【1】②
ー/ー「舞台に立てばいいのに」
演劇サークルに属して活動する中で、郁海は下級生の頃から飽きずにそう誘われているらしい。
祥真はただ「顔が綺麗だから」と捉えていたのだが、雅に一笑に付された。
「舞台メイク知らない? 下手したら素顔わかんないよ。郁海はさ、背は高くないけど手足が長くて立ち姿がバッチリ決まんのよ。演技力もあるしね。自分が書くし演出するからだろうけど、役柄掴んで掘り下げたりすんのも上手いしさ」
顔なんて二の次三の次、それ以下だ、と彼女が説明してくれる。
「それにあいつ脱いだらすごいよ? 細マッチョってやつ。……あと声いいねぇ、顔に合わないイケボ?」
目の前で平気で上半身脱ぐの見てるからで、そーいう関係じゃないからね! と雅はわざわざ付け加えたが、誰の目にも友人にしか映らないだろう。
しかし郁海は、最初から裏方に徹していたそうだ。
彼は本当は、脚本・演出希望らしい。
メインの公演はサークルの中心人物であるリュウが一手に引き受けていたが、郁海も新人公演等では何度か脚本を書き演出も担当していたのは知っていた。
ただ、基本的には何でもやる人だ。
大道具や小道具作りはもちろん、リュウの脚本の進捗監視までしていると聞いていた。
何かあるたびに自信を失くしたと部屋に籠もっては布団を被って泣き、書けないからと平気で着の身着のままで逃走する彼を、追い掛けては連れ戻す。
そして、彼の部屋や部室で付ききりで励まし叱咤して書かせるのだ。
「郁海はもう祠堂さんの『お母さん』だから。つか親でもできないと思う。あたしなら金もらっても無理だし嫌」
「見城さん、はっきり言いますね……」
雅が、呆れ八割以上で零していたのも覚えている。
どうにか上がったリュウの脚本の誤字脱字や全体の辻褄のチェックも郁海がしているらしいと聞かされた。
祥真から見ても、リュウと郁海では脚本家としてのタイプはまったく違う。
如何にもなのか思いも寄らないのかは祥真には判断できないが、リュウが書くのは常にシリアスで重厚な人間ドラマだった。
暴力行為があるわけではなく人が死ぬことも滅多にないのだが、にも拘らずかなり重苦しい描写も多く、彼の半生に嫌でも興味が湧いてしまう。
翻って、郁海は基本シチュエーションコメディと呼ばれるジャンルらしかった。
そちらにしても雅の受け売りで、祥真にはよくわかっていないのだが。正直リュウの難解なシリアスより、郁海の喜劇の方がよほど意外だった。
祥真の心象では「どちらもコメディは書きそうにもない」からだ。
「コメディ書く人が、所謂陽キャでパリピとは限んないよ、全然。逆に、自分が暗い人間だからコメディにこだわる! それしか書きたくない! って人も知ってる」
つい疑問を口にしてしまった祥真に、サークルでも常に主演級を張っている三年生の佐治 崇彦が話してくれた。
実際にはそういうものなのかもしれない。
リュウの持つ力を認めているからこそ、真似ではなくても結果的に近くなるというのは十分に有り得そうだが、郁海はそのあたりの切り離しに迷いがないようだ。
あるいは、最初から二人が元々持つものが違い過ぎるからだろうか。書きたいなどと考えたこともない祥真には、本当に理解できなかった。
「俺さ、顔は別に大したことないだろ?」
「え? えっと、佐治さんはたしかにすごいイケメンとかじゃないですけど、あ、すみません。でも俺は表情の作り方とかカッコいいなと」
崇彦の唐突な問い掛けに答えに困る祥真に、彼の対応は実にあっさりしたものだった。
「気ぃ遣う必要ないって。『役者は顔じゃない』って今の俺はわかってるし、これでも自分に自信あっから。自惚れだけじゃなくてさ。必死で努力して演技力とか磨いて、認められて立て続けにいい役もらってるしな。……でもガキの頃副島さんみたいな見た目完璧な人が傍にいて、『舞台になんか立ちたくない。裏方やりたい』っていうの聞いたら、嫉妬でヤバかったかもしんないな〜とは考えるよ、実際」
彼も幼い頃から劇団に所属して、役者を目指してきたらしい。
三年生で二十歳だが、『芸歴』は十五年を超えるのだとか。
「まあ『裏方やりたい』子どもが劇団なんて入んねーし、もし無理に入れられたりしてもまず続かないけどな。結構ハードな世界だから、あれも」
