虎太郎、アイヌラックㇽに遭遇する
ー/ー「遅れてすまねえな。さっき着いたばっかなんだけどよ、誠にここさ行けって言われて来たんだ」
「あの……助っ人はありがたいんすけど、仕事中はコードネームで呼んでもらえませんか。あと、顔バレしたらマズいんで、ゴーグルは着けてください」
そう伝えると、尊さんは豪快にケラケラ笑いながら謝った。
「悪ぃ悪ぃ。コードネーム覚えらんなくてよお。おめえは……何だったべか?」
「カッケンっす」
「んだんだ、カワガラスな」
守吏里特有の方言丸出し。あまりにも屈託のないその態度。今が非常時だということをうっかり忘れそうになる。俺は脱力感を覚えながらも気を取り直した。
「それより、この中にまだ人が残ってます。今二人連れて行ったんすけど、あと六人います。俺一人じゃ間に合わなさそうだったんで、手伝ってもらえますか」
「おう、任しとけや! つーかおめえ、オレに対してかしこまった喋り方、いい加減やめれっつってるべや!」
なぜかは自分でも分からないが、この人にだけは敬語が抜けない。そんな尊さんと連れ立って園の中へ戻ると、残っていた子供たちと保育士たちが再び歓声を上げた。
「わぁっ! ひみつ部隊がもうひとりきた!」
「でもオジさんだぁ〜!」
「ええ〜? オジさんじゃダメかよお」
「……だからゴーグル着けてくださいって言ってんすけど」
小声でそう告げる。この人、何言っても聞きやしねえ。さすがあの双子の父親だと諦めて段取りをつける。
「アイヌラックㇽ、二人ずつ頼みます。俺も二人運ぶんで、これで子供は全員行ける」
「オレは三人いっぺんでもいいぞ。おめえも行けるんじゃねぇか? したっけ一回で全員運べるべさ」
「三人……」
その提案に、俺は一瞬迷った。
できないことはない……だが、三人も背負うとさすがに動きが鈍ってしまう。ただでさえ強風に煽られるし、視界も足場も不安定だ。
窓から下をのぞくと、すでに一階部分への浸水が始まっていた。
想定していたより時間がない。意を決し、その提案に従うことにした。
「大人は二人ともオレが運んでやるからよ。おめえはチビ三人を運べ」
「えっ、いや、でも」
「いんだっつの。甘えられる時は甘えとけや」
俺にそう言った尊さんの声には、これまでにない圧があった。有無は言わせない、そんな声色だ。
――コタンコㇿの仲間は皆、俺が女性に苦手意識があることを知っている。子供の頃のとある出来事がきっかけで、一定年齢以上の女性に触れると俺の肌は拒絶反応を起こす。さっきの女児でギリギリ平気なくらいだ。
それでも仕事スイッチが入っている間は気合で凌いでいるが、オフになると完全に受け付けない。
だから、恋愛なんてものは俺にとって異次元の話。
恐らく、一生縁がないまま終わる。
ともかく、それを踏まえた上で尊さんは気を回してくれたのだろう。
「ただし、いつも助けれるとは限んねえぞ」
そう言いながら尊さんは背中に大人を一人背負い、両脇にそれぞれ残る大人と子供を一人、手際よく括り付け始めた。そして、ドヤァという顔を俺に向ける。
その心遣いが、物凄く沁みた。もしかすると、そうするよう父に頼まれただけなのかもしれないが。
同時に、その倍くらいの不甲斐なさも植え付けられる。
気を取り直し、背中に一人、脇に二人の子供を急いで括り付けた。
そして、嵐の吹きすさぶ外へと飛び出す。
「全員、暴れんなよ!」
こんな状況でも、尊さんは楽しんでいるようにさえ見えた。
――コードネーム“アイヌラックㇽ”は、「人間のような神」を意味する。アイノ神話において、暗黒の国の魔神を退治し人間界を救った英雄神の名前だ。
俺達コタンコㇿ・エージェンシーの中でも特に人間離れした身体能力を誇り、絶対的エースとして数々の功績を残してきたこの人に、照平爺さんが付けたとっておきの名だそうだ。
激しい雷雨の中、その姿が見えなくなっても、やたらとでかい笑い声が後を追う俺の道標となった。
―――――――――――――――――――
【尊さんの守吏里弁講座①】
・したっけ=ここでは接続詞「そうしたら」の意味。「じゃあね」「バイバイ」といった別れの挨拶の意味合いで使うこともあるぞ!
激しい雷雨の中、その姿が見えなくなっても、やたらとでかい笑い声が後を追う俺の道標となった。
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【尊さんの守吏里弁講座①】
・したっけ=ここでは接続詞「そうしたら」の意味。「じゃあね」「バイバイ」といった別れの挨拶の意味合いで使うこともあるぞ!
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