第3話 復学の噂
ー/ー ◆レナ視点/学院
数週間後。
学院は、いつも通りの顔をしていた。
石畳は磨かれ、窓から入る光は柔らかい。
時計塔の鐘が規則正しく鳴り、遠くの訓練場からは剣が打ち合う乾いた音が混じる。
レナ・ファリスは廊下を歩いていた。小柄な体に、赤みがかった髪と琥珀の瞳。腕の内側には、薄い包帯の跡が残っている。肌は戻りきっていない。だが、制服の袖で隠せる程度にまで回復した。
掲示板の前に立ち止まり、張り紙を見る。
上段には、Sクラス特別見学のお知らせ。
その下には、失踪者の注意喚起。
名前、年齢、最後に目撃された場所。
背後から、ひょこっと覗き込む顔があった。
明るめの茶髪に緑の瞳。エリックだ。
「Sクラスの授業見学なんて危険なのにな。よくやるよな」
エリックは紙を見上げ、肩をすくめる。
「レオンも出るんだよな、Sクラスになったんだろ」
「うん、試験は簡単に通ったみたいだよ。出席日数は少し足りなかったみたいだけど」
「まあ、あいつならSクラスになれるだろうな。待遇はEクラスと桁違いだぞ。生活にはまず困らない。実技室は特別仕様だし、教室も……まあ、比べ物にならない」
「さすが元Sクラス」
レナが素直に言うと、エリックは肩を竦めた。
「俺も異例の大出世だったんだけどな。初登校の日、家から手紙が届いたんだ。
“うちの子がそんなに出来るはずがない”ってさ」
思い出し笑いに、レナが小さく笑う。
しかし、エリックはすぐに口元を引き締めた。
「……でもな、あのクラスはやっぱり異常な奴も多い。金や待遇じゃ割り切れないんだよな」
エリックは掲示板へ視線を戻す。
レナは下段の失踪者注意喚起を指した。
「ねえ、これ……失踪者が増えてるよね」
「ああ。学院生はまだ被害が出てないらしいけど、油断しない方がいい。最近、治安悪いしな」
エリックの声が少しだけ落ちる。
そこへ、青い髪を後ろで括った少女が小走りでやってきた。サラ・クレインだ。
「なにしてるのー? 二人で掲示板、珍しくない?」
「失踪者の注意喚起。お前も気をつけろよ」
エリックが軽く笑う。
「あー、これね。うんうん、気をつけないと」
サラは頷いてから、声をひそめた。
「そうそう、噂で聞いたんだけど……Sクラスで、例の休学してた人が復学するかもって」
「例の?」
「ほら、魔力暴走で授業中に何人か巻き込んだっていう……」
サラは言い切らずに、肩をすくめる。
「オルフェだな。Sクラスの」
エリックは肩を竦める。
笑いはするが、目が笑っていない。
「どんな人なの?」
レナは問いながら、頭の中にレオンの顔が浮かんでいた。
「顔は綺麗で頭も切れる。ただ……人を平気で実験台にする」
エリックは吐き捨てるように言った。
「ええ、そんな人が復学してくるの? レオン大丈夫かな」
「っていうか、それだとSクラス問題児だらけになるんじゃないの」
サラが笑った。
「絶対戻りたくねーな、あのクラス」
エリックの声の奥に、僅かに嫌悪が滲む。
「まっ、私たちはEクラスだし関係することはないでしょ! そのオルフェさんとやらに!」
サラは明るい声を出す。
「それより、Sクラスの見学楽しみよね。レオンすっごく強いしさあ」
「楽しみ?そんなもんじゃないぞ。Sクラスの実技って。毎年見学中に一人二人事故で怪我したり下手すると死ぬようなやつだし」
エリックは呆れるような声を出す。
「は……?そんな怖いこと言わないでよ」
サラは背中に寒気を感じた。
「大丈夫だよ。今までも見たことあるけど、本当に稀だし先生が助けてくれるから」
レナが元気づけると、サラはホッとしたようだった。
***
◆レオン視点/下町・路地裏
月の光が差し込む路地裏。
石畳の上を、血がゆっくりと広がっていった。
レオンはその中央に立ち、剣先についた血を無造作に振り払う。
足元には、いくつもの影。息をしている者はいない。
「お仕事、ご苦労様。意外と早かったわね」
壁にもたれて立つ赤いドレスの女──リゼ・カルディナ。
月明かりの下で、唇が艶めいた笑みを描いた。
「お前が持ってくる依頼、いつも碌でもないな」
レオンは刃を納めながら言った。
「あら、そうかしら?」
リゼは緩やかに歩み寄る。
ヒールの音が、血の上でコツ、コツと乾いた音を立てた。
「これでも人を見て選んでるのよ。処刑人って呼ばれる貴方には、丁度いいでしょ? で、情報は取れた?」
「こいつら、魔術で情報封じされてた。記憶領域ごと焼かれてる。裏にいるのは……高位の魔術師だ」
「そう、残念ねえ。最近、色々と騒がしいのよ。“失踪”が増えてる。どこかの組織の仕業じゃないかって言われてるけど掴めないのよね。個人でやってるなら、相当な趣味ね」
リゼは肩をすくめる。
「どちらにせよ、俺が斬った奴らは捨て駒だな」
「ふふ、仕方ないわね。そういえば、アロイス家が最新の“赤魔石”を市場に流したって話、聞いた?」
リゼは楽しげに言う。
「あの家は、ファウレスの血を魔石にする技術を唯一持ってる。だから、欲しがる連中が絶えないのよねえ」
レオンは無言だった。
ただ、靴先で血溜まりを避けながら、視線だけを向ける。
「それに加えて、魔竜の森で異常な魔力反応があったらしいの」
リゼの声が、少しだけ甘くなる。
「……あの末裔が、生きてるんじゃないかって噂よ」
レオンの瞳が一瞬だけ動いた。
けれど、声はない。
「ファウレスの血、か」
「ええ。半分は迷信、半分は好奇心。それでもあの血を“欲しがる人間”は多いの」
リゼは指で円を描く。
「実験用。観賞用。もっと趣味の悪い用途。希少だからこそ、おもちゃにしたいって言う人もいるわ」
「くだらない」
「そう言うと思った」
リゼの声には、微かな愉悦が滲む。
「でもね、レオン。世の中には“くだらないもの”ほど高値で売れるの。貴方だって、それを一番よく知ってるでしょ?」
レオンは、何も言わず背を向けた。
黒い外套の裾が、死体の血を掠めて揺れる。
「報酬は、いつも通りだ」
短く言い残し、闇の中へと消えていく。
リゼは微笑んだまま、その背を見送った。
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