虎太郎に喝を入れたら疾風がムズムズしていた
ー/ー 水上町に到着した頃にはすでに夜明けが近く、雨脚が強まり始めていた。
依頼主は、あたしたちの拠点として和室を一部屋用意してくれていた。普段、消防署の休憩所として使われている場所らしい。そこで、黒い隊服をすでにずぶ濡れにしたカッケンと合流した。
「うちのお父さんは? まだ来てないの?」
依頼主は、あたしたちの拠点として和室を一部屋用意してくれていた。普段、消防署の休憩所として使われている場所らしい。そこで、黒い隊服をすでにずぶ濡れにしたカッケンと合流した。
「うちのお父さんは? まだ来てないの?」
「他の現場がもうすぐ終わるって連絡があった。片付き次第、直接こっちに向かうって」
あたしの父――瀬名尊は、コタンコㇿの専属社員であり、稼ぎ頭だ。誠おじさんやダイちゃんは表の顔として本業を持っているけど、父はこの仕事一本で全国各地からの依頼を受けて回っている。常にどこか飛び回っているので、あたしや疾風が子供の頃から家にいることが少ない人だった。
「ざっと町内中を見回ってきたけど、気になる箇所が多いな。堤防が決壊しそうな所とか、土砂崩れが起こりそうな所とか……俺はそういうところを重点的に警戒しながら、街全体を巡視する。他は基本的に二人一組で、公設隊からの協力要請に応じてくれ」
カパッチㇼとヌプリの年長組がAチーム、あたしとレラがBチームに振り分けられた。
「父さんは、ここで伝令役を。内線で公設隊からの要請を聞いて、手が空いているチームに直接指示を出してくれ。あとは気象庁からの情報収集。必要に応じて現場に出て応援を頼むかもしれない」
「承知した」
狭い和室が衝立で半分に仕切られ、その一方がすでに即席指令本部のようになっていた。あたしやレラには使い方がさっぱり分からない、パソコンやら通信機器がずらりと並んでいる。
「もうすでに要請が数件入っているぞ。どうする」
そこでカッケンは、一度声を詰まらせた。見ると、ゴーグルを上げた顔がこわばっていた。
カッケンは、アイノ特有の彫りの深い目鼻立ちをしている。その上表情が乏しいので、いつも不機嫌そうに見えてしまう。その顔が、今はいつにもまして硬い。明らかに緊張している。あたしは見ていられなくなり、つい口を挟んだ。
「カッケン、一回深呼吸しよ!」
その声で、カッケンはハッと顔を上げた。
「力みすぎ。大役だからって気負わなくていいから。リラックスリラックス~」
「……別に、気負ってなんか……」
「はい出た、天邪鬼。『別に』って、カッケン口癖だよね」
茶化すように言うと、他のメンバーたちも笑い声を漏らした。張りつめていた空気が少し緩み、カッケンも諦めたように大きく息を吐いた。
「……避難中、ケガをして動けなくなったという男性の救出をAチーム、川野辺町の高架下で車が立ち往生して動けないという要請にはBチーム、それぞれ当たってくれ。救助でき次第、医療機関へ搬送する必要があればホㇿケウに連絡を。必要なければ避難所へ誘導。完了次第、随時報告してくれ」
カッケンはぼそぼそと、でも落ち着きを取り戻した声で指示を出し切った。なのであたしたちは、「了解!」と声を揃えた。
◇
その後あたしたちは、伝令係のホㇿケウを残して一斉に街へ散った。雨と風が強まる中、川野辺町を目指して走っていると、レラが独り言のようにぼやき始めた。
「なんっかさあ、ムズムズするよなあ」
「ムズムズって、何が? 水虫?」
「お前ねえ、俺にそういうレッテル貼ろうとするのマジでやめて! 人聞き悪いなあ!」
じゃあ一体何よ。と思っていると、レラはニタッと気色悪い笑みを浮かべた。
「お前とコタ……カッケン見てると、もどかしいって話。お互い、一番言いたいことを言えてないって感じ?」
「なんで? 別に言えてないことなんて……」
「ほれ。天邪鬼なとこ、息ピッタリじゃん。もうさっさと付き合っちゃえばいいのに」
「なんで!?」
啓子おばさんといい、みんななぜか何かというとあたしと虎太郎をくっつけたがる。虎太郎とはただの幼馴染兼仕事仲間であって、それ以上でもそれ以下でもないのに。
それに、虎太郎は――……
「おっ、あれじゃね? 立ち往生の車」
そう、こんな無駄話をしている場合じゃない。仕事モードにスイッチを切り替えなくては。
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