘルメットの上から同時にポンポン撫でた。
「いいってことよ。朝陽も疾風も、よく踏ん張ったなあ」
「おう。でも、現場で本名呼ぶのやめてくれや父ちゃん」
 時々しか会えない父は、どうもまだあたしたちのことを小学生くらいの子供だと思っている節がある。だけどあたしもレラも、そんな風に扱われるのが嫌じゃない。
 救助したおじいちゃんは、父が近隣都市の医療機関まで運ぶことになり、あたしたちBチームは休憩を取るように指示された。カッケンも一度情報を整理するというので、本部がある消防署の和室へ三人で戻ることにした。
「でもさ、川が|逆流《ホㇿカ》するなんて初めて見た。どういうことなの?」
 ずぶ濡れになった隊服を着替え、畳に座って食事を摂りながらそう尋ねた。災害出動時の食事は、自前が基本だ。現地で調達することは困難だし、被災者の貴重な食糧を頂戴するようなことはあってはならない。
 あたしとレラは箱買いしたレトルト食品の他、母が作ってくれた爆弾のようなおにぎりを持参した。父も後で合流するらしいと伝えると、張り切ってたくさん用意してくれたのだ。
「本流である岩雁川の水量が増えすぎて、支流が流れ込めなくなったんだよ。簡単に言うと」
 本来なら岩雁川に合流するはずだった支流の水が行き場を失い、遡るように流れてきたらしい。バックウォーター現象というのだと、そう説明したカッケンの表情は、苦虫を嚙み潰すようなものだった。
 ……ああ。これ、全部自分のせいだって思い込んでるやつだ。