嵐の中、畑を見に行きたくなるのなんでだろう
ー/ー 豪雨がピークに達してから丸一日以上が経った頃。
耳を疑うような指令がホㇿケウからあたしたちBチームに入った。
「え、今なんて?」
『だから、畑の様子を見に行った高齢男性が戻って来ないから捜索してくれという要請だ。場所は曙地区のアンタルマプ川沿い』
岩雁川の支流のアンタルマプ川は、堤防もないような小さな河川だ。だけど、ハザードマップでは浸水が想定される区域にバッチリ入っている。
あたしはため息混じりで反論した。
「おじいちゃん、なんで畑見に行っちゃうの!? この嵐の中!」
『気持ちは分かるが、こういう時必ず一人二人はいるもんだ。家族の制止を振り切って避難所から出て行ったらしい。念のため、一通り巡視してくれ』
仕事熱心なおじいちゃんではあるのだろうけど、家族の気苦労がうかがい知れる。放っておくわけにもいかないので、レラと連れ立って指定された場所へと向かった。
「もう流されてる可能性もあるよなあ……」
レラがぼそっと呟く。というのも、アンタルマプ川もすでにあちこちが氾濫して、川沿いの農道が冠水しているからだ。とはいえ、一見ちょっと頑張れば歩けると思ってしまいそうな水深なのが逆に厄介だ。浅そうに見えても流れが早ければ足元をすくわれ、あっという間に流されてしまう。
そのおじいちゃんは家族と避難していた小学校から、畑のある自宅方面へ軽トラックで向かったという話だった。その情報を元に、本人が辿ったと予測される道のりを捜索しながら歩いた。
ホㇿケウが「念のため」と付け足したのは、一通り探して見つからなければ、残念だが諦めて次の現場に向かっていい、というニュアンスだ。いくらあたしたちと言えど、流れの早い濁流に呑まれてしまっていたら、見つけるのは至難の業だ。
カッケンの千里眼で探せたら早いけど、副反応が厄介だ。一刻を争う現場で一日も二日も眠り込まれたら元も子もない。他にもカッケンみたいに特殊な力を持つメンバーもいるけど、反動が大きいのでみんな温存しているのだ。
「おい、あれ見ろ! あそこ」
突然大声をあげたレラの指さす方向を見ると、川の対岸に、胸のあたりまで浸かった状態の人の姿が見えた。高齢男性のようだ。必死に木の枝にしがみいている。足を滑らせて落ちて、辛うじて踏みとどまった――そんなところだろうか。
「良かった、生きてる!」
「ああ。でも早く引き上げてやんないとな」
そう言ってレラは肩に巻いていたロープを解き、先端のハーネスを自分のベルトに装着した。
「大丈夫? あたし行ってもいいよ」
「いいから任せとけ。泳ぎと言ったら、“トッカリショのマーマン”と呼ばれたこの俺の出番だろ!」
トッカリショとは、あたしたちが子供の頃によく磯遊びをした浜の名前だ。
半魚人で満足なのか、こいつは。と思いつつ、あたしはロープの反対端を受け取って道路標識のポールに結び付けた。
マーマンことレラは助走をつけて走り出し、氾濫する川の手前で地面を蹴った。荒ぶる濁流の上を舞うように飛び越えると、その軌道にシュルシュルとロープが踊った。
老人の近くにドボンと着水し、背負っていた浮き輪を掴ませる。そしてその体をロープとハーネスで固定すると、こちらに向かって片手を挙げ、合図を送ってきた。
頷いてロープを引っ張ると、二人がぐんぐん川岸へと近づいてくる。あと半分というところで、ヘッドセットに通信が入ってきた。
『Bチーム、聞こえるか!』
カッケンの声だ。あいつにしちゃ珍しく、何やら差し迫った口調だった。
『お前ら、アンタルマプ川沿いにいるって言ったな? すぐに退避しろ』
「ええ? でも今、救助作業の真っ最中で……」
『急げ、川が逆流する!』
「逆流……!?」
異変は、その時突然起こった。
地の底から響くような、ゴゴッという低い音。それと同時に水位が急激に上昇する。
「……何?」
川下の方へ目を向けると、本来の流れに逆らって、黒い水の壁が津波のように襲いかかって来るのが見えた。
『……フンペ、逃げろっ! ロープを離せ!』
レラの声がヘッドセットから聞こえた直後、その姿は波に呑まれて見えなくなった。