「副島さんや祠堂さんがどうかは全然知りませんけど、普通小さい頃から『脚本書きたい!』って方が珍しくないすか? 舞台でスターになりたいってのはよくあるとしても」
そりゃそうか、と崇彦は真顔で頷いた。
「──ああいう人には、それこそ俺にはわかんねえ悩みとかがいっぱいあるんだろうな、とは思ってる。俺とは逆で、あまりにもキレイ過ぎて苦労もしてそうだなって。案外さ、男の方が目立つもんに攻撃的だったりすんだよ」
彼の論は祥真にも何となく理解できる。
「『女は足の引っ張り合いが~』とか言うけど、結構女の子ってキレイな子好きじゃん? 中身がよっぽど悪けりゃ別だけど。俺も昔は顔が良ければ何でもうまく行きそうとか考えてたけど、そんなもんじゃないよな」
リュウと郁海の共通点のひとつは、傾向は違うがどちらもかなりの美貌の持ち主だということだ。身長は、リュウのほうが十センチは高いけれど。
それが裏方志望に関係しているのか、それとも単なる偶然なのかさえ祥真には考えも及ばなかった。
「俺もさ、関係ないやつに『テレビとかならわかるけど、舞台なんてその時限りで何も残んないのに』って言われたら反論もしたくなるもんな。いや黙ってるけどさ。そういうやつには何言っても無駄だし」
「……残んないからいい、って考えもありますよね? その場だけの『ライブ感』ってのか」
「なんだよ、お前結構わかってんだな。『一期一会』ってやつな」
崇彦の感心したような声。
そこまで深い考えで口にしたわけではないのだが、祥真はそれこそ黙っておいた。
「実際さぁ、見た目だけなら俺よりお前のが上じゃね? 原田って結構いい顔してんじゃん。よく見るとわりと整ってるし、愛嬌あっていいよな。そういうのって持って生まれたもんだから」
「え!? あ、あの俺、顔褒められたのなんて初めてです! いや、褒め言葉じゃないかもしれませんけど。いっつもせいぜい『可愛い』で」
「ああ、まあお前可愛いよな。造形的な可愛さよりも、なんてーか仔犬っぽい可愛さ」
バカにしてんじゃねえよ? とわざわざ断って具体的に評してくれる先輩。懐いてくるさまが可愛い、という意味だろうか。
「あと、結構声渋くていいよ。声こそ天性の部分大きいからさ」
「あ、はい。意外と低いってよく言われます。でも俺の声籠ってるっていうか、ちょっと何言ってるかわかりにくいんですよね」
「そこは訓練。発声頑張れ。……舞台立つならな」
不意に耳に蘇る、祥真ほど低くはないが響いて聴きやすい郁海の声。
「祠堂さんの書くもんは基本難解でさぁ。役とかストーリーの流れとか、解釈もなかなか大変なんだよ。必死で考えて役作りして行ったのを、一言でバッサリ『そうじゃない。ちゃんと読んだのか?』って切られたりもするしな」
祥真はまだ「役」を与えられたことはなかった。
もちろん『舞台を作る』一員として必ず脚本には目を通す。時には、「その場にいるから」程度の理由で脚本読みの相手に指名されることもあった。
希望もしていないし自分でさえ役者に向いているとは感じないため、このまま舞台上には立たずに終わるのではとさえ考えている。
だから崇彦の言う「役作り」については、真の意味では理解できないのだ。
「でもあの人の演出どおりに演じたらやっぱすごいいいものができるんだよ。普段はあんなグダグダな人なのに。『才能』ってのはこーいうのなんだな、って祠堂さん見るたび実感する」
このサークルの誰もが、リュウを語るときどこか遠い目の同じような表情を浮かべる。素質だけでは語れない有り余るものを、常日頃から見せつけられているせいか。
「……けどさ、俺は副島さんのコメディも好きなんだ。別にわかりやすくはないんだけどな、あの人のも。あの二人に共通すんのは『心理描写の細かい人間ドラマ』かな」
彼が郁海を認めているのだ、というのは祥真にも伝わった。
郁海の存在を、実力を。
「今年の新人公演の脚本、副島さんでしたよね。演出も一人でやったの二回目だって言われてました」
新人公演は毎年夏休み中の八月に行われ、演者も基本的には一年生を中心に構成される。祥真も裏方で参加していた。
新人公演にリュウの脚本を使わないのは、いくら経験者が多いとはいえ一年生には荷が重すぎるからだろうか。脇は主に二年生が固めるとしても、公演の趣旨から主演は必ず一年生から選出されるからだ。
同時に、彼以外にも脚本を書き演出させる機会を与える意味もあるのだろう。
「去年もだけど、二年前俺が入った年の新人公演もそうだったよ。そんときの演出は、もう卒業した尾崎さんと共同だったけど。俺が初めて主演に抜擢された演目だから、きっと一生忘れない。──なんせあれだけはDVD買ったからな!」
小さい頃から数え切れないくらい舞台には立って来た。だから板の上で緊張した覚えなど一度もない、と平然と嘯く崇彦。
その彼でさえ、初めての主演は特別らしい。
サークルの公演は、商業演劇とは違ってせいぜい数回ずつの上演ということもあり、毎回映像記録を残しているのだ。
内部の希望者にはほぼ実費で分けてくれている。
もちろん外向きにはそれなりの値で販売していたが、意外にもファンも付いていてそこそこ売れているらしいと聞かされたことがあった。
「だから俺は、『あの程度の顔で』ってのはもう褒め言葉だと受け止められる領域まで来たわけよ。『そう、顔じゃねーんだよ! 俺には顔だけじゃない力があるんだ!』ってな」
「あの俺、佐治さんがどんな役でもこなせるのも当然なんだな、って気がしてきました。あ、なんかえらそうですみません!」
謝る祥真に、先輩は笑みを浮かべて首を左右に振った。
「実際テレビドラマとか観ててもさ、まあ所謂イケメン集めたアイドルドラマはまた別枠として、美形ばっかのドラマなんて嘘くさくねぇか? 『見た目はごく普通、あるいはそれ以下』のベテランバイプレーヤーがいるから成り立つ作品なんて山程あるだろ。悪役に限らず」
「……俺は演劇のことなんてまだよくわかってないんですけど。だから何も考えずにドラマとか観て、佐治さんが言われたみたいなことなんとなく感じてます。いちいち意識しながら観ませんけどね」
本来エンタメなんて小難しいもんじゃないからお前が正しい、と崇彦がさらりと口にした。
演劇サークルに属して活動する中で、郁海は下級生の頃から飽きずにそう誘われているらしい。
祥真はただ「顔が綺麗だから」と捉えていたのだが、雅に一笑に付された。
「舞台メイク知らない? 下手したら素顔わかんないよ。郁海はさ、背は高くないけど手足が長くて立ち姿がバッチリ決まんのよ。演技力もあるしね。自分が書くし演出するからだろうけど、役柄掴んで掘り下げたりすんのも上手いしさ」
顔なんて二の次三の次、それ以下だ、と彼女が説明してくれる。
「それにあいつ脱いだらすごいよ? 細マッチョってやつ。……あと声いいねぇ、顔に合わないイケボ?」
目の前で平気で上半身脱ぐの見てるからで、そーいう関係じゃないからね! と雅はわざわざ付け加えたが、誰の目にも友人にしか映らないだろう。
しかし郁海は、最初から裏方に徹していたそうだ。
彼は本当は、脚本・演出希望らしい。
メインの公演はサークルの中心人物であるリュウが一手に引き受けていたが、郁海も新人公演等では何度か脚本を書き演出も担当していたのは知っていた。
ただ、基本的には何でもやる人だ。
大道具や小道具作りはもちろん、リュウの脚本の進捗監視までしていると聞いていた。
何かあるたびに自信を失くしたと部屋に籠もっては布団を被って泣き、書けないからと平気で着の身着のままで逃走する彼を、追い掛けては連れ戻す。
そして、彼の部屋や部室で付ききりで励まし叱咤して書かせるのだ。
「郁海はもう祠堂さんの『お母さん』だから。つか親でもできないと思う。あたしなら金もらっても無理だし嫌」
「見城さん、はっきり言いますね……」
雅が、呆れ八割以上で零していたのも覚えている。
どうにか上がったリュウの脚本の誤字脱字や全体の辻褄のチェックも郁海がしているらしいと聞かされた。
祥真から見ても、リュウと郁海では脚本家としてのタイプはまったく違う。
如何にもなのか思いも寄らないのかは祥真には判断できないが、リュウが書くのは常にシリアスで重厚な人間ドラマだった。
暴力行為があるわけではなく人が死ぬことも滅多にないのだが、にも拘らずかなり重苦しい描写も多く、彼の半生に嫌でも興味が湧いてしまう。