耳を疑うような指令がホㇿケウからあたしたちBチームに入った。
「え、今なんて?」
『だから、畑の様子を見に行った高齢男性が戻って来ないから捜索してくれという要請だ。場所は曙地区のアンタルマプ川沿い』
岩雁川の支流のアンタルマプ川は、堤防もないような小さな河川だ。だけど、ハザードマップでは浸水が想定される区域にバッチリ入っている。
あたしはため息混じりで反論した。
「おじいちゃん、なんで畑見に行っちゃうの!? この嵐の中!」
『気持ちは分かるが、こういう時必ず一人二人はいるもんだ。家族の制止を振り切って避難所から出て行ったらしい。念のため、一通り巡視してくれ』
仕事熱心なおじいちゃんではあるのだろうけど、家族の気苦労がうかがい知れる。放っておくわけにもいかないので、レラと連れ立って指定された場所へと向かった。
「もう流されてる可能性もあるよなあ……」
レラがぼそっと呟く。というのも、アンタルマプ川もすでにあちこちが氾濫して、川沿いの農道が冠水しているからだ。とはいえ、一見ちょっと頑張れば歩けると思ってしまいそうな水深なのが逆に厄介だ。浅そうに見えても流れが早ければ足元をすくわれ、あっという間に流されてしまう。
そのおじいちゃんは家族と避難していた小学校から、畑のある自宅方面へ軽トラックで向かったという話だった。その情報を元に、本人が辿ったと予測される道のりを捜索しながら歩いた。
ホㇿケウが「念のため」と付け足したのは、一通り探して見つからなければ、残念だが諦めて次の現場に向かっていい、というニュアンスだ。いくらあたしたちと言えど、流れの早い濁流に呑まれてしまっていたら、見つけるのは至難の業だ。
カッケンの千里眼で探せたら早いけど、副反応が厄介だ。一刻を争う現場で一日も二日も眠り込まれたら元も子もない。他にもカッケンみたいに特殊な力を持つメンバーもいるけど、反動が大きいのでみんな温存しているのだ。
「おい、あれ見ろ! あそこ」
突然大声をあげたレラの指さす方向を見ると、川の対岸に、胸のあたりまで浸かった状態の人の姿が見えた。高齢男性のようだ。必死に木の枝にしがみいている。足を滑らせて落ちて、辛うじて踏みとどまった――そんなところだろうか。
「良かった、生きてる!」
「ああ。でも早く引き上げてやんないとな」
そう言ってレラは肩に巻いていたロープを解き、先端のハーネスを自分のベルトに装着した。
「大丈夫? あたし行ってもいいよ」
「いいから任せとけ。泳ぎと言ったら、“トッカリショのマーマン”と呼ばれたこの俺の出番だろ!」
トッカリショとは、あたしたちが子供の頃によく磯遊びをした浜の名前だ。
半魚人で満足なのか、こいつは。と思いつつ、あたしはロープの反対端を受け取って道路標識のポールに結び付けた。
マーマンことレラは助走をつけて走り出し、氾濫する川の手前で地面を蹴った。荒ぶる濁流の上を舞うように飛び越えると、その軌道にシュルシュルとロープが踊った。
老人の近くにドボンと着水し、背負っていた浮き輪を掴ませる。そしてその体をロープとハーネスで固定すると、こちらに向かって片手を挙げ、合図を送ってきた。
頷いてロープを引っ張ると、二人がぐんぐん川岸へと近づいてくる。あと半分というところで、ヘッドセットに通信が入ってきた。
『Bチーム、聞こえるか!』
カッケンの声だ。あいつにしちゃ珍しく、何やら差し迫った口調だった。
『お前ら、アンタルマプ川沿いにいるって言ったな? すぐに退避しろ』
「ええ? でも今、救助作業の真っ最中で……」
『急げ、川が逆流する!』
「逆流……!?」
異変は、その時突然起こった。
地の底から響くような、ゴゴッという低い音。それと同時に水位が急激に上昇する。
「……何?」
川下の方へ目を向けると、本来の流れに逆らって、黒い水の壁が津波のように襲いかかって来るのが見えた。
『……フンペ、逃げろっ! ロープを離せ!』
レラの声がヘッドセットから聞こえた直後、その姿は波に呑まれて見えなくなった。
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