翻って、郁海は基本シチュエーションコメディと呼ばれるジャンルらしかった。
そちらにしても雅の受け売りで、祥真にはよくわかっていないのだが。正直リュウの難解なシリアスより、郁海の喜劇の方がよほど意外だった。
祥真の心象では「どちらもコメディは書きそうにもない」からだ。
「コメディ書く人が、所謂陽キャでパリピとは限んないよ、全然。逆に、自分が暗い人間だからコメディにこだわる! それしか書きたくない! って人も知ってる」
つい疑問を口にしてしまった祥真に、サークルでも常に主演級を張っている三年生の佐治 崇彦が話してくれた。
実際にはそういうものなのかもしれない。
リュウの持つ力を認めているからこそ、真似ではなくても結果的に近くなるというのは十分に有り得そうだが、郁海はそのあたりの切り離しに迷いがないようだ。
あるいは、最初から二人が元々持つものが違い過ぎるからだろうか。書きたいなどと考えたこともない祥真には、本当に理解できなかった。
「俺さ、顔は別に大したことないだろ?」
「え? えっと、佐治さんはたしかにすごいイケメンとかじゃないですけど、あ、すみません。でも俺は表情の作り方とかカッコいいなと」
崇彦の唐突な問い掛けに答えに困る祥真に、彼の対応は実にあっさりしたものだった。
「気ぃ遣う必要ないって。『役者は顔じゃない』って今の俺はわかってるし、これでも自分に自信あっから。自惚れだけじゃなくてさ。必死で努力して演技力とか磨いて、認められて立て続けにいい役もらってるしな。……でもガキの頃副島さんみたいな見た目完璧な人が傍にいて、『舞台になんか立ちたくない。裏方やりたい』っていうの聞いたら、嫉妬でヤバかったかもしんないな〜とは考えるよ、実際」
彼も幼い頃から劇団に所属して、役者を目指してきたらしい。
三年生で二十歳だが、『芸歴』は十五年を超えるのだとか。
「まあ『裏方やりたい』子どもが劇団なんて入んねーし、もし無理に入れられたりしてもまず続かないけどな。結構ハードな世界だから、あれも」
「副島さんや祠堂さんがどうかは全然知りませんけど、普通小さい頃から『脚本書きたい!』って方が珍しくないすか? 舞台でスターになりたいってのはよくあるとしても」
そりゃそうか、と崇彦は真顔で頷いた。
「──ああいう人には、それこそ俺にはわかんねえ悩みとかがいっぱいあるんだろうな、とは思ってる。俺とは逆で、あまりにもキレイ過ぎて苦労もしてそうだなって。案外さ、男の方が目立つもんに攻撃的だったりすんだよ」
彼の論は祥真にも何となく理解できる。
「『女は足の引っ張り合いが~』とか言うけど、結構女の子ってキレイな子好きじゃん? 中身がよっぽど悪けりゃ別だけど。俺も昔は顔が良ければ何でもうまく行きそうとか考えてたけど、そんなもんじゃないよな」
リュウと郁海の共通点のひとつは、傾向は違うがどちらもかなりの美貌の持ち主だということだ。身長は、リュウのほうが十センチは高いけれど。
それが裏方志望に関係しているのか、それとも単なる偶然なのかさえ祥真には考えも及ばなかった。
「俺もさ、関係ないやつに『テレビとかならわかるけど、舞台なんてその時限りで何も残んないのに』って言われたら反論もしたくなるもんな。いや黙ってるけどさ。そういうやつには何言っても無駄だし」
「……残んないからいい、って考えもありますよね? その場だけの『ライブ感』ってのか」
「なんだよ、お前結構わかってんだな。『一期一会』ってやつな」
崇彦の感心したような声。
そこまで深い考えで口にしたわけではないのだが、祥真はそれこそ黙っておいた。
「実際さぁ、見た目だけなら俺よりお前のが上じゃね? 原田って結構いい顔してんじゃん。よく見るとわりと整ってるし、愛嬌あっていいよな。そういうのって持って生まれたもんだから」
「え!? あ、あの俺、顔褒められたのなんて初めてです! いや、褒め言葉じゃないかもしれませんけど。いっつもせいぜい『可愛い』で」
「ああ、まあお前可愛いよな。造形的な可愛さよりも、なんてーか仔犬っぽい可愛さ」
バカにしてんじゃねえよ? とわざわざ断って具体的に評してくれる先輩。懐いてくるさまが可愛い、という意味だろうか。
「あと、結構声渋くていいよ。声こそ天性の部分大きいからさ」
「あ、はい。意外と低いってよく言われます。でも俺の声籠ってるっていうか、ちょっと何言ってるかわかりにくいんですよね」
「そこは訓練。発声頑張れ。……舞台立つならな」
不意に耳に蘇る、祥真ほど低くはないが響いて聴きやすい郁海の声。
「祠堂さんの書くもんは基本難解でさぁ。役とかストーリーの流れとか、解釈もなかなか大変なんだよ。必死で考えて役作りして行ったのを、一言でバッサリ『そうじゃない。ちゃんと読んだのか?』って切られたりもするしな」
祥真はまだ「役」を与えられたことはなかった。
もちろん『舞台を作る』一員として必ず脚本には目を通す。時には、「その場にいるから」程度の理由で脚本読みの相手に指名されることもあった。
希望もしていないし自分でさえ役者に向いているとは感じないため、このまま舞台上には立たずに終わるのではとさえ考えている。
だから崇彦の言う「役作り」については、真の意味では理解できないのだ。
「でもあの人の演出どおりに演じたらやっぱすごいいいものができるんだよ。普段はあんなグダグダな人なのに。『才能』ってのはこーいうのなんだな、って祠堂さん見るたび実感する」
このサークルの誰もが、リュウを語るときどこか遠い目の同じような表情を浮かべる。素質だけでは語れない有り余るものを、常日頃から見せつけられているせいか。
「……けどさ、俺は副島さんのコメディも好きなんだ。別にわかりやすくはないんだけどな、あの人のも。あの二人に共通すんのは『心理描写の細かい人間ドラマ』かな」
彼が郁海を認めているのだ、というのは祥真にも伝わった。
郁海の存在を、実力を。
「今年の新人公演の脚本、副島さんでしたよね。演出も一人でやったの二回目だって言われてました」
新人公演は毎年夏休み中の八月に行われ、演者も基本的には一年生を中心に構成される。祥真も裏方で参加していた。
新人公演にリュウの脚本を使わないのは、いくら経験者が多いとはいえ一年生には荷が重すぎるからだろうか。脇は主に二年生が固めるとしても、公演の趣旨から主演は必ず一年生から選出されるからだ。
同時に、彼以外にも脚本を書き演出させる機会を与える意味もあるのだろう。
「去年もだけど、二年前俺が入った年の新人公演もそうだったよ。そんときの演出は、もう卒業した尾崎さんと共同だったけど。俺が初めて主演に抜擢された演目だから、きっと一生忘れない。──なんせあれだけはDVD買ったからな!」
小さい頃から数え切れないくらい舞台には立って来た。だから板の上で緊張した覚えなど一度もない、と平然と嘯く崇彦。
その彼でさえ、初めての主演は特別らしい。
サークルの公演は、商業演劇とは違ってせいぜい数回ずつの上演ということもあり、毎回映像記録を残しているのだ。
内部の希望者にはほぼ実費で分けてくれている。
もちろん外向きにはそれなりの値で販売していたが、意外にもファンも付いていてそこそこ売れているらしいと聞かされたことがあった。
「だから俺は、『あの程度の顔で』ってのはもう褒め言葉だと受け止められる領域まで来たわけよ。『そう、顔じゃねーんだよ! 俺には顔だけじゃない力があるんだ!』ってな」
「あの俺、佐治さんがどんな役でもこなせるのも当然なんだな、って気がしてきました。あ、なんかえらそうですみません!」
謝る祥真に、先輩は笑みを浮かべて首を左右に振った。
「実際テレビドラマとか観ててもさ、まあ所謂イケメン集めたアイドルドラマはまた別枠として、美形ばっかのドラマなんて嘘くさくねぇか? 『見た目はごく普通、あるいはそれ以下』のベテランバイプレーヤーがいるから成り立つ作品なんて山程あるだろ。悪役に限らず」
「……俺は演劇のことなんてまだよくわかってないんですけど。だから何も考えずにドラマとか観て、佐治さんが言われたみたいなことなんとなく感じてます。いちいち意識しながら観ませんけどね」
本来エンタメなんて小難しいもんじゃないからお前が正しい、と崇彦がさらりと口にした。
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